語り部は王の腕の中

深森ゆうか

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再会からの答え1

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完全否定だ。
  アレシュの言葉は一切の拒絶を許さない威風があり、エステルはそれに圧される形となった。

  それでも一度吹き出した『嫌』という感情は、ドクドクとエステルの身体から流れ、自分の全てを埋めてしまったかのように思う。

  アレシュは、それでも今までも変わらずに接してくる。
  毎晩、共にとる夕食の時も誰も魅了させる笑みを浮かべ、気安く話しかけてきた。
  しかしエステルは、それに碌に答えず相手にしない。
  最初、苦笑いしてやり過ごしていたアレシュも、一週間も続くと話しかけなくなった。
  ブルネラは、いつもそんな二人を見て眉を下げて見守っていたが、口を挟む事は決してない。
 (どうせ、王が話されているのでしょう)
  大方「心配いらない。狩猟の日に彼女にした悪ふざけが過ぎて、へそを曲げているのだ」的に誤魔化しているだろう。
 (本当に悪ふざけで口を利かないとか思っているのなら、ボンクラだわ)
  ――いいえ、権力を威に着た横暴者だわ。

  あの一件から、エステルの行動範囲が更に狭まれた。
  中庭の奥深くまで行くのは、禁止されてしまったのだ。
  奥は原生林のままに残してある。そこに入ることは、禁じられた。小一時間で、歩いて帰ってこれる距離のみの範囲。
  それに異議を申したい気持ちはあったが、アレシュに自分から話しかけるのがどうにも嫌だった。
  その代わり、出入りが許された図書室に出向く。
  国の貴重な書物だけでなく、地図や海路図、議事録など多種に保管されている王宮の図書室は、王が直々に許可をした者しか入室が出来ない。それを考えると、やはりエステルは王にとって特別な女性なのだと、周囲は認識していた。
 (それも厄介な認識だわ)
  エステルは肩を怒らせる。
  とは言うものの、怒りを露にしても国の貴重な書物を閲覧できるのは素直に嬉しい。

  エステルは許可を得られたその日から、早速、図書室に出向いていた。
  図書室には侍女のブルネラは出入りできない。唯一、一人きりで行動できる貴重な場所なのだ。
  薄暗く古びた紙の独特の匂いが満ちる室内は、どうしてかエステルを落ち着かせる。父の書斎と同じ匂いだと気付いた時、訳もなく涙が込み上げてきた。
  目の前にある物に純粋に興味を示し、貪るように吸収していた子供時代が懐かしい。
 (あの頃は、王子様が苦境の中にいるお姫様を助けて恋に落ちて、めでたし、めでたし……っていう話ばかりを夢中で読んでいたわ……)
  今、自分はきっと、それと似た境遇にあるのだろう。
  だけど現実は、本の中のように甘く優しくないことを、エステルは年を重ねていくうちに知った。
  そして今も、自分の意見を重点に置いてはくれない。王の言葉が重要で、自分は王が満足に生活するための人形なのだ。
  一向に頭に入ってこない書物を閉じた。内向的な暗い気持ちに支配されている。
 (もっと……こう、ワクワクできる冒険ものとか、スリル溢れる話とかの方が、現実逃避ができて集中で知るかも……)
  そう席を立ち、分類別に分けられた本棚に出向き。探していく。
 (あら……? やけに児童向けの本が多いわ)
  エステルの三倍は軽くある高さの本棚の一画は、少女向きの可愛らしい内容の本や、少年向きの冒険物等、多数取り揃えてある。
  エステルは、背表紙が古ぼけて題名の読みづらい一冊を棚から取り出した。
 (随分と読み込まれている……)
  アレシュ王かしら? 
  どこかで見た記憶のある、古ぼけた表紙を見ながら記憶を辿っていく。
  布張りの綺麗な刺繍で縫われた人物や背景……目を眇め、遠い過去の思い出が蘇った時、エステルは思わず声を上げそうになって慌てて口を閉じた。
  今日は街中にある図書館から司書が数人参上していて、書物の痛み具合などのチェックをしているのだ。
  修繕が必要な書物があれば、図書館の修繕室で補強と修繕をする。
  エステルは彼らの邪魔にならないよう、気を使いながらその本を両手に抱え、移動した。

