寤寐思服(gobi-shihuku) 会いたくて会いたくて

伊織 蒼司

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キョウモ ハカナイ ユメ ヲミル【同床異夢(ドウショウイム) R18】おまけ

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「まさかハナに夫婦の夜の営みがもの足りねえといわれる日が来ようとはな」

夕食を終えて部屋に戻るなり、柔が花色ににじり寄る。
「ち、違う。俺はそんなつもりじゃ」
花色がしどろもどろになりながら、後ずさる。
「じゃあ、あのすっぽんは何だ?遠まわしなことしねえで言えば良いだろ」
怒る風でも無く、責める風でも無く、柔が花色との間合いを詰める。

「あれは頂き物で」
花色がわざわざ買ったものじゃないと暗に仄めかす。
「頂き物、ね。また、清吉か?」
獰猛な獣に睨まれた小動物のように花色が少しずつ下を向いて、居心地の悪さを醸し出した。
「手ぬぐいの一つでも貰えたら、おまけくれるって言ってたって聞いて」
花色が小声で言い訳のように柔に話した。

「気に、いらなかった?」
不安げな表情の花色が柔を見上げた。
「いや、お前にベタ惚れの俺が、そんなこと思うはずがねえだろ。んで、誰に聞いたんだ?」
柔が恐ろしいほどに優しい声色で花色に問いかけた。
「き、杏」
柔の全てに従順な花色が包み隠さずに柔に報告した。

「わかった。今夜は先に寝てろ」
花色の説明を聞き終えた柔がそう一言告げると、花色を一人残して部屋を後にした。
その夜は二人がここで一緒に暮らし始めて、初めて花色が一人で眠りについた夜になった。


よく眠れず朝早く目を覚ました花色の隣には柔の姿は既になかった。横になった形跡があるが、柔は昨晩、花色が寝た後に床に入り、花色が起きる前に部屋を出たらしかった。
それを見た花色の目に瞬く間に涙が込み上げたが、唇を噛み締めて必死に溢れる涙を花色が堪えていた。


「よお、杏」
早朝の調理場で朝の仕度をしていた杏に柔が声を掛けた。
「おはようございます」
杏がいつものように丁寧に挨拶をしたが、柔が挨拶を返すことなく本題に入った。

「今日も清吉は行商に来る日だろ?
昨晩のすっぽんの礼がどうしてもしてえんだ。悪りいが、俺の部屋についでに寄るように伝えてくんねえか、それじゃ」
杏の返答も待たずに柔が足早に部屋へと戻り始めた。

「あーあ、ばれちゃった」
調理場の杏が悪びれもせずに呟くと何事もなかったかのように再び作業を始めた。


柔が部屋の戸を開けると、花色が身の回りの荷物を纏めている最中だった。

「何してんだ?」
柔がいぶかしげに花色に近づいた。背を向けたまま何も言わない花色を無理やりに振り向かせた柔がギョッとして花色の頬を両手で挟みこんで顔を覗き込んだ。
すると、今まで堪えていたものが決壊したように花色の目から涙が零れ始めた。声が出ぬように唇を噛み締め、嗚咽を漏らさぬように必死で耐えながら泣き始めた。

「何で泣いてんだ?」
柔が花色を抱き寄せようとすると、花色が初めて抵抗した。

「お、俺のこと嫌いになったくせに。触るな」
泣きながら花色が目と言葉で柔に訴えた。
「なに言ってやがる」
柔が戸惑いながらも再び抱き寄せようとしたその手を花色が勢いよく払った。

「俺になんか触りたくないって、昨晩、出て行ったじゃないか。俺のこと一人にして、出て行ったじゃないか。嫌いになったんなら」
キッ、と花色が潤んだ目で柔を睨みつけながら、なおも言葉を続けようとする。

「違げえよ、何勘違いしてんだ。そんなんじゃねえ」
柔が怒鳴るように花色の言葉を遮った。

ビクッ。驚いた花色が肩を竦めて柔から目を逸らした。

「悪りい。また、同じ轍を踏むとこだったぜ」
柔が苦しそうな表情を浮かべた。
「驚かせてごめんな」
花色に手を伸ばすと、再びビクッと、怯えたように体を硬くさせ目を逸らしたまま泣き続けた。

