ある日突然、知らないおじいちゃんから莫大な遺産を相続させられて、全裸の執事と地獄がもれなくセットでついてきた

橋元 宏平

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第44話 出来る限りの対処療法

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桜庭視点さくらばしてん

 桔梗ききょうさんの運転で、ご主人様のお屋敷やしきへ戻った。
 車を降りると、桔梗さんが僕に声を掛けて、お屋敷へ飛び込んで行く。

「早く処置室しょちしつへ!」
「はいっ!」

 ご主人様は、数分前に目を閉じて、完全かんぜん意識いしきがない。
 ミッチェル様のに顔に似ていて、思わず背筋せすじにゾッと寒気さむけが走る。
 脈拍みゃくはくはかろうとにぎったご主人様の手首が、いやに冷たい。
 懸命けんめいに脈をさぐると、弱々しくはあるが生きているあかしを見つけてほっと息を吐く。

 エレベーターを待つのももどかしく、僕らは階段を駆け下りた。
 地下にある医務室いむしつ処置室しょちしつへ、ご主人様を運び込み、ベッドの上に寝かせた。

 桔梗さんが白衣はくい羽織はおって、ご主人様の処置しょちに当たる。

「桜庭さん、薬物やくぶつは、何か分かりますか?」
「いえ、残念ながら……」

 どんな薬物を盛られたかなんて、医療知識いりょうちしきや薬物の知識が全然ない僕に、分かりようがない。
 桔梗さんはテキパキと、ご主人様の体温を測り、血圧をはかる。
 聴診器ちょうしんきを胸に当てて心音しんおんを聞き、桔梗さんが僕に質問してくる。

症状しょうじょうは、どうでした?」
「そうですね……」

 記憶を探り、思い出す。
 薬物の判定はんていが出来るように、出来るだけ詳細しょうさいに説明する。

「首に何かを刺された後、すぐに胸を押さえられて、顔が赤くなり、全身からは力が抜け、くずれ落ちるように倒れられました。しきりに痛みや苦しみをうったえるように、顔をしかめていらっしゃって、玉のような汗をえ間なく流しておいででした」

 僕の話を聞くと、桔梗さんは難しい顔をして少し考え込む。
 ステンレストレーに、薬や医療器具いりょうきぐを並べていく。

「そうでしたか。不整脈ふせいみゃくられますし、体温と血圧が共に低下しています。とにかく、最善さいぜんくします」

 細い注射器ちゅうしゃき数本と、薬液やくえきが入った小さな小瓶こびんいくつも取り出すと、次々とご主人様の腕に注射した。
 さらに、輸液ゆえき点滴てんてきして、体内たいないの薬物を薄める。
 酸素吸入器さんそきゅうにゅうきのスイッチを入れ、酸素マスクをご主人様の口にかぶせた。
 布団をご主人様に掛けて、体温を下げないように保温ほおんする。
 ひと通りの処理しょちが終わると、桔梗さんは大きく息を吐き出して笑い掛けてくる。

「これで、しばらく様子をましょう。あとは容態ようたいに応じて、投薬とうやくり返します」
「お疲れ様でした、桔梗さん。これで、ご主人様は大丈夫なんでしょうか?」

 やや疲れが見える桔梗さんを労《ねぎら》い、次に意識不明状態いしきふめいじょうたいのご主人様に視線しせんうつした。
 相変あいかわらず、顔色は白いまま、苦しそうな浅い息を繰り返している。
 息をする度に、透明の酸素マスクが白くくもるのが、少し切ない。

 桔梗さんは、うつむいてポツリポツリと言葉をこぼす。

「今はまだ、何とも言えません。中和剤ちゅうわざいがないので、現状で出来る限りの処置はしました。あとは、ご主人様の体力と抵抗力次第ていこうりょくしだいです」
「そんな……」

 ここまでしても、まだ助かったと言えない状況なのか。
 こんなに苦しそうなのに、何もしてあげられない。
 桔梗さんのように、医師免許いしめんきょ取得しゅとくしておくべきだった。
 僕は自分の無力むりょくさを、のろった。
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