雪のように、とけていく

山吹レイ

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愛するサンタクロースに願いを(番外編)

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 ビルから出ると、待機していた男たちが一斉に頭を下げる。
 貴昭は周囲を素早く見渡し、ゆっくりと足を踏み出した。
 目の前に停まっていた車の後部座席のドアが開けられ、身を屈めて車に乗る。
 どっかりとシートに体を預けた貴昭を見取り、ドアは静かに閉められた。揺れもせず音もなく車は発進する。
 腕時計を見ると午後四時を回っていた。
 胸ポケットから煙草とライターを取り出し、口に銜え火を点ける。
 紫煙をくゆらせ、煙草を口に銜えたまま貴昭は携帯電話を開いた。
 二時間前に伊摘に送ったメールの返事が未だ返ってこないことを知り、瞬く間に貴昭は不機嫌になった。
 仕事をしている時間に電話をかけてくるのは迷惑だから、用があるならメールで送ってほしいと伊摘に言われ、電話ではなく慣れないメールを打って送ったのだが、その返事がないのはどういうことだろう。
 メールを見たにもかかわらず返事を返してこないだけなのか、それともメール自体を見てないのか、それすらわからない。
 電話ならばその場で意思の疎通ができるのに、何故メールでなければならないのか貴昭には全く理解できなかった。
 嶋は仕事中も貴昭からの電話を禁じてないはずだ。
 声だって聞ける、互いの今の状況も確認できる、メールより遥かに手間がかからず、返事が来ないからといって苛々することもない。
 それでも、伊摘が気が散って仕事を続けられなくなるからやめてほしいと言い募ってきたので渋々折れたのだが、今ではその約束を反故にしたい気分だった。
 恋する男は惚れた相手に弱い。
 貴昭は乱暴に携帯電話を閉じる。
 これだからメールは嫌なんだよ、と言わんばかりに、ため息をついて、見るとはなしに前を睨んだ。
 運転している男と助手席に座っている男の肩がびくりと震える。
 何か癪に障ったことをしただろうかと、怯えた表情で前に座っている二人は、ルームミラーで貴昭を恐る恐る窺っている。目が合うと慌てて視線をそらした。
 伊摘が大人しくマンションにいるなら、こんなにも心配はせず連絡する必要もなかったが、嶋の下で働き出したから気が気ではない。
 やっかいなことに巻き込まれていないか、危険はないか、絶えず気になる。
 胸騒ぎがして海外の出張から帰ってきたときのことを思い出せば、嫌でも心配せずにはいられないのだ。あのとき、間一髪のところで間に合ったが伊摘は殺されそうになっていた。
 あんな思いは二度とごめんだ。
 嶋はあんなことは二度とさせないと貴昭に誓ったが、貴昭は嶋の言葉を信用していない。
 あの男はいざとなれば、貴昭ではなく若頭の直次郎につくことぐらいわかっている。貴昭に従う素振りは見せているものの、嫌味も皮肉も平然と口にする態度は、組長の貴昭を敬う気持ちがこれっぽっちもないのだとわかる。
 貴昭を騙し続けた嶋の兄のこともあり、余計用心深くなる相手だった。
 それでも、貴昭にとっていまいましい相手であっても、伊摘が尊敬できるいい上司だと言うから、伊摘を嶋から引き離すことができない。一緒に仕事をするなと言えないのだ。
 それに、嶋も伊摘の面倒をよく見ているようで、貴昭に接する以上に優しい。
 面白くなかったが、伊摘は前よりずっと生き生きとしているから貴昭は仕方なく見守る立場を貫いていた。
 今一度メールを送ってみようか、それとも電話をかけてしまおうか、手で携帯電話を弄びながら貴昭は思案する。
 伊摘はしつこいとは口に出して言わないだろうが、明らかに辟易するだろう。
 それを思えば電話しにくいが……。
 貴昭は携帯電話をズボンのポケットに入れて、苛々を紛らわせるように窓の外に目を向けた。
