人生に疲れたので、堕天使さんと一緒にスローライフを目指します

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2巻

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 一章 堕天使だてんしと過ごす朝


     1


 夜明けの柔らかな光が部屋の中を満たし始め、朝の訪れを告げる。薄れゆく闇の中で、男は穏やかな息遣いを続けていた。やがて、窓越しに漏れる暖かな日差しが顔を優しくで、まぶたの裏に光のぬくもりが届く。その感覚に導かれるように、男の意識はゆっくりと深い眠りから表面へと浮かび上がった。
 男の名はエルディ=メイガス。ほんの半月ほど前までS級パーティー〝マッドレンダース〟に所属していた剣士である。
 瞼をゆっくりと開くと、エルディの視界に見慣れない家の天井が入ってきた。ふと窓の外に目を向けると、青い草花に満ちた光景が広がっていた。

(あれ……? ここ、どこだっけ……?)

 一瞬思いを巡らせると、エルディはすぐにその場所に思い至った。そうだった。昨日のうちに、リントリムの街の隅っこにある空き家への引っ越しを済ませたのだ。
 起き上がってから大きく欠伸あくびをすると、トントントンというリズミカルな耳慣れない音がリビングのほうから聞こえてくる。おまけに、何やらとても食欲をそそるいい匂いまで漂ってきていた。
 どうやら、はエルディより先に起きて、朝食の準備をしてくれているらしい。
 寝室を出てリビングのほうへと向かうと、台所には天使を彷彿ほうふつとさせる、銀髪の美しい少女が立っていた。包丁を使って野菜を切っているらしい。足元には昨日から家族になった茶色の胴長短足犬が尻尾しっぽをぶんぶん振ってまとわりついている。

「あ、エルディ様! おはようございます」

 少女はエルディに気付くと、こちらを振り向いて輝かしい笑顔を向けた。その嫣然えんぜん微笑ほほえさまはあまりに美しく、その浮世離れした姿に見惚みとれてしまう。思わず、使なのではないかと思ってしまったほどだ。
 彼女の名前はティア=ファーレル。天使ではなく……天界を追放された堕天使である。
 堕天使といえども、伝承にあるような地上に災厄をまき散らす存在ではもちろんなくて……ただただ真面目で一生懸命で――そしてやや天然ボケが入っている――可愛らしい少女だ。
 堕天使の彼女は、エルディを嬉しそうに見つめていた。朝からこの一級品の笑顔が見られるだけで、自分は世界一の幸せ者なのではないだろうか。思わずそんなことを考えてしまう。


「ああ、うん。おはよう、ティア。お前もな、ブラウニー」

 こちらに気付いた犬のブラウニーがぴょんぴょんとエルディの膝に飛びついてきたので、頭をよしよしと撫でてやる。ブラウニーは、昨日の依頼を経てエルディたちの家族になり、ともに暮らすことになったのだ。
 ブラウニーもよく寝れたのか、昨日よりも随分と元気そうだった。そういえば、犬は毎日散歩に連れて行ってやらねばならないらしい。犬の散歩ってどこに行けばいいのだろう? 家の周りを歩いて回るだけでいいのだろうか。この近所にそれほど詳しいわけでもないし、あとで散歩がてらにふらふらと歩いてみよう。

「ブラウニーさんの分も作りますから、もうちょっと待っててくださいね」

 今度はティアの足に飛びついているせわしないブラウニーに、彼女は柔和に微笑んで頭を撫でてやっていた。

「……? 私の顔に何か付いてますか?」

 ぽけーっと眺めていると、視線を感じたらしいティアが小首を傾げた。

「い、いや、なんでもないよ」

 エルディは慌てて視線を逸らし、苦い笑みを浮かべた。こんなに美しい娘と昨夜は同衾どうきんしてしまったのかと思うと、急に恥ずかしくなってきたのだ。
 本当に何もなかったのかと思うが、記憶の限りでは何もないはずだ。実際に先に寝たのも起きたのも彼女なので、おそらく何もなかったのだろう。悲しいながら、もなかったのだが。

