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一 土方歳三之章:Spirits
士魂(二)
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朝霧か湯煙か、開け放たれた木戸の外はうっすらと白い。時折、風が動くと、五丈ばかり先を流る滝が見える。
天井から伝い落ちる水滴が俺の額を打った。結っただけの総髪の先が、ぬるい湯にひたっている。
会津の奥座敷、東山温泉での湯《とう》治《じ》は、容《かた》保《もり》公じきじきの勧めだ。俺は上級武家のみが使える湯治場の許可証を賜《たまわ》った。
働けるものなら働きたかったが、新撰組の面々から、銃創が完全に癒えるまではどうか無理をしてくれるなと懇願された。医者にも、休めと言われている。
「死んでいてもおかしくねぇ傷、か」
くすみがちで塩気のある湯に透かして、抉《えぐ》れた傷の赤さが目に付く。
素早い止血が功を奏し、また処置が適切で傷口が膿《う》みも腐りもしなかったおかげで、俺は五体満足を保っている。骨に異常はなく、弾も貫通した。皮膚と筋がもとどおりくっつくまでおとなしくしていれば、後遺症も出ないとのことだ。
おとなしく療養することがこんなに苦痛だとは思いもしなかった。致死相当の傷で後遺症を負った山《さん》南《なん》敬《けい》助《すけ》、労《ろう》咳《がい》に胸を病んだ沖《おき》田《た》総《そう》司《じ》を、屯所で休んでいろとなだめて前線に連れていかなかったことを、今になって後悔している。
「耐えられねぇよな。弱っていく体と、じっくり向き合うなんてのは」
傷を負って一月。両手の指で輪を作って腿《もも》の寸法を測れば、唖然とするほど細くなっている。素振りすら止められるせいで、両腕もいくらかしぼんだ。
品川で調達した洋服も、肩や胸の厚みがじきに足りなくなって、みすぼらしく不釣り合いになっちまうんじゃないか。間借りしている天寧寺に姿見がないのは幸いかもしれない。
ふと、人の気配がした。珍しいことだ。
俺は脱衣所のほうを振り返った。湯煙が揺れ、差し込む朝日が、そこに立つ人影をまろやかに照らした。
女だ。二十歳そこそこだろう。
しゃんとした立ち姿で、脚や腹にはしなやかな筋肉をまとっている。柔らかそうな茂みと、形のよい臍《へそ》。つんと上向きの乳は挑発するかのよう。いくぶん怒り肩なのが惜しいが、なかなかの美貌だ。
女は湯船の傍らに膝を突き、手を水面に浸して湯加減を見た。うなじから背中、腰へと続くなだらかな曲線。尻は思いのほか肉付きがよく、むっちりと張り詰めている。悪くない。
天井から落ちた水滴が音を立てた。音に引かれるように女が顔を上げ、ようやく俺に目を留める。途端、女の頬に朱が差した。
「嫌っ!」
一声上げて踵《きびす》を返し、あっという間に逃げ去る。やれやれ、武家の婦人は初心《うぶ》なものだ。
と、笑ったのも束の間。湯煙の向こうから、今度は小袖を引っ掛けて稽古用の木製の薙刀《なぎなた》を振りかざした格好で、女が再び現れた。
「この無礼者!」
迷いもなく踏み込んで一薙ぎ。反射的に跳びのくと、追撃の突きが繰り出される。半身になって躱《かわ》しざま、刃部を脇に挟み、柄に腕を絡めてつかむ。
「結構なご挨拶だな」
「わたくしの裸を見て、ただで済むと思わないでくださいまし!」
「風呂で裸になるのは当然だろうに」
「お黙りなさい! その手を離せ!」
「断る。褌《ふんどし》ひとつ付けてねぇ丸腰の相手に、薙刀なんぞ振り回すなよ。裸はお互いさまじゃねぇか」