 白いものが風に靡いて空から降ってくる。
 この汚い街に降るのだからゴミかと思っていれば、よく見るとそれは雪だった。
 もう十二月も末、今日は二十五日、クリスマスだ。
 忙しく過ごす毎日は、季節感もイベントもまったく関係なく通り過ぎていく。
 クリスマスも意識したことはなかったが、伊摘がどことなく昨日や今朝そわそわしていたところを見れば、何か言いたいことや願いでもあったのだろうか。
 今日は早く帰れると言った貴昭に嬉しそうに微笑んでいた伊摘。
 やはりクリスマスは一緒に過ごしたいと思ってのことだろう。
 だとすれば、帰りにプレゼントの一つも買っていこうか、という気になる。
 伊摘は何もねだらない。金も服も貴金属も一切欲しくないようだった。
 そんな伊摘を好ましいと思いつつも、貴昭にしてみれば少し寂しい。
 欲しいものは何でも買ってやるというのに、首を横に振るから伊摘の物欲のなさが窺える。
 昔から伊摘はそうだった。
 なにか欲しいものはないか、と訊けば首を横に振る。
 買ってやるぞ、と言ってもいらないと即答する。
 金を欲しがる女たちを数多く見てきただけに、伊摘の金に対する執着のなさに随分驚いた。
 しかも露店で数百円しかしない指輪を黙って見ていたので、欲しいと思い買ってやれば、嬉しそうにはにかんで笑って喜んだ。そんな男を貴昭ははじめて知った。
 十年経っても錆びた指輪を大事にするような純粋な男は後にも先にも伊摘しかいない。
 ちゃんとした指輪を買ってやった今でも、そのときの指輪を未だ携帯電話につけているのだから、よほど大事にしているとわかる。
 十年前のことを思い出した貴昭の表情は、不機嫌なものから苦笑へと変わっていく。
 あの頃を思い出すだけで、甘酸っぱい思いが胸を満たしていく。
 あの頃は幸せだった。
 もちろん、今でも十分幸せだが、貴昭も伊摘も若く、好きなだけ一緒にいて抱き合っていられた。何も考えずに一日中ベッドでセックスしていちゃついて愛を囁きあった。
 それは貴昭にとって、はじめての恋だった。
 童貞を卒業したのは中学に上がってすぐ、それ以降、何十人もの女をこなしたが、誰かを心底ほしいと思ったのは伊摘がはじめてだった。
 金と欲に塗れた人間を腐るほど見てきた貴昭にとって、それはそれは伊摘が純粋で綺麗に見えたものだ。
 しかも心が満たされるだけで、体は後でもいいと思うくらい、貴昭は惚れてしまった。
 貴昭にとって、セックスは食欲と同じくらい貪らなければならない欲求だった。並外れて性欲が強かったため、常に女を側に置いていた。
 それが、伊摘と付き合うようになってから女とは全部手を切った。
 まあ……それもあまりにムラムラしすぎて、伊摘を強姦してしまうと思い他の女で紛らわせてしまったため一ヶ月しかもたなかったが、あの頃一ヶ月の禁欲は異常とも言える。貴昭にとってありえないことだった。
 伊摘と体も結ばれてからは、今度こそ本当に女とは手を切り伊摘一筋になったが、体はもちろんのこと心すら伊摘に捧げた。
 離れていた十年という長い月日の中で、その想いが色あせ憎しみに変わったときもあったが、心の中では絶えず伊摘の存在を求めていたような気がする。
 はじめて心の底から「愛してる」と言った相手は伊摘しかいない。
 本気で惚れて、惚れ抜いて、組と伊摘を天秤にかけても伊摘を取ると言い切るほど、心底愛した相手。
 帰ったら、すぐにでも伊摘を押し倒して滾る一物をぶちこみたいと思う気持ちも愛ゆえだ。
 貴昭は窓の外を見つめ、ニヤニヤしながら煙草を吹かした。
 今夜は一週間に二度ある貴重なセックスできる日だ。
 いやというほど、泣かせて注いでやろう。
 赤信号で車が停まると、ショーウィンドウから鮮やかな色彩の花屋が目についた。
 今しがた思っていたいやらしい気分がふっと一瞬消える。
「おい、そこの花屋に寄れ」
 ぞんざいな口調で命令する貴昭に、男たちは慌てたようにハンドルを切る。