「今朝食をご用意いたしますので、少々お待ちくださいねっ」

 エルディの気も知らず、ティアは声を弾ませて朝食の準備に戻った。
 ちらりと台所をのぞき込むと、そこには色とりどりの品目が並んでいた。彼女は天使ながらも地上の料理に精通しており――『物質界お料理百科事典』とやらから学んだらしい――料理全般を得意としている。実際にこれまで彼女の手作りのものを食べたことはあるが、非常に美味であった。『物質界お料理百科事典』、凄まじい。
 さて、彼女が朝食の準備をしている間に、こちらも朝の仕度を終えなければ。

「ちょっと顔洗ってくるな」

 エルディが言うと、彼女はいちいち振り返って「はい、いってらっしゃいませ」と言ってくれる。なんだかそれだけで思わず顔がにやけてしまった。
 自らの中に浮かれた心を感じながらも、ふらふらと浴室小屋へと向かっていく。浴室小屋の沸かし場には貯水してあるので、洗面等もここでできる。まずここで顔を洗うところから、これからの新たな毎日が始まっていくのだろう。
 沸かし場の貯水はティアの魔法によって生み出されたものなので、毎日風呂に入れる上に、残りも気にせず使いたい放題。この環境は、もしかするとリントリムの都心部よりも贅沢ぜいたくな暮らしかもしれない。天使パワー様様である。
 顔を洗ってから水を手ですくい、ごくごくと飲む。朝の清涼感のある水が体内に巡っていくと、今日も一日頑張ろうという気になれるから不思議だ。

(今日はどうしようか。ギルドに行って、仕事でもするか? とりあえず寝泊まりする場所は確保できたけど、まだ金に余裕があるってわけでもないしな……あ、でもさすがに引っ越して早々仕事だとティアも大変か。今日は受けられそうな依頼があるかどうかだけ見に行こうかな)

 顔を洗いながら、今日の予定を考えていく。なんだかんだでティアのことを中心に考えてしまっているあたり、思わず苦笑が漏れてしまった。
 リビングに戻ると、既に調理を終えられた朝食がテーブルに並べられていた。スープに焼かれたパン、野菜を用いたサラダやハムと一緒に焼かれた目玉焼きなど、見ているだけで腹が鳴ってしまう。

「エルディ様、朝食の準備ができましたよ」

 ティアはそう言ってからエルディの顔を見ると、「あっ」と小さく声を上げた。
 どうしたのかと思って見ていると、彼女は壁に掛けてあった織物を手に取り、エルディにそれを手渡す。顔を洗って濡れていたのを気遣ってくれたらしい。

「お顔、まだ濡れてますよ?」

 きらびやかに微笑んで、ティアが言った。
 なんだかその笑顔の輝きが朝日にも勝っている気がして、エルディは思わず目を細める。

「あ、それとも私が拭きましょうか?」
「自分でやるっての」

 少しからかいの意図を含んだ声音だったので、エルディは手渡された織物でごしごしと自らの顔を拭く。織物の隙間からティアのほうを盗み見ると、彼女はにこにことしたままエルディのほうを見ているのだった。

(はあ、なんなんだろう、この朝は)

 ただ起きて顔を洗って戻ってきただけなのに、そんな当たり前の時間でさえも、輝いて見えてしまう。
 彼女と迎える新たな朝は、これまでのエルディが経験してきたどの朝とも異なっていた。ただ、決してそれは嫌なものではない。これまでの殺伐さつばつとしていた冒険者生活が、次々と彼女によって彩られていく様子は、まるで世界そのものを描き変えられていくようだった。
 食卓に着くと、目の前の席には終始幸せそうな堕天使。朝食を食べたいが、彼女の笑顔を眺めていたいという気持ちにもなってくるから不思議だった。

「あっ! 〝あーん〟しますか!?」
「しません!」

 エルディの視線を別の意味で受け取ったらしいティアが嬉々として提案してくるので、全力で拒否した。恥ずかしかったので咄嗟とっさに拒否してしまったものの、ちょっと惜しいことをした気になってしまう。

(可愛くて料理もできて、ちょっと天然ボケの入ってるめちゃくちゃ可愛い堕天使様、か……俺、こんな子にデロデロに甘やかされてていいのか?)

