語り部は王の腕の中

深森ゆうか

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幼き王4

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 空が白みを増し、地平線から太陽が覗く時間にオルクは町へ戻っていった。
  エステルも家族と朝食をとって、完全に外が明るくなってからルフェルト城に戻った。
  途中、町の雑貨店で質の良い茶葉を購入し、それを手土産とする。


◆◆◆
「アレシュ様だけでなく、奥様まで具合が?」
  城に戻りまず、主人であるフィリプの元に帰城の挨拶に出向いて、エステルは驚いた。
  昨日、ピクニックから慌ただしく帰ってきたので何事かと出迎えたら、現地でアレシュ王が体調を崩されたという。
  直ぐに部屋に寝かせ医師を呼んでいる中か、今度はダリナまで倒れたということだった。
 「幸い、アレンカはピンピンしているのだが……」
 「食あたりとかは関係ありませんか?」
  考え込み、口髭を擦るフィリプにエステルは尋ねる。
 「いや、二人とも頭痛がすると臥せっているから、日射病ではないかと言うことだ。そういうことなので、王が回復するまでは、アレンカの勉強の面倒に集中してくれ」
 「はい……あの、夫人とアレシュ様のお見舞いに出向いても構いませんか?」
 「構わんよ。――ただ、ダリナは面会を拒むやもしれん。私が会うのも拒絶するのでな」
 「まあ……」
 「『頭痛で臥せって醜い姿を見せたくはない』と拒絶されているのだよ」
  やれやれと、言いながらも「いつもの我儘」だと苦笑いをするフィリプも、釣られたように眉を下げたエステルを見て、かしこまる。
 「妻に関しては、君にも嫌な思いをさせているようで、すまないと思っている」
 「いえ……そんなことはありません。アレンカのことを思って、私にも厳しくするのでしょう。親心からと、よく存じております」
  エステルのハッキリとした応えに、フィリプは息を吐いて表情を和らげる。
 「そう言ってもらうと、ありがたい。……あれはアレンカを王宮に入れて寵を競わせたいらしい。叶わなかった自分の願いを娘に託したいのだよ。正直、あれが私の見えない所で王に娘を、ごり押ししていないか心配で頭を悩ませている」
 「レッスンを王とするようになってから、二回に一度は奥さまが様子を見にいらっしゃるようになりましたが、傍らで見守っているだけで特には何も……」
 「なら良いのだが……」
  フィリプは性格は穏やかで争いなど好まない。なので、自ら危険な案件には飛び込んでいかない。
  逆にダリナは淑やかで大人しいように見られがちだが、矜持が高く闘争心が強い。ただ、あからさまに外に出して感情を爆発させる女性ではなく、裏から色々と手を回す陰湿な性質だ。
  女性に不馴れな男性なら、すぐに騙されるだろう。
 「あれでも、私にとってかけがえのない愛しい妻なのだ……もう、しばらく目を瞑ってほしい」
  主人に言われたら頷くしかない。
  ただ、エステルには夫婦の両方の複雑な思惑にどちらに賛同するかとすれば、フィリプ側の方だった。
  今の時点ではアレンカはもっと高度な教育を受けないと、王宮にいても侍女程度の躾でしかないだろう。 それに、アレンカのあの天真爛漫な明るさがなくなってしまうのは、もったいない気がしていた。


  先に夫人の見舞いに行くと、早々と侍女に体よく断られてしまった。
  夫であるフィリプさえ入れないのだ。普段からあまりよく思われていないエステルなど、見舞いに来られても嬉しくも何ともないだろう。
 「奥様に、お体をご自愛くださるようお伝え願えませ」
と侍女に言付けを頼むと、アレシュのいる南棟の貴賓室に出向く。
  扉の側にいる従者に頼むと、従者は少しだけ扉を開け、中で控えている侍女に言付けを頼む。しばらくして大きく扉が開かれ、侍女によって奥へ奥へと案内された。
  アレシュは寝室の寝台から身体を起こし、座った体勢でエステルを快く出迎えてくれた。
 「ただいま戻りました」
 「お帰り、エステル。もう、戻ってこないかとヒヤヒヤしてたよ」
 「まあ、どうしてそんなことをおっしゃるのです?」
 「だって愛しい婚約者に会いに行ったのでしょう? 恋しくてもう式をあげてしまおう! なんて思ったかもって……」
 「あらひどい。私、そんな情のない女に見えまして?」
 「ううん」
  アレシュの予想以上に素直な返事に、エステルはつい吹き出してしまうと彼も声を出して笑った。
 (……良かった、お元気なようだわ)
  アレシュは、綺麗な蒼の瞳をパチパチさせてエステルを見つめる。その様子が、懐いた仔犬のようで、なんとも可愛らしい。
 (私ったら、この国の王様を可愛いだなんて……!)
  だけど、そう思っても仕方ない。アレシュの地は他の十二の少年と、何ら変わりがないのだ。
  ふと、視線を枕元にずらす。枕に隠し切れない本の端が覗いていた。
 「読書中でしたの?」
 「うん」
と、アレシュは躊躇いなく本を取り出すと、エステルに渡す。
 「まあ……なんて素敵な装丁なんでしょう!」
  分厚くて重さのあるそれは、絵本のようだ。布張りで表紙は刺繍で模様や人物が縫われて、それがとても繊細で細かい。色も鮮やかで目を惹く本だ。
 「『王の語り部』……」エステルがタイトルを読むとアレシュが「母の誕生日の贈り物だ」と懐かしむように語ってくれた。

