愛おしい君 溺愛のアルファたち

山吹レイ

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繋縛 前編

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 倫と共にイタリアンレストランで昼食をとり、その後、普段行くことがない大きなショッピングモールに行き、書店で大量の本を買った。その中に通信制高校の書籍を見つけ、僅かに驚きはしたが、言及しないことに決めた。大事な話ならば、倫の口から語られるはずだ。
 あとは何か欲しいものがあるか? と訊くと、欲がない倫は、大丈夫ですと首を横に振る。
 普段出かけることがない倫は鞄の類も持たないし、服は大河から贈られたものが大量にあり、クローゼットに入りきれないほど溢れている。下着や靴も然りだ。身に着けるものは全部大河が好みで買ってきてしまうから、今更必要ない。ただもう少し恋人の気分を味わっていたくて、そっと手を繋ぎぶらぶらとショッピングモールの中を歩いた。
 倫はとある店の前で足を止めた。何万もするような包丁や食器、エプロンなどありとあらゆるキッチン用品が溢れている。
「フードドライヤーなんて売ってるんですね」
 店頭に飾られていた透明な円形のケースの蓋を取って中を興味津々に見ていた倫は「沢山並べられそう……」と呟いて目を輝かせている。
「欲しいか?」
「いいえ、ただドライフルーツとか買わなくても作れるんだなって……」
 倫は暇をみてはクッキーなどの簡単な菓子を作っている。甘いものが好きなようだし、亮もよくキッチンで摘まんでいた。もっと本格的なものも作ってみたいのか、今日買った書籍の中に焼き菓子の本が紛れこんでいた。
「買おう」
 倫が願うものは全て叶えてあげたいし、なんだって買ってあげたい。
「いいですって……高いし……あ、そういえばお皿が欠けていたのがあって、お皿ならお手頃だし、それがいいです」
 将之の手を引いた倫は陶器が並べられているコーナーへと移動する。
「将之さんはどれがいいですか?」
 あまり食器を気にしたことがない将之は、どれがいいのかわからない。絵が描かれているものよりシンプルなほうがいいだろうと無地で薄い水色の皿を手に取った。
「いい色ですね。これ、四枚買いましょう」
 さっそくレジに行き、ついでにフードドライヤーも店員に訊いてみる。在庫があり、すぐに持ち帰ることができると言われたので、それも欲しい旨を伝えた。会計を済ませている間、倫は店内を物珍しげに見回っている。
「待たせた」
「いえ、全然……って買ったんですか!?」
 大きな箱を持っている将之を見た瞬間、倫は目を丸くした。
「ああ、在庫があると言ってたから。喜んでくれると嬉しい」
 倫は一瞬何か言いかけたが、口を閉じて「ありがとうございます」と頭を下げる。
「俺、持ちます」
「重いからいい。少しカフェで休憩しようか」
 近くのカフェに入り、将之はエスプレッソを倫はカフェラテとチーズケーキを頼んだ。
 倫は美味しそうにケーキを頬張り、砂糖とミルクをたっぷり入れた甘いカフェラテを幸せそうに飲んでいる。
 施設にいるオメガは大概気難しく偏屈で狡猾だ。子供とは思えないほどの横柄な言葉を口にし、アルファを値踏みして場合によっては媚びる。
 多感な時期にオメガに転換したにもかかわらず、倫にはそれがなく、いつも一生懸命で健気で優しい。根が素直だからなのか、驚くべきことに三人のアルファと男たちと滞りなく生活して順応している。
 倫でなければ、生活習慣がばらばらで身勝手な男たちをうまくまとめることはできなかっただろう。それと、三人に対し誰を贔屓するでもなく逆に嫌うわけでもなく、平等に接するという一見簡単そうで難しいことをさらりとこなしている。セックスのときですら、そうだ。
「もっと食べたかったら頼んでいい」
 チーズケーキをぺろりと平らげカフェラテを飲み干した倫は「どうしよう」と迷いながらもココアラテを新たに頼んだ。注文をとっていった女性の店員の後姿を眺めながら、倫の目に羨望が浮かぶ。
 そんな倫を見ない振りはできなかった。
「もっと外に出たいか?」
「いいえ、こうして時々連れて行ってもらうだけで十分です」