湯船はさほど深くない。立ち上がった俺の腿《もも》より上は、ずぶ濡れで湯煙に晒《さら》されている。女もそれに気付いたようで、悲鳴を上げて後ずさろうとした。が、互いに薙刀を手放さないから、女はその場から動けない。
帯を締めない小袖が、あられもなくはだけている。海《え》老《び》茶《ちゃ》の縮緬《ちりめん》からのぞく肌は輝くように白く、薙刀を構えているのがまた奇妙に妖しい。裸で突っ立っているよりよほど男の淫《いん》気《き》を誘う。
いきなり、黒いものが視界に飛び込んできた。と思うと、そいつは俺に飛び掛かってきた。小さいが、獣だ。
薙刀を放しながら、獣の突進をよける。獣は派手なしぶきを上げて着水した。器用に前脚で湯を掻いて、なおも俺のほうへ寄ってくる。
黒い毛の狐だ。剥《む》き出しの牙は小粒だが、しっかりと尖っている。背筋が寒くなるには十分で、俺はさりげなく前を庇《かば》った。
「怪我を治しに来てるってのに、怪我を増やされたんじゃ元も子もねえ。薙刀も狐も引っ込めちゃくれねぇか?」
「ならば、後ろを向きなさい」
「武器を持った相手に背中を見せろと?」
「やましいことがなければ、後ろを向きなさい!」
「俺はあちらの端まで下がる。おまえさんは反対側にいればいい。湯煙の帳《とばり》が下りているんだ。互いに見えなけりゃ問題ないだろう?」
女が薙刀を構え直した。いい塩《あん》梅《ばい》に内《うち》腿《もも》がのぞけていると教えてやろうかと思案しつつ、結局は黙ったまま後退する。
薙刀も狐も襲ってこなかった。湯船の隅に腰を下ろすと、湯煙の向こう側で女が湯につかる気配がある。しばしの沈黙の後、言葉を発したのは女のほうだった。
「脚を怪我しておいでなのですね」
「ああ。倒幕派の連中に撃たれた」
「新撰組局長、土方歳三さまとお見受けします」
「確かに俺は土方歳三だが、局長の任は別の男に預けている」
「山口二郎さま、でしたか? 江戸の生まれ育ちでありながら会津に縁のある御仁とうかがいましたが」
そうだった。斎藤一はその名を捨て、今は山口二郎と名乗っている。
とはいえ、京都で過ごした五年間、斎藤一の名に親しんできた面々は、なかなか山口二郎に慣れない。容保公でさえ、つい斎藤と呼んでしまうと笑っておられた。
会津で初めて出会った者たちは、あいつを山口二郎と呼ぶ。俺が知る斎藤一とは別の男が会津には存在するのではないかと、時折おかしなことを思ってしまう。
「山口は、母方が会津だそうだ。おかげで言葉もわかる。会津藩の武士とともに戦うには、俺よりあいつのほうが適任だ。それより、おまえさんは会津の武家か? 江戸の言葉を話すようだが」
「江戸定《じょう》詰《づめ》勘《かん》定《じょう》役《やく》、中野平内《ない》の娘で、竹《たけ》子《こ》と申します。江戸の会津藩邸で育ちました。今年一月に伏見で大きな戦が起こり、京都守護を申し付かっていた会津藩が国《くに》許《もと》へ帰ることとなった折、わたくしも両親や妹と一緒に江戸を引き払い、こちらに越してきたのです」
「なるほど。江戸は今、危険だ。会津藩士がうろうろしていては、倒幕派の格好の餌食となる」
「いいえ、土方さまは誤解なさっておいでです。わたくしたちは江戸が危険だから逃げてきたわけではありませぬ。いずれ会津は倒幕派の軍に攻められる。そのとき会津の武士の端くれとして戦うために、この地に来たのです」
「女が戦うというのか?」
「会津では、武家ならば女でも武芸を磨き、学問を身に付けるものです。両親からそう教わって、わたくしも江戸で文武の芸を修めてまいりました。生半可な男より、腕に覚えはございますわ」
ぱしゃり、と水音が鳴る。竹子が身じろぎしたのか。あるいは黒狐のほうか。戸外の滝は絶え間なく、ざあざあと落ち続けている。川の名は湯《ゆ》川《がわ》というらしい。
