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第1章 辺境編
第21話 ワイン工房の後継ぎ②
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コーホルに依頼を受けてしばらくの間、アスターゼは一切動こうとはしなかった。考えるのも億劫になり、アルテナとエルフィスと剣術の稽古ばかりして過ごした。何かして体を動かしていないと、頭がどうにかなりそうだったのだ。
ニーナは心配げな表情で嫌なら依頼を断っても良いと言ってくれているが、コーホルが何を仕出かすか分からない以上、アスターゼは家族に迷惑が及ぶことだけは避けたかった。
今日もアルテナとエルフィスと共に稽古をしていたのだが、アルテナに槍術の教師が着いたらしく、今日の彼女は槍を振るっていた。
コロッセスもその様子を興味深そうに見ている。
まだ聖騎士になるのを諦めていないのかも知れない。
そんな中、見覚えのある少年がアスターゼに声を掛けてきた。
彼はコーホルの曾孫でリュカと言う名前であるらしい。
彼は極めて丁寧な態度で自己紹介をすると、話を聞いて欲しいとお願いしてきた。
あのジジイの曾孫とはとても思えない。
「アスターゼさん! 僕、黒魔術士になって色んな人たちを助ける探求者になりたいんです!」
アスターゼは眩く光り輝く彼の瞳の力に思わず一歩後ずさってしまった。
10歳。まだまだ純粋なお年頃である。
と言ってもアスターゼと2歳違いでしかないのだが。
「まぁ座ろうか」
アスターゼはそう促して広場の隅にあるベンチに座ると、リュカは少し距離を開けて遠慮がちに隣に座った。
「前の戦いの時、修道僧に転職してもらって凄い力を感じたんです」
「何で修道僧じゃなくて黒魔術士になりたいの?」
「就職の儀の時、神官の人が言ってたんです。神聖術に比べて魔術の使い手はすごく少ないらしいんです」
「あーレア物をゲットしたい感覚か……」
「レア物?」
アスターゼは気にしないように言いつつ、リュカの言ったことに興味を抱いていた。
魔術を扱えるのは黒魔術士と白魔術士が主な存在だ。
少しだけ扱える職業もあるにはあるが、それ程多くはない。
この世界の最大宗教であるガウス神教の神官などは神聖術を扱う職業である。
「隙間を狙って自己の重要性を高めようとする辺り、大したもんだ」
アスターゼの口からは素直な感想がついて出た。
10歳でここまで考えている者は中々いないだろう。
「でも君は農民になったんだろ? なら稼業を継ぐのが1番良いんじゃないか?」
「農民も大事な職業だとは分かっているんです。でもこれから世界は激動の時代を迎えると思うんです。『転職』と言う概念の登場によって」
アスターゼの胸を衝撃が襲う。
職業は神から授けられる宿命のようなものであり、人間はその職業に就いて人生を全うする。そのような価値観を持つ者が多いこの世界で、彼のような考えが出来るのは極めて稀だと思われた。
あの砦跡の戦いだけで、そこまでの結論に至るのは普通の思考ではない。
「なぁ、リュカはこの世界でどう生きたい?」
「え? ですから色んな人を……」
「いや、そうじゃない。それでこの世界をどうしたいんだ?」
リュカのお陰で何かを見出せそうなアスターゼが彼の言葉を遮る。
彼はアスターゼの語気が少し荒くなったのを敏感に察知したようでどこか迷ったような様子を見せる。しかし、アスターゼの真剣な眼差しを見て何か感じるところがあったのか、遠慮がちに意見を述べた。
「……人々にもっと選択肢と可能性を示したい……と思います」
「そうか……」
そう言ったきり目を閉じて腕を組み、黙り込んでしまったアスターゼをリュカはじっと見つめる。短くない時間が流れ、アスターゼの両目がカッと開かれた。
「リュカ、俺はまだ12歳だ。力もない。だが上手く立ち回れば力を得られる立場にいると思っている。俺は成り上がる。力をつけたら迎えに行くからそれまで待っていてくれないか?」
「待つ……ですか?」
「ああ、時節到来の折りには、一緒に世界の価値観をぶち壊してやろう」
その言葉を聞いてリュカの硬かった表情が緩み、その相好が崩れた。
「それまでは色んな知識を吸収しながらワイン工房を続けていて欲しい。農民の職能は〈農作業〉だったな。どの程度習得してる?」
「ワイン造りですからね……栽培関係は幾つか習得しています」
「黒魔術士になりたいんだよな……なら賢者か大魔術士がいいかもな。どっちになりたい?」
「どんな違いがあるんでしょうか?」
リュカはポカンと口を開いて小首を傾げる。頭の上には?マークが浮かんでいる感じだ。
