青い月の下で

大川徹

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破(青鷺編)

5節『街に現れしモノ』

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 その夜、萩谷邸で割り当てられた部屋で考えごとをしていると扉をノックする音がした。「入っていい?」と声がする。霧寺だ。俺は鍵を開けると、眼鏡をかけていない彼女がさっと中に入り込んできた。

 「挙動不審だな」
 「そりゃ、夜に男の部屋に入るんだから警戒くらいするって」
 「青鷺連中から聞いた話なら携帯でもいいんだぞ」
 「そんなつれないことを言いなさんな」

 そう言いつつ、霧寺はそそくさと扉に鍵をかける。

 「まるで……」
 「まるで逢引きみたい。なんて私達のすることじゃないでしょ。それに笹本さんに悪いし」
 「あいつとはそんな仲じゃない」

 俺はげんなりしつつ、大方の予想をつけると自分の携帯を取り出して正方形のテーブルの上に置いた。アプリでメモを呼び出して書き込む。

 『盗聴か盗撮がされているのでは?』
 『鋭いね』

 霧寺も自分の携帯を出して打ち込んでみせた。

 『まあ、携帯を没収しないあたりが彼らの恩情なんじゃない?』
 『鍵を見つけて鏑木も取り返したからな』

 ただし青鷺に保護された時点で、置いてきた遠藤が偽物だってことがばれている。俺も遠藤も黒服に話を聞かれて、より詳しい話を回復した鏑木と霧寺の二人が萩谷父に話をしてきたはずだ。

 「本題だが……見つけた鍵は?」
 「萩谷家が預かることになった。鏑木家に戻すより、より厳重な保管場所に隠した方がいいって」
 「氷見が攻め込んできた時に守り切れるのか疑問だな」

 そう言いつつ、俺はこうも思う。今この時、萩谷父は全ての鍵の居場所を知っていることになる。いつでも手元に揃えられるとしたら、それは危険なことじゃないのか。

 「それと俺達はどうなる?」
 「事態が収まるまで、ここで軟禁状態になる。これから青鷺は改めて氷見と戦うことになるから。これ以上、人質を作るわけにはいかないって」
 「一体、どの口が言うんだ」
 「自分達のところが一番安全だって信じてる。萩谷雅人も後は司令官らしく地下のシェルターから出てこないって言ってるから。とうとう封印されし邪神との最終決戦(らぐなろく)が始まるのよ」

 そう軽快に言いつつ霧寺は携帯に文字を打ち込んでいく。

 『と言ったものの大きな問題が発生した。青い月の封印がいっそう弱まってる』
 『なぜだ? 鍵を揃えてないのにか?』
 『原因はわからない。その辺は月に行った瞳ちゃんに聞いてみないと』

 そうなると手の出しようがない。なのに、霧寺の表情はさっきと一つも変わってなかった。

 『ただ一つだけ解決策はある。これ聞いたら、果たしてあんたはどう思うか』
 『もったいぶるくせして、それを言いに来たんだろ』
 『正解。で、方法というのは三つの鍵を全て集めて再封印し直すこと』
 『雨宮が地上に戻ってこないなら……、』

 何もできないと打とうとして俺は手を止めた。雨宮がいつ戻ってきてもいいようにしておけばいいのか。

 『だが、萩谷家の鍵の場所がわからないぞ』
 『心配ご無用。私の霊位磁石(そうるすとーん)をここにある資材で改良した。より青い月に近い場所を探せるようになってる』
 『随分とまた手が早いな』
 『鏑木のおぼっちゃまを担ぎこんだ時に、ちょっとね。亜流でも巫術士ですから!』

 そのまま「我が暗黒に染まりし力を解き放てば……」と口に出し始める霧寺。ポーズまで構え始めて中二病ここに極まったようだ。

 『だったら、既に鍵は入れ替えてあるな?』
 『ある。あんたは賛成してくれると思ったからね』
 『結界を作る専門家に加えて破る専門家までいる。おまけにガンナーもいる』
 『そして司令官はあんただ。やることは今日の焼き直し。ね、簡単でしょ?』

