人気俳優と恋に落ちたら

山吹レイ

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発情期と嘘

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 シングルCDの発売日から分刻みの忙しい日々がはじまった。毎日ある雑誌やテレビの取材。生放送のテレビ出演も増えて、その間にラジオ出演も入る。キャンペーンの動画を撮ったり、アルバムのジャケット撮影。ファーストアルバムということで五大都市のツアーも決定していて、打ち合わせもしている。目が回るような忙しさだった。デビューしたときですらこんなに忙しいと感じたことはない。
 そのうち個人での仕事もちらほら回ってくるようになった。勇吾のクイズ番組の出演を筆頭に、他のメンバーにもちょっとした出演依頼が舞い込む。
 為純との交際宣言によって注目を浴び、ムーンシュガーとしての知名度もあがり、歌番組の出演も増え、たくさんの人に歌を聴いてもらった。歌が抜群にうまい。激しい踊りでも一糸乱れぬ動きが美しい。顔だけじゃない実力派アイドルとまで言われるようになって、人気はうなぎのぼりだった。加賀も社長もここまで俺たちの存在が大きくなるとは思ってもみなかったらしく、嬉しい悲鳴をあげていた。
 歌や踊りを高く評価してくれるのは本当に嬉しい。そのために俺たちはたゆまぬ努力を続けてきた。こういう売れかたを予想していたわけではないが、いつ誰かが目を留めてもいいように、ファンが一人でも増えるように、常にパフォーマンスの高さを意識して完璧なまでに歌と踊りを仕上げてきた。
 そんな忙しさが続く中、俺の発情期がはじまった。
 その日、朝起きてから少し体調が悪いなと感じていた。発情期は明日からなので、もう予兆がはじまっているのだろうと考え、すぐに加賀に連絡する。発情期の時期をだいたい伝えているから話は早かった。休暇は明日からになっていたが前倒して今日から休むことになった。予定は俺を外したメンバーで行うことになる。
 こんなときに休むなんて、と思わなくもないが、オメガに生まれた性なのでしょうがない。
 為純にも明後日会う予定ではあったが、当然キャンセルするつもりだった。その理由を今考えている。
 忙しくて疲れているからちょっと会えない、というもっともな理由を思いついたのはいいが、これを今伝えるのも早いかもしれない。せめて明日なら……とまで考え、キャンセルするなら早いほうがいいとすぐに連絡した。
 しばらくして『わかった』とだけ返事が返ってきて、素っ気ない言葉に虚しさを覚える。為純の文章が素っ気ないのはいつものことだ。ただ、そのときは違った。数分後に『落ち着いたら連絡しろ』と続いたので『うん。また連絡する』と文字を打つ。
 ベッドでごろんと横になって、メンバーにも連絡していると来客のチャイムが鳴った。加賀かもしれないと思って画面を見れば、野球帽をかぶった女性がこちらを見て手を振っている。
 俺は驚きつつロックを解除する。
 来たのは加賀の年の離れた妹である加賀藍(かが あい)だった。彼女とは同じオメガということもあり、色々相談したり悩みを分かち合う友人の仲だ。今日は学校が休みの土曜日。俺の発情期がはじまったと聞いて、朝から駆けつけてくれたのだ。
 ドアのチャイムが鳴ったのでドアスコープから確認して開けると、両手に大きな荷物を持った藍がはにかんで立っていた。
「いらっしゃい。藍ちゃん」
 手から荷物を受け取り、藍を招き入れる。
「行理くん、おはよう。体調どう? 大丈夫?」
「おはよう。まだはじまったばかりだから、それほど悪くないよ」
 スカートなど可愛い格好を好む藍が、今日はTシャツにジーンズ、スニーカーに野球帽といったボーイッシュな姿をしている。
「一瞬誰かと思った。いつもと服装が違うから」
「だって行理くん有名人じゃん。あの柏原為純と付き合っているのに、女性がマンションを訪れたなんて噂が立っても困るでしょ。どう? これなら男性の友人って感じに見えない?」
 藍は着ていたTシャツをぴんと引っ張り、くるりと一回転回って見せる。かなり気を使っていたようだ。
「意識しすぎだと思うけど……まあ、うん、ありがとう」
「食料と飲み物、大量に買ってきたよ。行理くん、忙しいと思って……買いに行ってる暇もないでしょ?」
 中を覗くと、ペットボトルの水やお茶、レトルトのご飯や冷凍食品、果物など、そのまま電子レンジで温めて簡単に食べられるものがたくさん入っている。
「ありがとう。助かる」
「お兄ちゃんも、ちょくちょく食べ物を届けに来てくれるって言ってたから」
「これだけあれば大丈夫だよ。加賀さんも忙しいだろうし……」
「行理くん、料理しないし、閉じこもっている間レトルトばっかだと栄養が偏るでしょ。本格的に辛くなったら、食のことなんて考えなくなるし……それを心配してんの」
 藍は発情期の辛さを知っているから、多少口うるさいようでも思ったことを口にする。
「うん。わかった。加賀さんにも素直に甘えるよ」
「今日食べる用にお弁当も作ってきたよ。こっちは行理くんの好きな味付け煮卵。たくさん作ってきたから二、三日はもつと思う。タンパク質大事でしょ」
 まったく料理しないことを知っているから色々と作ってきてくれたらしい。これはありがたい。
「藍ちゃんは本当にいい子だね。いつもありがとう」
「友達だし、当たり前でしょ」
 照れながら藍はさらりと告げる。
「じゃあ、帰る。辛いけど頑張ろうね」
 背伸びして藍は俺の頬を包むように手を当てた。加賀に似た眼差しは優しい。
「ありがとう。藍ちゃんも辛いときは俺が行くから」
「私は実家暮らしだし、何かあっても家族に助けてもらえるから、そういうのは気にしないの。忙しいでしょ。仕事が順調なときが大事なんだからね。じゃあ」
 藍は慌ただしく出て行く。これから辛くなる発情期を知っているから、長居はしない。
 せっかくなので、持ってきたばかりの弁当を広げる。藍が作った料理は俺好みのしっかりした味付けで本当に美味しい。あっという間に平らげて、味付け玉子にかぶりついた。まだ味が染みてないのは作って間もないからだろう。だが中身が半熟でとろりとしていて美味しかった。
 立ち上がると、ふらりと眩暈が襲い、崩れ落ちそうになる。テーブルに肘をついてじっとしていると、発熱しているかのようにかっと体が熱くなった。
 この下半身から力が抜けていく感覚は何度体験しても慣れない。嫌な感覚だった。
 熱がこもりはじめた甘い吐息を漏らさないように噛みしめてベッドに横になる。
 今日からまた一週間この熱に耐えなければならないのだ。
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