「俺がお前を嫌いになる筈ねえだろ。
お前が昨日すっぽんなんてもの食わせるから、お前に今まで毎晩物足りねえ寂しい思いをさせちまってたのかって不安になるわ、理性なんか吹っ飛んでお前に酷いことしちまいそうになるわ、俺も辛かったんだ。だから昨晩は何度も一人で厠に行ってた」
花色をこれ以上怯えさせぬ様に穏やかに説明をし始めた柔が、終いにはバツが悪そうに花色から目を逸らした。

「えっ、厠?どうして?」
花色が今度はキョトンとして柔を見つめた。
「治まらねえんだよ、昨晩から。
そもそも俺はすっぽんなんか必要ねえんだよ。それじゃなくても毎晩手加減してんのに厄介なもん食わせやがって。だから厠で一人で抜いてたんだよ」
それを聞いた花色が憤慨し始めた。
「何だよそれ。俺が柔の種付けが好きって知ってて抜いてたの?それに酷くしても良いって前に言っただろ」
今度は花色が責めるように柔の胸ぐら掴んで睨んだ。
「それは悪かった、けどじゃなきゃ今頃お前は足腰立たねえ位じゃ済まねえ程、俺に抱きつぶされてるからな」
柔が花色を軽く脅した。

「じゃあ、俺のこと嫌いになったわけじゃないんだな?」
それは困ると思ってか百歩譲ったかのように花色の口調が大人しくなった。
「お前を嫌いになるわけねえだろ」
柔が間髪入れずに即答した。
「本当?」
念を押すように花色が詰問した。
「あったりめえだろ、この世の中の何に誓っても良いぜ。
それに…今さっき抜いてきたのにまた、こんなになるのは後にも先にもお前だけだ」
柔が論より証拠とばかりに花色を抱きしめて熱を持った下肢を押付けた。
「お前を想うたび、俺のここは硬くなるんだ」


それを花色に押し付ける。「もぉー、心配して損した」
柔の腕の中で花色が今度は不機嫌な表情を浮かべたが、自分の存在が柔のオスを刺激していることに安堵した花色が、「ふぁー、安心したら眠くなった」と柔にしがみ付いた。そう言うと、あっと言う間に寝息を立て始めた。
「お、おい、ハナ。どうすりゃ良いんだよこれ」
燻る熱を持て余し、花色にしがみ付かれては一人で厠へ行くことも出来ない柔が花色の不可抗力の逆襲にもんもんと耐えることになった。


「起きたか?」

横抱きにされ、胡坐の中心にすっぽりと収められ、柔の腕の中で花色が目覚めたのはそれから一刻(二時間)程経ってのことだった。

「悪かった。ちゃんと説明しとけば良かったな」
覚醒した花色に柔が神妙な面持ちで謝罪をした。

「俺さ、自分に自信が持てないんだ。未だに柔に飽きられたらどうしようとか、俺より若くて綺麗な女の人が良いって思ったらどうしようとか。
だからちゃんと言ってくれよ、これからは。昨晩は生きた心地がしなかった。柔の傍を離れなくちゃいけなくなるかもしれないって思ったら胸が苦しくてどうにかなりそうだった」
眉尻を下げ、泣きそうになりながらの花色の告白に、柔が心底反省した面持ちになった。

「アイシテル」

柔の口から零れ落ちた言葉に花色が反応した。
「何ていったの?」
「好きよりもっと好きな気持ちの事を巷では『アイシテル』って言うらしい。
俺はハナに関しちゃ心が狭めえし、独占欲は半端ねえし、お前のことが好きすぎてどうしようもねえんだよ。お前を泣かしたくねえ、って思う反面ドロドロに溶かして啼かせてえって思うし、傷つけたくねえって思うのにどんだけ抱いても足りねえって感じちまうんだ。
重いってわかっちゃいるんだ。だけど自分じゃどうにもならねえんだ。
花色、お前のことが好きすぎて俺はきっと気が振れちまってるのかも知れねえ。
お前をこんな風に不安にさせたのはこれで二度目だ。俺は俺が情けねえし許せねえ。
お前をこんなに不安にさせて、泣かせて。すまねえ。好いた女を守るどころか俺が傷つけた。お前の亭主として俺が守ってやらなきゃならねえのに、本当にすまねえ」
柔が苦しそうに心のうちを曝け出し、始めて花色の前で涙を流した。

