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病院帰り、夜道をとぼとぼと歩く。今日はとても疲れた。バイトが忙しいのはいつものことだが、酔った男性の客が従業員の女性に絡んでいて、止めようと口を挟んだら、ビールを頭からかけられ殴られた。
口の中を切ってしまい、唇から血が流れたので病院に行く羽目になってしまった。幸いたいした傷ではなかったが、暴行罪だか傷害罪になるとオーナーが判断して警察を呼ぶことになったのだ。
殴った連れの男性は酒の席だし示談でとかなんとかと言って頭を下げたが、オーナーが頑として許さなかった。また殴った男性も酒で判断がつかないとはいえ、反省の色もなく店で暴れた。警察が駆けつけて逮捕されても、態度が悪く、本当に胸糞悪い客だった。
居酒屋ということもあり、態度が悪い客とか酒に酔った客に絡まれることも多々あったりするが、ここまで酷い客ははじめてだった。
一応顔は洗ったものの、頭から浴びたビールは全身に染みつき匂いが漂ってくる。電車に乗った際、隣に立った男性が酷く嫌な顔をしていたのを覚えている。
こっちだって好きでビールを浴びたわけではない。
疲れた体でアパートに着き、階段を上ると、足音を聞きつけた健斗が玄関のドアを開けて飛び出してきた。
何かいいことがあったのか、ニコニコしていた顔が、俺の絆創膏が貼られた顔を見るなり一瞬で驚いた顔へと変わる。
「星矢くん! どどど……」
びっくりしすぎて声が出ない健斗を前にすると、泣きたいような甘えたいような気持ちがこみ上げてきた。
「疲れた」
俺は健斗に倒れこむように凭れて、胸に額を預ける。目を閉じると、健斗の体からふんわりカレーの匂いがしている。
健斗は俺の体をしっかりと抱きしめて「何があった?」と震える声で訊いてくる。
「ちょっとバイトでトラブルがあって……客から殴られた」
「はあ!? そ、それで病院には……」
「行った。かすり傷だから心配すんな」
健斗の体温を感じ、声を聞いていると、ほっとして強張っていた体から力が抜けていく。
「鍵出して。俺が開ける」
凭れたままポケットから鍵を出すと、健斗は俺を抱きしめながら鍵を開けて「歩ける?」と肩を貸してくれる。
思った以上に疲れていたらしく、スニーカーを脱ごうとして足がもつれたので、素直に健斗に寄りかかった。
健斗はそっと俺をベッドに座らせたが、屈んだ時に背中が痛んだ。殴られた際に、尻もちをついて背中をぶつけたせいだ。
顔を顰め呻いた俺を、健斗は心配して目の前で膝をついて「大丈夫?」と不安な顔をする。頷くだけで答えた俺を、健斗は立ち上がり急いでグラスに水を入れて差し出した。
「ありがと」
一気に水を飲んで一息ついた俺は、疲れて目を閉じる。くらりと眩暈が襲った。
このままベッドで寝てしまいたいが、シャワーを浴びたい俺はゆっくりと立ち上がる。
「くっそ……」
「星矢くん、横になった方が……」
健斗は止めるが、俺は無理して壁に手をつき歩く。
「ビールかけられたからシャワー浴びる」
「ビール!? なんでそんな……」
風呂場まで来てドアを閉めようとしたが、健斗が遠慮なく入ってくる。
「服脱げる? 手伝おうか?」
そう言いつつ、前ボタンを上から外していく俺に対し、健斗は下からボタンを外していく。下着のシャツは素直に万歳して健斗に脱がせてもらった。
「青あざが痛々しいよ……これ、本当に大丈夫なの? 薬とか湿布とかもらってきた?」
俺には見えないが、背中に大きな青あざがあるらしい。
「いや……検査しても異常なかったし、何ももらわなかったな」
「湿布買ってこようか?」
「いい」
ズボンに手をかけると、流石に健斗は背を向けた。
「無理そうなら、俺を呼んで」
「そうする」
健斗は静かに出て行った。俺はゆっくりとした動作で髪を洗い、それだけで疲れてしまったので、全身は熱いシャワーで流しただけで終わった。
下だけを身に着けて上は裸で出ると、すぐに健斗が来て、俺にシャツを着せてくれた。それから甲斐甲斐しくタオルで髪を拭き取る。
「俺今日、ここに泊まる」
「いいよ、後は寝るだけだし」
「夜、トイレ行きたくなったらどうする? 起き上がれないよ」
「あー……」
言葉に詰まった俺に、髪を優しく拭いた健斗が、いつになく強気で言う。
「心配だから泊まる」
気圧されて「わかった」と頷くと、健斗は優しく笑った。ベッドに体を横たえると、背中の痛みと睡魔が襲ってくる。じくじくと熱を持った痛みより疲労が勝り、いつの間にか俺は眠りに落ちていた。
