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示唆
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金曜日の学校帰り、アパートとは逆の方向に向かって歩いていた。普段は使わない最寄りのバス停に立ち携帯電話を弄りながらバスを待つ。
平仁から相変わらず連絡はない。いつものことなのであまり考えないようにしたいが、事情が事情だけに心配せずにいられない。生吹も会っていないらしく全くわからないみたいだし、智也ともあの日以来会っていない。
平仁がどんな状況に置かれようと、俺にはいつもの平和で何事もない日常が待っている。
まるで、平仁と会う前の、発情期を知る前の自分をなぞっているような面白味のない生活に、少しだけ危機感を持っていた。
このまま平仁と会わずにいたら、抱かれる腕の心地よさも、貫かれる熱さも忘れてしまうのではないか……そんなことを思うと怖いような気がした。
平仁はまめな男ではないし、発情期が終わって次の発情期が来るまで連絡がないことなどざらにあった。それを理解していてもなお、こんなことを考えてしまうのは想いが通じ合ったからなのか、未知の感情に怯えている。
バスに乗り、流れる景色をぼんやりと眺めながら、イヤホンから流れる音楽に意識を向けようとした。けれど、深くまで沈みこんで身を浸すほどの心地よさはなく、馴染みがいいはずの音楽が耳障りに聞こえるほど、心がざわついている。一人で外界から霧離されて溶けこむことの無意味さを物語っているかのように音が耳を素通りする。
きっと平仁と会う前なら、いつもの日常の中で音楽に現実逃避していられた。今は一人ではつまらない。寂しい。好きな人と会いたいし話がしたいし、抱き合いたい。もう自分の世界に閉じこもっているのは嫌だった。
イヤホンを耳から抜いてポケットにしまう。
子供の元気な話し声やバスのエンジンの音、次の停留所のアナウンスなどの雑音が前より気にならない。隣に座っていた年配の女性が握り締めていた手からハンカチを落とした。いつもなら目を閉じているため気づかないか、気づいても見て見ぬふりをするだろう。
屈んでハンカチを拾い、手渡すと年配の女性は「ありがとう」とはにかむように笑い、丁寧に頭を下げた。
行き先の近くのバス停で降り、書店に入る。参考書を買うためだ。
新刊などを眺めながら通路を歩いて行くと、オメガについての雑学やアルファ向けのビジネス書なんて本もあり、つい手に取る。
あと一週間もすれば発情期が来る。次の発情期までに間に合わせたいと平仁は言っていたが、音沙汰も何もない今の状況ではまだかかりそうな気がする。
そうなれば、また他人の匂いのするあの部屋で、抱き合うためだけに数時間会うことになるのだろうか。
手にしていたオメガの本を置いて、参考書が置いてあるコーナーに向かう。お目当ての参考書を見つけてレジに向かった。
書店を出て、街を歩いていると、家電量販店の前にあったテレビに流れていたニュースが目についた。海に誤って転落して死亡したという森田という男の苗字に、俺はびくりと肩を震わせる。
通り過ぎようとした足を思わず止めて、画面をまじまじと見つめた。
森田という苗字はどこにでもあるし、下の名前まではわからない。まさかあの男のことではないだろう。
アナウンサーの女性が淡々とした声で、森田という男が釣りに来ていて、なんらかの事情で防波堤から落ち、ライフジャケットの使用もなかったため溺れて死んだ、という内容を話している。画面はすぐに違う話題に移った。数秒しかない間だったため、俺が知る人物に当てはまるかどうか、わからない。
いきなりポケットに入れていた携帯電話が震えた。
画面を見ると平仁だったため、息を呑んで電話に出る。
「平仁?」
不安な気持ちがあったからなのか、問いかけるように名前を呼んだ。
『体調はどうだ?』
いつも通りの声音にほっと安堵し答える。
「いいよ。発情期もまだもう少し早いし」
『ならいい』
平仁の声が心なしか優しい。
「平仁も大丈夫? 怪我とかしていない?」
『ああ、問題ない」
短い言葉も素っ気なく感じることはなかった。
訊きたいことが口の中で風船ガムのように膨れている。怪我もなく元気なのは嬉しいが、あれからどうなったのか、進展はあったのか知りたい。
躊躇いがちに口を開いたり閉じたりして、どうやって切り出したらいいのか悩んだあげく、口から出てきたのは自分の素直な想いだった。
「……今度はいつ会える?」
会いたい、そんな感情に駆られて口走った俺に、電話の向こうの息が笑った。
『来たらいい』
あっさり告げられた言葉に驚いて反応が遅れた。
「え? だって会ったらダメだって……」
『もう来ていい。おおかた片付いた』
「マジで? まだかかると思ってた」
気がつくと電話をしながら足が平仁のマンションへ向かっていた。
「今どこにいる?」
