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媼(おうな)の宿
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しおりを挟む風呂に入ると、体が温まり、幾分、頭がすっきりとした気がする。
私がするべき事や、今現在の状況などが、はっきりと情報として脳の中へと入ってき、それが順調に消化されているような心地の良い気配があった。
私は裸のままコートを羽織り、まだ濡れている髪をバスタオルで拭いた。中にはバスローブも一応あるのだが、出来るだけ媼の手を煩わせたくなかった為、私は体を拭いてコートを着た。
鏡の前に、裸の上に黒いロングコートを着込んでいる、髪の濡れた若い女の姿がある。私は苦笑して、鏡のカバーを掛けようと、鏡の後ろに掛けられている布をめくろうとする。
そこで、何かが引っかかった。
私は目を開き、巨大な鏡の裏側に、目を凝らしてみる。壁と鏡の間、ごく小さな暗闇の中に、何か、出っ張りのような物があり、それが布に引っかかっていた。
私は何故かそこで思い立ち、鏡を動かすことを決心する。
巨大な鏡は、大きさに比例して確かに重さはあったが、動かせない程ではなさそうだった。
ごゆっくりどうぞ、と言った媼の声と微笑みが頭をよぎるが、私は息をついて、それから思い切り、鏡をドアの方にずり寄せた。
出っ張りのようなものは、扉の取手だった。
鏡の裏の壁は、そこだけ小さく区切られたような四角い線があり、そこに取手のような物が付属している。
自然と引っ張ってみるが、びくともしなかった。私はそこで急に馬鹿馬鹿しくなって、切れた息を整え、取手と鏡の前から、少し離れる。
……とりあえず、服を着るか。
隣の部屋から、ゴトゴトと何かの物音が聞こえてきた。
私は服を着込む。物音はその間、止む気配がない。
ゴト、ゴト、ゴト、ゴト……。一定の規則に則ったような物音が、隣の部屋から間断なく続いている。
この家は決して大きな物ではない。一階と二階に部屋があるが、一階は普段殆ど使用されていないと媼は言っていたし、そうすると、二階だが、部屋があるといってもせいぜいが三つというところだった。
後は普段使われていない、物置がわりの部屋が一室だけ。よくよく考えてみれば、先程見た数の機械が収まるには、二部屋では狭すぎるのではないだろうか。
私は少し思案し、腰に銃が挿さっている事を確認してから、コートを羽織り、隣の様子を見てみることにする。
隣は、自分が来る前に来ていた人間の客かもしれないし、それは分からない。
私は、動かした鏡の隙間を縫って、扉に行き、ノブを回した。
廊下はしんと静かで、隣の物音も響いていない。
向かいに一部屋、右に一部屋。右奥に物置用の部屋が一つ見える。
私は銃を手に握りしめたまま、隣の扉の前まで行き、それから一度大きく深呼吸してから、扉をノックした。
扉の奥の物音が、一瞬静まり返る。
私は更にノックし、呼びかけた。
「あの、物音がうるさいんですが、何かしてますか?」
私はそれから扉から飛び退き、距離をとる。扉の奥からは、何も音は聞こえない。
暫くそのままの姿勢で待っていたが、物音が何もしないので、私は意を決して、ドアノブを捻ってみる事にした。
ノブは柔らかく回り、少し軋んだ音を立てる。
私はノブが回った事を目で確認してから、一つ息を吐き、それからドアノブを奥に押し込んだ。
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