「俺は毎朝この刻限に湯治場を訪れる。滅多に人が来ないからな。一度、家老の西《さい》郷《ごう》頼《たの》母《も》さまがお忍びで見えたことがあったが、その程度だ」
「ええ、わたくしも、誰もおらぬと思っておりました。それゆえ、見ず知らずの男に裸を晒《さら》してしまうなんて! この上ない失態ですわ!」
さっきよりも乱暴な水音がした。俺は苦笑する。この竹子という女、気位が高いのだろうが、いくらか子どもじみていやしないか。
まあ、跳ねっ返りは嫌いではない。きびきびとした受け答えはいかにも利発で、遠慮のない言葉を投げ付けられるのはいっそ爽快だ。
「俺でよかったじゃねぇか。俺は、女の裸を見たからといって即座にどうこうしようと目《もく》論《ろ》むような浅はかな男じゃあねえ」
「男なんて、皆、浅はかでございましょう!」
「かりかりしなさんな。会津の若い連中がどうだか知らねぇが、俺を一緒くたにするな。三十路も半ばに差し掛かりゃ、手練れにもなる。腕力に物を言わせて女を襲うなんて野暮な真似はしねぇよ」
「万が一にもおかしな振る舞いをなさらぬよう、ご注意なされませ。身の危険を感じれば、シジマをけし掛けます」
「シジマ? 黒い狐のことか?」
「はい。江戸からの道中、わたくしに懐いたのです。人間の男より、よほど頼りになる用心棒ですわ」
「ずいぶんな言い草だな。人間の男に恨みでもあるのか?」
「男など、鬱《うっ》陶《とう》しいばかりですもの。まだ十六の妹は、姉のわたくしから見ても大変な美人です。危うい目に遭いかけたことが一度や二度ではございませぬ。わたくしが武芸を磨くのも、妹の身を不届きな輩から守るため」
ざわついて落ち着かないご時世だ。箍《たが》の外れた人間や妖がごろごろしている。江戸も京都も、どこに行っても、ひとけの少ない路地は血の匂いがした。
「しかし、会津武家の女は本当に勇ましいものだな。京都でも何かと世話になった」
「高《たか》木《ぎ》時《とき》尾《お》さんのことでしょうか?」
「知り合いか? 年のころは近いだろうが」
「時尾さんはわたくしより一つ年上とうかがっています。お話ししたことはございませぬ。時尾さんはずっと京都にいらして、土方さまや山口さまとご一緒に会津に入っても、すぐにまた前線へ出ていかれました」
言葉に口惜しさがにじんでいる。同じ女の身でありながら戦うことを許される時尾がうらやましい、といったところか。
俺は竹子の他愛ない負けず嫌いを笑った。いや、そのつもりだったが、歪めた口からこぼれたのは醜い嫉妬だ。
「時尾どのには蒼い環がある。うちの斎藤……山口二郎と同じだ。環を持つ者が常人をはるかに凌《しの》ぐ力を使うことは、竹子どのも知っているだろう? 時尾どのも山口も、俺などよりよほど有能だ」
「お気持ち、お察しします。自ら望んで妖《あやかし》の力を得る赤き環と違い、生まれながらの蒼き環は人の道を外れぬもの。その力は神々しくすらあると聞き及んでおります」
「赤い環を成せる者も特別だ。さほど多くない。大抵の者は妖気に精神を食われて、呪詛を撒《ま》き散らしながら化け物に堕《お》ちる。しかしまあ、環を持たない常人はその呪詛に囚《とら》われて身動きひとつできなくなっちまうから、なり損ないの化け物でさえ厄介なんだが」
「倒幕派にも、環の持ち主はいるのでしょうか?」
「連中が劣勢だったころは、化け物が異様に多かった。今はどうだろうな。減っているんじゃないかな」
「減っている? なぜです?」
「いかに常人離れした力を得ても、新式の鉄砲や大砲の前には無力だ。環の力に手を出して制御の利かない化け物を造っちまうより、西洋式の軍制改革をするほうが効率がいい。危ういのは、むしろ会津だ。会津には旧式の武器しかない」