 柄にもなくロマンチックなことをしてみていいだろう。
 今日はクリスマスなのだから。


 このまま帰ろうかと思ったが、時計を見ると午後五時には二十分早い。
 今車が走っている場所は嶋がいる事務所に近いはずだ。
「嶋の事務所へ行け」
「はい」
 車はマンションの方向ではなく右に曲がる。
 一度伊摘の働いている姿を見たかったため、いつかは訪ねようと思っていた。
 マンションに一足早く帰り伊摘の帰りを待つより、迎えに行き一緒に帰ってくるほうがずっと効率がいい。
 五分もしないうちに事務所の前に着いた。
 車が停まるなり、貴昭は男が助手席から出てくる前に自らドアを開けて車から降りる。
 すでに歩き出してドアに向かう貴昭の後ろから、慌てて男がついてきた。
 フロントで美しい女性が二人立っているのをちらとも見ず、エントランスを突っ切りすぐエレベーターに向かう。
 嶋がいるのは最上階の三階だ。
 何度か来たことがあるため、貴昭の足は三階に着いても迷うことはない。
 廊下ですれ違う男たちは貴昭の姿を見るなり、ぎょっとした表情を浮かべ、急いで頭を下げる。
「お疲れ様です」
 貴昭は嶋の部屋に入る前に足を止め、頭を下げている男に訊いた。
「伊摘はいるか?」
「は、はい。今二階のコピー室に行ってます」
「そうか」
 貴昭は一呼吸置いて考え、いきなり踵を返した。
 今出てきたエレベーターに乗り、二階へと行く。
 そして、次々と頭を下げる組員たちにうざったそうに手で追い払う仕草をしながら、お目当ての場所を見つけた。
 ドアが開いている部屋に入ると、背を向けてコピー機の前に佇んでいる伊摘を黙って見つめる。
 スレンダーな体のラインに吸いつくような細身の黒のスーツは、見ているだけで思わず股間が熱くなる。
 貴昭はドア先で腕を組んで壁に背を凭れながら、視線を伊摘の足から太股そして尻へと走らせる。
 誂えたスーツは伊摘が少し屈むと、尻の形がよく見えた。
 あの尻に股間を擦りつけたい気にかられ、貴昭は静かにドアを閉じて伊摘の背後に立った。
 コピー音だけが鳴る中、ドアが閉じたカチャという音がやけに大きく響く。
 伊摘はその音にびくっとして振り向いた。
 貴昭は伊摘の髪にふーっと息を吹きかけた。
「た、貴昭?」
 伊摘は、いるはずのない貴昭の姿を目にして、驚いたように目を瞬かせている。
「よう」
 伊摘をコピー機に押し付けるように抱きしめ、貴昭はにやりと笑った。
「どうしてここに?」
 伊摘の薄く開いた唇に、優しいキスを落として言った。
「俺の事務所だ。どこにいたっていいだろ?」
 いつ人が入ってくるかわからない場所でキスされたことに、伊摘は顔を真っ赤にして取り乱した。
「貴昭っ」
 腕の中でもがく伊摘を簡単に封じ込めて、貴昭は更に唇で頬や瞼を探る。
「メール見たか?」
「見た。貴昭やめてくれ」
 顔をそらした伊摘は本気で嫌そうな顔をしている。
 それが面白くなくて、貴昭は苛めるように伊摘の尻を揉んだ。
「見て返さねえのか?」
「だって、仕事が五時までには終るって報告だけだったんだろ?」
「返事がねえと見たのか見てねえのかわかんねえだろ。返事ぐらいよこせ」
「仕事中は無理。それに今も仕事中だから触らないでくれ」
 必死で冷静さを保とうとしている取り澄ました伊摘の態度が気に入らない。
 貴昭は伊摘の顎を乱暴に掴んで目を合わせる。
「嶋は文句は言わねえはずだ」
「俺が嫌なんだよ」
 いつもは比較的簡単に折れるはずの伊摘が、言い返してきた。
 貴昭を邪魔者扱いするかのように睨みつけている。
 貴昭は自分が伊摘にとってよくないことをしてしまったのだと咄嗟に悟った。
 こうなってしまえばひたすら押し問答が続くだろう。
 言い争うために来たわけではない貴昭は、自分から折れ、諭すように言った。
「伊摘、俺はお前のことが心配なんだよ。危ないことやらされてねえか、危険な目にあってねえか、心配で仕事にもならねえ。本当は電話したいのを堪えたんだぜ?」