『これからマンションに帰るところだ』
「じゃあ、すぐ行く」
即答して電話を切る。歩いていた足はいつの間にか走り出していた。
平仁から相変わらず連絡はない。いつものことなのであまり考えないようにしたいが、事情が事情だけに心配せずにいられない。生吹も会っていないらしく全くわからないみたいだし、智也ともあの日以来会っていない。
平仁がどんな状況に置かれようと、俺にはいつもの平和で何事もない日常が待っている。
まるで、平仁と会う前の、発情期を知る前の自分をなぞっているような面白味のない生活に、少しだけ危機感を持っていた。
このまま平仁と会わずにいたら、抱かれる腕の心地よさも、貫かれる熱さも忘れてしまうのではないか……そんなことを思うと怖いような気がした。
平仁はまめな男ではないし、発情期が終わって次の発情期が来るまで連絡がないことなどざらにあった。それを理解していてもなお、こんなことを考えてしまうのは想いが通じ合ったからなのか、未知の感情に怯えている。
バスに乗り、流れる景色をぼんやりと眺めながら、イヤホンから流れる音楽に意識を向けようとした。けれど、深くまで沈みこんで身を浸すほどの心地よさはなく、馴染みがいいはずの音楽が耳障りに聞こえるほど、心がざわついている。一人で外界から霧離されて溶けこむことの無意味さを物語っているかのように音が耳を素通りする。
きっと平仁と会う前なら、いつもの日常の中で音楽に現実逃避していられた。今は一人ではつまらない。寂しい。好きな人と会いたいし話がしたいし、抱き合いたい。もう自分の世界に閉じこもっているのは嫌だった。
イヤホンを耳から抜いてポケットにしまう。
子供の元気な話し声やバスのエンジンの音、次の停留所のアナウンスなどの雑音が前より気にならない。隣に座っていた年配の女性が握り締めていた手からハンカチを落とした。いつもなら目を閉じているため気づかないか、気づいても見て見ぬふりをするだろう。
屈んでハンカチを拾い、手渡すと年配の女性は「ありがとう」とはにかむように笑い、丁寧に頭を下げた。
行き先の近くのバス停で降り、書店に入る。参考書を買うためだ。
新刊などを眺めながら通路を歩いて行くと、オメガについての雑学やアルファ向けのビジネス書なんて本もあり、つい手に取る。
あと一週間もすれば発情期が来る。次の発情期までに間に合わせたいと平仁は言っていたが、音沙汰も何もない今の状況ではまだかかりそうな気がする。
そうなれば、また他人の匂いのするあの部屋で、抱き合うためだけに数時間会うことになるのだろうか。
手にしていたオメガの本を置いて、参考書が置いてあるコーナーに向かう。お目当ての参考書を見つけてレジに向かった。
書店を出て、街を歩いていると、家電量販店の前にあったテレビに流れていたニュースが目についた。海に誤って転落して死亡したという森田という男の苗字に、俺はびくりと肩を震わせる。
通り過ぎようとした足を思わず止めて、画面をまじまじと見つめた。
森田という苗字はどこにでもあるし、下の名前まではわからない。まさかあの男のことではないだろう。
アナウンサーの女性が淡々とした声で、森田という男が釣りに来ていて、なんらかの事情で防波堤から落ち、ライフジャケットの使用もなかったため溺れて死んだ、という内容を話している。画面はすぐに違う話題に移った。数秒しかない間だったため、俺が知る人物に当てはまるかどうか、わからない。
いきなりポケットに入れていた携帯電話が震えた。
画面を見ると平仁だったため、息を呑んで電話に出る。
「平仁?」
不安な気持ちがあったからなのか、問いかけるように名前を呼んだ。
『体調はどうだ?』
いつも通りの声音にほっと安堵し答える。
「いいよ。発情期もまだもう少し早いし」
『ならいい』
平仁の声が心なしか優しい。
「平仁も大丈夫? 怪我とかしていない?」
『ああ、問題ない」
短い言葉も素っ気なく感じることはなかった。
訊きたいことが口の中で風船ガムのように膨れている。怪我もなく元気なのは嬉しいが、あれからどうなったのか、進展はあったのか知りたい。
躊躇いがちに口を開いたり閉じたりして、どうやって切り出したらいいのか悩んだあげく、口から出てきたのは自分の素直な想いだった。
「……今度はいつ会える?」
会いたい、そんな感情に駆られて口走った俺に、電話の向こうの息が笑った。
『来たらいい』
あっさり告げられた言葉に驚いて反応が遅れた。
「え? だって会ったらダメだって……」
『もう来ていい。おおかた片付いた』
「マジで? まだかかると思ってた」
気がつくと電話をしながら足が平仁のマンションへ向かっていた。
「今どこにいる?」
『これからマンションに帰るところだ』
「じゃあ、すぐ行く」
即答して電話を切る。歩いていた足はいつの間にか走り出していた。
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