その後も幸せに暮らしました

山吹レイ

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救いを求める声

 悲しい鳴き声。誰かを探しているような、助けを求めているような、聞いているだけで切なくなるような小さな声。
 夜中ふと目が覚めた俺は、外から聞こえる獣の鳴き声に気づいた。
 ここは日本ではないのでモンスターの可能性もあるが、声からして幼い子供なのだろう。か弱い鳴き声は、静かな夜によく響く。
 ベッドから出ると、あまりの寒さに身震いする。
 階下におりて、蛇口から水を出し手ですくって一口飲んだ。
 暖炉は熾火だけが仄かに赤く照らしている。
 フェアリースノウに来る途中、モンスターに殺された人の死体が転がっているのを度々見かけた。
 日本じゃ、その辺に死体が転がっていたら大騒動だ。ここでは誰もが見てみぬふりをして通り過ぎる。そういう世界なのだ。俺はそんな場に遭遇するたび恐怖した。野垂れ死にすれば、誰に弔われることなく晒される。
 だから、この世界が現実となってから怖くて一度もモンスターと戦ったことはない。ゲーム感覚で楽勝などと簡単に考えていたら絶対に死ぬ。危険なことはしないと心に決めていた。
 でも、この声はあまりにも悲しい。
 どうしようか、さんざん悩みながらも、地下倉庫の二階に行って武器や防具を漁る。
 大剣とか戦斧、盾がずらりと並んでいるが俺には重くて扱えない。扱えないのになぜあるのか。全て珍しいレアな武器や防具だからだ。とっておいても、アイテムボックスの肥やしになるだけなのに、もったいなくて売れない。
 並んでいる武器を見て行くとナイフがあった。確か解体用のナイフだ。それと弓と長剣の隙間にダガーが置かれている。その奥に俺の武器が並んでいた。折りたたまれた扇子は目立つ武器の中で見つけにくい。
「使えるかなあ」
 試しに黒い扇子を開き、ひらりと宙に投げてみる。ブーメランのように美しく弧を描いて俺の手元に戻ってくる。まるでずっと使っていたかのような馴染み具合。
「黒いのは、鮮血の黒扇。よく使ったなあ。敵を出血状態にさせるのが強いんだよ」
 ナイフは腰に下げて鮮血の黒扇は胸元に入れる。
「防具は……確かこれ、癒しの羽衣だ。こっちは氷結魔法を防ぐ炎暖の外套」
 ゲームの中ではできないけど、癒しの羽衣を着た上に炎暖の外套を重ね着する。
「おーいける。あとは俊足のブーツ。剛腕の手袋。帽子は……」
 不格好ながらも全身完全防備して、いざ風除室から外に出る。
「雪積もってる。めっちゃ降ってるじゃん。暗くて白くて見えない」
 雪は静かに音もなく降っていた。大粒の雪は掌に乗るとまるでたんぽぽの綿毛のようにふわふわだが、次から次へと落ちてくるのでじっとしていたら、すぐに全身が雪まみれになってしまう。
 足元の雪は軽くひざ下まで積もっているだろうか。外に出たくない、と一気に気持ちがしぼむ。
 するとどこからともなく「キューン」という小さな声が聞こえてきた。俺は「よし」と気合を入れて雪の中一歩また一歩と足を踏み出した。雪の上でも足が軽く、早足で歩ける。さすが俊足のブーツだ。
 声が聞こえる方向へ周囲を見回しながら歩いていくと、雪の中に何かがいる。
 雪と同じ色なので最初見ただけはわからなかったが、近づいてみると小さな動物が倒れていた。最初犬かと思ったが顔が違う。これは狐だ。子供だろうか。あまりにも小さい。
「おい、大丈夫か?」
 慌てて触れようとして、はっと思い出した。不用意に野生動物に触れたらいけないと言われている。
 でもここはゲームの中で、でも現実だし、どうしようと考えて「浄化!」と生き物に効くか効かないかわからない魔法を唱えて手袋を脱いだ。おまじない程度でも気休めでもいい。この小さくか弱い狐に触れる理由が欲しかった。
 体に触れると温かく、よく見ると雪に血が散っている。
「怪我をしているのか?」
 目を閉じている狐はか細い声でまた「キューン」と鳴いた。
「寒かったな。よし、今助けてやるから」
 声をかけ、そうっと慎重に抱き上げると急いで家に戻った。
 熾火の中に木を入れて部屋を暖かくする。暖炉の前に座り、子狐の体についた雪を払い、水滴を拭った。
「よく頑張ったな」
 子狐のわき腹から血が滲んでいる。モンスターか他の肉食獣にやられたのか、爪跡のような長い傷が三本斜めについていた。
「どうしよう。とりあえず消毒? あと傷薬とか包帯すればいいのか? あ、アイテムボックスにハーブ水がある」
 癒しの羽衣で体を覆ったら回復しないだろうかと、俺は着ていた服を脱いで子狐を包みこむ。
