【R18】フォルテナよ幸せに

mokumoku

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「奥様、庭に行かれませんか?」
あれから毎日ハーネットは私を庭へ連れ出してくれる。
「……あ、ええ。ではお庭で刺繍をしようかな?ガゼボに座っていてもいいかしら……?駄目なら野原にいようかな?」
ハーネットは私の裁縫道具を持つと「ガゼボは目につくと困りますので……」とやんわり野原にいるように薦められた。

ちらりと見たここの庭のガゼボはとても素敵だ。
丸いドーム状の屋根には美しくツタが絡まっていて、春になると色とりどりの花が咲くそう。
「それまでに旦那様と仲良くなって……私も堂々とお庭に来たいな」フォルテナは野原にスカートを広げるとふわりと座った。
裁縫道具を開ける。
「旦那様は蜘蛛が好きだから……」昨日図鑑を薄目で見ながら描いた下地の蜘蛛を刺繍するために布を刺繍枠にはめる。
黒い糸を針に通すと布にプスリと刺した。

フォルテナは少しでもクロードに好印象を持たれたかった。
そうすればここでの生活がやりやすくなるだろう。と思ったからだ。
クロードと仲良くなって少しわがままを聞いて貰えるようになったら、実家からリリーをこちらに連れてきたい。
前の訪問から結局リリーからの音沙汰がない。

ハーネットは私の専属ではなく別の仕事をお願いしたい。
その方がクロードとハーネットの時間が自由にとれるだろうし、何よりもフォルテナはハーネットが苦手だった。
理由はよくわからない。
ただなんとなく一緒にいると落ち着かなくて苦手だった。



無心で刺繍をしていると
「奥様」と声を掛けられて肩がビクついてしまった。
「……あ、ご、ごめんなさいね。集中していたわ」
フォルテナは慌てて裁縫道具を片付けるとスカートの土ぼこりをパタパタと手で払った。
中々集中できたのでもう少しで完成しそう。
部屋に戻ったら続きをしよう。とフォルテは考えていると部屋のテーブルにはもう既に花瓶に活けられた花が瑞々しく咲き誇っていた。

フォルテナはなんとなく寂しい気持ちもありつつ……
でもこの方がメッセージカードやらに心を引っ張られずにすむと胸を撫で下ろしたくなる気持ちもあった。

(旦那様が愛人を作るのと、女の私が愛人を作るのとは意味合いが変わってしまう……)私が愛人を作った瞬間離縁されてしまうだろう。
フォルテナはそんな自分の思いにふと考えを巡らせた。

(旦那様は離縁の口実にしたくて庭師にメッセージカードを書かせていたのでは?)と

でも今は離縁をしたいと言う気分が薄れてきているから……メッセージカードを付けさせるのを止めさせたのかもしれない……
フォルテナは過ごしやすい今の環境から実家に出戻る気持ちはキレイさっぱりなくなっていた。
当初ならばクロードが離縁したがっていると気付いたら両手を上げて喜んでいたに違いない。

(ここはご飯もおいしいし……いい物を与えてくれるし……何よりも旦那様との夜の営みは心地よい……)

フォルテナは花瓶にジプソフィラが活けてあることに見て見ぬふりをした。(普通なら花言葉なんてすぐわからないのだし……たまたま、偶然よ。ジプソフィラはかわいらしい花だから添えてあるだけだわ)
フォルテナは気を取り直すためにも裁縫道具を出すと刺繍の続きを進めた。

トントン……とノックの音がして我に返る。
ハーネットが出る。
少し話す声がした後、クロードが顔を出した。

「あ……旦那様。ごきげんよう」
フォルテナは立ち上がり頭を下げると後は糸を切るだけで完了する刺繍に再び手を伸ばす。今ちょうど会えたクロードにこのハンカチを渡したかった。旦那様の用事がすんだから話し掛けてみよう……
チョキン……と糸を切り顔を上げるとクロードが立っていてフォルテナは驚いた。
「……あ、ご、ごめんなさい。集中していて……あ、こ、これ……」
フォルテナはハンカチをキレイに畳むと刺繍が見えるようにクロードに差し出した。
クロードは伸ばした手を一瞬止めたのでフォルテナは顔を上げた。クロードは見るからに愕然とした顔をしていたのでフォルテナは自分の刺繍が上手くないせいかと内心動揺した。
(もっと違う感じの蜘蛛がよかったのかも……デザインが変だったかもしれないわ)
クロードはフォルテナが自分を見ているのに気付いたのか慌てて表情を取り繕うと胸ポケットから手帳を取り出した。
「あ……あの、これ……私なりに旦那様を想って刺繍しました。……あの、技術は未熟ですが……その……」
クロードはその言葉を聞くと手帳のページを捲り、再びペンを走らせている。
「……受け取っていただけると……その……」
ハーネットの視線を感じる。
なんだか彼女の前で渡さなければよかった……とフォルテナは思った。クロードが受け取りにくいのではないかと思ったからだ。しかし、もう出してしまったものは引っ込ませるわけにはいかなくてフォルテナは自分の配慮のなさにうんざりした。

クロードはそっとフォルテナの手からハンカチを受け取ると彼女の目の前に手帳を出した。
『ありがとう。嬉しい』
そこにはそう書いてあってフォルテナは胸がドキドキするのを感じた。「あ……い、いいえ。あの、旦那様がお花をくださいましたので……そのお礼に……」クロードはそれを聞いて目を見開くと手帳に再びペンを走らせている。

『気にしなくていいのに、でもありがとう。大切にする』

フォルテナはクロードの心の広さと優しさに胸が熱くなった。……なんて優しいのかしら。私の未熟な刺繍を……社交辞令かもしれないけれど大切にしてくれるなんて……!!

「ありがとうございます。……私、一生懸命旦那様を想って刺繍したんです」フォルテナはクロードを見つめた。その瞳は潤んでいて、彼女の瞳の美しさを増大させている。
クロードは顔を真っ赤にし、嬉しそうに笑うと少し苦笑いして手帳を再び見せてきた。

『俺は蜘蛛のイメージ?』

フォルテナはクロードが好きな物をイメージにしてもらえたのが嬉しいのかと本当は一ミリもそんなイメージがないのにも関わらず「はい、そうです!」とおべっかを使った。
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