はっと息を呑む竹子の気配が、滝の音にまぎれることなくありありと、湯の上を滑って俺に届いた。
「土方さまは会津が劣勢だとおっしゃいますか?」
「圧倒的に劣勢だろうよ。兵の数も引っ繰り返された。日《ひ》和《より》見《み》を続けていた諸藩は続々と、薩摩、長州、土佐を中心とする倒幕派に加わっている。会津の味方は奥羽諸藩だというが、それも一枚岩ではない。徳川宗家《け》からの援軍も来ない」
「孤立無援だと?」
「おそらくは」
前線の斎藤だけではなく、仙台や米沢や越後にも遣いを出し、戦況を報告させている。いい話は聞かない。
竹子が腹立たしげに言った。
「幕府の命を受け、会津は京都で天皇をお守りしていました。徳川宗家への忠誠はもちろん、天皇家への精勤も諸藩の追随を許さぬ姿勢であったのに、なぜこのような目に遭わねばならぬのです?」
「会津公を厚く信頼しておられた先の天皇が崩御したとき、完全に流れが狂った。いや、その前年には倒幕派の内部で布石が打たれていたことを、俺たちは把握していなかった」
「布石とは?」
「薩摩と長州がひそかに手を組んでいやがったんだ。薩長は今《きん》上《じょう》天皇を担《かつ》いで公《く》家《げ》と手を結び、急速に事を成した。その結果、会津は京都から追い出され、賊《ぞく》軍《ぐん》呼ばわりされている」
「徳川宗家は会津の名誉を庇《かば》ってくださらないのですか?」
「倒幕派の前に生《いけ》贄《にえ》として会津を差し出したのは、徳川宗家の判断だ。倒幕派は江戸を火の海にする心づもりでいた。百五十万を超える民を被災させるわけにはいかねぇだろう? その代わりが会津さ」
「そんな殺生な」
「当世随一の忠義者、会津公なら、このとんでもない尻拭い役も引き受けざるを得ないと、幕府の連中は考えたらしい。そして、それは正解だった」
俺たち新撰組は、会津藩預かりの武士集団だ。容保公は頭ごなしの命令をする主君ではなく、俺たちを手先として操ろうともしなかった。だからこそ荒くれ育ちの俺たちは、容保公を上司として慕った。新撰組が志す義は会津のそれと同じだと信じられた。
人を殺す罪は為してきた。ただし、世を乱す悪を為したつもりは一切ない。
正道を歩んでいるはずだった。何度思い返しても、悪逆非道の賊軍と貶《おとし》められる意味がわからない。薩摩の軍中に天皇家の家紋があるのを見出した瞬間の衝撃は、いまだに胸を抉《えぐ》っている。
いけない。過去を思い悩むばかりでは、生き延びられない。今の俺に為し得ることを、過《あやま》たずに為さねば。
俺は立ち上がり、湯船を出た。途端に、傷めた脚が重く疼《うず》く。温まった肌から汗が噴き出した。
「もう行かれるのですか?」
「竹子どのは、そのほうが安心だろう?」
「さようでございますね。また改めてお話しできればと思います。京都のこと、戦のこと、お聞かせくださいませ」
黒い毛を重たげに濡らしたシジマが駆けてきて、値踏みするように俺を見上げた。猫と同じ縦長の瞳を持つ金色の目は、野育ちの獣のくせにずいぶんと賢そうだ。
「忠義者だな、おまえさんは」
誉めてやればそれがわかるらしく、シジマは満足げに笑うような顔をした。
立ち去ろうとする俺の背中に、竹子の声が触れた。
「お背中が美しゅうございますね。お背中に傷がないのは、敵に背を向けぬ勇敢な武士の証と申します」
「俺には見るなと言っておいて、竹子どのは俺の裸を見るのか?」
「……お黙りくださいませ」
「背中に惚れ惚れすると言ってくれる者も多いが、尻がまたいいとも言われるぞ。竹子どのからは、こちらを誉めてはもらえないのか?」
「お、お黙りくださいませ!」
