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思わぬ発覚
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次の日、昼からあるラジオ番組のゲスト出演を終えて、メンバーと一緒に車に乗って雑誌の撮影が行われるスタジオに向かっていた。
運転している加賀と、これからのスケジュールやCDの発売に向けたキャンペーンなどを話し合いながら相槌を打つが……どうにも集中できない。声が耳を素通りしていく。
考えるのは昨夜の出来事。ブロンド色の髪の長い男のことだ。
知っていることはそれほど多くない。世間一般に知られている情報と変わらない程度。
柏原為純、東京都出身、俺より五つ年上の二十八歳。四年前のドラマ『君のための恋人』で主人公の女性を一途に想う脇役で出演し、演技力の高さと日本人離れした長身とルックスから大きく注目されることになった。そこから徐々に出演作品が増え、今では人気俳優と呼ばれるほどに成長し、たくさんのドラマや映画に出演している。
それと、よく共演した女性俳優と同じマンションに入って行ったなどの熱愛報道が多く、プライベートも何かと世間を騒がせている人物でもある。
でも、実際に会ってみて、ふらっと靡く気持ちもわかるような気がした。一目見て視線を奪う相手。そんな男と一緒にいれば惚れるなというほうが無理だ。現に俺も抱きしめられて変な気持ちになったのだから、恋人役だの懸想される相手になれば、演技とはいえ惹かれずにはいられないだろう。
まだ、抱きしめられた肌の感触が残っているような気さえする。それと、女性のものとは違う彼自身のスパイシーでどこか上品さを感じさせる甘い匂いが蘇るたびに、落ち着かないそわそわした気持ちになる。
昨夜、マンションに帰ってきたときは今以上に気が散り、全然寝つけなかった。先月発情期を終えたばかりなのに、ちりちりと焼かれるような鈍い疼きがうなじから消えずに、悶々とした朝を迎えた。
うなじのこの症状は彼がアルファであると告げている。見るからに、アルファといった感じだから間違いないだろうが、オメガの俺としては今後あまり近づきたくない相手だった。
まあ、活躍する場が違うので、あんなことがない限り、二度と会うことはないだろうが。
「あ、これ今日発売の雑誌、載ってるから目を通しておいて」
赤信号のときに加賀が雑誌を渡してくる。エンタメ系の月刊誌で、来月発売する新曲について取材された内容が載っている。
どういうふうに写真が撮られているのか、話した内容がどうやって解釈されて書かれているのか、必ずチェックするようにしていた。そこから反省することや逆によかったと思うことも多い。その気づきが大事なのだ。
「お、いい感じ」
勇吾が嬉しそうに言って、後ろの座席にいる二人にも開いて記事を見せる。
「この服、ちょっと似合ってないかなって思ったけど、こうして見ると意外によかったんだな」
「一人一人ちゃんとスポットを当てて書かれてる」
雑誌を受け取った後ろの二人も喜んでいた。
「いいんじゃないか……え、行理こんなこと言ったの?」
訊かれて、後ろから雑誌を受け取り、自分のページを読んでみる。インタビューされたときに、不祥事を起こして抜けた一人のことに触れたのだ。
「そういえば言ったな」
「あんまり訊かないでくれると助かるんだけど……加賀さん、禁止にはしてないんだ?」
不服そうな顔で勇吾がルームミラーに映る加賀に目を向ける。
「禁止にはしてない。抜けたのは事実だし、隠してもしょうがないしね。記者の裁量に任せてる。うん……うまく答えてるじゃないか」
赤信号の間、勇吾が指さした場所にざっと目を通して加賀が褒める。すぐに信号が変わったので運転に専念したが、勇吾は眉間に眉を寄せてじっと記事を見ていた。
やがてスタジオにつき、俺たちは遅い昼食である弁当を食べながら、別室で準備を待つ。
そうしているうちに加賀が入って来て段取りを説明した。慌ただしくヘアメイクをして、衣装に着替えて、撮影が開始される。
休憩の合間に、事務所の公式アカウントのSNSに載せる写真を加賀に撮ってもらったり、自撮りした写真を自分のアカウントのSNSに短いコメントをつけて載せたりする。
最低でも一日一回は更新するようにしていた。写真を撮り忘れたときなんかは、おやすみなさいという挨拶と共に、帰り道に見えた夜景や夜空を撮ったりする。面倒くさいという人もいるだろうが、仕事のPRにも繋がるし、ファンからのいいねも感想もとても嬉しいので活力にもなる。
雑誌の仕事を順調に終えて、スタッフの人たちに何度も挨拶をしてスタジオを後にする。
今日の撮影のことをわいわい話しながら車に乗り込むと、運転席にいた加賀の携帯電話が鳴った。
邪魔にならないようにひそひそと声を潜めて、この後どうする? と勇吾と会話する。
今日は、あと仕事はないが、俺はボイストレーニングのレッスンを予約してある。デビューしても常に声の調子は整えておきたいし、さらにうまくなりたかった。
エンジンをかけたまま、出発するのを待っていると、突然加賀が「はあ!?」と大声をあげる。携帯電話を耳に当てたまま運転席から振り向いた加賀は真っ直ぐに俺を見ていた。驚いて混乱しているような加賀の表情に、急に不安になる。
「いや、本人からは何も……はい……聞いてないです。はい……ええ……この後詳しく訊いてみます」
携帯電話を弄っていた勇吾が「マジで!?」と声をあげて、画面を俺に見せる。