 情に訴えるように言った貴昭に、伊摘の目の険も僅かに和らぐ。
「貴昭……。大丈夫だよ。俺がすることといったら嶋さんの補助的なことだから危険はない。外にもこの通り出てないし……ごめん、心配かけてたんだな。今度からなるべくメールは返すようにする」
 伊摘は言っているうちに自分が大人気ない態度をとっていたのだと反省したようだった。
 貴昭の目を見て恥ずかしそうに謝罪する。この素直さが伊摘が純粋だと思える一つの要因だった。
 二十八歳とは思えない純朴さだ。
 伊摘が未だ十年前と同じに見えるのはそのせいかもしれない。
 貴昭は、尻を揉むことをやめてそっと伊摘の頬を撫でる。
「早く終ったから一緒に帰れると思って来た。迷惑だったか?」
 優しい貴昭の声にやっと伊摘は微笑んだ。
「迷惑じゃないけど……来るのが早いよ。まだ五時まで……七分ほどある」
 腕時計をちらっと見て、伊摘は貴昭の腕の中で身を捩ってコピーした紙を丁寧に纏めていく。
 形のいい尻が貴昭の太股に触れた感触に、思わず目尻が下がる。
 あと少し体をずらせば、猛ったものを尻に擦りつけることができる……不埒なことを考えた貴昭を窘めるかのように、いきなり背後から声があがった。
「彼の仕事を乱すようなことをしないで下さい」
 振り向いて姿を確認するまでもなく、声で嶋だとわかる。
 伊摘は飛び上がらんばかりに驚き、振り向いて酷く狼狽した。
「し、嶋さん」
 伊摘の手から紙が滑り落ちて床に散らばる。
 伊摘は急いでしゃがみ拾った。
 嶋は眼鏡のフレームを押し上げて、瞳を光らせる。
「闖入者がいたと報告がありましたので」
「闖入者だ?」
 伊摘の側まで来た嶋は、一緒にしゃがみ、床に散らばる紙を拾って伊摘に渡した。
「すみません、ありがとうございます」
 伊摘は恐縮して頭を下げる。
「コピー終りましたか?」
「いえ、あともう少しです」
 まだコピーが終っていなかったことに、伊摘は恥じ入った。
「組長、気が散りますから別室に行っていただけませんか?」
 謙る素振りもなく嶋は平然と貴昭に言い放つ。
「伊摘は迷惑とは言ってねえだろ」
「ええ、言ってません。ですが、はっきり言って邪魔です」
「邪魔? 俺は邪魔なんかしてねえ」
「事実と組長の思ってることとは違います」
 徐々にけんか腰になってきた貴昭と、冷静さを貫いている嶋との間に目に見えない火花が散る。
 伊摘は背を向けたまま、ひたすらコピーをとっていた。
「なんだあ、嶋? 俺に文句あんのか?」
 貴昭は顎を突き出して、嶋を睨んだ。
 だが嶋は怯むどころか、嫌悪の眼差しで貴昭を見つめた。
「チンピラみたいに絡まないで下さい。品性を疑います」
「なんだとコラァ」
 貴昭が嶋に向かいずいっと一歩前に出たとき、伊摘が振り向き大きな声で言った。
「コ、コピー終りましたので、後は戻ってホッチキスで止めるだけです」
 嶋は急に貴昭から伊摘へと視線を向け、優しく微笑み、手から紙の束を取った。貴昭が見たこともないほど、甘い笑みだった。
「いいです。俺がやります。伊摘さんはもう帰りなさい」
「え? でも、これは自分に与えられた仕事……」
「邪魔が入って仕事にもならないでしょう。それに今日は本来なら休みの日に出てきてもらいましたので、定時には上がってください。ほら五時を過ぎました」
 あくまでも優しい上司でいる嶋に貴昭は舌打ちをした。
 伊摘は戸惑うように嶋を見つめる。
「土日にちゃんと休みもらってるし、このくらい……嶋さんのほうが全然休みがなくて大変なのに……」
「そういう約束ですので、いんですよ。早く邪魔者をつれて帰ってください」
 嶋のちらと見つめる視線の冷たさに、結局は伊摘にひっつきたがる貴昭が邪魔なだけなのだと知る。
 貴昭は顔を引き攣らせながら、伊摘の腕を取った。
「貴昭! あ、あのじゃあ、嶋さん、お先にあがらせて……」
 最後まで言い終わらないうちに、伊摘は貴昭に腕を引かれてコピー室を出る。