  ――不意に何か不躾に視線を感じて、その方角に目をやってエステルは一瞬、呼吸を忘れた。

  呆然と立ち尽くし、相手を見つめる。相手も同じだった。
 「……エステル?」
  懐かしい穏和な声音が、自分の名を呼ぶ。
 「オルク……?」


◆◆◆
「驚いたよ、エステル。君が、アレシュ王の婚約者になっているなんて」
 「……私も驚いたわ、だって、それを知ったのは二ヶ月前だもの」
  投げやりに話すエステルに、オルクは瞠目した。
 「懐かしい知り合いに会ったから」とオルクは仲間に伝え、広い図書室の隅の方にエステルと移動して、向かい合って話す。
  八年前、出世を期待し命じられるままに単身で都心に行き、現地で新しい恋人と過ごし子まで作り……エステルは捨てられた。
  それから会うことも無かった彼と、こうして再会するとは夢にも思わないでいた。
  久しぶりに会う彼は、以前よりも更に落ち着きを増している。変わったのは、ずっと質の良い服を着ていることか。
 「――もし、あの時、無理矢理にでも貴方に付いていけば……」
  つい、恨み言を口にしてしまう。
  付いていく選択をしなかったのは、自分だ。
 『嫁入り前の娘が、そんなはしたない真似を……』と、踏み込んでいく勇気がなかった。
 「でも、僕に付いていかなかったから、エステルはこうして王の婚約者になっているじゃないか」
 「……そんな、良いものではないわ」
  エステルは、自分自身を蔑むように笑う。
 「考えてもみて? 私は王より七つも歳上なのよ?  男女入れ代わりの年齢なら良いわ。でも、こんな行き遅れの下級貴族出身の女を、王妃に置こうとするなんて……酔狂も良いところ、王が笑い者になるだけよ。折角『賢王』として名高いのに、私を選ぶことで彼は評判を落とすことになるのよ」
 「エステル」
 「何よ……?」
  自分の意思と関係なく涙が出てしまう。震える声を抑え必死に強がって見せても、堪えきれなかった。

  ――何故、私は易々と、自分を捨てた男と話しているのだろう?
  何故、私は、こうも惨めな気持ちでいるのだろう?

  消化できない思いが、グルグルと頭を巡り続けていて泣き叫びたくなる。
  それをしないのは、ギリギリの自分の矜持が支えているのだ。

 「君の単純な想いを聞くよ? アレシュ王を愛していないの?」

 「……そ、それは……」
  言葉に詰まりエステルは口を噤み、オルクから視線を逸らした。
 「愛しているなら、その想いに忠実になれば良い」
 「……無理よ! 王は幼い頃の想いに囚われているだけ。数年もすれば、本当の伴侶を見付けるわ」
 「君はその数年を、王を拒絶したままに過ごすの?」
  エステルは、やるせなく首を振った。
 「出来ないわ……出来ない……」
 「エステルは、そういう所は変わっていないね。教育や小説には積極的なのに、恋愛が絡むと途端に消極的になる。――僕の時もそうだった……」
 「オルク……」
 「現実になるかどうか分からない数年先の出来事に怯えて今、この時とこの想いを無いことにするの?」
 「想いも何も……」
 「エステル、自分の気持ちから目を逸らさないで見つめるんだ。……君を裏切った僕が言うことではないだろうが……自分の感情に素直になって欲しい。僕の時よりも、王を愛してるなら」

  ――自分は王を愛している……?

 「君の言葉を聞くと、王が自分を選んだがために起きるかもしれない衝突に、気を揉んでいるようにしか思えない。……そこが僕との時と違う最大の点」

  オルクは、そう寂しそうな微笑みをエステルに見せた。



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