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居酒屋のバイト帰り、深夜一時すぎの暗い夜道を足早に歩く。
その俺の前を同じ歩調で歩く、一人の男。
いきなり立ち止まったかと思うと何かに怯えたようにきょろきょろ周囲を見回し、再び警戒心丸出しで両手に紙袋を下げたまま猫背気味で歩き出す姿が、薄暗い街灯に浮かび上がる。不審者極まりない。
ここに巡回している警官がいたら、間違いなく職務質問されるだろうし、俺だってそんな男の後ろを歩きたくもないが、何せ駅を出てから行き先がずっと一緒なのだ。
俺が住んでいるアパートまでついてもまだ離れない。
その時、いきなり男が振り向いて俺の存在に気づいた。はっとしたように凝視した後、慌てて走りだしてアパートの階段を上った。
男にとって逆に俺が不審者に見えたのかと思うと、だっちがだ! と叫びたい気分だ。
しかも、同じアパートの住人らしい。
携帯電話のライトをつけて男に続いて階段を上る。ここは本当に暗くて危ない。案の定、慌てていた男は階段を踏み外し盛大に転んだ。
持っていた紙袋がひっくり返り、中から本や雑貨、よくわからない小物が階段を転がり、俺の足元で止まる。
近所迷惑とも思えるような大きな音を出した男は、ぶつけたらしい膝を抱えて、階下の俺を羞恥とも恐怖ともつかない涙目で見下していた。
てっきり住人の誰かがこの騒音で異常を察して出てくるかと思っていれば、しんと静まり返ったまま物音一つしない。起きている人がいたら怒鳴られる案件だ。
俺はゆっくりと屈んで、足元に落ちていた本やよくわからないストラップのようなもの、ファンシーな女の子が描かれたバッチを拾い、階段の隙間から地面に落ちていった小さな箱を手に取る。
一段一段上がるごとに両手に持ちきれないほどのものを拾って男に「大丈夫か?」と声をかけた。
びくっと震えるように肩を揺らした男はおずおずと顔をあげる。
前髪で顔の半分が見えない男を目視し、今更ながら隣人であることに気づいた。道理で行き先が同じはずだ。
男は何も言わず、唇を噛みしめたまま目を伏せて、視線から逃れるように横を向く。
人見知りかもしれないが、せめて無視せずに頷くなり反応くらいしてほしい。
心配だったから声をかけたのに、心無い対応をされると、いらないお節介を焼いたようなばつ悪さを感じる。
それでも声をかけて落ちたものを拾ってしまった手前、つれない対応をするわけにもいかずに「これ」と目の前に本を差し出した。
男は、女性のいかがわしいポーズをした表紙を見て、慌ててひったくった。顔が真っ赤だ。
これ以上は関わらないようにして、他の拾ったものを男の前に並べて立ち上がると、通路を塞いでいる男の足をまたいで通り過ぎる。
一番奥の部屋の前まで来ると鍵を開けて中に入った。
俯きがちな男の視線が追ってきた気がしたが、知らないふりをしてドアを閉めた。
その俺の前を同じ歩調で歩く、一人の男。
いきなり立ち止まったかと思うと何かに怯えたようにきょろきょろ周囲を見回し、再び警戒心丸出しで両手に紙袋を下げたまま猫背気味で歩き出す姿が、薄暗い街灯に浮かび上がる。不審者極まりない。
ここに巡回している警官がいたら、間違いなく職務質問されるだろうし、俺だってそんな男の後ろを歩きたくもないが、何せ駅を出てから行き先がずっと一緒なのだ。
俺が住んでいるアパートまでついてもまだ離れない。
その時、いきなり男が振り向いて俺の存在に気づいた。はっとしたように凝視した後、慌てて走りだしてアパートの階段を上った。
男にとって逆に俺が不審者に見えたのかと思うと、だっちがだ! と叫びたい気分だ。
しかも、同じアパートの住人らしい。
携帯電話のライトをつけて男に続いて階段を上る。ここは本当に暗くて危ない。案の定、慌てていた男は階段を踏み外し盛大に転んだ。
持っていた紙袋がひっくり返り、中から本や雑貨、よくわからない小物が階段を転がり、俺の足元で止まる。
近所迷惑とも思えるような大きな音を出した男は、ぶつけたらしい膝を抱えて、階下の俺を羞恥とも恐怖ともつかない涙目で見下していた。
てっきり住人の誰かがこの騒音で異常を察して出てくるかと思っていれば、しんと静まり返ったまま物音一つしない。起きている人がいたら怒鳴られる案件だ。
俺はゆっくりと屈んで、足元に落ちていた本やよくわからないストラップのようなもの、ファンシーな女の子が描かれたバッチを拾い、階段の隙間から地面に落ちていった小さな箱を手に取る。
一段一段上がるごとに両手に持ちきれないほどのものを拾って男に「大丈夫か?」と声をかけた。
びくっと震えるように肩を揺らした男はおずおずと顔をあげる。
前髪で顔の半分が見えない男を目視し、今更ながら隣人であることに気づいた。道理で行き先が同じはずだ。
男は何も言わず、唇を噛みしめたまま目を伏せて、視線から逃れるように横を向く。
人見知りかもしれないが、せめて無視せずに頷くなり反応くらいしてほしい。
心配だったから声をかけたのに、心無い対応をされると、いらないお節介を焼いたようなばつ悪さを感じる。
それでも声をかけて落ちたものを拾ってしまった手前、つれない対応をするわけにもいかずに「これ」と目の前に本を差し出した。
男は、女性のいかがわしいポーズをした表紙を見て、慌ててひったくった。顔が真っ赤だ。
これ以上は関わらないようにして、他の拾ったものを男の前に並べて立ち上がると、通路を塞いでいる男の足をまたいで通り過ぎる。
一番奥の部屋の前まで来ると鍵を開けて中に入った。
俯きがちな男の視線が追ってきた気がしたが、知らないふりをしてドアを閉めた。
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