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第2章 臆病な透が任務を開始するまで
箱と猫
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透は学童クラブで楽しく過ごした。
たまに、母の許可を得て、クラブを休んだ。
昴の家でゲームをしたり、公園の遊具で「ワザ」を教えてもらった。
でも、静かな勉強スペースで、本を読んだり、宿題をしたり。自分のペースを守るのは、安心だった。
ある日、クラブの教師からこんな声がかかった。
「透くん、来週からパソコン講座が始まるの。初心者用のクラスなんだけど、どう?」
透はちょっと戸惑ったが、「ほかにも初めての子がいるよ」と言われた。
帰宅後母に相談する。
「私はとてもいいと思うわ。でも、透は……やってみたい?」
「……うん」
思い切って参加することにした。
講座初日、教室に入ると、机の上には黒くて四角い機械と、テレビのような画面が置かれていた。
透は思わず緊張で手に汗がにじんだ。
「こんにちはー! 今日から君たちの先生になる中島です」
現れたのは、柔和な雰囲気だが、髪に寝癖が目立つ男性だった。
作業着の胸元には「第一研究部 正研究員 中島太郎」と書かれている。
「えーと、僕はふだん上の階……マシンQWERTYという会社で研究をしてます。今日はここで、みんなと一緒にコンピューターを触っていこう!」
中島はにこやかにそう言うと、まずはパソコンの電源を入れるよう指示した。
「いまはタブレットやノートパソコンを使っているおうちが多いと思います。僕も会社ではノートパソコンを使っていますが、この箱は会社の古いパソコンです」
笑い声が起きる。
――そういえばパパがこういう箱とテレビ、使ってたな。
女の人が変な顔をするゲームをしているのをうっかり見て、イヤフォンをしたパパに怒鳴りつけられたことを思い出す。
透は言われたとおりにボタンを押す。ウィーンという音がして、画面がゆっくり明るくなる。
「おお……!」
思わず小さく声が漏れた。機械が動く瞬間の、あの独特の高揚感が胸を打つ。
けれど、隣の子の画面は真っ黒のままだった。戸惑っている様子に、透もどう声をかけていいかわからず、目をそらす。
そのとき、中島がすっと脇に立った。
「ちょっと見せてね……うん、ディスプレイのケーブルが緩んでたみたいだね」
手際よく接続を直すと、すぐに画面がついた。
「コンピューターが動かないときは、まず電源と、こういう周辺機器の接続を確認してね。特にこのディスプレイ……えっと、テレビ画面だね。これが大事なんだ」
――ああ、この人……全然偉ぶってないな。
次に教えてくれたのは、生徒用ウェブサイトへのログイン方法。
それが終わると、中島はにやっと笑った。
「さあ、お楽しみの時間です。今日は、ゲームでタイピング練習をしましょう!」
画面にカラフルなゲームが表示される。文字が落ちてきて、それを正確に打つと消える仕組みだ。
——ただの遊びじゃない。キーボードの配置を自然と覚えられるようになってるんだ。
透は集中してキーを打つ。初めは戸惑ったが、次第に指が動きを覚え、スピードが上がっていく。
「透くん、速い!」
隣の子が感心したように声をあげた。透はちょっと照れながら、それでもうれしくて、指先をさらに早めた。
***
数回目の授業の後、中島が言った。
「来週は、子ども向けのプログラミングをやってみよう。ブロックを組み合わせて、ネコを動かすよ!」
透はその「ネコ」という言葉が妙に気になった。
——ネコ? 動くの?
翌週、透の前に表示されたのは、カラフルなブロックと、画面の隅にちょこんと座ったオレンジ色のネコ。
「このネコに命令を与えて、動かすんだよ。まずはこの青いブロック、“10歩動かす”ってやつをつなげてみて」
ドラッグ&ドロップでブロックを配置し、再生ボタンを押す。
ポン!
