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羞月閉花(しゅうげつへいか)
しおりを挟む初恋を無事に実らせた花色が、次の日の昼休みも柔のもとを訪れていた。
縁側で強引に花色に膝枕をさせた柔が、花色の指を自分の指に絡めると安心したように、そのまま寝入ってしまった。
そんな破天荒な柔の行動に花色が頬を真っ赤に染めながらも、見惚れるように精悍な寝顔を見つめていた。
ところが、突如訪れた暗雲が、穏やかに流れていた空気を次第に騒がしいものにかき消した。
「ほら見てよ、女将さん。柔が女連れ込んで」
乱気流の如く暗雲を引き込んだのはこの女郎屋の女将とオコンだった。
オコンの射るような視線と、値踏みされるような女将の視線に、花色の体がとっさに強張った。
「大丈夫だ」
絡めた指に力を込め、いつの間にか目を覚ました柔が上目遣いに花色を見ていた。
「いやぁーーー。
オコンは大した事ないって言ってたけど、あんた、目が覚めるほどの別嬪だねえ。
女?いや」
鼻の先が触れそうなほどに顔を近づけてきた女将が「男かい」と小声で片目を細めると、花色の体に緊張が走った。
まじまじと花色を嘗め回すように見たあと、感心したように腕組みをした女将が、なにかの算段をしたようにうんうんと軽く頷いていた。
「ちょいと柔さん、どこで見つけたんだい?こんな上玉。
うちの店に来る客にもやたら綺麗なのが一人いるけど、あんたも負けないよ。
どうだい、あんたさえよければうちの店で働かないかい?
あんたなら直ぐにこの店で一番になるよ」
女将に喧嘩を売らせようと、ある事無い事吹き込んだオコンが、急に変わった風向きに、慌てて女将に縋りついた。
「ち、ちょっと女将さん。店の一番人気のこのあたしを差し置いて、変な事言わないで下さいよ」
「なに言ってんだい。あたしゃ、いつだって本気だよ。
あんたなら、大枚叩く大口の客がわんさか集まるよ。
この店、いいや、この町一番の女郎になってみないかい?
どうだい、本気で考えてみないかい?」
女将の剣幕に、おでこを出したお団子頭のまま来た事を花色が僅かながら後悔した様に俯いた。そんな花色に助け舟を出したのは柔だった。
「女将さん、こいつは十四年も前から俺んだから何言っても無駄だぜ」
絡めた指に口付け、「だろ?」と勝ち誇ったように柔に見上げられ、とっさに花色の顔が火照りだした。
そんな二人のやり取りを目の当たりにした女将が、何かに気づいたように言葉を発した。
「へ?てことは何かい?
あの初恋の子がこの子なのかい?」
返事の変わりに柔が不敵にニヤリと笑った。そして唖然としたままたたずむオコンに止めともいえる発言をした。
「昨日言ったよな、オコン。
人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえって。それと、俺にとっての羞月閉花はこいつだけだから」
柔がダルそうに、そして面倒くさそうにオコンを視線だけで一瞥した。
その、冷酷な表情を目の当たりにしたオコンが全てを悟ったようにその場に立ち尽くしていた。
「お前だけだ」
真っ直ぐに花色を見上げて熱の篭った視線を向け、花色への執着を二人へ誇示する柔の姿は、まるで番を得た雄を連想させた。
飄々とした姿しか見せた事のない柔の激情に、オコンの顔から瞬く間に血の気が引いた。
「ああ、あと女将さん、俺仕事前でまだ眠みいんだよ。
そろそろ二人きりにしてくんない」
一変していつもの、ダルそうな態度に戻った柔に背を向けると、ゆらりとオコンがふらつきながら母屋へと戻り始めた。すごすごと歩く姿は、女将が支えていなければならない程にオコンの足取りはおぼつかないものだった。
「ありゃ到底太刀打ちできないよ、早いとこ諦めちまいな」
遠くで女将の話し声と、オコンの泣声が暫くの間交じり合っていた。
再び訪れた静寂と、柔の静かな根息が次第に花色の気持ちを落ち着かせた。
「明日も、来てもいいか?」
花色の手を握ったまま惰眠を貪る柔に、聞こえるかどうかの小さな声で花色が呟いた。
「あたりまえだろ」
目を閉じたまま柔が花色の膝の上で寝返りをうった。
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