前世を思い出したら超絶ドアマットヒロインになっていたんですが。

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「寒いからフィも中に入って」

レイヴンにそう言われて、ユフィは繋がれた手に素直に従う。ふと、石鹸と花の香りが鼻を掠め、その先にある背中を見つめた。

黒のスーツに前髪を上げたレイヴンは気品に溢れ、ドレスなんか着なくても今のままヘリオスやキーラと並べば、きっと遜色なく見えるのだろう。

「本当に…住む世界が全然違うね」
「どういう意味?」
「あ、えっと…スーツのヴィがかっこいいなって」

レイヴンは俯き、一瞬立ち止まると雑にネクタイを外して首元まで閉めたボタンをひとつ外した。

気に触ること言っちゃったかな、いや、きっとスーツが苦しかったんだよね…

「転移魔法で移動するから、また無理をさせてしまうかも…もう少し休んでから行こう」
「あ…うん、ねぇ!ヴィのお母さんは行かないの?」
「…うん、母さんは体が弱いから転移魔法には耐えられないんだ」
「そっか…でもひとりぼっちは寂しいね」
「仕方がないよ、この森が母さんにとって一番いい環境なんだから」
「……いっそのこと、みんながこっちに来れればいいのにね」
「……」
「あ…ごめんね、でもさっきお母さんにちゃんと挨拶出来なかったし…少し会いたいかも」
「光が気になる?」
「ち、違うよ…本当に挨拶しないと失礼だと思ったの」

本当は光の玉が気になって仕方がなかった。正直レイヴンが両親に対して良く思っていないことは分かっている。けれど、レイヴンのお母さんの病を私が治せるのなら治したいって思う気持ちもある。

というよりもこれは私のエゴだ。分かっていて人の死を見過ごしてしまったら、きっと後悔して私はまたこの世界を生きづらくなるだろうから


「いいけど…無茶はしないでね」
「無茶?挨拶するだけだよ?」
「……変なことしたら力尽くで止めるから」
「あはは、ヴィのお母さんに変なことなんてしないよっ」

レイヴンは小さくため息をつくと、目の前の客間のドアノブから手を離して、体を反転させる。

沈黙の中、たまに軋む廊下を歩いていると窓にあるカーテンが全て黒から白に変わる。

廊下の突き当たり、角部屋にたどり着いて扉を叩いたレイヴンが扉越しに声をかける。

「母さん、僕だよ…開けるね」

ゆっくりと開かれた室内は沈みかけた夕日で部屋全体がオレンジ色に染まっていた。

そのまばゆさに目を細めているとレイヴンが手を引いて、部屋の中へと案内される。

「外してくれる?何かあれば知らせるよ」

レイヴンの声に室内に控えていたメイドが部屋から退出する。ユフィはようやく目が慣れて、幾度か瞬きを繰り返すと窓際のベッドに座る美しい女性と目が合った。

慌てて、ユフィは頭を下げる。

「ヴィ…レイヴンの友達のユフィですっ…先程は挨拶もせずにすみません」

重い沈黙が続いて、折った腰を上げられずにいた。

どうしよう、やっぱり失礼だったかな…

不意に肩を掴まれ、驚いて飛び上がると掴んだ張本人のレイヴンまで驚いて目を見開き、やがて吹き出すように笑い出した。

「ちょ、ちょっと…ヴィ」
「あははは、ごめんね…ぷっ、自分から挨拶するって、言ったのに…フィは本当に可愛いね」
「なっ…」
「よしよし、そんなに緊張しないで?…母さん、この子はユフィ、僕の一番大事な人だよ」
「そう、可愛い子ね」

レイヴンは相変わらず肩を震わせ、お母さんは相変わらず柔く微笑んでいる。

ヴィの言い方は私を“一番大事な人”と言って、まるでお母さんを挑発してるようだった…気まずくなるのは苦手なんだけど…

「レイヴンは私なんかにも本当に良くしてくれて、優しくて…笑顔がお母様によく似てらっしゃいますっ」
「そう、レイヴンと仲良くしてくれてありがとう…ごめんなさいね、もう少し…近くに来てくれる?」
「は、はい」

レイヴンのお母さんに一歩近付くたびに甘酸っぱい香りが濃くなる。その香りの正体はベッドサイドテーブルに置いてあるハーブの鉢植えだとすぐに気付いたが、それよりもおぞましいソレがユフィを恐怖で支配した。

まるで蜘蛛の巣のような紫色の靄。ソレがレイヴンのお母さんの背後から、こちらに糸を伸ばそうとするように、うねうねと蠢いている。

「うっ…」
「あ、ごめんなさいね、ハーブの香りは嫌いだったかしら…」
「いえ、だ、大丈夫です」

ベッドサイドテーブルの横にある椅子に腰掛けるも顔を上げることが出来ない。

視界に映るのは、白い細腕だけだ。その腕には無数の刻まれたような傷跡が見える。

「あの…痛みますか?」
「腕のこと?怖いわよね、ごめんなさい…心配してくれてありがとう、でも古い傷だから大丈夫よ」

優しい声に顔を上げると、靄のようなものは相変わらず、その背中を覆っていた。

恐怖に顔が引き攣らないようにユフィは精一杯、唇を噛む。レイヴンのお母さんはそんなユフィを見て、眉を下げ困ったように笑っている。

「どうしましょう…泣かないで?」
「フィ…泣いてるの?」
「あ、いえ、えっと…」

頬に手が伸びて、お日様のような匂いに包まれる。

「噛んでは駄目よ、そうでなくても冬は乾燥して唇は切れやすいんだから、ね?」

あぁ、この人の手は暖かい、それにとても優しい人だ。ヴィを簡単に見捨てるような人にはとても思えない。

それに心配するその顔は近くで見れば見るほど本当によく似ていて…頬に当たる手も、肩に置かれた手も同じ温度をしている。

その優しさに安堵して今度こそ、素直に上がった口角をレイヴンのお母さんに向ける。そして頬に置かれた手を自身の手で包み、瞼を閉じた。
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