 やってることは不法侵入と泥棒だぞ。

 『後はここから出るだけ。でも一回騙してる以上、前と同じことは通用しない』
 『もちろん、そこも考えているんだろうな』
 『うーん、そうね。考えて』

 にこりと笑ってごまかす霧寺に、俺はため息をついた。なんて調子のいいやつ。

 「そういえば。お前はメイガスだとか何とか言うが、自分の家を再興させるつもりはないのか?」

 ふと思いついて聞くと、彼女の動きがぴたりと止まった。

 「そりゃあ……私だって当主ですし、霧寺の名にかけて名誉を回復したいと思いますが」
 「が? 何もしないのか? 優秀だった雨宮の先代巫女はもういない。いくらでも挽回のチャンスはあるだろ。それとも没落はそれだけの理由じゃないとか?」
 「……」
 「霧寺?」

 すると、そこで彼女は「あはは」と乾いた笑いを漏らした。

 「我が血族は古の御三家の裏に潜む真の立役者なり。枠にはまるなど、もってのほか」
 「要するに人に言えない理由があるんだな。よくわかる」
 「待って、今のやっぱり取り消す。いずれ我が血族の真価が明らかになれば……」
 「もういいよ」

 胸の裡にくすぶる思いがこいつを中二病化させたんだろう。
 その夜、結局まともな話は聞けずに霧寺は部屋を後にした。笹本とは別のベクトルで意味がわからなかったが、本気の芝居がかった口調には俺もめずらしく感心した。少なくとも俺の中で一つの仮説は立った。

 「違和感の正体はこれだったんだな」

 俺は携帯で鏑木と笹本の連絡先を呼び出すと、それぞれにメッセージを送った。


 翌日、屋敷中が騒がしさに包まれていた。廊下を行きかう人の足音で目が覚める。

 「おはよう、どなどな! 突然だけど引っ越しだよ!」

 そして、最悪のモーニングコール。部屋のドアを蹴破る勢いで叩かれる。
 さすがにいい加減にしてくれ。支度もそこそこに部屋を出ると、笹本が「おはよう!」と敬礼のように手を掲げた。

 「おはようじゃねえよ。朝からうるせえんだよ」
 「どう? ビビッと来た?」
 「何にだよ。まさか今の目覚めにか? 最悪だ、万に一つもない」
 「微ッ!」

 って、そんなふざけている場合じゃないんだ。

 「鏑木家に移動するってことか? もう決まったのか?」
 「えっと、そんな話してる。ほら、行こ」

 言われて客間まで足を運ぶと、萩谷父に対して鏑木が必死に喋っていた。

 「そもそも、そんな体で行くことができるのか?」
 「車はもう呼んでいます。霊障もないし、乗るくらいできますよ」

 そう言う鏑木の顔色は悪い。とはいえ、彼は今まで見たことないほど懸命だった。その場に同席している霧寺の隣に座って俺も話を聞く。

 「今行けば、氷見に捕まるのは目に見えている。いくら君が次期当主としての権利を振りかざしても私は大人として見過ごせんよ」
 「確かに僕は一度、人質になった身ですが彼らは一般人です。親も心配しているだろうし、戦場になるここよりは安全ではないのですか? 笹本さんなんて氷見からしたら一つも利用価値もないですよ」
 「ほへ?」

 笹本が話を聞いてなかったのか上の空で応えた。

 「鏑木もいつの間にか、言うようになったな」
 「やるべきことを見つけたんじゃない? あんたの脚本だけど」

 そう小声で俺と霧寺が話し合う横で鏑木はさらに畳みかけた。

 「青鷺もこうは言ってはなんですが組織としては分裂しているじゃないですか。他に裏切り者がいないという保証はあるんですか?」
 「万全は尽くす。裏切り者がいたとしても処断する。信じてくれないかもしれないが、君達の安全は保証しよう。それに利用価値がないとしても鍵を求めるために人質にされる可能性は……」
 「鏑木の鍵はこのまま事態が収束するまで預けます。青鷺とは無関係です。それなら人質にされても問題ないでしょう」
 「どうして、そこまで保護されるのを嫌がるのかね?」