「両職共に黒魔術と白魔術が使えるけど、後は賢者なら付与術、大魔術士なら時空魔術を習得できる」
「うーん。なら大魔術士がいいですね。何だか格好良いですし」
格好の良さで選ぶ辺り、リュカも大人びているように見えてまだまだ子供のようだ。アスターゼはすぐに【ハローワールド】の能力を使い、リュカを大魔術士へと転職させた。そして第二の職能に〈農作業〉をセットするように告げる。これで農民の能力を落とさずに、大魔術士のキャリアポイントを稼ぐことができる。更に彼は幸運なことに黒魔術士の素質があり、大魔術士と言う職業との相性も良い。
「とにかく俺たちはまだまだ力をつける必要がある」
「分かりました。僕は更に子供なんですよね……。ちょっと焦り過ぎていたみたいです。アスターゼさんを信じて待つことにします」
――俺を利用するつもりの奴らを逆に全員まとめて利用してやる
アスターゼは右手を握りしめると、リュカの目の前に差し出した。
それを見たリュカも同じように拳を作ると、お互いに拳と拳をぶつけ合う。
ここに若干、12歳と10歳の同盟関係が誕生したのであった。
※※※
それまでの曾孫の態度が一変した。
コーラルはそのことに大層満足していた。
喜び勇んで踊りだしそうな程嬉しかった。
駄目で元々で『てんしょくし』とか言う職業を授かったアスターゼに曾孫のリュカの説得を依頼した。
職業を変える能力を持つらしいが、彼に拒絶させればリュカも諦めがつくだろうと思ったのだ。
そしてその目論みは見事に当たった。
コーラルはリュカに気が変わった理由を尋ねたが、最後まで答えてくれなかった。しかし、リュカがワイン工房を継いでくれるのだ。
歴史と伝統が守られるのである。
コーラルは天におわす神から授かった職業を変えるなど言語道断であると考えていた。世界の理をも変える力を何故、神はあのような小童に与え給うたのか。
神の子である人間たるもの、分を弁えて授かった職業に就き、生を全うするのが正道と言うものである。
アスターゼに職業を与え給うたのは本当に神なのか。
コーラルはとても信じられなかった。
きっと悪魔の仕業に違いない。
アスターゼは悪魔憑きなのだ。
そんな人間に子供たちを近づけることなどあってはならない。
あの亜人の襲撃もきっとアスターゼの自作自演に違いない。
このまま放置すれば、村にもっと大きな厄災をもたらす存在となるだろう。
追い出すのだ。
何としても追い出さねばならないのだ。
コーラルは窓から見える赤い月に向かって強く誓った。
ニーナは心配げな表情で嫌なら依頼を断っても良いと言ってくれているが、コーホルが何を仕出かすか分からない以上、アスターゼは家族に迷惑が及ぶことだけは避けたかった。
今日もアルテナとエルフィスと共に稽古をしていたのだが、アルテナに槍術の教師が着いたらしく、今日の彼女は槍を振るっていた。
コロッセスもその様子を興味深そうに見ている。
まだ聖騎士になるのを諦めていないのかも知れない。
そんな中、見覚えのある少年がアスターゼに声を掛けてきた。
彼はコーホルの曾孫でリュカと言う名前であるらしい。
彼は極めて丁寧な態度で自己紹介をすると、話を聞いて欲しいとお願いしてきた。
あのジジイの曾孫とはとても思えない。
「アスターゼさん! 僕、黒魔術士になって色んな人たちを助ける探求者になりたいんです!」
アスターゼは眩く光り輝く彼の瞳の力に思わず一歩後ずさってしまった。
10歳。まだまだ純粋なお年頃である。
と言ってもアスターゼと2歳違いでしかないのだが。
「まぁ座ろうか」
アスターゼはそう促して広場の隅にあるベンチに座ると、リュカは少し距離を開けて遠慮がちに隣に座った。
「前の戦いの時、修道僧に転職してもらって凄い力を感じたんです」
「何で修道僧じゃなくて黒魔術士になりたいの?」
「就職の儀の時、神官の人が言ってたんです。神聖術に比べて魔術の使い手はすごく少ないらしいんです」
「あーレア物をゲットしたい感覚か……」
「レア物?」
アスターゼは気にしないように言いつつ、リュカの言ったことに興味を抱いていた。
魔術を扱えるのは黒魔術士と白魔術士が主な存在だ。
少しだけ扱える職業もあるにはあるが、それ程多くはない。
この世界の最大宗教であるガウス神教の神官などは神聖術を扱う職業である。
「隙間を狙って自己の重要性を高めようとする辺り、大したもんだ」
アスターゼの口からは素直な感想がついて出た。
10歳でここまで考えている者は中々いないだろう。
「でも君は農民になったんだろ? なら稼業を継ぐのが1番良いんじゃないか?」
