青い月の下で

大川徹

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破(青い月編)

17節『vs 雨宮雫2』

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 「瞳!」

 萩谷との戦いを終えた時、彼女は既に敗北した後だった。すぐに駆け寄るが、彼女に傷はついていない。ただ、ひどく消耗したのか肩で息をしている。魂を切られたのだと思い、雫へと振り返ると彼女は涼しい顔だ。

 「くそ!」

 刀を造形して雫に切りかかると、暴風のような勢いで散々に切られ倒した。僕もまた地に転がる。

 「教えたはずです。力一辺倒では私に敵わないと」

 その通りだ。たった一度の鍛錬で何ができるのか。がむしゃらの剣戟の合間に何度切られた? 何度死んだ?

 「私に立ち向かったのは立派ですが、これで死ぬのはかっこ悪いですよ?」
 「……」

 今まで戦ったどんな相手よりも圧倒的だった。今の一回で心が折れそうになる。
 しかし、その僕を守るかのように瞳が立ち上がり前に出た。

 「あら、まだやるんですか? もう魂の限界が近いですよ」
 「何もしなくても切るつもりでしょ。私はあなたが言ったように人を救う」
 「さすが。それに婚約者ですしね」
 「婚約者じゃないわ」

 そう言って瞳は刀を正面に構えた。

 「ストーカーよ」

 直後に彼女は駆けた。再び、達人同士の死合の火蓋が切って落とされる。互いに譲らぬ猛攻が激しくぶつかり合う。

 「っ」

 僕はすぐに間合いから離れ、二人の戦いを目の当たりにした。怨霊ならば一瞬で十回は切られているだろう速さ。しかし、雫は瞳を上回る速度で避けに避けまくる。もはや人間の戦いではない。人間を捨てた、剣戟の鬼。

 だが、必死に二人を見ているうちに致命的に違う点が見えてきた。

 余裕だ。瞳は雫しか見えていないが、雫は違う。彼女は決して人と視線を合わさない。こうして戦っている今もだ。ということは直視するまで雫にとって瞳は脅威じゃない。

 「話になりません」

 雫は剣戟の合間を縫うように瞳を切り捌いていく。どんなに手を尽くしても届かない刃に僕は底知れない悪寒を覚えた。

 「どうなっているんだ」

 瞳が必死で防御するがしかし、瞳の刀は雫の刀を受けきれない。あらゆる軌線を描き、瞳が反応するよりも早く彼女の首をはねていく。目にも止まらぬ早業は雫が一人ではなく数人いると錯覚させ、一網打尽にされていく。

 助けねばと思うが、この場に僕が入れる隙間はあるのか。

 思わず周囲を見回すが、萩谷が倒れていること以外には何もない。造形能力で雫を倒す物をイメージするが、どうしても思いつかない。

 「いや、待てよ……」

 造形能力ではなく青い月の力を使ったらどうだ? 王が託した力にはそれも込められているはずだ。今この場で生き残るには、体を強化するしかない。

 「頼む!」

 そう言って、僕は刀を床に突き立て力を使った。その瞬間、心臓が跳ね上がるような鼓動を覚え、全身の血液が凍り付くような悪寒に震えた。

 怨霊が僕の体に侵入してきている。

 「うっ、ぐっ!」

 顔がしびれ、勝手に体が動きそうだ。へたくそな二人羽織みたいに、自分の中で呼吸が合わない人間が同居しているようだ。頭の中にも次第に知らない言語が沸き上がり、意味もわからないのに感情だけが滅茶苦茶に混同されていく。

 さすがバグった月の力だ。

 「頼む、もってくれ僕の自我!」

 ありとあらゆる思考の奔流が僕を飲みこもうとする。だが今、意識するのはたった一つだ。雫を倒せ。意識を持っていかれるな。使えるものなら何でも使ってやる!
 その時、一つの声が響いた。

 ――聞こえるか。

 王の声だ。

 ――いいか。純粋な力のみをここから引き出すんだ。怨霊の意思は私が押さえる。

 お前が?

 ――私は王だ。かつて彼らを統べていた者だ。

 その言葉と同時に苦しみの波がわずかに引いた。王が個々の怨霊に干渉しているのだ。

 ――あとはお前の意志だ。その強靭な精神力で他を圧制しろ。そして、武器をイメージするんだ。あの女に勝てるだけの最強の武器を。

 武器? しかし、どんな武器も雨宮雫に勝てる想像ができない。

 ――あるはずだ。手にしたことはなくともお前が見た全てに答えはある。

 「なるほど。熱すれば火、醒めるは水のごとし。ですが、固まるまでは長すぎます」

 その時、雫が僕を見て呟くように言った。

 「自分から憑依体になるとは。ですが、動けないなら意味がないですよ」

 確かに怨霊は鎮まっても、どこへ行けばいいかわからず体の中を駆け巡っていただけだ。

 「待って、彼を切らせはしないわ。たとえ、死んでも!」
 「そうですか。なら瞳、私を超えなさい」

 凄まじい剣戟がその場でひらめく。これが最後と瞳の手は限界をなくしたように振り捌く。疲労を超え、数舜のうちに手指は擦り切れ血がにじんでいく。きっと痛みはもう感じない、無尽蔵の剣戟の先に無の境地があるだけだ。

 ……なんで、そんなことが僕にわかるんだ。憑依体になったからか、目に留まらぬ動きもよく見えるようになっている。そういえば、鍛錬したのはたった一回だけど基本の動きは全て教えてもらっている。