「アイシテル。
…それならきっと俺の方が柔のこと、アイシテル」
柔の頬を両手で包み込み、泣いた後のぎこちない微笑を浮かべた花色がそっと触れるだけの口付けをした。

二人の甘い空気が部屋を満たし、花色がうっとりとその空気に酔いしれているところに「もう抱きてえ」柔がその空気を一掃した。

「んだよ、それ。今の空気良かったよな。それなのにあっさりぶち壊しやがって」
花色が眉間に青筋を立てる。
「はいはい、俺が悪うございました」
悪びれた風の無い、いつものふてぶてしい柔の態度に花色が噛み付いた。
「もしかしてさっきのは嘘泣きなのか?俺凄く感動したのに」
「嘘じゃねえよ。だけど昨晩から俺の限界は既に振り切れてんだ。お前の責任だろ。お前の胎内で出させろ」
柔が責任の所在を花色に押付けた。
「ええ?あのすっぽんは清吉さんの厚意で」
「好意?…ねえ。なら『清吉さん』には感謝しねえとな。
感謝の気持ちを持つって大事だろ」
目の据わっている柔が意地悪にも『コウイ』の意味を花色にとっては最悪な言葉に摩り替えて変換した。
「そ、それに俺は御代は?って聞いたのに手ぬぐいが御代だからって言ったのは清吉さんだぞ」
嫌な予感しかしない花色が、柔の腕の中で慌てて反論した。
「へええー、お前そんな嘘信じたのか?そんな高級品、手ぬぐい一つじゃ足りねえだろうが。でもまあ、俺がその清吉さんに礼をするつもりだから、それは良いとして。
まずは、お前に侘びを入れねえとな」
舌なめずりをした柔の目が妖しい光を放った…ように花色には見えた。
「ハナに侘びを入れるのは二度目だな」
柔の腕の中でこれから何が起こるかわからない花色が、緊張のためごくりと生唾を飲み込んだ。


「んっ、ああん、そこ、やあっ」
花色に四つんばいになれと命令し、着物の裾をたくし上げ下穿きをずらすと、ぺろんと滑らかな花色の臀部が明るい室内に晒された。柔がその中心にある窄まりに顔を近づけ、舌を這わせ始めた。あっけなくも花色が上体を支えられなくなり、畳みに崩れ落ちた。

「やっぱりハナのおちんちんも見ながらしてえな」
柔が花色の体を仰向けにひっくり返し、まんぐり返しをさせ、再び窄まりを舐め始めてからずいぶんと時間が経過していた。

「俺の唾液でだいぶぷっくりしたな。ハナの尻、こんなに美味いならもっと前から味わっておくんだったな。今日初めて知ったぜ」
何度も唾液を送り込み、じゅるじゅると音を立てて吸い付き、まさに聴覚視覚、そして触覚で花色の快楽と羞恥を煽るように柔が解説する。
「ハナのおちんちんも触られねえのに涎垂らして喜んでやがるぜ。ハナの愛液の匂い、今日は一段と濃いな。すげえ、匂う」
「んやあっ」
花色が羞恥に顔を朱に染め、両腕で隠すように覆っていた。羞恥と快楽で体を何度も捩ったため花色の着物はすっかり肌蹴け、帯が素肌に巻きついてるだけという、卑猥な姿態を晒していた。
「頭隠して尻隠さず。絶景だな」
柔が片方の口の端を上げてニッと微笑んだ。

「挿入れるぞ」
柔が全てを脱ぎ、見事な裸体を晒すと、辛うじて纏っていた花色の着物も脱がせ正常位で挿入れ始めた。
「昨晩はお互いにお預けだったからか、少しきつくなってるな。痛くねえか?」
ゆっくりと挿入れながら、柔が花色を労わった。
「だい、じょうぶだから。早く奥、早く開いて。俺の胎内を柔の形で開いて俺を柔の女にして」
花色が甘えるように柔に手を伸ばして柔の逞しい背にしがみ付いた。

「しっかり掴まってろよ」
花色の体を抱き起こした柔が何を思ってかそのまま立ち上がった。

「ああっあうっ」
花色の体の重みで一気に柔の形へと開かれた二つ目の入り口が、限界まで柔のオスを迎え入れた。落ちまいと、とっさに花色が両足を絡ませてしがみ付く。

「ああーっ、ああーっ」
花色が喉を晒して喘ぎながら、首を左右に振ると、腰まである花色の真っ直ぐな長い髪もさわさわと揺れる。程なくして、柔の太股を花色の精が伝い始めた。
いつもは花色の射精が終わるのを待つ柔が、今回は待つこと無くなぜか戸口のほうへと繋がったまま歩き始めた。

