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ヘリオス
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「だから……勝手なことをされては困るんですよ」
抗議の視線を送れば、黒ずくめの使者が微動だにせず、かしづいている。
ヘリオスの手には空白の多い手紙。
聖女の安全についてはコンドラー公爵家にて一切を保障いたします。殿下におかれましては、どうぞご案じなきよう。以上、取り急ぎご報告申し上げます。
まだ熱を感じる黒い封蝋には猛禽類が翼を広げ、まるでヘリオスを嘲笑っているようだった。
走り書きした長い手紙を受け取ったコンドラー公爵の使者はすぐに消えるようにヘリオスの執務室を去った。
「はぁ……敗戦国だからって、ちょっとやりすぎじゃない?」
静まり返った執務室にいるのは、ヘリオスただ一人。
帝国だけではない。軍事力を育てなかった聖王国は「聖女」の国でなければ、既に滅びていることだろう。
それでも帝国と戦争があったのは100年も前だ。今では、国境沿いに居座る犯罪者も取り締まってくれている。
「こちらが口を出せないからって、好き勝手してるのは……いつだってそっちだろ」
机の上に積まれた書類に目が止まる。キーラが纏めた孤児の資料には容姿について事細かに書かれていた。パラパラと捲る。
一言でいえば、カラフル。
子供の容姿に聖王国由来の色は多い。だから、それ以外が返って目立つ。そして、その数が近年異常に多い。遠い国の王族の色を持つものを見つけた時は本当に肝が冷えた。
実際、光魔法というものはこの国でしか生まれない。光魔法が他国で生まれないのは、精霊がこの国に縛られているからだと神殿は言う。
だがヘリオスにはどうにも腑に落ちない部分があった。
精霊が縛られているなら、なぜ聖女は一人しか生まれないのか。
なぜ王家の血筋にしか識別能力が宿らないのか。
考え始めると止まらなくなる。ヘリオスは書類を机に伏せて、額に手を当てた。
父上はこういう時、神殿に丸投げする。
「神のご意志だ」と言えば全て片付くから。だが神のご意志が聖王国を守ってくれた試しは、ヘリオスの知る限り一度もない。
守ってきたのはいつも、聖女という存在そのものだ。
出かかったため息は、叩かれた扉のせいで止まる。
「入れ」
現れたのはキーラだった。礼服のままで、表情は涼しい。だがその目の奥に、ヘリオスが見慣れた光がある。何かを決めた時の、キーラの目だ。
「コンドラー公爵からの使者が来たと聞きました」
「……早いなぁ」
「言えないことでしょうか?」
「ユフィさんは帝国が預かる、ってさ」
キーラは一瞬だけ目を細めた。それからすぐに元の顔に戻った。
「殿下はどうなさるおつもりですか」
「どう、というと?」
「聖女をみすみす帝国に渡すのか、ということです」
ヘリオスは答えなかった。キーラはそれを否定と取らなかったようで、続けた。
「コンドラー公爵家の使者が来たということは、向こうはこちらの出方を待っている、ということですよね? 無視すれば帝国との関係に響く。かといって強く出れば——」
「分かっている」
ヘリオスは立ち上がって窓の外を見た。建国祭の飾りがまだ街に残っている。色とりどりの布が、風に揺れている。
「キーラ、正直に聞く。君ならどうする?」
沈黙が落ちた。
キーラは少し考えるような間を置いて、それからはっきりと答えた。
「帝国へ乗り込むに決まっているでしょう?」
ヘリオスは振り返った。
「ユフィさんのことが心配です。それだけじゃないけれど……それが一番です」
キーラの言葉は真っ直ぐだった。打算も遠回しもなかった。ヘリオスはしばらくその顔を見てから、小さく息をついた。
「……そうだね」
手紙を折って、引き出しに仕舞った。
「準備をしよう」
抗議の視線を送れば、黒ずくめの使者が微動だにせず、かしづいている。
ヘリオスの手には空白の多い手紙。
聖女の安全についてはコンドラー公爵家にて一切を保障いたします。殿下におかれましては、どうぞご案じなきよう。以上、取り急ぎご報告申し上げます。
まだ熱を感じる黒い封蝋には猛禽類が翼を広げ、まるでヘリオスを嘲笑っているようだった。
走り書きした長い手紙を受け取ったコンドラー公爵の使者はすぐに消えるようにヘリオスの執務室を去った。
「はぁ……敗戦国だからって、ちょっとやりすぎじゃない?」
静まり返った執務室にいるのは、ヘリオスただ一人。
帝国だけではない。軍事力を育てなかった聖王国は「聖女」の国でなければ、既に滅びていることだろう。
それでも帝国と戦争があったのは100年も前だ。今では、国境沿いに居座る犯罪者も取り締まってくれている。
「こちらが口を出せないからって、好き勝手してるのは……いつだってそっちだろ」
机の上に積まれた書類に目が止まる。キーラが纏めた孤児の資料には容姿について事細かに書かれていた。パラパラと捲る。
一言でいえば、カラフル。
子供の容姿に聖王国由来の色は多い。だから、それ以外が返って目立つ。そして、その数が近年異常に多い。遠い国の王族の色を持つものを見つけた時は本当に肝が冷えた。
実際、光魔法というものはこの国でしか生まれない。光魔法が他国で生まれないのは、精霊がこの国に縛られているからだと神殿は言う。
だがヘリオスにはどうにも腑に落ちない部分があった。
精霊が縛られているなら、なぜ聖女は一人しか生まれないのか。
なぜ王家の血筋にしか識別能力が宿らないのか。
考え始めると止まらなくなる。ヘリオスは書類を机に伏せて、額に手を当てた。
父上はこういう時、神殿に丸投げする。
「神のご意志だ」と言えば全て片付くから。だが神のご意志が聖王国を守ってくれた試しは、ヘリオスの知る限り一度もない。
守ってきたのはいつも、聖女という存在そのものだ。
出かかったため息は、叩かれた扉のせいで止まる。
「入れ」
現れたのはキーラだった。礼服のままで、表情は涼しい。だがその目の奥に、ヘリオスが見慣れた光がある。何かを決めた時の、キーラの目だ。
「コンドラー公爵からの使者が来たと聞きました」
「……早いなぁ」
「言えないことでしょうか?」
「ユフィさんは帝国が預かる、ってさ」
キーラは一瞬だけ目を細めた。それからすぐに元の顔に戻った。
「殿下はどうなさるおつもりですか」
「どう、というと?」
「聖女をみすみす帝国に渡すのか、ということです」
ヘリオスは答えなかった。キーラはそれを否定と取らなかったようで、続けた。
「コンドラー公爵家の使者が来たということは、向こうはこちらの出方を待っている、ということですよね? 無視すれば帝国との関係に響く。かといって強く出れば——」
「分かっている」
ヘリオスは立ち上がって窓の外を見た。建国祭の飾りがまだ街に残っている。色とりどりの布が、風に揺れている。
「キーラ、正直に聞く。君ならどうする?」
沈黙が落ちた。
キーラは少し考えるような間を置いて、それからはっきりと答えた。
「帝国へ乗り込むに決まっているでしょう?」
ヘリオスは振り返った。
「ユフィさんのことが心配です。それだけじゃないけれど……それが一番です」
キーラの言葉は真っ直ぐだった。打算も遠回しもなかった。ヘリオスはしばらくその顔を見てから、小さく息をついた。
「……そうだね」
手紙を折って、引き出しに仕舞った。
「準備をしよう」
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