 その言葉に鏑木が詰まる。まずいと思った俺は口を挟んだ。

 「一番大事なのは鍵で、度を越した保護は保護とは言い得ない。食費と空間の無駄遣いになる。萩谷家は鏑木家の御子息と御学友を犯罪者ばりに牢屋に閉じ込めたいわけだ」
 「言い方が悪いな、貴様」
 「ここで鍵を信頼できる筋に預けて協力者は去るというのが美しいはずだ。なあ、霧寺」
 「美しいかは別にどうでもいいですけど」

 彼女は置いてある茶を飲んで、一拍置いてから言った。

 「まあ、私こそが鍵を見つけた張本人なんですけどね。あっ。そういえば、さっき犯罪者と言われた気がします。人聞きが悪いですね。そろそろお暇しようかしら」
 「それはお前が……」

 そこで萩谷父は言葉を切ると眉間にしわを寄せて俺達を見た。

 「……わかった。確かに私は君達の保護者ではない。そこまで言うのなら好きにしろ。だが、一つだけ言っておくぞ。我々は何が起ころうが手は貸さん」
 「もちろん」

 その言葉に俺達は頷くと、すぐに席を立った。そのまま部屋から出ようとした時に萩谷父が呟く声が聞こえた。

 「全く。ひどい交渉もあったものだ。こちらを苛立たせて話を打ち切らせるなど……」

 それを無視して、屋敷の外へと出る。すると本当に全員乗れるような大きさの車が停まっていた。運転手はと見ると、紳士風の身なりをした初老の男がフロントガラス越しに頭を下げた。鏑木家の執事だろう。

 「よくやったな、修太。そんなガッツがあるやつだなんて思ってなかったぜ」
 「そうでもないよ。僕は桑谷くんの言う通りに言っただけ」
 「それでもお前は頑張った!」

 遠藤が彼の肩を叩いて笑う。鏑木も疲れた顔をしているが、やりきったような顔だ。

 「これから萩谷家の鍵を取りに行くぞ」
 「はい?」

 そういえば、このことは遠藤にはまだ言ってなかった。

 「おいおい、まだやることがあるのかよ。俺はもう帰れるもんだと思ってたぞ」
 「隠して悪かったな。でないと、やる気が起きないかと思ったんだ」
 「鍵はおいそれといろんなところに運ぶ物じゃないんだけどね……」

 鏑木が疲れた顔をする。そこに笹本が口を出した。

 「ねえ、どうして鍵がいるの?」
 「お前は忘れたのかよ」

 昨夜、霧寺と話したことをまた説明しようとした時、「ぼっちゃま!」と執事が声を張り上げた。しまった、話が聞こえたかと思うと、

 「あれを見てください!」
 「え?」

 言われて全員が彼が指さす方を見た。すると、萩谷家の前方に霧が発生していた。ほんの数分前にはなかったはずだ。

 「でも、ただの霧なら迂回すれば……」
 「いや、よく見ろ」

 何人かがまっすぐこちらに歩いてくる。道路のど真ん中をだ。どこかあやうげな足取りで、来るその姿に違和感を覚える。

 「人……? いや、昨日地下道で見た挙動とそっくりだ。ってことは」
 「あたちにも見える! でも、憑影は昨日青鷺の人達がなんとかしたんじゃなかった?」
 「新たに怨霊を発生させて憑依させたんじゃないのか!? おそらく街の住人に!」
 「のんびり話してる場合じゃない! 急いで車の中に入るよ!」

 霧寺が叫ぶと俺達はすぐに車に乗り込んだ。シートベルトをかける間もなく、霧とは逆方向に車が走り出す。

 「やっぱり萩谷家から出てきてよかった。本当に出られなくなるところだった」
 「街の住人相手じゃ、青鷺でも易々と攻撃できないはずだ。氷見もそれを見越してるんだろう。あいつも本気を出してきたんだ」
 「でも、それじゃどうやって助けるの?」

 そう笹本が不安げに言った時、霧が車を追いかけるように萩谷家の方向から伸びてきているのがミラーから見えた。住宅街の方はと見ると、まだ何ともなさそうだがこのままだと霧を連れて街の中心部に入ることになる。