ネコがちょこっと動いた。
「……おお!」
透の心が跳ねた。画面の中で、確かに自分の指示でネコが動いた。
ただ、次に「右に回す」という命令をつなげたとき、ネコは動かなかった。
「……あれ?」
困っていると、中島がやってきた。
「お、そこは間違えやすいところ。少し前に使ったブロックとの順番を確認してみようか」
透はブロックの位置を入れ替えて、再び再生。ネコが今度はクルリと回転した。
「動いた……!」
思わず声が出る。
何かが、カチリと心にハマった気がした。黒背景のディスプレイに映った透の瞳が、きらりと光った。
たまに、母の許可を得て、クラブを休んだ。
昴の家でゲームをしたり、公園の遊具で「ワザ」を教えてもらった。
でも、静かな勉強スペースで、本を読んだり、宿題をしたり。自分のペースを守るのは、安心だった。
ある日、クラブの教師からこんな声がかかった。
「透くん、来週からパソコン講座が始まるの。初心者用のクラスなんだけど、どう?」
透はちょっと戸惑ったが、「ほかにも初めての子がいるよ」と言われた。
帰宅後母に相談する。
「私はとてもいいと思うわ。でも、透は……やってみたい?」
「……うん」
思い切って参加することにした。
講座初日、教室に入ると、机の上には黒くて四角い機械と、テレビのような画面が置かれていた。
透は思わず緊張で手に汗がにじんだ。
「こんにちはー! 今日から君たちの先生になる中島です」
現れたのは、柔和な雰囲気だが、髪に寝癖が目立つ男性だった。
作業着の胸元には「第一研究部 正研究員 中島太郎」と書かれている。
「えーと、僕はふだん上の階……マシンQWERTYという会社で研究をしてます。今日はここで、みんなと一緒にコンピューターを触っていこう!」
中島はにこやかにそう言うと、まずはパソコンの電源を入れるよう指示した。
「いまはタブレットやノートパソコンを使っているおうちが多いと思います。僕も会社ではノートパソコンを使っていますが、この箱は会社の古いパソコンです」
笑い声が起きる。
――そういえばパパがこういう箱とテレビ、使ってたな。
女の人が変な顔をするゲームをしているのをうっかり見て、イヤフォンをしたパパに怒鳴りつけられたことを思い出す。
透は言われたとおりにボタンを押す。ウィーンという音がして、画面がゆっくり明るくなる。
「おお……!」
思わず小さく声が漏れた。機械が動く瞬間の、あの独特の高揚感が胸を打つ。
けれど、隣の子の画面は真っ黒のままだった。戸惑っている様子に、透もどう声をかけていいかわからず、目をそらす。
そのとき、中島がすっと脇に立った。
「ちょっと見せてね……うん、ディスプレイのケーブルが緩んでたみたいだね」
手際よく接続を直すと、すぐに画面がついた。
「コンピューターが動かないときは、まず電源と、こういう周辺機器の接続を確認してね。特にこのディスプレイ……えっと、テレビ画面だね。これが大事なんだ」
――ああ、この人……全然偉ぶってないな。
次に教えてくれたのは、生徒用ウェブサイトへのログイン方法。
それが終わると、中島はにやっと笑った。
「さあ、お楽しみの時間です。今日は、ゲームでタイピング練習をしましょう!」
画面にカラフルなゲームが表示される。文字が落ちてきて、それを正確に打つと消える仕組みだ。
——ただの遊びじゃない。キーボードの配置を自然と覚えられるようになってるんだ。
透は集中してキーを打つ。初めは戸惑ったが、次第に指が動きを覚え、スピードが上がっていく。
「透くん、速い!」
隣の子が感心したように声をあげた。透はちょっと照れながら、それでもうれしくて、指先をさらに早めた。
***
数回目の授業の後、中島が言った。
「来週は、子ども向けのプログラミングをやってみよう。ブロックを組み合わせて、ネコを動かすよ!」
透はその「ネコ」という言葉が妙に気になった。
——ネコ? 動くの?
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「このネコに命令を与えて、動かすんだよ。まずはこの青いブロック、“10歩動かす”ってやつをつなげてみて」
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ポン!
ネコがちょこっと動いた。
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透はブロックの位置を入れ替えて、再び再生。ネコが今度はクルリと回転した。
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