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【花色】の初恋
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誰にも、弟の勝色にも話したことはないが、花色には淡い初恋の思い出があった。
花色十三歳の春。
里から出てきたばかりの花色が、慣れぬ城下を一人歩でいていた。いつもは一緒にいるはずの勝色が風邪で熱を出し、その薬を貰いに行くためであった。
いつも二人で行動している見慣れた町の風景も、一人の不安からか花色の足はなかなか前へ進まなかった。
ふいに大きな影に遮られ、誰かが花色にぶつかってきた。
「ちんたら歩いてんじゃねえ、邪魔だ」
すれ違いざまに男が罵声を吐いた。
転んで尻餅をついた花色が立ち上がろうとして、草履の鼻緒が切れていることに気がついた。
店の手伝いの後の空腹もあってか体が竦んで上手く立ち上がる事が出来なかった花色の目に、ジワリと涙が滲んだ。
「んなとこに座ってたらまた、誰かにぶつかるぞ」
ゆっくりと見上げた花色に見知らぬ少年が手を差し伸べていた。
「この町の男らは気性の荒いのが多いんだ。女だからって容赦しないんだ。ほら」
「あ、りがと」
「こっち来いよ、鼻緒すげ替えてやるよ」
二人で直ぐ脇のお堀端まで来ると、少年がその場にしゃがんで片ひざを立てた。
「ぼく、男だよ」
聞き取れないほど小さな声で花色が少年に呟いた。
「え、なに?」
聞き返した少年に「僕はこれでも男だよ」と再度呟いた。
その瞬間、立ち上がった少年がまじまじと花色の顔を観察し始めた。
「あんまり綺麗で女って勝手に思っちまった。気を悪くさせたらごめんな」
花色が無言で首を横に振った。
お堀端に沿って打たれた石杭に腰掛けた花色の、鼻緒の切れた方の足を、少年が立てた膝の上に乗せた。少年がその懐から、青色の手ぬぐいを取り出した。
「これ、綺麗な青色だろ。唐草模様にこの色は珍しいんだぜ。
俺の父ちゃんが染め職人だから、俺もちょっと詳しいんだ。
俺、この手ぬぐい大事にしてて、兄ちゃんにも触らせた事ないんだ。
でも、お前にならいいや」
少年が手ぬぐいの端を噛み、ビリビリと破いた。
「えっ、良いの?」
「ああ、かまわねえよ」
そして手際よく鼻緒をすげ替えた。
「ほら、これでもう歩けるだろ」
少年は最後に丁寧に草履まで履かせると、すっと立ち上がってにっこりと笑った。
「うん。やっぱり似合う。この花色は綺麗なお前に似合ってるよ」
「はないろ?」
不意に自分の名が出てきた花色が目を見開いた。
「ああ、この青色は『花色』って言う、色の名前なんだ。
もう余所見すんなよ、これから親父が仕事の手伝いさせてくれる約束なんだ。
また会えるよな、じゃあまたな」
花色よりも体の小さな少年が、手を振りながら人ごみの中に消えるようにして走り去って行った。あっという間の出来事に、一人取り残された花色が、鼻緒を見て「はないろ」と小さく呟いた。
あれから十四年。
再び会いたいと思いながらも、人混みが苦手になった花色が、店の使いを頼まれることが無くなってしまい、あの少年とはとうとう会えずじまいのまま今日まで来ていた。
いつしかそれは恋心となり、花色の記憶の内でかけがえのない思い出となっていた。
(会いたい、里に戻る前にもう一度会いたい)
花色が未だ叶わぬ願いを何度も心の中で呟いた。
花色十三歳の春。
里から出てきたばかりの花色が、慣れぬ城下を一人歩でいていた。いつもは一緒にいるはずの勝色が風邪で熱を出し、その薬を貰いに行くためであった。
いつも二人で行動している見慣れた町の風景も、一人の不安からか花色の足はなかなか前へ進まなかった。
ふいに大きな影に遮られ、誰かが花色にぶつかってきた。
「ちんたら歩いてんじゃねえ、邪魔だ」
すれ違いざまに男が罵声を吐いた。
転んで尻餅をついた花色が立ち上がろうとして、草履の鼻緒が切れていることに気がついた。
店の手伝いの後の空腹もあってか体が竦んで上手く立ち上がる事が出来なかった花色の目に、ジワリと涙が滲んだ。
「んなとこに座ってたらまた、誰かにぶつかるぞ」
ゆっくりと見上げた花色に見知らぬ少年が手を差し伸べていた。
「この町の男らは気性の荒いのが多いんだ。女だからって容赦しないんだ。ほら」
「あ、りがと」
「こっち来いよ、鼻緒すげ替えてやるよ」
二人で直ぐ脇のお堀端まで来ると、少年がその場にしゃがんで片ひざを立てた。
「ぼく、男だよ」
聞き取れないほど小さな声で花色が少年に呟いた。
「え、なに?」
聞き返した少年に「僕はこれでも男だよ」と再度呟いた。
その瞬間、立ち上がった少年がまじまじと花色の顔を観察し始めた。
「あんまり綺麗で女って勝手に思っちまった。気を悪くさせたらごめんな」
花色が無言で首を横に振った。
お堀端に沿って打たれた石杭に腰掛けた花色の、鼻緒の切れた方の足を、少年が立てた膝の上に乗せた。少年がその懐から、青色の手ぬぐいを取り出した。
「これ、綺麗な青色だろ。唐草模様にこの色は珍しいんだぜ。
俺の父ちゃんが染め職人だから、俺もちょっと詳しいんだ。
俺、この手ぬぐい大事にしてて、兄ちゃんにも触らせた事ないんだ。
でも、お前にならいいや」
少年が手ぬぐいの端を噛み、ビリビリと破いた。
「えっ、良いの?」
「ああ、かまわねえよ」
そして手際よく鼻緒をすげ替えた。
「ほら、これでもう歩けるだろ」
少年は最後に丁寧に草履まで履かせると、すっと立ち上がってにっこりと笑った。
「うん。やっぱり似合う。この花色は綺麗なお前に似合ってるよ」
「はないろ?」
不意に自分の名が出てきた花色が目を見開いた。
「ああ、この青色は『花色』って言う、色の名前なんだ。
もう余所見すんなよ、これから親父が仕事の手伝いさせてくれる約束なんだ。
また会えるよな、じゃあまたな」
花色よりも体の小さな少年が、手を振りながら人ごみの中に消えるようにして走り去って行った。あっという間の出来事に、一人取り残された花色が、鼻緒を見て「はないろ」と小さく呟いた。
あれから十四年。
再び会いたいと思いながらも、人混みが苦手になった花色が、店の使いを頼まれることが無くなってしまい、あの少年とはとうとう会えずじまいのまま今日まで来ていた。
いつしかそれは恋心となり、花色の記憶の内でかけがえのない思い出となっていた。
(会いたい、里に戻る前にもう一度会いたい)
花色が未だ叶わぬ願いを何度も心の中で呟いた。
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