  若き王はとても自分勝手で我儘で遊んでばかりいて、臣下達は「どうしたら、立派な王になってくれるのか頭を悩ませていた。
  ある日、王は臣下達を従えて獣を狩りに出かけた。夢中になって狩りをしていたら臣下達と離ればなれになってしまい、深い森にたった一人になってしまった。
  王は、森を彷徨っていると、焚き火の明かりが目についた。そこへ向かうと一人の老婆がいた。
  王はぞんざいに老婆に「その火を私によこせ」と老婆を追い出そうとしたが、老婆はそこから離れない。
 「焚き火の火が消えたら、お前は火をくべることができるのか?」と老婆に尋ねられ、できない王は渋々一晩共に過ごすことにした。
  王は腹が空いていたが自分では狩った獣を捌けない。老婆が代わりに獣の肉を捌き、王に焼いて差し出した。
  老婆は「暇だろうから物語を聞かせて差し上げましょう」と、伝え話を王に聞かせた。
  それは何でも独り占めしてしまう欲張りな王様の話だったので、王は、一人じめして食べようとしていた肉を、老婆にも分けてやった。
  その後も、老婆は王が退屈しないように色々な伝え話を話して聞かせ、最初つまらなそうに聞いていた王も耳を傾けるようになった。
  朝になり、王は老婆に言った。「面白かった。また伝え話を聞きに来る」老婆は「では、昨夜のような満月の夜に」と王に伝える。
  それから、王は満月の夜になると森の深くの、あの焚き火の場所に出向いて、老婆の伝え話を聞くようになった。
  不思議とその話が教訓になり、王の性格が改善されていく。
  ある日、王が老婆に言った。「そなた、私の城へ共に来ると良い。老人が、このような薄ら寒いところに一人でいるのは忍びない」
 「王よ、気持ちだけで充分だ。貴方はこれからは私の話を戒めとして、立派な王となって欲しい」と老婆はその場を去ろうとする。
 「いや、共に帰るのだ。妃よ」
  王は老婆を引き止め、頭から被っていた羽織物を外す。
  羽織物を外すと、老婆の姿はなく、見目麗しい若き娘。老婆の正体は王の妃だったのだ。
  王の日頃の暴君に心を痛めていた妃は、どうしたら周囲の話に耳を傾けてくれるのか。知恵を巡らせて、臣下達に協力してもらって先回りし老婆のふりをして、王に伝え話を聞かせていたのだった。
 「私のために、獣が出るだろう森の中で待たせてすまぬ。これからは森の中ではなく、城の中で聞かせておくれ」
  妃は嬉しさに泣きながら頷いた。
  それから改心した王は臣下と民に親しまれ、優しき妃と共に幸せに暮らした。

 「……素敵なお話ですわ」
  エステルが、夢見るように瞳を輝かせた。
 「うん。……何気に持ってきた本だったけど、良かったと思う――だって僕にも語り部がいるんだって、元気づけられたから」
 「私のことですか?」
 「うん、そうそう!」
  小首を傾げて戯けて見せたエステルに、アレシュは頷きながら吹出した。
  屈託無く笑うアレシュを見てエステルは、ようやく安堵する。
 「でも、お元気そうで良かった。ご夕食は一緒におとりになりますか?」
  エステルの気遣いに、アレシュの顔色が急速に白く変わる。
  血の気が引いたアレシュに、エステルは怪訝そうに近付いた。
 「アレシュ様?」
  エステルに促されて、アレシュは上目遣いで恐々口を開く。
 「……夫人は……ダリナ夫人も一緒に夕食をとるの……?」
  ダリアの名前をあげたアレシュに不穏を感じたエステルは、控えていた侍女を下げさせ彼と二人っきりにしてもらった。
  エステルはアレシュを怖がらせないよう、笑みを浮かべ隣に座る。
 「昨日のピクニックは、楽しくありませんでした?」
  エステルの問いにアレシュは瞳を伏せる。男子でありながら、けぶるように覆う睫毛が揺れていた。
 「……話したくないことでしたら、無理にお聞きしません。でも、夫人も昨日から頭痛がすると臥せっておいでなのです」
 「――きっと仮病だよ。僕もだけどね」
 「アレシュ様?」
 「夫人は僕にしたことが、夫に知られるのが怖いんだ。うまくいかなかったから。僕が帰るまで部屋に引き籠もるだろうね」
 「……何があったのです?」
  胸の中で、虫が這い回るような感覚がエステルに生まれた。嫌な予感に共に、背中からジワリと汗がにじみ出る。
  アレシュの小さな手が、エステルの手を恐々と触れた。エステルは、彼の冷たくなっている手を握り、優しく擦った。
  アレシュはゆっくりと瞳を開けると、床に敷かれた毛足の長いマットを見つめながら、ようやく口を開いた。


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