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第7章:時の残響(レゾナンス・オブ・ゼロ)
第32話:観測者プロトコル(前篇)
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アークライン・タワー前。
朝の光が街路に広がりはじめたころ、高梨誠は足を止めた。
ポケットの中で、携帯端末が震えた。
――ピッ。
画面に、ひとつの未読ファイルが浮かび上がる。
【RECON-26:観測継承パケット】
【自動送信時刻:26時03分】
「……また悠かよ。
まったく、置き土産が多すぎんだよ……」
深く息をつき、タワー横のベンチに腰を下ろす。
指先で画面をタップすると、電子ノイズのような粒子が視界を満たした。
次の瞬間――
穏やかな女性の声が再生された。
『おはようございます、高梨誠さん。
私は観測補助AI《御堂ユニット7号》。最後の承認を開始します。』
「御堂……? AI御堂? なんでお前が……」
声は落ち着いていた。
それは、昨夜までタワーの各端末で聞き慣れていた“案内音声”と同じだった。
だが、その語り口には妙な“人間味”が混ざっていた。
『悠さんは、観測層からの離脱の直前、あなたのIDに“継承権”を付与しました。
理由は――高梨誠、あなたが《観測者の代わり》に選ばれたからです。』
「代わり……だと?」
ベンチの前を、出勤前の会社員が通り過ぎていく。
だが、誰も高梨の端末から流れる声には気づかない。
まるでこれは、この世界の“表面の外側だけで響いている音”だった。
■観測者とは何か
画面に簡潔な図が浮かぶ。
《現実層》
《観測層》
《零層(データ層)》
三つの階層が、薄い線で接続されている。
『観測者とは――
現実世界と零層のあいだに立ち、
“世界が誤作動した瞬間”だけを記録する役目です。』
「記録……だけ? じゃあ修正は?」
『修正は行いません。
観測とは、世界の“選択”を邪魔しないための仕組みです。
人間が世界を書き換えると、必ず歪みが生じるから。』
高梨は眉をひそめた。
「じゃあ、悠がやってたのは……“見てただけ”ってことかよ?」
『ええ。
ただし――“見た記録”は蓄積し、いつか世界の判断材料になります。
あなたが撮ってきた写真と同じです、高梨誠さん。』
高梨の手が止まった。
(悠……お前、ずっとひとりでこんな役目を……)
胸が少し痛んだ。
■AI御堂の“最後の承認”
『そして――最後の承認事項を伝えます。』
表示が切り替わり、ひとつのログが再生された。
【MIDO-7:承認記録】
【内容:観測者・篠原悠の離脱承認】
『本来、観測者は零層の外へ行けません。
世界が許さないためです。』
「でも悠は行った……許されたってことか?」
『はい。
《御堂ユニット》は“世界側の代理人格”です。
私は、“世界が拒まない存在だけ”に承認を出します。
昨夜、初めて――
“観測者の離脱を阻止しない”という判断が下りました。』
高梨は息を呑んだ。
「つまり……悠は追い出されたんじゃなくて、通された?」
『正確には――
“零層の外側に進む資格がある”と判定されたのです。』
雨雲がひとつもない空。
なのに、どこか冷たい風が吹いた。
■悠が見た“外側”
御堂の声が少しだけ静かになった。
『これは推測ですが……
悠さんが最後に見たのは、世界がまだ“言葉になっていない領域”です。
数式にも、物語にも、記録にもならない場所。』
「そんなものが、本当に?」
『あなたにも近い経験があります。
25時――存在しない時間。
25階――存在しない階層。
その“感覚の隙間”を見たでしょう?』
高梨は頭を押さえた。
確かに、昨夜の塔は――この世界の“端”に触れていた。
『悠さんはそのさらに外側へ行きました。
私たちが“まだ観測できない未来”を見に。』
高梨の胸に、小さな怒りが湧いた。
「……勝手に行きやがって。
戻ってくるまで俺は待ち続けるからな。」
御堂の声は、ほんのわずか、微笑んだように聞こえた。
『ええ。
そのために――継承パケットはあなたへ送られました。
観測ログは、あなたが“次の観測者”として読むべきものです。』
画面に、数十のログファイルが並んだ。
【観測ログ:零層端部】
【観測ログ:25時事象】
【観測ログ:外部干渉】
【観測ログ:未定義領域】
「……全部、読むよ。
悠が見てきた世界を、俺が引き継ぐ。」
朝日が強くなり、画面に反射した。
ログがひとつ、勝手に開いた。
《観測ログ:外部干渉》
そこには――
【最後に会ったとき、高梨が笑ってた。
あれで十分だ。
記録してくれてありがとう。】
高梨は目を閉じ、深く息を吸った。
「……バカ野郎。
