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治まらぬ激昂

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「ハナ機嫌悪い?」

昨晩は早々に女郎屋に逃げ込んだ勝色が、恐ろしく不機嫌な空気を纏った花色に声を掛けた。
「昨晩お前が隣に行ったあと、酷い目にあったんだ」
花色が一瞬、勝色を責めるような目をしたが、思い直したように平常心を取り戻した。

「どんな?」
「あれから間もなく俺も御代を置いて帰ろうとしたら、運悪くその御代を盗まれて、捕まえようとして追いかけたら店の用心棒に絡まれた」
「何だよそれ。女主人に言えば直ぐにわかって貰えただろうに」
「そうしようにもその時は女将もいなかったし、その用心棒が俺の襟を握って離さなかったんだよ。
でも直ぐに女将が奥から出てきて、謝ってくれた。
次はお前の分の酒代もタダにするからまた来てくれって謝ってくれた、けど」
まだ怒りの燻っている花色も眉間が険しくなった。

「へええ、それは不運だったな。で、どんな男だったのさ、その用心棒」
思い出したくないと顔をしてはいたが、花色がその男を詳細に描写した。
「確か・・・俺よりも頭一つ上背があって、男にしては細身で無造作に伸びた髪の毛は意外に長くて、俺よりも筋肉質な感じ。精悍な面持ちで無駄に顔はいいけど、女みたいにジャラジャラとに装飾品をつけた下品な男、だった」
「へえー。
ハナが誰かに関心持つなんて珍しい事もあるもんだ。今までは何を聞いたって「良く覚えてない」って、たいていは空返事だったろ?
もしかして、何かを感じた…とか?」
驚きと好奇が相まって下世話な聞き方をした勝色に花色がむきになって反論した。
「関心なんてあるわけない。いくらカツでも」
「悪かったよ、ごめんごめん」
勝色が直ぐに意見を引っ込めて降参とばかりに両手を上げた。

(他人にはあまり興味を示さないハナが、まして感情をぶつける事なんかしたこともないハナがねえ)勝色が、不敵な笑いを浮かべた。

ちょうどその頃。

女郎屋の離れの一室で男が何度目かのため息を吐いた。
「チッ、相変わらずしけた面してんな」
舌打ちをした男がため息の男に近づくと、隣に腰を下ろした。
ため息を吐いた男は【剛】(ゴウ)と言い、巴屋の隣の女郎屋で用心棒をしていた。剛には長い間片思いをしている相手がいた。しかもその相手は男。
女郎屋の用心棒をしている剛が、その店にたびたび来る客の一人に長い間、声を掛ける事も出来ずに思いを馳せ、その男が店に来るたびに、こうしてため息をつくのだった。

「そういうお前のほうがしけた面してるじゃねえか」
剛が舌打ちをした男に逆に聞き返した。舌打ちの男の名は【柔】(ジュウ)と言い、二人は二卵性双生児であった。先に女郎屋の用心棒をしていた兄の剛が、偶然隣の巴屋でも用心棒を探している事を知り、弟の柔を推薦したのだった。

「昨晩、ちょいとやらかしてな」
柔が項垂れていた。

「お前がそこまで落ち込むなんざ、始めてみたぜ。
一体全体何があったんだ?」
「昨晩、食い逃げを捕まえてな。
それが俺好みの凄い別嬪で、見た目は大人しそうなのに言い訳がましいこと言うからきつい事言ったんだ、そいつに。
そしたら逆に『お前こそジャラジャラと女のように飾りを身に付けて、恥ずかしくないものだな。少しばかり男前でも品がなさ過ぎのくせして俺を言えた義理か』って怒鳴られたあげく、そいつは食い逃げじゃなかったのさ」
柔の口からも大きなため息が零れた。
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