 まったく気に食わなかった。
 組長である貴昭に対して敬う素振りどころか、貶して追い払おうとする態度は、本当に頭にくる。
 あの嶋の態度、伊摘が世話になっていなかったら、切り刻んでやりたいくらいだ。
「た、貴昭、鞄……」
 後ろから控えめに伊摘が言ったので、貴昭は渋々腕を放した。
 伊摘は鞄を取りに行き、小走りで戻ってくる。
「お待たせ」
 伊摘は少し緊張を滲ませて貴昭の隣に立った。
 組員たちが見つめる公の場で、貴昭の隣に肩を並べて立つその意味を伊摘なりに考えてのことだとわかる。
 貴昭は憎らしい嶋のことなど瞬く間に記憶から消し去り、伊摘の気苦労を思いふっと笑った。
 伊摘は組員ではないのだから、そう気を張らなくてもいいのだ。
 たとえ組員になったとしても、伊摘とは後ろに一歩下がらせて歩く関係ではなく、一緒に肩を並べていたい貴昭は、さり気に肩を抱く。
「早めに終ったし、どっか寄ってメシでも食っていくか?」
 伊摘は人目を気にして貴昭をやんわり目で窘める。
 その目つきの色っぽさに思わず下着が張った。
 今ここで伊摘を喘がせたい気分になったが、こんな場所で押し倒したりすれば、二度と口をきいてくれなくなるだろう。
「ううん。食べるものを買って帰ろう。今日はクリスマスだし」
 伊摘は緊張した面持ちながらも、そわそわとはやる気持ちを隠せないように、口元を少し緩ませる。
「わかった」
 貴昭はそんな様子の伊摘を、目を細めて見つめた。


 食料品を近くのデパートの地下で大量に買い、二人は組員を連れずにマンションに帰ってきた。
 停めた車から今しがた買ってきた食料品を取り出す。
 付き添いの男たちをいらないと追っ払ったので、これを全部持っていくのは貴昭と伊摘だ。
 無論、伊摘には持たせない。
「綺麗な薔薇」
 伊摘はトランクに押し込まれていた花を見て、目を丸くする。
 後で渡そうと思ったが、見つかってしまっては今渡したほうがいいだろう。
「伊摘、お前にだ」
 貴昭は数万円はした白と赤の大きな薔薇の花束を伊摘に差し出した。
 伊摘は目を輝かせ、薔薇から貴昭に目を向ける。
「ありがとう。花なんて貰ったのはじめてだ。嬉しい」
 愛情溢れる慈しみと喜び、感動の入り混じった伊摘の表情に、貴昭は照れて鼻を擦った。
 伊摘は背伸びして貴昭にキスをする。
「もう一回」
 すぐに離れたキスに、貴昭は身を屈めて薄く唇を開いた。
 伊摘は薔薇を両手に抱えたまま、貴昭に口付ける。
 噎せるような薔薇の強い香りが包み込み、誘われるように貴昭は伊摘の咥内へ舌を忍ばせた。
 軽い触れ合いのつもりがいつしか激しいキスに変わっていき、伊摘は喘いで貴昭の密着する体を押し付けようとする。
「貴昭っ……薔薇が潰れる……」
「んなもん、いつでも買ってやる」
 そう言い返しつつも貴昭は伊摘の濡れた唇を甘く噛んで名残惜しげに離れた。
 薔薇は大丈夫だ。
「ほら、いつまでもこんな寒いところにいるわけにはいかないだろ。買ってきたもの持って」
 伊摘が優しく貴昭に命令する。
 伊摘の命令には逆らう術を持たない貴昭は、大人しく買ってきたものを持つ。
 伊摘も薔薇を抱えたまま持とうとしたので、それを手から奪った。
「あ、いいって、俺も持つから」
「いい」
 貴昭は両手に抱え切れないほどの食料品を全て手に持った。


 伊摘と久しぶりの一緒の夕食は、欲望を抑えきれない貴昭によって、かなり卑猥なものへと変わった。
 リビングのソファで伊摘を片膝に乗せながら、貴昭はシャンパンを口に入れて、それを口移しで伊摘に飲ませる。
 伊摘は大人しく飲み干して、ふーっと息をつくと、ほんのり赤らんだ頬を貴昭の頭にコトンと押し付けた。
 すでに酒はシャンパン二本にワイン一本を空けている。
 夕食はほとんど食べつくした。
 貴昭は気をよくして、半裸状態の伊摘の尖った乳首を吸い、露出した性器をやんわりと握る。