「あ、ああっ、ああん、ああん」
歩く振動と花色の自重で、開かれた奥のその奥までも侵入する柔のオスに花色が喜びの声を上げ続ける。
とうとう戸口の横の壁まで来ると、壁に花色の背を押付けた。

「じゅう、じゅう」
切羽詰まった花色が甘く切なく啼き始めた。
「言うこと、あんだろ」
グッと下肢を押し込み柔がいつものように花色の目を覗き込んで先を促した。
「欲しい、もっと柔が欲しい。早く女になりたい。柔だけの女に」
花色に言わせて満足した柔が「いい子だ」とおでこに口づけた。

「お前の好きな『俺の、種付け』してやる」
なぜか、柔が『俺の、種付け』を強調したように花色には聞こえたが、欲しくて仕方のない花色がそれ以上気にも留めることはしなかった。

花色の体を壁に押付けたまま、更に花色の奥深くで繋がろうと柔が花色の尻を割り開いた。

ズンッ。っと、音がしそうなほど花色の体が沈みこんだ。
「ああーっ」
花色が咆哮に近い嬌声を上げた。
ビクン、ビクン。
花色の体が大きく震えた。
「落ちる、落ちる」
不安定さに花色が不安げに何度も叫ぶとますます強く柔にますますしがみ付いた。

「落ちる訳ねえだろ、俺に串刺しにされてんだ。それどころか雌イキしたか」
柔が満足そうに一つ息を吐いて、花色の胎内の感触をじっくりと味わうように目を閉じた。
「あ、ああ、ああっああ」
下肢を押付けながら燻らせ、柔が花色の奥深くに種付けする間、花色が嬉し啼きを続けた。

「お前、種付けの後、こうやって奥を俺ので捏ねられるのも好きだよな」
柔が額に若干滲んだ汗を腕で拭いながらも、下肢の動きを止めなかった。
「好き、柔好き。ああ、気持ちいい。じゅう、じゅう、もっと、もっと」
熱にうなされるように『好き』を繰り返す花色に、「いい子だ、もっと俺を欲しがれ」と雄の色香を纏った声色で囁いた。
下肢を小刻みに動かしながら柔が花色に口づけると、花色が渇望したように舌を絡ませ始めた。柔が時折はぐらかす様に花色の下唇を甘噛みしたり、歯列を舌でゆっくり舐めていると、焦れたように花色が不満を露にした。
「いじわるするな、もっとちゃんと」
上目遣いで可愛く強請る花色に柔がクスリと微笑むと、再び花色に唇を寄せた。二人の絡まる唾液がぴちゃぴちゃと音を立てる。蠢く下肢からはぐちゅぐちゅと柔の放った精液が卑猥な音を奏でる。そして、柔に与えられる快楽に身を委ね、満足そうに花色の鼻から漏れるくぐもった吐息が、シンと静まり返った部屋の中で大きく響いていた。

「んああっ」
突如口付けを外された花色が、快楽の中に僅かに不満の含んだ喘ぎ声を放った。
「そんなに物足りない顔するな、まずは清吉さんにすっぽんの礼をくれてやんなきゃならねえからな、このままもう一遍出すぞ」
柔の下肢が大きくうねり始めた。
「あっ、ああん、ああっ、ああっ」
「ハナ、あんまり気持ちよさそうに大きな声出したらご近所に聞こえるぞ」
柔が花色の耳元で囁いた。
「出すぞ、次は声、抑えてイケ」
唸りながら呟いて再び柔が下肢をに強く押付けた。

「んー、好き、柔、好き」と花色が鼻から漏れる吐息を堪えるように体を硬直させると、柔に与えられた快楽によって引き起こされた痙攣に、今度はブルブルと体を震わせた。

少し眉根をひそめただけで表情を崩さぬまま、種付けした後の花色の胎内で自らが放った精を捏ねる動きをふたたびゆるゆるとし始め、「柔、好き、大好き」花色の無意識の言葉に柔が勝ち誇った笑みを口元に浮かべた。