ばしゃんと湯を打つ音がして、シジマが鼻にしわを寄せた。俺は笑いながら振り返らず、肩越しに手をひらひらさせて、湯殿を出た。
天井から伝い落ちる水滴が俺の額を打った。結っただけの総髪の先が、ぬるい湯にひたっている。
会津の奥座敷、東山温泉での湯《とう》治《じ》は、容《かた》保《もり》公じきじきの勧めだ。俺は上級武家のみが使える湯治場の許可証を賜《たまわ》った。
働けるものなら働きたかったが、新撰組の面々から、銃創が完全に癒えるまではどうか無理をしてくれるなと懇願された。医者にも、休めと言われている。
「死んでいてもおかしくねぇ傷、か」
くすみがちで塩気のある湯に透かして、抉《えぐ》れた傷の赤さが目に付く。
素早い止血が功を奏し、また処置が適切で傷口が膿《う》みも腐りもしなかったおかげで、俺は五体満足を保っている。骨に異常はなく、弾も貫通した。皮膚と筋がもとどおりくっつくまでおとなしくしていれば、後遺症も出ないとのことだ。
おとなしく療養することがこんなに苦痛だとは思いもしなかった。致死相当の傷で後遺症を負った山《さん》南《なん》敬《けい》助《すけ》、労《ろう》咳《がい》に胸を病んだ沖《おき》田《た》総《そう》司《じ》を、屯所で休んでいろとなだめて前線に連れていかなかったことを、今になって後悔している。
「耐えられねぇよな。弱っていく体と、じっくり向き合うなんてのは」
傷を負って一月。両手の指で輪を作って腿《もも》の寸法を測れば、唖然とするほど細くなっている。素振りすら止められるせいで、両腕もいくらかしぼんだ。
品川で調達した洋服も、肩や胸の厚みがじきに足りなくなって、みすぼらしく不釣り合いになっちまうんじゃないか。間借りしている天寧寺に姿見がないのは幸いかもしれない。
ふと、人の気配がした。珍しいことだ。
俺は脱衣所のほうを振り返った。湯煙が揺れ、差し込む朝日が、そこに立つ人影をまろやかに照らした。
女だ。二十歳そこそこだろう。
しゃんとした立ち姿で、脚や腹にはしなやかな筋肉をまとっている。柔らかそうな茂みと、形のよい臍《へそ》。つんと上向きの乳は挑発するかのよう。いくぶん怒り肩なのが惜しいが、なかなかの美貌だ。
女は湯船の傍らに膝を突き、手を水面に浸して湯加減を見た。うなじから背中、腰へと続くなだらかな曲線。尻は思いのほか肉付きがよく、むっちりと張り詰めている。悪くない。
天井から落ちた水滴が音を立てた。音に引かれるように女が顔を上げ、ようやく俺に目を留める。途端、女の頬に朱が差した。
「嫌っ!」
一声上げて踵《きびす》を返し、あっという間に逃げ去る。やれやれ、武家の婦人は初心《うぶ》なものだ。
と、笑ったのも束の間。湯煙の向こうから、今度は小袖を引っ掛けて稽古用の木製の薙刀《なぎなた》を振りかざした格好で、女が再び現れた。
「この無礼者!」
迷いもなく踏み込んで一薙ぎ。反射的に跳びのくと、追撃の突きが繰り出される。半身になって躱《かわ》しざま、刃部を脇に挟み、柄に腕を絡めてつかむ。
「結構なご挨拶だな」
「わたくしの裸を見て、ただで済むと思わないでくださいまし!」
「風呂で裸になるのは当然だろうに」
「お黙りなさい! その手を離せ!」
「断る。褌《ふんどし》ひとつ付けてねぇ丸腰の相手に、薙刀なんぞ振り回すなよ。裸はお互いさまじゃねぇか」
湯船はさほど深くない。立ち上がった俺の腿《もも》より上は、ずぶ濡れで湯煙に晒《さら》されている。女もそれに気付いたようで、悲鳴を上げて後ずさろうとした。が、互いに薙刀を手放さないから、女はその場から動けない。