そこには俺と柏原為純がキスしている写真と、熱愛発覚という大きな見出しと共に昨夜の出来事が綴られていた。
運転している加賀と、これからのスケジュールやCDの発売に向けたキャンペーンなどを話し合いながら相槌を打つが……どうにも集中できない。声が耳を素通りしていく。
考えるのは昨夜の出来事。ブロンド色の髪の長い男のことだ。
知っていることはそれほど多くない。世間一般に知られている情報と変わらない程度。
柏原為純、東京都出身、俺より五つ年上の二十八歳。四年前のドラマ『君のための恋人』で主人公の女性を一途に想う脇役で出演し、演技力の高さと日本人離れした長身とルックスから大きく注目されることになった。そこから徐々に出演作品が増え、今では人気俳優と呼ばれるほどに成長し、たくさんのドラマや映画に出演している。
それと、よく共演した女性俳優と同じマンションに入って行ったなどの熱愛報道が多く、プライベートも何かと世間を騒がせている人物でもある。
でも、実際に会ってみて、ふらっと靡く気持ちもわかるような気がした。一目見て視線を奪う相手。そんな男と一緒にいれば惚れるなというほうが無理だ。現に俺も抱きしめられて変な気持ちになったのだから、恋人役だの懸想される相手になれば、演技とはいえ惹かれずにはいられないだろう。
まだ、抱きしめられた肌の感触が残っているような気さえする。それと、女性のものとは違う彼自身のスパイシーでどこか上品さを感じさせる甘い匂いが蘇るたびに、落ち着かないそわそわした気持ちになる。
昨夜、マンションに帰ってきたときは今以上に気が散り、全然寝つけなかった。先月発情期を終えたばかりなのに、ちりちりと焼かれるような鈍い疼きがうなじから消えずに、悶々とした朝を迎えた。
うなじのこの症状は彼がアルファであると告げている。見るからに、アルファといった感じだから間違いないだろうが、オメガの俺としては今後あまり近づきたくない相手だった。
まあ、活躍する場が違うので、あんなことがない限り、二度と会うことはないだろうが。
「あ、これ今日発売の雑誌、載ってるから目を通しておいて」
赤信号のときに加賀が雑誌を渡してくる。エンタメ系の月刊誌で、来月発売する新曲について取材された内容が載っている。
どういうふうに写真が撮られているのか、話した内容がどうやって解釈されて書かれているのか、必ずチェックするようにしていた。そこから反省することや逆によかったと思うことも多い。その気づきが大事なのだ。
「お、いい感じ」
勇吾が嬉しそうに言って、後ろの座席にいる二人にも開いて記事を見せる。
「この服、ちょっと似合ってないかなって思ったけど、こうして見ると意外によかったんだな」
「一人一人ちゃんとスポットを当てて書かれてる」
雑誌を受け取った後ろの二人も喜んでいた。
「いいんじゃないか……え、行理こんなこと言ったの?」
訊かれて、後ろから雑誌を受け取り、自分のページを読んでみる。インタビューされたときに、不祥事を起こして抜けた一人のことに触れたのだ。
「そういえば言ったな」
「あんまり訊かないでくれると助かるんだけど……加賀さん、禁止にはしてないんだ?」
不服そうな顔で勇吾がルームミラーに映る加賀に目を向ける。
「禁止にはしてない。抜けたのは事実だし、隠してもしょうがないしね。記者の裁量に任せてる。うん……うまく答えてるじゃないか」
赤信号の間、勇吾が指さした場所にざっと目を通して加賀が褒める。すぐに信号が変わったので運転に専念したが、勇吾は眉間に眉を寄せてじっと記事を見ていた。
やがてスタジオにつき、俺たちは遅い昼食である弁当を食べながら、別室で準備を待つ。
そうしているうちに加賀が入って来て段取りを説明した。慌ただしくヘアメイクをして、衣装に着替えて、撮影が開始される。
休憩の合間に、事務所の公式アカウントのSNSに載せる写真を加賀に撮ってもらったり、自撮りした写真を自分のアカウントのSNSに短いコメントをつけて載せたりする。
最低でも一日一回は更新するようにしていた。写真を撮り忘れたときなんかは、おやすみなさいという挨拶と共に、帰り道に見えた夜景や夜空を撮ったりする。面倒くさいという人もいるだろうが、仕事のPRにも繋がるし、ファンからのいいねも感想もとても嬉しいので活力にもなる。
雑誌の仕事を順調に終えて、スタッフの人たちに何度も挨拶をしてスタジオを後にする。
今日の撮影のことをわいわい話しながら車に乗り込むと、運転席にいた加賀の携帯電話が鳴った。
邪魔にならないようにひそひそと声を潜めて、この後どうする? と勇吾と会話する。
今日は、あと仕事はないが、俺はボイストレーニングのレッスンを予約してある。デビューしても常に声の調子は整えておきたいし、さらにうまくなりたかった。
エンジンをかけたまま、出発するのを待っていると、突然加賀が「はあ!?」と大声をあげる。携帯電話を耳に当てたまま運転席から振り向いた加賀は真っ直ぐに俺を見ていた。驚いて混乱しているような加賀の表情に、急に不安になる。
「いや、本人からは何も……はい……聞いてないです。はい……ええ……この後詳しく訊いてみます」
携帯電話を弄っていた勇吾が「マジで!?」と声をあげて、画面を俺に見せる。
そこには俺と柏原為純がキスしている写真と、熱愛発覚という大きな見出しと共に昨夜の出来事が綴られていた。
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