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第10話 決意と記憶

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 スマートフォンが鳴った時点で予想は出来ていた。その日の内に、修平か綾のどちらかは連絡してくるのだろう。そう思っていた。

 正直、千佳が居なければあの黒い気持ちのまま過ごしていたのだろうと思う。

 俺は、着信履歴から修平にかけ直した。なんて言われても構わない。そう覚悟は決めていた。

 だが、声は枯れていたものの意外にも修平の声はいつもどおりだった。

「優、バイトだったか?」
「ああ、今終わったところだけど」
「そっか……」

 少し元気は無い様に感じるが、普段通りの修平。それが逆に怖くもあった。

「それで、どうしたんだよ?」
「あのさ……優。今日学校で何かあったのか?」
「……」

 修平は綾から聞いていないのか、それともカマを掛けているのか。どちらとも取れるその言葉に、俺は言葉に詰まる。

「昼は綾と食ったのか?」
「ああ……」
「そっか、良かった。一人で食ってたらどうしようかと思ったよ」

 綾は、俺たちと遊ぶ様になってから女子のグループと居る事が少なくなっていた。多分、修平はその事を気にしていたのだろう。

「用はそれだけ?」
「ああ、優が俺が居ない事で綾が一人になってたんじゃないかと心配しただけだ」
「そっか……」
「うん。じゃあ、また明日な!」

 修平はそう言って電話を切ろうとした。綾は今日の事を彼には伝えていないのだろう。

 そのまま、普段通りの生活に戻るのは容易い事なのかも知れない。

「修平……」
「ん? どうした?」

 選択は間違えているのかも知れない。
 このまま黙って、千佳を手伝う事も多分出来たのだろう。だけどそれじゃあのお人好しに安心して自分の事を考えて貰う事は出来ない。

「俺、綾に告ったんだ」
「え? マジかよ……」

 修平は言葉を失った様にそれだけ言った。

「ああ……」
「いきなりキッツイなぁ。マジかよ……」

「それだけ? 怒らないのか?」

 そう、言うと修平は黙った。沈黙ではなく何かを考えている様な間が流れる。それから彼は落ち着いて口を開く。

「……それで、綾はなんて言ったんだ?」

 暗闇の静寂の中、電話越しに修平の声が響く。俺はありのままの反応を伝えた。

「何も言わなかった。ただ、黙って、少し笑っただけだった……」
「そっか……」

 それから、どれくらい無言が続いただろう。だけど、気まずいとかそう言った雰囲気ではなく同じ部屋で漫画でも読みあっている様な沈黙。

 俺は修平との出会いから今までの事が走馬灯の様に思い出されていた。

 初めてまともに話したのはミニバスに入った時。それまでは隣のクラスのリーダーと言った印象だった。

 運動神経のいい修平は、バスケでは中学まで絶対的なエースでチームを引っ張っていく様な奴だった。そんな奴と仲良くなり俺自身もかなり上手くなっていくのがわかった。

 でも、推薦も蹴り、続けると思っていたバスケを高校では続けなかった。体格の壁は大きいと言った彼。自分自身その事を追求する性格では無かった。

「いつからだろうな、優に嫉妬する様になったのは……」

 修平は、そう言った。それから、そのまま彼は自分に言い聞かす様に、俺に訴えかけるように呟く。

「綾の事、優には取られたくなかったんだ」
「どういう事だよ?」
「途中から綾の事、応援出来なくなってたんだ」
「それで、買い物の前に?」

 俺はそれを聞いて、彼の葛藤が少し分かった様な気がした。以前なら怒っていたかも知れない。

「ああ。優が告白するんじゃ無いかって思ってさ……綾に頼み込んだんだ」
「頼み込んだって……告白しただけなんじゃないのか?」
「俺に気が全く無ければ無理だったと思うけど、お前が綾を意識し出して距離を取っていたからな。チャンスはその時しか無いと思ったんだ」

 あの日、知ったなら修平の事を殴っていてもおかしく無かっただろう。彼に告白した事を伝えた時の反応は、ファミレスでの俺の心情に近い物があるのだと思った。

「修平……綾は今日の事何も言わなかったのか?」
「言ってない。だから俺はそういう事なんだと思う……だけど、俺はそれでも綾が好きなんだ」

 その言った後、修平は泣いているのだろうか。今まで見た事が無い彼を知った。それからしばらくして電話を切る。

 最後の抵抗。俺は何をしたかったのだろう。今もし綾が俺の方に来ても多分受け入れたりはしない。

 強がりでは無いと思う。

 だとしたら、俺が望んでいた結末は綾に直接フラれたかったのだろう。自分の弱さが生み出した、戻らない時間を取り戻す為に、自分の中の後悔を無くしたい。

 だから二人に伝えた。
 ただ、それだけだったのだろう。
 結果なんてどうでもよかったんだ。

 後は時間が解決してくれる。あの二人をなんだかんだで信じている。そんな事もあったなと笑い話しになる様に、俺は前に進んで行こうと思った。

 そう思えるのも、千佳が一緒に考え、無理矢理にでも背中を押してくれたからだ。

 だから、俺は当分は彼女が自分の事を考えていける様に、彼女自身の恋を応援して行くと決めた。

 その日俺は、千佳に修平と話した事を伝えた。そして、だから気にしないで協力させて欲しいと電話で伝えると、「仕方ないなぁ」と普段通りの返事が返ってきた。
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