帯を締めない小袖が、あられもなくはだけている。海《え》老《び》茶《ちゃ》の縮緬《ちりめん》からのぞく肌は輝くように白く、薙刀を構えているのがまた奇妙に妖しい。裸で突っ立っているよりよほど男の淫《いん》気《き》を誘う。
いきなり、黒いものが視界に飛び込んできた。と思うと、そいつは俺に飛び掛かってきた。小さいが、獣だ。
薙刀を放しながら、獣の突進をよける。獣は派手なしぶきを上げて着水した。器用に前脚で湯を掻いて、なおも俺のほうへ寄ってくる。
黒い毛の狐だ。剥《む》き出しの牙は小粒だが、しっかりと尖っている。背筋が寒くなるには十分で、俺はさりげなく前を庇《かば》った。
「怪我を治しに来てるってのに、怪我を増やされたんじゃ元も子もねえ。薙刀も狐も引っ込めちゃくれねぇか?」
「ならば、後ろを向きなさい」
「武器を持った相手に背中を見せろと?」
「やましいことがなければ、後ろを向きなさい!」
「俺はあちらの端まで下がる。おまえさんは反対側にいればいい。湯煙の帳《とばり》が下りているんだ。互いに見えなけりゃ問題ないだろう?」
女が薙刀を構え直した。いい塩《あん》梅《ばい》に内《うち》腿《もも》がのぞけていると教えてやろうかと思案しつつ、結局は黙ったまま後退する。
薙刀も狐も襲ってこなかった。湯船の隅に腰を下ろすと、湯煙の向こう側で女が湯につかる気配がある。しばしの沈黙の後、言葉を発したのは女のほうだった。
「脚を怪我しておいでなのですね」
「ああ。倒幕派の連中に撃たれた」
「新撰組局長、土方歳三さまとお見受けします」
「確かに俺は土方歳三だが、局長の任は別の男に預けている」
「山口二郎さま、でしたか? 江戸の生まれ育ちでありながら会津に縁のある御仁とうかがいましたが」
そうだった。斎藤一はその名を捨て、今は山口二郎と名乗っている。
とはいえ、京都で過ごした五年間、斎藤一の名に親しんできた面々は、なかなか山口二郎に慣れない。容保公でさえ、つい斎藤と呼んでしまうと笑っておられた。
会津で初めて出会った者たちは、あいつを山口二郎と呼ぶ。俺が知る斎藤一とは別の男が会津には存在するのではないかと、時折おかしなことを思ってしまう。
「山口は、母方が会津だそうだ。おかげで言葉もわかる。会津藩の武士とともに戦うには、俺よりあいつのほうが適任だ。それより、おまえさんは会津の武家か? 江戸の言葉を話すようだが」
「江戸定《じょう》詰《づめ》勘《かん》定《じょう》役《やく》、中野平内《ない》の娘で、竹《たけ》子《こ》と申します。江戸の会津藩邸で育ちました。今年一月に伏見で大きな戦が起こり、京都守護を申し付かっていた会津藩が国《くに》許《もと》へ帰ることとなった折、わたくしも両親や妹と一緒に江戸を引き払い、こちらに越してきたのです」
「なるほど。江戸は今、危険だ。会津藩士がうろうろしていては、倒幕派の格好の餌食となる」
「いいえ、土方さまは誤解なさっておいでです。わたくしたちは江戸が危険だから逃げてきたわけではありませぬ。いずれ会津は倒幕派の軍に攻められる。そのとき会津の武士の端くれとして戦うために、この地に来たのです」
「女が戦うというのか?」
「会津では、武家ならば女でも武芸を磨き、学問を身に付けるものです。両親からそう教わって、わたくしも江戸で文武の芸を修めてまいりました。生半可な男より、腕に覚えはございますわ」
ぱしゃり、と水音が鳴る。竹子が身じろぎしたのか。あるいは黒狐のほうか。戸外の滝は絶え間なく、ざあざあと落ち続けている。川の名は湯《ゆ》川《がわ》というらしい。
「俺は毎朝この刻限に湯治場を訪れる。滅多に人が来ないからな。一度、家老の西《さい》郷《ごう》頼《たの》母《も》さまがお忍びで見えたことがあったが、その程度だ」