「ちょっと待ってろよ」
 地下倉庫の三階に行って、傷薬やハーブ水、ポーションなど、ありとあらゆる回復薬を持って戻った。
「消毒はどうしようか……アルコールとか? でも浄化でいけるんじゃ?」
 子狐に触れる際、唱えた言葉をもう一度口にした。念のためにもう二、三度浄化と呟いてから、傷薬を手に取る。
 白い毛についた血を拭い、傷薬を塗ってから包帯を巻く。
 一度もペットを飼ったことはなかったし、犬や猫だって好きでも嫌いでもない。だから動物の扱いなど全くわからない。でも傷ついている動物は放置できない。
 ハーブ水を自分の手にかけて、子狐の口元に近づける。
「花の甘い匂いがするよな。ちょっとだけでも舐めてくれないか」
 子狐は大きな目で俺を見上げ「キュ」とか弱く鳴いた。震えながら舌を伸ばし、俺の指を舐める。
 回復力はポーションのほうが優れているが、少し苦いのだ。ハーブ水は甘く飲みやすい。「よし、いい子だ」
 暖炉は赤々と火が燃えていて暖炉の前にいると少し暑い。それでも震えているのだからまだ寒いのだろう。木をさらに入れて温度を高める。
「もう寒くないぞ」
 ぺろぺろと俺の指を舐めた子狐は次第に目を閉じてすやすやと眠りはじめた。
 震えも落ち着いてきて、回復もうまく作用しているようで呼吸も穏やかだ。
 俺は暖炉の前で火が消えないように注意しながら、夜通し子狐に付き添った。
 ときおり子狐は誰かを探しているように「キュンキュン」と鳴く。そのたびに安心させるように、体を撫でてやった。
 やがて夜が明け、子狐が目を覚ます前に地下倉庫から肉や野菜などの食料を運んで冷蔵庫に入れた。あとハーブ水を大量に持ってきた。飲み水の代わりにハーブ水を飲ませていれば回復も早まる。
 倉庫に行った際、一緒に持ってきたコーヒーを一口飲む。
 ゲーム中のコーヒーは集中力を高めるアイテムだ。
 コーヒーの匂いにつられたのか、子狐が目を開けた。
 一瞬、ここはどこなのか不思議そうな顔をして室内を見ていたが、俺を見ると嬉しそうに顔を摺り寄せてきた。
 勝手に連れてきてしまったのだから、目を覚ませば警戒されると思っていた。それなのに俺を威嚇するどころか、まるで誰かに飼われていたかのように人懐こい。
「可愛いなあ。お前」
「キュン」
「傷はどうだ?」
 子狐は包帯が巻かれたところを掻いたり舐めたりしている。
「痒いのか?」
 少し多めに薬を塗りすぎたかもと思い包帯を解く。傷はくっきりと残っていたが血は止まっている。ハーブ水なのか、それとも傷薬が効いたのか、回復に向かっているようだ。
「よかった。まだ痛いかもしれないから、薬を塗って包帯はしておく。体に巻かれるの嫌かもしれないけど、ごめんな」
 子狐は俺の話していることが理解しているように、黙って見つめている。
「おりこうさんだな」
 耳の後ろを掻いてやると、嬉しそうに目を閉じて尻尾を振った。
 冬毛はもっとふさふさしていいはずなのに毛並みが薄い。それにぼさぼさの尻尾ややせ細った体からして、もしかしたら何日も食べていないのかもしれない。
「お前腹減ってないか?」
 立ち上がってキッチンに向かうと、子狐も俺の後を必死についてこようとする。
「お前は休んでろ。ほら、また痛いんだろ?」
 そう言っても、子狐はよたよたと健気に歩いてくる。置いていかれることを恐れているような仕草に、胸が切なくなった。
「側にいたいんだな」
 慎重に抱き上げて、俺の足元の邪魔にならないところに降ろした。
「何を食べるんだ? 肉? 果物? 木の実?」
 冷蔵庫からなんの肉かわからない生肉を取り出して、ナイフで叩くように細かく切って皿にのせる。あとは食べるかどうかわからないが、柔らかい葉物野菜を千切った横に梨を添えた。
 蹲っていた子狐は、生肉が乗った皿を見るなり驚くような早さで食べはじめた。あっという間に平らげて、隣に置いた野菜もぱりぱりと食べる。梨も美味しそうに食べてしまった。
「お前、雑食なんだな。よし、あとはこれも飲もうな。元気が出るぞ」
 ハーブ水が入ったボウルを置くと、大人しくぺちゃぺちゃと舌で飲んだ。
 満腹になった子狐は次第に瞼を落とし、眠ってしまった。
 こんなに小さいなら親がいるはずだが、毛並みといい痩せた体といい、誰かに世話をしてもらった様子はない。
 ひとりぼっち、そんな言葉が頭を過る。
「俺もお前も一緒か」
 頭を撫でて、俺は安らかな寝顔を見つめ続けた。
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