「農民も大事な職業だとは分かっているんです。でもこれから世界は激動の時代を迎えると思うんです。『転職』と言う概念の登場によって」
アスターゼの胸を衝撃が襲う。
職業は神から授けられる宿命のようなものであり、人間はその職業に就いて人生を全うする。そのような価値観を持つ者が多いこの世界で、彼のような考えが出来るのは極めて稀だと思われた。
あの砦跡の戦いだけで、そこまでの結論に至るのは普通の思考ではない。
「なぁ、リュカはこの世界でどう生きたい?」
「え? ですから色んな人を……」
「いや、そうじゃない。それでこの世界をどうしたいんだ?」
リュカのお陰で何かを見出せそうなアスターゼが彼の言葉を遮る。
彼はアスターゼの語気が少し荒くなったのを敏感に察知したようでどこか迷ったような様子を見せる。しかし、アスターゼの真剣な眼差しを見て何か感じるところがあったのか、遠慮がちに意見を述べた。
「……人々にもっと選択肢と可能性を示したい……と思います」
「そうか……」
そう言ったきり目を閉じて腕を組み、黙り込んでしまったアスターゼをリュカはじっと見つめる。短くない時間が流れ、アスターゼの両目がカッと開かれた。
「リュカ、俺はまだ12歳だ。力もない。だが上手く立ち回れば力を得られる立場にいると思っている。俺は成り上がる。力をつけたら迎えに行くからそれまで待っていてくれないか?」
「待つ……ですか?」
「ああ、時節到来の折りには、一緒に世界の価値観をぶち壊してやろう」
その言葉を聞いてリュカの硬かった表情が緩み、その相好が崩れた。
「それまでは色んな知識を吸収しながらワイン工房を続けていて欲しい。農民の職能は〈農作業〉だったな。どの程度習得してる?」
「ワイン造りですからね……栽培関係は幾つか習得しています」
「黒魔術士になりたいんだよな……なら賢者か大魔術士がいいかもな。どっちになりたい?」
「どんな違いがあるんでしょうか?」
リュカはポカンと口を開いて小首を傾げる。頭の上には?マークが浮かんでいる感じだ。
「両職共に黒魔術と白魔術が使えるけど、後は賢者なら付与術、大魔術士なら時空魔術を習得できる」
「うーん。なら大魔術士がいいですね。何だか格好良いですし」
格好の良さで選ぶ辺り、リュカも大人びているように見えてまだまだ子供のようだ。アスターゼはすぐに【ハローワールド】の能力を使い、リュカを大魔術士へと転職させた。そして第二の職能に〈農作業〉をセットするように告げる。これで農民の能力を落とさずに、大魔術士のキャリアポイントを稼ぐことができる。更に彼は幸運なことに黒魔術士の素質があり、大魔術士と言う職業との相性も良い。
「とにかく俺たちはまだまだ力をつける必要がある」
「分かりました。僕は更に子供なんですよね……。ちょっと焦り過ぎていたみたいです。アスターゼさんを信じて待つことにします」
――俺を利用するつもりの奴らを逆に全員まとめて利用してやる
アスターゼは右手を握りしめると、リュカの目の前に差し出した。
それを見たリュカも同じように拳を作ると、お互いに拳と拳をぶつけ合う。
ここに若干、12歳と10歳の同盟関係が誕生したのであった。
※※※
それまでの曾孫の態度が一変した。
コーラルはそのことに大層満足していた。
喜び勇んで踊りだしそうな程嬉しかった。
駄目で元々で『てんしょくし』とか言う職業を授かったアスターゼに曾孫のリュカの説得を依頼した。
職業を変える能力を持つらしいが、彼に拒絶させればリュカも諦めがつくだろうと思ったのだ。
そしてその目論みは見事に当たった。
コーラルはリュカに気が変わった理由を尋ねたが、最後まで答えてくれなかった。しかし、リュカがワイン工房を継いでくれるのだ。
歴史と伝統が守られるのである。
コーラルは天におわす神から授かった職業を変えるなど言語道断であると考えていた。世界の理をも変える力を何故、神はあのような小童に与え給うたのか。
神の子である人間たるもの、分を弁えて授かった職業に就き、生を全うするのが正道と言うものである。
アスターゼに職業を与え給うたのは本当に神なのか。
コーラルはとても信じられなかった。
きっと悪魔の仕業に違いない。
アスターゼは悪魔憑きなのだ。
そんな人間に子供たちを近づけることなどあってはならない。
あの亜人の襲撃もきっとアスターゼの自作自演に違いない。
このまま放置すれば、村にもっと大きな厄災をもたらす存在となるだろう。
追い出すのだ。
何としても追い出さねばならないのだ。
コーラルは窓から見える赤い月に向かって強く誓った。
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