 控えめに、だが悲しげに倫は答える。ままならないオメガの現状を一番痛感しているのは倫本人だ。もっと外に出て自由に行きたいだろうに、わがままも言わない、欲しいものも強請らない、ある意味三人のために生きている無私無欲の生活に、壊れてしまわないか心配でならない。
「今度の連休はどこかでかけようか? 温泉とか、少し遠出してみてもいい」
「本当ですか!?」
 悲しげだった顔に、喜色が過る。
 外出はできればしないほうがいいのではないか、この議論はアルファ三人の間で何度も繰り返された。特に亮は外出を必要としなかったので「俺と部屋の中でずっと一緒にいればいいじゃん」と言ったこともあった。
 それに一番反発したのは将之だ。精神のバランスを保つためには気分転換は必須だ。今ではその必要性も痛感しているのか、亮も倫と一緒に夜のウォーキングを始めた。
 普通に生活している分には、オメガとばれることはない。そのことをここ最近感じはじめているせいもある。過剰に倫を籠の鳥のように扱わないようにしたかった。
「あ、でも亮さんと大河さんにも訊かないと」
 倫の頭の中には四人一緒にインプットされていて、二人だけで行くとは考えていないらしい。平等な扱いは、こんなとき残酷にも感じる。
「大河は無理だろう。亮は……」
 そこまで言って思わず口を噤んだ。亮は誰よりも倫と一緒にいる時間が長い癖に、独占欲が強く、土日の買い出し程度なら文句は言わないが、あまり長い時間帰ってこないと機嫌が悪くなる。お前だけのものじゃない、と言わんばかりの嫉妬心を隠そうともせずに、けん制するかのように倫にべたべたとまとわりつくのだ。一番の年長者が子供じみている。
「かなり先になるかもしれないけど、大河さんにお休みの予定を入れてもらえば四人で行けるので、今日帰ったら話してみましょう」
 そう話されては、いまさら二人きりで行きたいなど狭量なことは言えない。
「そうだな」
 同意しながら、エスプレッソを一口飲む。家で飲む倫が淹れてくれたコーヒーのほうが美味しい気がした。
 店員が運んできたクリームがたっぷりのったココアラテを飲んだ倫は、不意に横を歩いていた女性に肘がぶつかった。
「すみません」
「大丈夫です」
 何気ない会話を交わして歩いていく女性を厳しい目で見つめ、倫の後ろに座っている若い男性二人の姿に目を留める。ふとした瞬間、警戒態勢に入ってしまうのは以前、警察官をしていたせいもある。今は平凡なサラリーマンをしているが、身に着いた習慣は簡単にはなくならない。
 将之と目が合った倫の後ろの男性は気まずそうに目を逸らした。顔の厳つさと長身も相まって、大抵の人は目どころか道も避ける。倫も最初は将之を前にすると緊張していたようだが、今はもうすっかり打ち解けている。かつての恋人たちから何を考えているのかわからないと言われた表情も、ときどき読み取ることがあった。
 倫が飲み終わるのを待ってから、店を出て、車に戻る。
 この分では帰るのは、夜になるだろう。もっと早く帰ってこいと亮が怒りそうだが、そんなことを考慮していられない。誰もが倫を独り占めしたいと思っている。自分だけを見て欲しいと願っている。
 だから、こういうときは二人だけの時間を堪能するのだ。
 シートベルトを締めようとした倫を引きよせて、唇を奪う。柔らかい唇を食むように舐めると、倫は甘い吐息を漏らして目を閉じて身を任せた。
 わき腹からシャツの中に手を差し入れ、肌の感覚を楽しみながら背中を撫でると、びくりと体が震える。
 このまま車内で繋がりたい思いをこめて、倫の下半身を探るとそこは芯を持ち始めていた。膝の上に跨らせたい。下から強く突き上げたい。
 だが、車の側を通って行った人が車内を見て、ぎょっとしたように声をあげたので、舌を絡ませながら睨みつけて黙らせた。
 いくらしたいからといって、誰かが通るかもしれない駐車場で行為に及べない。
 せめて山の中なら……せめて屋内にある薄暗い駐車場なら、と頭を掠めたが、考えるだけ無駄だった。顔を離して、濡れた倫の唇を親指で拭い、昂る己を諌めるようにふうっと息を吐く。
「行くか」
 頬を赤く染めながら、倫は頷く。
 エンジンをかけて車をゆっくりと動かした。
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