 「俺達が持っている鍵を追いかけているんだ」
 「え、まさか鍵があるのか!?」
 「うん、ほらここに」

 驚く遠藤に霧寺は持ち込んでいたアタッシュケースを見せた。すると、笹本が手に取り、

 「じゃあ、これを捨てれば解決だ!」
 「捨てるな!」

 すぐに霧寺が奪い返した。

 「なら、どうする? このままじゃ鍵も探せないよ?」
 「一度、鏑木家に寄ろう」
 「えっ」
 「御三家はどれも街の外縁部にある。被害は最小限に抑えられる」
 「なら、雨宮神社に」
 「本気で言ってるのか、霧寺。この状況で墓場が近い場所にわざわざ行けるか」

 確かにと全員が沈黙したのを見て、俺はすぐに運転手へと声をかけた。

 「というわけで今すぐ鏑木家へ行ってくれ」
 「は、はい。ところで、あれを……」

 再び運転手が別の方向を見やると、萩谷家とはまた違う方向から霧が伸びてきていた。その先頭に何人もの憑影達が歩いてくるのが見える。すると、その一団の中からこっちに足を踏み出す者達が現れた。

 「勘付かれた」

 しかも、彼らの足は速い。悪路をものともせずに、あっという間に車と距離を詰めてくる。

 「一人の体に何体も怨霊が入ってる。ああなると、自分達の魔力で宿主の体を強化して人の限界を超えた活動ができるって聞いたけど本当だったのね」
 「解説はいいから、とにかくスピードを、」

 その時、窓ガラスが割れた。石を投げ込まれたのだ。

 「奴ら知能がある! 霧寺、何か対策は? 鍵を使えないか?」
 「車全体を巫術で隠すのは無理。それに鍵の使い方なんて適当に触っただけだからわからない」

 その時、再び窓ガラスに石が叩きつけられた。

 「いたっ!」
 「鏑木!」

 彼が座っているそばの窓が割られ、鏑木が座席の下へと倒れ込む。石が頭に当たったのか血が出ていた。

 「もう怒った!」

 すると、突然笹本が車のドアを開けて飛び出した。うまく着地できずに地面に転がったものの、すぐに立ち上がって憑影に向かっていく。

 「笹本が行っちまった! 俺も援護した方がいいか!?」
 「あいつは霊的耐性を持ってる。憑りつかれないはずだから、一旦このまま離れるぞ」

 そう言うと笹本が憑影の一人をハイキックで倒すのが見えた。

 「前から思ってたけど、なんであの子あんなに強いの?」
 「強い方がかっこいいから、だそうだ」

 随分前にそんなことを言っていたことを思い出す。みるみるうちに笹本は何人もの憑影を倒していき、その間に車は鏑木家へと全速力で向かった。三十分もかからないうちに鏑木家に到着すると、まだ霧は俺達に追いついてはいない。

 「今のうちに急いで!」

 まず負傷した鏑木が部屋へと運ばれていき、アタッシュケースを持った霧寺が後に続く。

 「籠城戦になるかもしれない。食料とかはあるか?」
 「それはもちろん。客人用の分もあります。しかし、おぼっちゃまはできれば医者に見せた方が……」
 「悪いが今は駄目だ。いつ氷見に拉致されてもおかしくない。応急処置を頼む」
 「かしこまりました……」

 運転手をしていた執事にそう話すと、とんとんと後ろから肩を叩かれた。見れば、遠藤だ。

 「笹本が戻ったら、ちゃんと話をしてもらうぞ」
 「ああ、わかっている。だが、その前にお前にも協力してくれ」
 「何をだ?」
 「街の方がどれだけ異常に気付いてるかどうかだ。ゾンビもどきが街を襲い始めたなんてわかったら、お前にだってどうなるか予想がつくだろう?」

 その言葉に遠藤は愕然とした顔をして体を震わした。

 「それに青鷺もどうなったか気になる。最悪な結果を考えるなら氷見は青鷺を蹴散らして、ここに来るだろうな」
 「ど、どうするんだよ」
 「俺もロンリーウルフだが、今回はさすがに全員の力を借りる。でなければ負けるだけだ」

 そこで、ふと気になって後ろを振り返る。笹本の姿はまだない。うまくやれているだろうかと思いつつ、気にしてもしょうがないと俺も屋敷の中に入った。
 しかし、二時間以上待っても笹本は戻ってこなかった。
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