語り部は王の腕の中

深森ゆうか

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再会からの答え3

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「執務中に申し訳ありません」
 「いや、良い。少ししたら休憩を挟もうとしていた所だ。ただ、あまりゆっくりは出来ないが」
  カチリとした詰襟に身を包んだアレシュは王たる尊厳を身に纏い、突然やってきたエステルを迎え入れた。

  秘書達は一旦執務室から出ていき、入れ代わりで侍女が茶と菓子を運んできた。
  カップに紅茶が注がれ、フワリと湯気が上がる。侍女は王とエステルの前に並べると速やかに退出した。
 「貴女からお話しがあると、こうやって来たのは初めてだ。どうした?」
  アレシュはカップに口をつけながら、エステルに尋ねる。
 「オルクに、元婚約者に会いました。……今日、王宮に彼が来ることをご存じでしたのね」
 「来訪者一覧は、事前に目を通す。当然だ」
 「知っていて、私が今日図書室に出向くのを止めるよう指示しなかったのですか?」
 「懐かしみ、疚しい事をするかもしれないと?」
 「裏から手を引いて、別れさせた貴方なら、そう按じてするかと思っておりました」
 「そうだね。貴女に無視をされる前の私なら、そうしただろう」
  アレシュ王は、静かにカップを置く。
 「失礼だと思ったが、オルクの現状を調べさせた。……あまり、夫婦仲は良くないそうだ。体裁の為に夫婦関係を続けているらしい。オルクは過去に婚約をした女性について、よく話しているらしい――それも奥方の不満の一つなのだろう」
 「勝手ですわ……」
  例え、裏から手引きがあったとしても、目の前に差し出された誘惑に負けたのはオルクだ。
  奥方がどの様な女性で、結婚生活はどうなのか、なんて自分にはもう関わりの無いことだ。
 「それで王は、私とオルクを引き合わせようとなさったわけなのですか?」
 「貴女が今日、図書室に行くか行かないかは貴女の自由だ。行って彼と出会うかどうかも、時間がずれればかち合わない。そして再会した貴女方がどうするかも……自由……」

  王の作る笑顔が痛々しくて苦しい。
  オルクに未だ未練を持つ自分に、そして身分差、年齢差を気にして受け入れない自分に――彼は逃げ道を作ったのだと、エステルは知った。

 「王、これをブルネラに見せてもらいました」
  持ってきた例の本を王の前に差し出す。手にしていた本が何なのかエステルが部屋に入ってきた時から知っていた彼は、観念したように額を擦る。
 「お母様である、前王妃の最後の誕生日の贈り物だったとか」
 「……ああ、そうだよ」
 「……知りませんでした」
  あの時、そこまで話さなかったからね、とアレシュがゆっくりと顔を上げ、身体を背もたれに預ける。
  そうして、エステルにまた笑って見せると静かに語りだした。
 「母がこの本を私にくれた時、正直『この年になっても、こんな絵空事の本を』とガッカリしたものだ。だから読まないでずっと自室の本棚の飾りになっていた。それから数ヶ月経って、両親が死んだ……」
  親が亡くなり、自動的に私が王位を継いで、私の補佐役に叔父が就いた。
 「そこから私は知らずに、叔父と、その叔父を囲む人間に取り込まれ荒んでいった――いや、気付いていた。気付いていたのに逃げ出せなかった。逆らえなかった……怖かったのだ。何を言われても、叔父の傍を離れるのが」

 『アレシュ王、私から離れてはいけません。貴方を狙う輩は、この王宮内に大勢潜んでおります。私の傍にいれば安全です』
 『王、このままでは命が危うい。いずれ、亡き王や王妃のように……』
 『私に王位をお譲りなさい。されば命だけはきっと……』