「ええ、わたくしも、誰もおらぬと思っておりました。それゆえ、見ず知らずの男に裸を晒《さら》してしまうなんて! この上ない失態ですわ!」
さっきよりも乱暴な水音がした。俺は苦笑する。この竹子という女、気位が高いのだろうが、いくらか子どもじみていやしないか。
まあ、跳ねっ返りは嫌いではない。きびきびとした受け答えはいかにも利発で、遠慮のない言葉を投げ付けられるのはいっそ爽快だ。
「俺でよかったじゃねぇか。俺は、女の裸を見たからといって即座にどうこうしようと目《もく》論《ろ》むような浅はかな男じゃあねえ」
「男なんて、皆、浅はかでございましょう!」
「かりかりしなさんな。会津の若い連中がどうだか知らねぇが、俺を一緒くたにするな。三十路も半ばに差し掛かりゃ、手練れにもなる。腕力に物を言わせて女を襲うなんて野暮な真似はしねぇよ」
「万が一にもおかしな振る舞いをなさらぬよう、ご注意なされませ。身の危険を感じれば、シジマをけし掛けます」
「シジマ? 黒い狐のことか?」
「はい。江戸からの道中、わたくしに懐いたのです。人間の男より、よほど頼りになる用心棒ですわ」
「ずいぶんな言い草だな。人間の男に恨みでもあるのか?」
「男など、鬱《うっ》陶《とう》しいばかりですもの。まだ十六の妹は、姉のわたくしから見ても大変な美人です。危うい目に遭いかけたことが一度や二度ではございませぬ。わたくしが武芸を磨くのも、妹の身を不届きな輩から守るため」
ざわついて落ち着かないご時世だ。箍《たが》の外れた人間や妖がごろごろしている。江戸も京都も、どこに行っても、ひとけの少ない路地は血の匂いがした。
「しかし、会津武家の女は本当に勇ましいものだな。京都でも何かと世話になった」
「高《たか》木《ぎ》時《とき》尾《お》さんのことでしょうか?」
「知り合いか? 年のころは近いだろうが」
「時尾さんはわたくしより一つ年上とうかがっています。お話ししたことはございませぬ。時尾さんはずっと京都にいらして、土方さまや山口さまとご一緒に会津に入っても、すぐにまた前線へ出ていかれました」
言葉に口惜しさがにじんでいる。同じ女の身でありながら戦うことを許される時尾がうらやましい、といったところか。
俺は竹子の他愛ない負けず嫌いを笑った。いや、そのつもりだったが、歪めた口からこぼれたのは醜い嫉妬だ。
「時尾どのには蒼い環がある。うちの斎藤……山口二郎と同じだ。環を持つ者が常人をはるかに凌《しの》ぐ力を使うことは、竹子どのも知っているだろう? 時尾どのも山口も、俺などよりよほど有能だ」
「お気持ち、お察しします。自ら望んで妖《あやかし》の力を得る赤き環と違い、生まれながらの蒼き環は人の道を外れぬもの。その力は神々しくすらあると聞き及んでおります」
「赤い環を成せる者も特別だ。さほど多くない。大抵の者は妖気に精神を食われて、呪詛を撒《ま》き散らしながら化け物に堕《お》ちる。しかしまあ、環を持たない常人はその呪詛に囚《とら》われて身動きひとつできなくなっちまうから、なり損ないの化け物でさえ厄介なんだが」
「倒幕派にも、環の持ち主はいるのでしょうか?」
「連中が劣勢だったころは、化け物が異様に多かった。今はどうだろうな。減っているんじゃないかな」
「減っている? なぜです?」
「いかに常人離れした力を得ても、新式の鉄砲や大砲の前には無力だ。環の力に手を出して制御の利かない化け物を造っちまうより、西洋式の軍制改革をするほうが効率がいい。危ういのは、むしろ会津だ。会津には旧式の武器しかない」
はっと息を呑む竹子の気配が、滝の音にまぎれることなくありありと、湯の上を滑って俺に届いた。
「土方さまは会津が劣勢だとおっしゃいますか?」