 あまりの生活の変わりっぷりに、つい別の懸念が芽生えてしまうエルディであった。


 朝食を終えると、今度は犬の散歩だ。家の近所を少し歩く程度。近くは森に覆われているし、ご近所もいないのでひとけもない。それに、城壁内は魔物が出ることもないので、これといって警戒すべき事柄もなかった。
 ブラウニーはくんくんと草木の匂いをぎつつ、用を足していた。雌犬なので、脚を上げずに用を足している。短足なので腹が地面にくっついて自身の尿で濡れないのか不安になるが、そこは大丈夫らしい。あそこまで短足だと生活も大変そうだ。
 エルディは自由に散歩を楽しむブラウニーを視界の隅に捉えつつ、腕を頭の後ろで組んで欠伸をする。話し相手がいないと、特にやることがないので退屈だ。ティアも連れてくれば良かった。
 彼女は朝食の食器を洗ってくれていたので、その間に散歩を済ませてしまおうと思って、ブラウニーを連れて出たのである。だが、よくよく考えれば彼女にとって食器洗いなど一瞬で終わってしまうので、待っていれば良かったのかもしれない。
 のんびりし過ぎていて逆に不安になってくるほど穏やかな朝。こんなに穏やかに過ごしていて大丈夫なのだろうか。ふやけてしまいそうだ。
 ふところに余裕があるわけではないし、働かないといけないことには変わりないのだけれど。それでも、衣食住が安定しているというだけで、随分と心に余裕が持てている気がした。
 森を抜けると小さな原っぱに出て、ブラウニーが駆け出していく。ブラウニーは小さな身体を存分に使って原っぱを駆けて、蝶々を追い掛け回していた。

「あんまり遠くまで行くなよー」

 エルディはブラウニーにそう言ってから、原っぱの中心にごろりと寝転がった。少しだけ顔を傾けると、リントリムの街を囲む城壁がある。その上にはうっすらとだけ魔力の壁が。魔法の結界である。リントリムの城壁内に魔物がいない理由が、これだった。
 街の創設者は余程用心深い性格だったのだろう。あるいは、魔物に対する警戒心が異様に強かったのかもしれない。その初代領主は小国ほどはある領土を囲むようにして城壁を作らせ、更には魔法で破魔はまの結界を張るようにと跡継ぎに命じたのだ。その結果、空からも魔物が侵入できない城塞じょうさい都市へと発展した。魔物の危険から解放されたこの街は平和そのもので、広い敷地の中だけで経済が回るように設計されている。そのため、飯も美味く物資も豊か。更にはそこに商人が外から物資を運んでくるので、街は否応いやおうなしに発展していく。
 ここリントリムの街は、危険が他よりも少ない。穏やかな日常を送るのにはこれほど適した街はないが、いささか退屈な街でもある。危険な依頼――そしてそれは高ランクでないと請け負えない――はあまり多くなく、危険な依頼ともなれば、大体は城壁外での依頼となる。

(にしても、すっげー結界だなぁ。あの魔力の流れは俺でもな)

 エルディは改めて城壁の結界を見て感心した。この結界を突破できる魔物は、おそらくいないだろう。それこそ堕天使が本気を出さない限りは、リントリムの平和は安泰あんたいだ。
 ちなみに、城壁を覆う結界は、常人ならば視えない。しかし、エルディにはぼんやりと結界を覆う魔力の流れが視えていた。ティア曰く、これは〝浄眼じょうがん〟と呼ばれる特殊な目らしく、魔力の流れやコンマ何秒か先の未来予知ができるものだという。エルディは魔法こそ使えないが、魔力の流れやわずかな未来予知が可能なのである。もっとも、これを内緒にしていたがために無能の烙印らくいんを押されてパーティーを追放されてしまったのだが、今となってはそれで良かったと思っている。あのままヒュドラを退治しに行っていれば、きっと堕天使の彼女と出会うこともなかったのだろうから。
 そんなことを考えていると、遊び飽きたのか、ブラウニーが顔を覗き込んできて、エルディの顔をぺろりと舐めた。

「お、もういいのか? んじゃ、帰るか」

 いてみると、犬っころは言語を理解しているかのように「ワン!」と吠えて、家の方角へと向かって行った。
 散歩コースの距離感としても、ここの原っぱはちょうどいいのかもしれない。小型犬であるし、数十分も歩けば運動量としても問題なさそうだ。