 逆に言えば、それ以外に僕が培ったものはない。

 「そうか――お前達、力を貸せ」

 そう心の中に呼びかけると、彼はその手の先に輝線を描いた。雨宮と同じ刀が次の瞬間、そこにあった。脱兎の速さで雫に肉薄し、刀を振りかぶる。

 「刀ですか!?」

 驚いた声で彼女は言った。それをかわすと立つ位置を変えて僕と相対した。

 「よりにもよって私の専門分野で私に勝とうというのですか?」
 「そうだ。これが僕の結論だ」
 「それでは瞳にも勝てないでしょう?」

 雫の言うとおりだ。それは圧倒的に弱い力。二人がかりでも雫には及ばない。むしろ邪魔だ。しかし、僕は言った。

 「普段なら、な!」
 「っ!」

 切り込んだ刃を見て、雫が防御の構えを取る。平時なら返す刀で首を狩られるだろうが、そこに瞳が迫った。刀の角度を変えて瞳の刀を跳ね飛ばすが、間合いを取ってから見ると雫の巫女服の長い袖がはらりと落ちていた。

 「上達している? なぜ」
 「それは雫も知っているはずだ」

 彼女に振るう剣技は以前のそれではない。その剣戟は僕が今ここで得た記憶そのもの。造形能力がイメージを剣戟に変換し、自分の体に投影している。それに加えて従える怨霊の力。それが純粋なエネルギーとなって脚力や腕力に宿っている。

 「渡くん!」

 瞳の声とともに雫が一息に間合いに踏み込んできた。
 それに気付いた途端、自分の体がすごい勢いで後ろへと跳ねた。僕の中にいる怨霊か、本能的なまでの直感がそうさせた。

 これが王の力。まさに一にして軍隊。いかな最強の者とはいえ軍隊に勝てる個人はいない。

 「記憶を頼りに力を再現しているなら、まだ見たことないものを披露しようかしら」
 「いいえ、それなら私が補完する」

 瞳が僕の横に立ち、刀を構えた。

 「それを見て、さらに模倣する。人の身では不可能な圧倒的な力で!」

 そして僕も刀を構えた。二人で雫を圧倒するために。

 「なるほど……。いつの間にか追い詰められてしまったんですね、私」

 なぜか楽しそうに雫が言うと、彼女は真正面から切り込んできた。それに対し、瞳が先に応戦する。その後から僕もまた挟み撃ちするように立つ位置を変えて雫に踏み込んだ。

 火花が散り、鳴りやまない音が響き渡った。

 雫は一本の刀で二本の刀を捌きながら、流れる水のように動いていく。防戦かと思うと、隙を突かれて袈裟切りにされる。青い月のとんでもないチート能力をフルに使ってさえ、動きを止められない。

 「あっ」

 雫にダンッと踏み込んだ瞬間、僕の腱から皮膚を突き破って血が噴き出した。さっきの萩谷のごとく、体を犠牲にしてしまっている。だが、そうでなければ勝てない。再現するのは今の剣技。その全力を雫は受け流し、新たな剣技で体を抉り取る。

 「なんて無茶な」

 血管が破れ心臓に穴が開けど、片っ端から体内組織を再生していく。これは僕が魂を消されるまでに雫を討ちとれるかという勝負だ。加勢する瞳も暴風のような剣戟の中で互いが互いに針の穴を通すような攻撃を加えていく。

 「――案外上手ですね」

 雫に称賛の声を送られた。いつの間にか彼女は戦いを楽しんでいた。もっと技を見せよう、戦いを続けよう、そんな彼女の思考が伝わってくる。限界が訪れる瞬間までと。だが、

 バキンッ。戦いの終わりは突然訪れた。

 「あっ」

 雫の刀が折れた。何十、何百という切り合いの末、刀が先に限界を迎えたのだ。
今だっ、と僕が刀を振りかぶった。

 それは鼻先まで間合いが詰まる一刹那。雫は折れた刀をぶつけに来た。僕が向けた刀は真横からの衝撃に剣筋が曲がっていく。まっすぐ切られるはずだった体は無傷のまま、彼女は一歩踏み込んで逆の僕の体を折れた刀で貫いた。

 「あなたの負けです」

 その途端、刀が体の中で実体化し痛みがこみ上げた。同時に折れた箇所から新たな刀が造形され、さらに深々と突き刺した。

 「傷はつけないと言いましたけど。もうこれ以上は……え?」

 雫はどうしてと声をあげた。突然のことに僕も意味がわからなかったが、すぐにわかった。
瞳がいない。彼女はさっき僕の後ろにいたはず。そうか、雫はいっぺんにとどめをさしたと思ったのだ。その時、雫の胸から刀が突き出した。

 「――――」

 はぁはぁと荒い息を吐く瞳が雫の真後ろにいる。突き出した刀は彼女の巫女服を赤く染めていた。

 「勝ったわ」
 「…………」

 雫は放心したまま、やや遅れてくすりと笑った。

 「……いつの間に。ああ、失敗。さっきの一瞬だけ樫崎さんと目を合わせて楽しんでしまいました。刀の摩耗にも気付かずに……私らしくない」

 見れば、二つに折れた刀はどちらも激しい戦いの結果ひどくいびつなまでに損傷していた。瞳の刀も僕の刀も同じだ。どちらが先に折れてもおかしくなかった。

 しかし、雫の言葉は晴れがましい。

 「ああ――楽しかった」

 そう子供のように無邪気に言った。
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