語り部は王の腕の中

深森ゆうか

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再びの王妃教育1

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 椅子から立ち上がるのもまだるっこしく、アレシュは性急にエステルの唇を奪う。
 「王……!  執務の中休み中です!」
  エステルは執拗に迫る吐息から強引に離れ、彼を叱る。
 「ああ、そうだ。そうだった……」
  そう言うが、アレシュの手はエステルの手を名残惜しむように何度も握り返しては、口づけのを繰り返して離そうとしない。
 「いけません」
  呆れて、少々きつく制するとアレシュは拗ねたように「分かっている」と声を落とした。

  それから
「……今夜から再開して良いだろうか?『王妃教育』」
と、ご機嫌を伺うように尋ねてきて、エステルは口ごもる。
  エステルの下腹にズキンと熱い波が、グルグルと回り始めて狼狽えた。
 『王妃教育』
  僅か二日間しか行わなかった、アレシュ自らの手解き。
  また再開しようとしている。
  チラリと頭によぎるほどしか思い出していないのに、下肢が疼いてエステルは恥ずかしさに俯いた。
 「嫌か……?」
  でも、伺うアレシュの声が低くて色気が含んで聞こえて、欲を煽る。
 「……構いません」
  了承するなんてはしたないかしら? と思いつつも感情を抑えきれず、エステルは返事をした。

  綻びエステルの手を悪戯に弄るアレシュに、彼女は笑顔を送る。
 (変わらない、私に向ける笑顔は)
  どうしようもなく胸がはやる。

  だったら――嫌だわ、私。夜までこんな状態でいなくてはならないのかしら?

  痛いほど胸をうつ鼓動に、エステルはその後の夕食が喉を通っていかなかった。


◆◆◆
 その後は、気もそぞろに過ごした。
  アレシュ王は政務がまだ残っている為に、執務室で食事を取ると伝達があり、エステルは一人で夕食を食べた。
  これはこれで良かったと、心中胸を撫で下ろした。彼が傍にいては、きっと食事どころか飲み物さえ喉を通らない。
  ブルネラといえば、食事が済むと心得たとばかりにエステルの髪を、いつもより丹念に櫛をいれ、寝室の香炉により艶やかな香りを放つ種類に変えたりと、当事者よりも張り切っているように見えた。
 (でも、政務が終わるのかしら?)
  昼間、結局長居してしまったことが悔やまれる。きっと、それで時間が押してしまったのだろう。

 (それでも……)
  聞かずにはいられなかった。
  彼が何故、こうも長く自分を恋い焦がれたのか。
  今夜、王が訪れなくても良い。尋ねたかったことを、ようやく聞けたのだ。

  そして――ようやく自分の気持ちを固めることができた。

 (アレシュへの想いを素直に認めて、打ち明けることができた)
  皮肉なものだ。そのきっかけの言葉をくれたのはオルクなのだから。
  気持ちを伝えた時の彼の表情を思い出す。
  それだけでもエステルは満足に頬が緩んだ。
  ――今の、この想いを大事にしよう。
  ノックの音に一気に緊張が走る。
  寝室に入ってきたアレシュを見て、のぼせたように身体が火照る。
  整髪料を落としたプラチナブロンドの髪が額を覆う。こうすると齢二十の若者らしい。
 「エステル」
  自分の名を呼びながら、はにかむように笑う彼が眩しい。そして愛しい。
  堅苦しい上衣や余計な装飾品を外し、簡素な装いの彼は躊躇うことなくエステルの元へ真っ直ぐにやって来た。
  礼儀正しく前で手を重ねて待つエステルの手を取ると、熱い眼差しを向けたまま甲に口付けをする。
  改めて至近距離で見ると、彼は言い表すことの難しい美青年だ。
  整った瓜ざねの輪郭。高く通った鼻梁。形よく浮かぶ唇。
  知性と品性がもたらす光が彼を、よりいっそう輝かせていた。
 (本当に私が隣にいても良いの?)
  改めて不安になる。

 「王……あの――」
  駄目、と言いたげにアレシュの手がエステルの口を覆う。
 「こうして二人きりでいる時は、名前で呼んでくれ」
 「……はい。アレシュ様」
  エステルがそう呼び直すと、彼はうん、と喜びに溢れた顔で頷く。
 「本当は『様』などはいらないが」
 「それは無理だわ……!」
 「だと貴女は拒否するだろうから、無理は言わなかっただろう?」
  声を上げて拒否をするエステルに肩を竦めて見せたアレシュに、苦笑する。
 「でも、いずれは呼んで欲しい。『アレシュ』と」
 「尽力をつくしますわ」
  エステルの澄ました返答に、今度は王が苦笑いをする番だった。
 「貴女は、一筋縄ではいかないね」
  そんなに自分は反抗的だったろうか?
 「そうでしょうか……?」
とエステルが首を傾げると、王が「ふっ」と微かに笑う。
  そして羽をすくうように、軽やかな手付きで彼女の腰を引き寄せた。
  エステルの重さなど感じさせない動作はあっという間に、二人の身体を密着させる。
 「こうして私の腕の中にいると、至極大人しく従順だというのに」
 「……そ、それは……」
  エステルの次の言葉は、出ることはなかった。あっという間に唇を塞がれて、それに気がいったからだ。
  何を言おうとしたのか――エステルは口付けの中、思い出そうとしたが止めた。
  熱く激しく深いものになっていくのを受け入れて、そんな言葉などどうでもよくなった。
  呼吸を促すように、たまにずれる唇さえも寂しくて堪らない。熟した果実を貪るように互いの唇を食らう。
  王の片手が速やかに、エステルの上衣の紐を外す。
 「――あ」
  性急にティーガウンの上から胸の膨らみを揉みしだかれて、エステルは痛みに非難をこめて声を上げた。
 「すまない、性急過ぎた」
  王はそう謝罪をしながら、エステルを抱き上げると寝台に下ろす。
 「随分と待ったんだ。この我慢のきかない年頃にしては、よくやったと思わないかい?」
 「そうですわね」
  おどけて言われて、エステルは笑うしかない。
 「お利口さん」
  そう返し、アレシュの額から頭にかけて、ゆるりと撫でた。
 「ふふふ」
 「うふふ」

  どちらかともなく笑いが起き、お互いに抱き締め合う。

  温かさを越えたアレシュの身体の熱さ。この熱さを信じよう。



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