「そういうことだ。ありがとうな、清吉さん」そう言ってほんの僅かに開いていた戸をぴしゃりと閉め、「柔好き、気持ちいい」とうわ言のように繰り返す花色を大事そうに抱きかかえたまま畳の上へと移動して、敷き布団のみを雑多に足で敷くと、その上に花色を労わるように寝かせた。

「花色、まだ、終わりじゃねえからな」
乱暴な言葉遣いにも拘らず、愛おしさの篭る声色と共に花色に微笑んだ。

「俺の、花色。俺の」花色を強く抱いて再び下肢を燻らせた柔の背の筋肉の窪みを、花色の指が辿り始めると、「お前の男は生涯俺だけだからな」と珍しく甘える声色を奏でながら柔が花色の耳元で囁いた。

「柔、んっ」
花色が中で達してもなお柔は花色の中を抉り続けた。
「俺のもんだ、お前のここは俺だけのもんだ」柔は何度も体位を変えながら花色の中で精を放った。その度に花色はうっとりとした表情を浮かべた。

次の日の朝。
「これ…?」
花色が部屋から出ると、清吉にあげた筈の手ぬぐいが落ちているのに気がついた。
花色が小首をかしげているところに、柔も部屋から出てきた。
「これ、この前の俺の失敗作じゃねえか」
柔が花色からヒョイとそれを取り上げた。
「柔、それ…」花色が何か言いかけたが、『もう一つあったのだろう』と勝手に勘違いをして思考に蓋をした。
 
「なあ、昨言ってた清吉さんへのお礼って何のことだったんだ?」と
花色がようやく思い出した疑問を柔にぶつけると「ああ、それなら俺がもう済ましておいたぜ、お前が気付かないうちにな。興奮するほど喜んでたぞ、清吉」そう言って含み笑みを浮かべた。
「お前がそういう笑みを浮かべる時は大抵嫌な予感がするんだよな」
花色が首を傾げ柔を見上げながら軽く睨んだ。
めずらしく鋭い切り返しをした花色に、慌てた様に柔がうっ、っと言葉を詰まらせた。
花色の視線がますますキツさを帯び始めた。

「アイシテル…って昨日言ってくれたのに、もう俺以外の男の話をするのか?」
柔の男の色香を纏った声が花色の耳元で囁かれた。
「ち、違う。そんなんじゃない」
今度は花色が慌てて否定した。
「なら、もう他の男の話は俺の前ではしないよな」
再び柔が囁くと、頬を赤く染めた花色がコクリと頷いた。

「いい子だ」
柔が花色のおでこに口付けると、クスリとほくそ笑んだ。


その日の昼食の準備中のこと。
「まいどっす」
そう言って入ってきたのは清吉ではなかった。
「あれ?【清田】(セイタ)さん」
花色が驚いて清田に近づいた。
清田は清吉の弟であった。家の手伝いをし始めた清田が、清吉と一緒に二人で得意先を回っていた時期があったため、花色も見知っていた。

「清吉さんは?」
花色の問いかけに清田がそれが、と口を開いた。

「いやあ、昨日兄が【意気阻喪】(イキソソウ)して、いつもとは別人のようになって行商から戻ってきたんっすよね、でも何を聞いても答えてくれないんっす。挙句の果てには飯も食わないで寝ちまったんっすよ。兄は何があっても飯だけは欠かした事のない人間でして、これには親父も慌てふためいて暫く様子を見ようってんで今日は俺が代わりに行商に来たんっすよ」
「どうしたんだろう?
具合でも悪いんじゃ…もしかして悪い病に罹りでもしたら」
花色が心配そうな顔をした。

「まあ、病っちゃあ病だと俺は思うっすよ。でもいわゆる『お医者様でも草津の湯でも』って奴だと俺は睨んでるんで、そのうちに治ると思うっす」清田の説明に、「よくわかんなかったけど、清田さんが治るっていうなら安心だ」花色が安心したようににっこりと微笑んだ。


調理場を出て次の行商先に向う途中で清田が工房のほうを振り向いて、「高嶺の花(花色さん)は兄きのこと、これっぽっちも思っちゃいないんだよな。挙句の果てにその旦那(柔さん)は町で人気の女郎屋の女達が抱かれたいって毎晩誘う程の御仁って噂だし。到底無理だろ、不毛すぎだろ、兄貴は。可愛そうに」
やれやれとため息を零して清田が工房を後にした。





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