 「囁かれる声と、聞こえるはずの無い言われなき中傷。耳を塞いでも入ってくる、破壊的な音に常に翻弄されて……自ら命を絶てば楽になるだろうと、死ぬ方法も考えた……」
 『悪』に侵食されていた頃を思い出しながら話す王の瞳は、いつもの一点の曇りのない深い青空を連想させるものではない。闇に落とした、感情の欠片を映していた。
 「そんな塞がった環境から、お咎め覚悟で無理矢理引き剥がしてくれたダニヘル伯爵達と、深く理由を聞かずに療養地として受け入れてくれたフィリプには、感謝のしようがない」
  そして――と、王は先程とは、うって変わった柔らかな光を称えた眼差してエステルを見つめる。
 「そこにエステル、貴女がいたことに私はどれほど癒され、様々な感情を取り戻したか……」
 「王……」
 「悪意なのだと気付きながらも、両親の急死で縮んだ心は叔父に依存していった。私を愚王に仕立てゆっくりと殺し、臣民の心を離す目論見だったのを知りながらも、離れることができなかった。もう、それで良い。さっさと王位など誰にでもくれてしまおう――そんな時に貴女に会ったのだ」
  国や風土の違う様々な話は、本当に面白かった。
  そして、開き始めた心が改めて両親の死に向かい出し、悲しみに今度は押し潰されそうになった。
 「貴女は、私の表に出てきた悲しみを何も聞かずに、受け止めて抱き締めてくれたのだ」
 「私は、そんな大層なことはしておりません。……ただ、まだ少年だった王の寂しさや悲しみを知ったから。私の出来る事をしただけです」
 「そこが良かったのだ」
 「えっ?」
  意味が分からずに目を瞬かせるエステルを見て、アレシュは眩しそうに目を細めた。
 「等身大の普通の少年として扱ってくれた。――あれが王宮の女のような身体を使った慰めだったら、私は貴女に近寄ろうとはしなかっただろう」
  エステル、と王は羽根でも扱うようにエステルの手を取る。
 「貴女のお陰で私は再生できた。そして、母が何故、あのような本を私に贈ったのかも知り得た。母は、やけに大人びてしまった私を案じていたのだろう……少年の心を、まだ夢を見てほしかったのだろう」
  貴女が話してくれた物語はいつでも心弾み、話の中の人物がこれからどうなるのか、沢山の想像と夢を見させてくれた。
 「エステルがいなければ、私は今、ここでこうしていない」
 「……私は……そんな大層な女ではないのですよ?」
 「私だって、自分を大層な男だと思っていないさ。王である前に、一人の男だ……」
  そうバツが悪そうに、王はエステルから視線をそらす。
 「……こうして、きちんと話すのが先だというのに……その、欲情ばかりで……。貴女が欲しいとばかり頭に浮かんで……自制心が……」
  王の顔が真っ赤になり、エステルの手を掴む手までが赤く熱い。
 「凄く……自分を制してるんだ。本当に、貴女の周囲にいた男達はよく我慢できたものだ……感心するよ」

 「……私、ずっと王は少年の時の想いを、ずっと引きずっているのだと思っていました。正直、今でも思っております」
  逸らしていた視線を合わせ、王は首を振る。
 「エステル……! それは……」
 「それでも良いと思いました。それでも王の私に対する気持ちは本物で嘘偽りはない」
  エステルは王に触れられている手を、自ら握り返した。
 「私は……私も歳と共に凝り固まった矜持や臆病な気持ちを溶かして、素直に貴女に飛び込んでいきたい……!」
 「エステル……!」
  アレシュの顔が燦々と輝くように笑う。太陽の祝福を受けているかのように。
  エステルは、その笑顔を見れただけでも良かったと思うし、その輝きに照らされて自分の心まで輝いた気がした。

 (惹かれてる。どうしようもなく。私は……)
  認めよう。王を、アレシュを愛している。
  子供の頃のアレシュも。
  今の、大人のアレシュも。
  王としてではなく、一人の男性として愛してる。

  それを認めるのに自分は、随分と言い訳してきた。
 (アレシュが私に対する想いを、大事にしているなら、私も彼への想いを大事にしよう)
 「今の、私の想いを大事にしたい。貴方の語り部になっても良いでしょうか……?」
 「勿論だよ!」
  王の口づけが絶え間なく、エステルの手の甲に降り注ぐ。
 「愛してる……! 私の語り部」
 「私もです。愛の言葉を口にするお許しをいただけるのなら」
 「当たり前じゃないか!」

  青年らしい快活な、そして喜びを隠せない声音は、すぐにエステルの口の中で溶けた。


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