口の中を切ってしまい、唇から血が流れたので病院に行く羽目になってしまった。幸いたいした傷ではなかったが、暴行罪だか傷害罪になるとオーナーが判断して警察を呼ぶことになったのだ。
殴った連れの男性は酒の席だし示談でとかなんとかと言って頭を下げたが、オーナーが頑として許さなかった。また殴った男性も酒で判断がつかないとはいえ、反省の色もなく店で暴れた。警察が駆けつけて逮捕されても、態度が悪く、本当に胸糞悪い客だった。
居酒屋ということもあり、態度が悪い客とか酒に酔った客に絡まれることも多々あったりするが、ここまで酷い客ははじめてだった。
一応顔は洗ったものの、頭から浴びたビールは全身に染みつき匂いが漂ってくる。電車に乗った際、隣に立った男性が酷く嫌な顔をしていたのを覚えている。
こっちだって好きでビールを浴びたわけではない。
疲れた体でアパートに着き、階段を上ると、足音を聞きつけた健斗が玄関のドアを開けて飛び出してきた。
何かいいことがあったのか、ニコニコしていた顔が、俺の絆創膏が貼られた顔を見るなり一瞬で驚いた顔へと変わる。
「星矢くん! どどど……」
びっくりしすぎて声が出ない健斗を前にすると、泣きたいような甘えたいような気持ちがこみ上げてきた。
「疲れた」
俺は健斗に倒れこむように凭れて、胸に額を預ける。目を閉じると、健斗の体からふんわりカレーの匂いがしている。
健斗は俺の体をしっかりと抱きしめて「何があった?」と震える声で訊いてくる。
「ちょっとバイトでトラブルがあって……客から殴られた」
「はあ!? そ、それで病院には……」
「行った。かすり傷だから心配すんな」
健斗の体温を感じ、声を聞いていると、ほっとして強張っていた体から力が抜けていく。
「鍵出して。俺が開ける」
凭れたままポケットから鍵を出すと、健斗は俺を抱きしめながら鍵を開けて「歩ける?」と肩を貸してくれる。
思った以上に疲れていたらしく、スニーカーを脱ごうとして足がもつれたので、素直に健斗に寄りかかった。
健斗はそっと俺をベッドに座らせたが、屈んだ時に背中が痛んだ。殴られた際に、尻もちをついて背中をぶつけたせいだ。
顔を顰め呻いた俺を、健斗は心配して目の前で膝をついて「大丈夫?」と不安な顔をする。頷くだけで答えた俺を、健斗は立ち上がり急いでグラスに水を入れて差し出した。
「ありがと」
一気に水を飲んで一息ついた俺は、疲れて目を閉じる。くらりと眩暈が襲った。
このままベッドで寝てしまいたいが、シャワーを浴びたい俺はゆっくりと立ち上がる。
「くっそ……」
「星矢くん、横になった方が……」
健斗は止めるが、俺は無理して壁に手をつき歩く。
「ビールかけられたからシャワー浴びる」
「ビール!? なんでそんな……」
風呂場まで来てドアを閉めようとしたが、健斗が遠慮なく入ってくる。
「服脱げる? 手伝おうか?」
そう言いつつ、前ボタンを上から外していく俺に対し、健斗は下からボタンを外していく。下着のシャツは素直に万歳して健斗に脱がせてもらった。
「青あざが痛々しいよ……これ、本当に大丈夫なの? 薬とか湿布とかもらってきた?」
俺には見えないが、背中に大きな青あざがあるらしい。
「いや……検査しても異常なかったし、何ももらわなかったな」
「湿布買ってこようか?」
「いい」
ズボンに手をかけると、流石に健斗は背を向けた。
「無理そうなら、俺を呼んで」
「そうする」
健斗は静かに出て行った。俺はゆっくりとした動作で髪を洗い、それだけで疲れてしまったので、全身は熱いシャワーで流しただけで終わった。
下だけを身に着けて上は裸で出ると、すぐに健斗が来て、俺にシャツを着せてくれた。それから甲斐甲斐しくタオルで髪を拭き取る。
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「いいよ、後は寝るだけだし」
「夜、トイレ行きたくなったらどうする? 起き上がれないよ」
「あー……」
言葉に詰まった俺に、髪を優しく拭いた健斗が、いつになく強気で言う。
「心配だから泊まる」
気圧されて「わかった」と頷くと、健斗は優しく笑った。ベッドに体を横たえると、背中の痛みと睡魔が襲ってくる。じくじくと熱を持った痛みより疲労が勝り、いつの間にか俺は眠りに落ちていた。
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