嚆矢

山吹レイ

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14 出産

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 クロは十分ほど飛び続けたが、次第に翼が短くなったり、首が溶けだしたり擬態できなくなっていた。やはり長時間は無理だったのだ。
「クロ! 一旦、降りよう!」
 このまま墜落する危険を恐れて、俺は叫んだ。
 クロはゆっくりとスピードを落とし、湖がある森の開けた場所へ着陸した。地面に体がついた瞬間、クロは瞬く間に溶けてしまった。いつもは丸くなる体も、元の体には戻れないようで草むらに黒い水たまりのように溶けている。
「クロ! 大丈夫か!」
 慌てて優しくすくいあげて、抱きしめる。
 懐から干し肉を取り出して、クロの前に差し出した。
「これを食え!」
 実はクロは普段何も食べない。人間や動物を体の中に取り込むくらいだから、なんでも食べるように思えるが、俺は一度もクロが何かを食べているところを見たことがなかった。
 それでも心配のあまり、貴重な自分の食料を差し出す。クロが元気になるなら、なんだって与えるつもりだった。
 クロは干し肉を前にしても、食べる素振りはない。ぐったりと手の中で溶けて今にも消えてしまいそうだった。
「クロ……死ぬな。死ぬな!」
 俺はぽろぽろと涙を流しながら、クロを励ました。クロは体をぷるぷると震わせ、丸くなったり、溶けたりしている。
「無理するな」
 体を撫でると、クロは溶けたまま、俺の手に絡みついてきた。
 クロの体が見えなくなるほど、夜がそこまで迫っていた。
 俺はクロを抱き、側にあった大きな木の洞に体を無理やり滑り込ませた。
 やがて、空には月に似た大きな青い星が浮かんだ。木の葉の間から数多の星の煌めきも見える。
 クロは俺の腕の中で体をゆっくりと上下に揺らし、眠っているようだった。
 俺は膝を抱えうつらうつらしながらも、いつ魔物が襲ってくるかわからない恐怖から周囲に気を配る。
 従者たちは追って来たとしても、山を越えてまで探しには来ないだろう。ものすごいスピードで飛んでいるときにいくつもの山を越えてきた。俺たちの姿を見つけることはもうできない。
 そうしているうちに、不意に腹が熱くなってきた。次第に痛みを感じるようになって、俺は腹を抱えて横になった。
 痛みは徐々に激しくなっていき、脂汗が額に浮かぶ。
 何か悪いものでも食べただろうかと思い浮かべるが、今日は温かい食事を頂いただけだ。
 尻もむずむずしてきて、奥に何か挟まっている気がする。
「クロ……」
 クロの姿は暗闇でもう何も見えない。時折、木が揺れる音や、草むらを掻き分けて歩くような足音も聞こえてくる。今魔物が現れたら、一瞬で確実に殺されるだろうな……そんなことを思いながら、俺は腹痛と不安に苛まれた夜を過ごした。
 翌朝、ようやく明るくなったことにほっとし、見えるようになったクロも元の丸い姿に戻っていて心底安堵した。
 そして、一晩中俺を苦しめたものが尻からぬるりと出てきたのだ。
 茶色いそれは最初、排泄物かと思ったのだが、よく見たら大きなアーモンドのような種だった。
 クロは種を前に元気よく飛び跳ねている。
 腹の熱さや文様は消えていて、身籠っていたものは魔物かそれとも人間か……と身構えていた俺を拍子抜けさせた。
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