 伊摘の可愛い先端から蜜が溢れ、根元から何度か扱いて溢れた蜜を指に絡め舐めた。
 その舐めた舌で再び伊摘の乳首に吸い付く。
 すると伊摘はくすぐったそうに身を捩った。
 貴昭は伊摘を抱き上げて向かい合うように膝の上に座らせ、平らな胸を揉みながら、やんわりと乳首に歯を立て舌先で回すように吸う。
「貴昭……」
 鼻から抜けるような甘い声で伊摘は貴昭の頭をかき抱いた。
「時々胸に固執するのはなんで?」
「乳を揉みたいんだよ」
「女性じゃないよ」
 すぐ言い返した伊摘に、軽く憤慨して貴昭は喋る。
「当たり前だろ。この平らな乳がいんだよ。しかも乳首の色合いといい、弾力といい、むしゃぶりつきたくなるんだよ。食っちまいてえ」
 噛めば甘く、ずっとこうして吸い続けていたくなる。
「今度は乳首を開発してやる。ドライでいけたんだから、次は乳首弄っただけでいけるような体に躾けてやる」
 貴昭は伊摘を抱えなおして張り詰めた股間を伊摘の尻のちょうどいい場所に当てた。それは今にも服を突き破ってそそり立ちそうなほど硬くなっている。
 伊摘は酒で赤らんだ顔を天井に向けて「うーん」と考える素振りをした。
「それはちょっと嫌だな。Tシャツが擦れただけで感じたら服を着れなくなる」
「それもいいじゃねえか」
 胸を下から揉み親指と人差し指の間で小さな山を作り、その先端に色づいた乳首を舌で弄びながら腰を小さく揺らした。
 伊摘の尻に擦れたそこが気持ちよく、うめき声をあげそうになる。
 伊摘は貴昭の前髪を優しくかきあげて少し体を離すとにっこり笑って言った。
「貴昭、バンザーイして」
 てっきり服を脱がせてくれるものと思い、貴昭は伊摘の胸から手を離し、両手をあげた。
 すると、伊摘はカシャと金属音を立てて貴昭の手首に何かをはめた。
「あ? なんだこりゃ」
 手首を目の前に持ってきて唖然とする。
 両手に手錠が嵌められていた。
 一体いつの前にこんなものを隠し持っていたのか、いや、それより、こんなものをどうして持っているのか気になる。
 こんなものを嵌められたぐらいでは動揺しなかったが、手を拘束されることほど不自由なことはない。胸すら揉めないのだ。
「外せ」
 不審な目つきで両手を突きつけて貴昭が言うと、伊摘は色っぽくクスクス笑う。
 酔って気分がハイになっているのだろう。
「ダーメ。嶋さんが、貴昭が暴走しそうになったらこれ使えって」
「嶋だと? あんのクソ男」
 嶋になんの権利があって二人の間に入ってくるのかわからないが、今この瞬間貴昭にとって嶋がこの世でもっともぶちのめしたい男になったことは確実だった。
 無理やり引きちぎって冷静さを欠くのも癪で、貴昭は嶋へ呪いの言葉を言い連ねながら、乱暴に両手を動かしてみる。
 擦れる金属音がとても耳障りだ。
 そのときふといいことを思いついて、いきなり貴昭は不敵な笑みを浮かべた。
「伊摘、今日セックスできる日だろ。じゃあ、お前が俺の上にのって腰を振ってくれるっつーことだな。わかった。俺に手錠かけるぐらいだから、自分から俺のを入れてみたいんだろ」
 貴昭はソファの背もたれに体を預け、手錠された腕を上げて頭の下で組んで悠然と微笑んだ。
 セックスできる日だのできない日だの、面倒くさい取り決めができたのは伊摘が嶋の元で働いてからだ。
 たったの週二回しか巡ってこない貴重な日を、こんなちっぽけな玩具で邪魔されるのは我慢できない。それなら利用するまでだ。
 伊摘は耳まで真っ赤にさせて、急にそわそわしだした。
 酔っていてもまだ慎み深さは残っているらしい。
「そういう意味だよな? 伊摘。嶋もお前が積極的にセックスを楽しめるようにこんなもん渡したんだろ?」
 ひいては嶋まで貴昭の案に引きずり込む。
「ちがうよ。嶋さんは……」
 そう言ったきり伊摘は口を噤んだ。
 嶋は恐らく貴昭には言えないようなことを言ったのだ。
 伊摘はそれきり口を閉ざして考えこんでしまったので、貴昭は唇に笑みを浮かべて言った。
