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【勝色】(カツイロ)の初恋
しおりを挟む久しぶりに巴屋を訪れた花色と勝色に、巴屋の女主人が「ようこそおいでくださいました。今日の御代は結構ですから、お好きなだけ召し上がってくださいまし」と、すぐさま奥の席へと案内した。
酒を飲み始めて間もなく、花色がちらちらと視線を他所へ向け始めた。次第にその頻度が多くなり、勝色との会話が滞る程、そちらに気を取られるようになっていた。勝色がそんな花色の視線の先を追うと、一人の男が店の隅に座っていた。風貌からして、用心棒の男に違いなかった。
用心棒の男も花色の事が気になっている風で、ちらちらと花色が視線を送るのに比べ、用心棒の男はじっと花色を見ていた。
「俺、隣に行ってくるわ」
何かが起こりそうな予感がしたのか、勝色がそう言い残すと、さっさと席を立って隣の女郎屋へと行ってしまった。
勝色が女郎屋に行くのは、女遊びのためではなかった。女郎屋の女将にいつもの部屋を頼み、【スギ】という女郎を呼んでもらった。口数も少なく、詮索がましいところのないスギは勝色にとっては好都合な女で、ここに来ると必ずスギを指名していた。
ここの女たちとは誰とも、一度も勝色が体を重ねることはなかった。なぜなら、勝色がここに来る目的は女郎屋の用心棒の男を見に来るためであった。
勝色がこの部屋を気に入ったのも、その男が仕事中に詰めている部屋が垣根越しにあり、窓が開いているときにはその男が外を見ている姿を覗けるからであった。
ここ数年は訪れるたびに窓が開いていて、男を見かける頻度が多かった。
勝色が男を気にし始めたのは、よろず屋の使いで町に出たときに偶然見かけたのがきっかけだった。
遠くからでも見つけられるほどの背丈、がっしりとした体躯の男に勝色の目は奪われた。立派な上背と、着物越しにもわかる程の引き締まった体、そのどれもが、自分にはありえないものだった。
勝色はこっそりと後をつけた。誰かの使いのようで、大柄の男があちこちの店に立ち寄った。店から出てくるが、一向に顔を拝めずヤキモキしていた勝色に絶好の機会が訪れた。
一度立ち寄った店の主人が大事な用を思い出したのか、男を追いかけて呼び止めたのだ。男が振り向き、ついに勝色が男の顔を拝む事ができた。
一言でいうなら『強面』だった。しかしそれは整った顔立ちで一見冷たい印象を与えるのも、その要素に加わっているためであった。
立ち止まって店の主人と話し込んでいる男の足に、余所見をしながら駆けっこをしていた子供がぶつかり、大きな尻餅をついた。
強面の厳つい大男を見た子供が驚きに固まっていたが、突如堰を切ったように泣き始めた。男はすぐさまその場にしゃがみ、泣いている子供を立ち上がらせた。裾の汚れを払い胸元から飴玉を取り出して子供の口に放り込むと、飴玉に釣られてすぐさま泣き止んだ。泣き止んだ子供に男が何かを話して一緒に遊んでいる子供の分であろう飴玉を握らせると、驚くほど柔らかく男が笑った。
その瞬間、勝色の体は落雷にあったかのような錯覚に陥った。
「花が綻ぶような笑顔」
気づかずに勝色が口に出して呟いていた。強面の厳つい男の見せたその表情に、勝色が知らずに赤面していた。
その後も男の後を付けていくと、巴屋の隣の女郎屋に男は入って行った。
「ただいま戻りました」
「小間使いまでさせちまってすまないね」
「いえお安い御用で」
盗み聞いた話で、男がここで働いている事を知り、それ以降、花色を巴屋に飲みに誘うようになった。
かれこれ五年の歳月が過ぎようとしていた。
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