ある日突然、知らないおじいちゃんから莫大な遺産を相続させられて、全裸の執事と地獄がもれなくセットでついてきた

橋元 宏平

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第54話 とっておきの魔法

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 撮影2日目。

「人」という文字を何度も手のひらに書いて、いくら飲み込もうとも、緊張きんちょうほぐれない。
 誰だよ、このおまじない考えたヤツ!
 まぁ、こんなもんで緊張しなくなるんだったら、誰も苦労しない。

「ご主人様、深呼吸しんこきゅう、深呼吸」

 横でおろおろしている桔梗ききょうが、俺を落ち着かせようと言い聞かせてきた。
 言われるままに、深呼吸を始める。

「吸ってー吐いてー、吸ってー吐いてー……どうです?」
「う、うん……ちょっとだけましになったかな?」

 深呼吸をしても、本当にちょっとしか落ち着かない。
 心臓がバックンバックン鼓動こどうを繰り返し、痛いくらいだ。
 胃も、キリキリと痛んでいる。
 そんな俺を見兼みかねた椿つばきが、笑みを浮かべて、バチンとウィンクする。

「では、ご主人様。アタシがこれから、とっておきの魔法を掛けて差し上げますわ☆」
「魔法? 俺、そういうの信じないタイプなんだけど」

 俺はうたがいの眼差まなざしで、椿を見た。
 さっきも、人を書いて飲み込むおまじないも、全然効ぜんぜんきかなかったしな。
 クスクスと椿は笑いながら、俺の肩をポンポンと叩く。

「そうやって、『信じない』って言う人ほど、かりやすかったりするんですのよ。さ、この炎をよーく見て下さい」

 シュボッという音と共に、椿の手に握られたライターが小さな炎を灯した。

「そういうもんか?」

 半信半疑はんしんはんぎで、言われるまま、青く燃える炎を見つめる。
 椿が低く静かな声色で、俺に言い聞かせてくる。

「あなたはだんだん眠くな~る……眠くな~る……眠くな~る……」
「なんだ。魔法って、催眠術さいみんじゅつのことか」

 分かっているのに、本当にだんだん眠くなってきた。
 まぶたが重くて、目を閉じた。
 真っ暗な世界の中で、椿の声だけが聞こえてくる。

「あなたは、『ブレイカータイガー』どんな演技もこなせる、実力派じつりょくはのベテラン俳優です。そして新進気鋭しんしんきえいの新人俳優桜庭さくらば春樹はるきは、あなたのライバルです」
「俺は実力派のベテラン俳優……新人の桜庭はライバル……」

 ぼんやりとした意識の中で、椿の言葉を復唱ふくしょうした。

「さぁ『ブレイカータイガー』! あなたの素晴らしい演技を、見せつけるのですっ!」

 パンッと手を打ち鳴らす音とともに、俺は目覚めた。

 ☆

 俺はベテラン俳優、ブレイカータイガーッ!
 よし、今日も一日、頑張るぞっ!

 俺は堂々と、スタジオへと向かった。
 世話しなく走り回るスタッフ達に、大声で元気に挨拶する。 

「皆さん、おはようございまーすっ! 本日もよろしくお願いしまーすっ!」
「ご主人様、今日も頑張がんばって下さい」

 ご主人様? なんだそれは?
 俺の名前は、ブレイカータイガーだ。
 生意気な新人野郎の声を無視して、プロデューサーの元へと近付いていく。

 プロデューサーは心配そうな目を、俺に寄越よこす。

「おはようございます、川崎専務。今日は、いけそうですか?」
「今日も絶好調ぜっこうちょうです。この俺に任せて下さい」

 自信満々じしんまんまんで言うと、プロデューサーが赤い唇を吊り上げて皮肉ひにくたっぷりに笑う。

「あらそう、意気込いきごみは充分じゅうぶんですわね。それが、演技に生かされると良いんですけど?」
「俺は実力派のベテラン俳優だぜ? どんな役だって、こなせてみせるさ!」
「何言ってんですか。あなた、演技はからっきしだって、昨日言ってたじゃありませんか」

 うたがわしげな目を向けるプロデューサーに、俺はフフンと鼻で笑ってみせる。

「そりゃ、昔の話だろ? 俺の演技を見て驚けっ!」
「なんかよく分かりませんけど、頑張って下さいね」
「いてててっ!」

 プロデューサーに軽く背中を叩かれて、俺はわざとらしく痛がってみせた。

 ふと、俺を見つめる熱い視線に気付いた。
 あの憎たらしい、桜庭春樹か。
 新人俳優の桜庭春樹は、俺のライバル。
 何が面白いのか、俺を見てニヤニヤ笑ってやがる。

 きっと、俺の演技を盗もうと思ってやがるんだな。
 ふん、まぁ好きにするがいいさ。
 俺はベテランだから、新人のお前なんかに振り回されたりなんかしない。
 桜庭春樹をにらむと、顔をそむけた。
 超絶美形だからって、誰もがちやほやしてくれると思うなよ。
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