そんなこと言われたら、忘れられるわけないだろ。」
端末を握りしめたまま、彼は立ち上がる。
世界はもう、静かに動き出している。
朝の光が街路に広がりはじめたころ、高梨誠は足を止めた。
ポケットの中で、携帯端末が震えた。
――ピッ。
画面に、ひとつの未読ファイルが浮かび上がる。
【RECON-26:観測継承パケット】
【自動送信時刻:26時03分】
「……また悠かよ。
まったく、置き土産が多すぎんだよ……」
深く息をつき、タワー横のベンチに腰を下ろす。
指先で画面をタップすると、電子ノイズのような粒子が視界を満たした。
次の瞬間――
穏やかな女性の声が再生された。
『おはようございます、高梨誠さん。
私は観測補助AI《御堂ユニット7号》。最後の承認を開始します。』
「御堂……? AI御堂? なんでお前が……」
声は落ち着いていた。
それは、昨夜までタワーの各端末で聞き慣れていた“案内音声”と同じだった。
だが、その語り口には妙な“人間味”が混ざっていた。
『悠さんは、観測層からの離脱の直前、あなたのIDに“継承権”を付与しました。
理由は――高梨誠、あなたが《観測者の代わり》に選ばれたからです。』
「代わり……だと?」
ベンチの前を、出勤前の会社員が通り過ぎていく。
だが、誰も高梨の端末から流れる声には気づかない。
まるでこれは、この世界の“表面の外側だけで響いている音”だった。
■観測者とは何か
画面に簡潔な図が浮かぶ。
《現実層》
《観測層》
《零層(データ層)》
三つの階層が、薄い線で接続されている。
『観測者とは――
現実世界と零層のあいだに立ち、
“世界が誤作動した瞬間”だけを記録する役目です。』
「記録……だけ? じゃあ修正は?」
『修正は行いません。
観測とは、世界の“選択”を邪魔しないための仕組みです。
人間が世界を書き換えると、必ず歪みが生じるから。』
高梨は眉をひそめた。
「じゃあ、悠がやってたのは……“見てただけ”ってことかよ?」
『ええ。
ただし――“見た記録”は蓄積し、いつか世界の判断材料になります。
あなたが撮ってきた写真と同じです、高梨誠さん。』
高梨の手が止まった。
(悠……お前、ずっとひとりでこんな役目を……)
胸が少し痛んだ。
■AI御堂の“最後の承認”
『そして――最後の承認事項を伝えます。』
表示が切り替わり、ひとつのログが再生された。
【MIDO-7:承認記録】
【内容:観測者・篠原悠の離脱承認】
『本来、観測者は零層の外へ行けません。
世界が許さないためです。』
「でも悠は行った……許されたってことか?」
『はい。
《御堂ユニット》は“世界側の代理人格”です。
私は、“世界が拒まない存在だけ”に承認を出します。
昨夜、初めて――
“観測者の離脱を阻止しない”という判断が下りました。』
高梨は息を呑んだ。
「つまり……悠は追い出されたんじゃなくて、通された?」
『正確には――
“零層の外側に進む資格がある”と判定されたのです。』
雨雲がひとつもない空。
なのに、どこか冷たい風が吹いた。
■悠が見た“外側”
御堂の声が少しだけ静かになった。
『これは推測ですが……
悠さんが最後に見たのは、世界がまだ“言葉になっていない領域”です。
数式にも、物語にも、記録にもならない場所。』
「そんなものが、本当に?」
『あなたにも近い経験があります。
25時――存在しない時間。
25階――存在しない階層。
その“感覚の隙間”を見たでしょう?』
高梨は頭を押さえた。
確かに、昨夜の塔は――この世界の“端”に触れていた。
『悠さんはそのさらに外側へ行きました。
私たちが“まだ観測できない未来”を見に。』
高梨の胸に、小さな怒りが湧いた。
「……勝手に行きやがって。
戻ってくるまで俺は待ち続けるからな。」
御堂の声は、ほんのわずか、微笑んだように聞こえた。
『ええ。
そのために――継承パケットはあなたへ送られました。
観測ログは、あなたが“次の観測者”として読むべきものです。』
画面に、数十のログファイルが並んだ。
【観測ログ:零層端部】
【観測ログ:25時事象】
【観測ログ:外部干渉】
【観測ログ:未定義領域】
「……全部、読むよ。
悠が見てきた世界を、俺が引き継ぐ。」
朝日が強くなり、画面に反射した。
ログがひとつ、勝手に開いた。
《観測ログ:外部干渉》
そこには――
【最後に会ったとき、高梨が笑ってた。
あれで十分だ。
記録してくれてありがとう。】
高梨は目を閉じ、深く息を吸った。
「……バカ野郎。
そんなこと言われたら、忘れられるわけないだろ。」
端末を握りしめたまま、彼は立ち上がる。
世界はもう、静かに動き出している。
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