「あ、ちょっと俺、ギルドまで行ってくるよ」

 ブラウニーの散歩から帰ってくるや否や、エルディはティアに言った。

「お仕事ですか? それでしたら、私も仕度を」
「いや、今日はいいよ。受けられる仕事があるかどうか探しに行くだけだし。それに、武器も新調しないとな」

 エルディは腰の剣をぽんと叩いて苦い笑みを漏らした。
 いい加減、元パーティーメンバーのヨハンから渡された安物の剣だけでは不安だ。狼人ワーウルフ程度の魔物ならばまだ戦えるが、この剣では太刀打ちできない敵と遭遇する可能性もある。鎧はまだ先でもいいとして、剣だけでも新調しておいたほうがいいだろう。
 武器屋なんて付いてきてもティアにとっては退屈だろうし、生活用品の買い足しもしないといけない。それならティアは家でゆっくりとしていたほうがいいだろう。
 というより、備品や武具の調達は〝マッドレンダース〟時代にひとりで行っていたというのもあって、単独で動いたほうがやりやすいというのがエルディの本音でもあった。いつ隣で羽をされるかわからないと思うと、武器を精査できそうにない。財布に余裕があるわけでもないし、予算の範囲内で買える武器を慎重に選びたかった。

「ティアも引っ越しやら諸々で疲れてるだろうと思ってさ。なんだかんだ知り合ってから完全な休みってなかった気もするし」
「でも……一緒にいないと、エルディ様を幸せにできません」

 ティアがどこか不服そうな、寂しそうな表情でそう言った。
 そういえば、昨夜彼女はこんなことを言っていた。

『天使としては全然ダメダメでしたけど……私、エルディ様を幸せにします。ずっと一緒に、いたいですから』

 半分寝ぼけているのかと思ったが、どうも本気だったらしい。ただ、プロポーズみたいなことを言っている自覚は相変わらずなさそうだ。

「美味いものを作ってもらえるだけでも十分幸せだよ。なんだかんだ疲れてると思うし、今日は家でゆっくりしながらブラウニーと遊んでてくれよ」

 エルディは少し考えてから答えた。
 ティアは自分でも無自覚に頑張り過ぎてしまう傾向がある。途中で倒れられたり、天使特有の病気――そんなものがあるのかはわからないが――に罹患りかんされたりしても困る。それならば、休める時はゆっくりと休んでほしかった。
 ティアにそう伝えると、納得はしていないながらも理解はしてくれたようで、ようやく承諾してくれた。

「……わかりました。お留守番してますね」
「誰か来ても、居留守使うなりしてくれ。こんな辺鄙へんぴなところなんて誰も来ないと思うけど、一応な」
「はい。いってらっしゃいませ」

 彼女は律儀にも玄関までエルディを見送ってくれた。ただ、その表情はどこか寂しそうで、残念そうでもあった。

(うーん……一応気を遣ったつもりだったんだけど、逆効果だったかな)

 エルディは若干申し訳ない気持ちにさいなまれながらも、リントリムのギルドを目指した。


「そんで、どうだったのよ? 嬉し恥ずかしの同棲初夜は!」

 リントリムのギルド受付嬢・アリア=ガーネットは、エルディを見掛けるや否や開口一番にそう訊いてきた。これでもかというくらいに瞳をキラキラ輝かせて。
 仕事の依頼を受けに来たはずなのに、業務なぞそっちのけである。呆れてものも言えなかった。アリアは重ねて訊いた。

「一線越えた? 天使と人間ってやっぱ違う? ねえねえ、どうだったのよ!? こんな経験できる人間なんてあなた以外いないんだからね!? 感想を聞かせなさいよ!」
「越えてねーわ! つーか、余計なことばっか吹き込みやがって……俺がどれだけ苦労したと思ってんだよ」