「圧倒的に劣勢だろうよ。兵の数も引っ繰り返された。日《ひ》和《より》見《み》を続けていた諸藩は続々と、薩摩、長州、土佐を中心とする倒幕派に加わっている。会津の味方は奥羽諸藩だというが、それも一枚岩ではない。徳川宗家《け》からの援軍も来ない」
「孤立無援だと?」
「おそらくは」
前線の斎藤だけではなく、仙台や米沢や越後にも遣いを出し、戦況を報告させている。いい話は聞かない。
竹子が腹立たしげに言った。
「幕府の命を受け、会津は京都で天皇をお守りしていました。徳川宗家への忠誠はもちろん、天皇家への精勤も諸藩の追随を許さぬ姿勢であったのに、なぜこのような目に遭わねばならぬのです?」
「会津公を厚く信頼しておられた先の天皇が崩御したとき、完全に流れが狂った。いや、その前年には倒幕派の内部で布石が打たれていたことを、俺たちは把握していなかった」
「布石とは?」
「薩摩と長州がひそかに手を組んでいやがったんだ。薩長は今《きん》上《じょう》天皇を担《かつ》いで公《く》家《げ》と手を結び、急速に事を成した。その結果、会津は京都から追い出され、賊《ぞく》軍《ぐん》呼ばわりされている」
「徳川宗家は会津の名誉を庇《かば》ってくださらないのですか?」
「倒幕派の前に生《いけ》贄《にえ》として会津を差し出したのは、徳川宗家の判断だ。倒幕派は江戸を火の海にする心づもりでいた。百五十万を超える民を被災させるわけにはいかねぇだろう? その代わりが会津さ」
「そんな殺生な」
「当世随一の忠義者、会津公なら、このとんでもない尻拭い役も引き受けざるを得ないと、幕府の連中は考えたらしい。そして、それは正解だった」
俺たち新撰組は、会津藩預かりの武士集団だ。容保公は頭ごなしの命令をする主君ではなく、俺たちを手先として操ろうともしなかった。だからこそ荒くれ育ちの俺たちは、容保公を上司として慕った。新撰組が志す義は会津のそれと同じだと信じられた。
人を殺す罪は為してきた。ただし、世を乱す悪を為したつもりは一切ない。
正道を歩んでいるはずだった。何度思い返しても、悪逆非道の賊軍と貶《おとし》められる意味がわからない。薩摩の軍中に天皇家の家紋があるのを見出した瞬間の衝撃は、いまだに胸を抉《えぐ》っている。
いけない。過去を思い悩むばかりでは、生き延びられない。今の俺に為し得ることを、過《あやま》たずに為さねば。
俺は立ち上がり、湯船を出た。途端に、傷めた脚が重く疼《うず》く。温まった肌から汗が噴き出した。
「もう行かれるのですか?」
「竹子どのは、そのほうが安心だろう?」
「さようでございますね。また改めてお話しできればと思います。京都のこと、戦のこと、お聞かせくださいませ」
黒い毛を重たげに濡らしたシジマが駆けてきて、値踏みするように俺を見上げた。猫と同じ縦長の瞳を持つ金色の目は、野育ちの獣のくせにずいぶんと賢そうだ。
「忠義者だな、おまえさんは」
誉めてやればそれがわかるらしく、シジマは満足げに笑うような顔をした。
立ち去ろうとする俺の背中に、竹子の声が触れた。
「お背中が美しゅうございますね。お背中に傷がないのは、敵に背を向けぬ勇敢な武士の証と申します」
「俺には見るなと言っておいて、竹子どのは俺の裸を見るのか?」
「……お黙りくださいませ」
「背中に惚れ惚れすると言ってくれる者も多いが、尻がまたいいとも言われるぞ。竹子どのからは、こちらを誉めてはもらえないのか?」
「お、お黙りくださいませ!」
ばしゃんと湯を打つ音がして、シジマが鼻にしわを寄せた。俺は笑いながら振り返らず、肩越しに手をひらひらさせて、湯殿を出た。
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