「俺の口が乳首を恋しがってるぞ。おら、伊摘、もっと上に乳を持ってこい。生憎俺は手が不自由で動けないんだよ」
 椅子にふんぞり返ったまま、貴昭は自分の膝の上に乗っている伊摘を面白そうに見つめる。
 伊摘は顔を顰め、胸ではなく唇を貴昭の唇に寄せて言った。
「今日はクリスマスだよ、貴昭。サンタクロースがプレゼントを持ってきてくれる日なんだ」
「なんだ突拍子に」
 そう言いつつも貴昭は近づいた伊摘の唇を嬉しそうに舐める。
「だからサンタが……」
「ああ、わかった。俺がサンタになってやる。なんか願い事があるんだろ? 言ってみろ」
 伊摘は顔を三十センチほど離すと、なにやら難しい顔で貴昭の顔を見つめている。酔ってうまく思考が働かないのが、すぐわかった。
「何か言いたいことがあんだろ? 昨日とか今朝とか落ち着きなかったじゃねえか」
「それは、貴昭に……」
 言いかけてまた思考が散漫してしまったのだろう。言葉が続かない伊摘は思った以上に酔っているようだった。
 しかも瞼が半分落ちてきている。
「ベッド行くか?」
 伊摘は欠伸をして貴昭の肩に頭を乗せた。完全に眠る体勢だ。
 貴昭は腕を動かそうとして、手錠の嵌っている手首を睨みつける。
 そして力をこめて腕を左右に思いっきり開いた。
 簡単に鎖がちぎれ、運よく鍵が壊れたので手首から外す。
 ぐったりと体を凭れてくる伊摘を抱き上げ、貴昭は寝室へと向かった。
 毛布をはいで伊摘を横たえると、肩に引っかかっている程度のシャツを脱がせて全裸にした。
 貴昭は愛しげにベッドに頬を擦り付けて眠る伊摘を見つめた。
 髪を梳き、頬を撫で、唇をゆっくりと指で開かせる。
 我慢ができなくなったように貴昭は伊摘の唇に唇を重ねた。
「ん……」
 伊摘は甘い寝息を立てただけで、起きる気配はない。
 それをいいことに貴昭はキスをしながら、次々と服を脱ぎ全裸になった。
 下着を下げると痛いほど張り詰めた一物が勢いよく飛び出してくる。
 伊摘と体を合わせ、瞼や頬、唇から顎へと、そして首筋、鎖骨とねっとり舐めていく。
 胸の膨らみも柔らかさもないにも関わらず、細い体は艶かしく、貴昭はいつも煽られる。
 体は常に伊摘を求めていた。
 前から性欲は強かったが、伊摘に再会してからことのほか強くなった。
 出しても出してもまだ勃起する。もっと伊摘がほしいと疼いて仕方ないのだ。
 それは多分、二度と逃がさないという狩猟本能のようなものと、愛するものに種を植えつけたいという男の性欲本能が働いているようにも思える。伊摘が男だとわかっていながら、伊摘にだけ向く性欲はもはや性別など関係ないのだ。
 おかげでどうしようもない色狂いだ。
 伊摘は毎日求めてくる貴昭を非難しているが、こうなったのは伊摘のせいだ。
 どれほど色っぽいか、狂わせているのか、伊摘はわかっているのだろうか?
「愛してるぞ、伊摘。愛してる」
 貴昭は囁き、伊摘の細い腰を軽く抱き上げて、後ろの穴を勃起したもので擦った。
 すると眠りながらも、伊摘は無意識に足を開いた。そして小さな寝言を言った。
「貴昭……ずっと一緒にいたい……」
 貴昭の口元が思わず綻ぶ。
「その願い必ず叶うぞ。俺も同じ気持ちだからな」
 キスしすぎて赤くなった伊摘の唇に、何度もキスを落とし、引き出しからローションを取り出した。
 後ろの穴を探り、そっと指を入れてみる。
 伊摘の体が小さく震えた。
 締め付けはきつく、貴昭は指を引き抜き、ローションを傾けて伊摘の体内へ挿入していく。
 空になるまで全部注いだ。
 体内が濡らされた感覚に、伊摘の先端が瞬く間に反応し、穴が痙攣し潤ってくる。
 それを見た貴昭の勃起が呼応するかのように揺れる。
「さあ、子作りの時間だ。クリスマスだから奇跡ぐらい起きるだろ」
 貴昭は伊摘の尖りきった乳首に吸いつき、足を大きく開かせてゆっくりと挿入していった。
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