 エルディは憎々しげに言った。
 そうなのだ。純粋無垢そのものなティアに中途半端な知識を植え付けてエルディを困惑させた原因は他でもない、このアリア=ガーネットである。彼女は男女の恋愛関係や生殖に関する知識がほとんどないティアに対して、お風呂に一緒に入ればエルディが喜ぶだの、特別な関係にある男女は同衾すべきだの、助言した。その結果、ティアはエルディを喜ばせるために恥ずかしさを我慢してその提案に沿って頑張るし、エルディはエルディでそんな彼女に何度も理性を吹き飛ばされそうになったのだ。朝を迎えられたのはもはや奇跡に近い。我ながら自分の理性を褒めてやりたかった。
 しかし、エルディの反応に、ギルド受付嬢の表情はどんどん曇っていく。

「え……? 嘘でしょ? まさか、本当にシてないの?」
「するか! つーか、一緒に暮らすのに知識も何もない相手にンなことできるわけないだろ!」

 アリアはアリアなりに手助けのつもりでやったのだろうが――九割くらいはからかい目的だろう――当の本人からすれば迷惑極まりない。知識のないティアに対してをやらかせば、今後ふたりの関係がどうなってしまうのかわかったものではなかった。
 アリアはこれ以上ないというほどに大袈裟おおげさな溜め息を吐いていた。

「はぁ……まさか、そこまでだったとはね。これだからヘタレは」

 やれやれ、と言わんばかりに首をすくめている。一発殴ってやろうかこの女。

「誰がヘタレだ! つーか吹き込むなら吹き込むでちゃんとした知識も教えろよ。仲のいい男女は一緒に風呂に入るだの寝るだの抽象的な言い方ばっかりしやがって」
「あら。別に間違ってないでしょ?」
「間違ってないけど!」

 確かに、アリアは間違ったことを言ったわけではない。だが、情報の伏せ方に悪意しかなかった。
 肝心なところは言わず、何もわかっていないティアを扇動し、エルディが困るのを見越して楽しんでいるだけなのだ。一番たちが悪い。天使に嘘を教え込むこいつこそが一番の悪だと思う。どうか天罰が下って彼氏ができないような呪いを掛けてやってくれ。

「ティアもティアで、アリアさんが余計なこと言うもんだから、恥ずかしいのに無理して一緒に風呂に入るだの寝るだの言っててさ。あんなの可哀想だろ」

 恥に関する認識は、人間にも天使にも差はなかった。裸になるのは彼女にとっても恥ずかしいことだったのだが、それでもそれがエルディの喜ぶことだと言い聞かされていた彼女は、恥ずかしさを我慢してそのアドバイス通りに事を運ぼうとしていた。意味がわかった上でやるのならともかく、意味もわからないままやらされるのはさすがに可哀想だ。
 一方、風呂というワードに「ほう……?」と眉を動かしたのはアリアである。

「それで、一緒にお風呂入ったの?」
「いや、まあ……入ったけど」
「あらあらあらあらー! 文句ばっか言ってたくせに、ちゃっかり楽しんでるじゃないのー!」

 視線を逸らしてそう言うと、アリアの瞳は先程よりも更に強く輝いた。口元にもにやにやといやらしい笑みが浮かび上がっている。
 完全に娯楽にされている。これだから独女どくじょは嫌なんだ。自分に男女のいざこざがないからといって、すぐに他の男女で娯楽欲を満たそうとする。

「あのなぁッ……楽しむとかどうとかって状態じゃなかったわ! むしろ困りまくってたし、ただただ断れなかっただけだ!」
「やーねぇ、強がっちゃって! で、洗いっことかしたの? 手取り足取り身体の隅々まで洗ってあげたりとか、それともティアちゃんに隅々まで洗わせたりとか? 上下に擦るようにして洗うんだぜ、とか教えたの? このスケベ! 鬼畜!」
「アホか! どっちがスケベだ! そんなことするわけねーだろ! 向こうが洗ってる最中俺はずっと目ぇつむってたわ!」

 昨日のことを思い出すと恥ずかしくなってきた。ゆっくりと風呂に入る予定だったのに全然目的が変わってしまったのだ。
 そこまで言うと、アリアは再び大袈裟に溜め息を吐いて、額に手を当てた。

「はあ……これだからヘタレ剣士は。冒険者なんだから冒険しなさいよ」
「いちいちうるせーよ! 冒険の意味ちげーから!」

 こんな口論が、しばらく続いた。
 エルディが依頼を紹介してもらうのは、これからもう少し先のことであった。

    
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