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自信が崩れ落ちた日(2時限目)
しおりを挟むやはりオンタイムで玄関のチャイムが鳴る。
代々木さんは前回の宿題の回答と、見積もりを僕にわかりやすく説明した。
「本当によくご存知ですね」
代々木さんは何度も僕を褒めるが、僕はその度にネットで検索をして調べたからだと同じ答えを繰り返した。
実をいうと、僕は保険にはちょっとくわしい。と同時に知識がある分だけ見る目もきびしい。なぜなら、僕は数年前に生命保険の業界に身を置いていたことがあるからだ。保険外交員、それが僕の仕事だった。保険を薦め実際に僕は保険を売っていたのだ。でもそのことは代々木さんには黙っていた。
全ての問題が片付き、僕は納得して代々木さんの勧める火災保険に加入することに決めた。
今回もそれで終わり、の筈だった。
またしても代々木さんの話術で僕は保険に関する代々木さんの過去のプライベートな実体験を色々と聞いた。
そしてその途中、僕は代々木さんの一言が妙に気になった。
「生命保険もそうですし、どの保険でもかまいません。保険は出口よりも入り口が大事なんですよ」
なんだ?保険の出口って?
「それって死んだら保険金が下りるから、出口ってことですか?」
僕はつい口を挟んでしまった。
「まあ、そうですね。皆さん色々な保険に加入してますけど何に入るか、どう入るかで出口は決まってくるんですよ」
まあ、確かにそうだ。だから良いと信じた保険に入るんじゃないか。
「例えば、大きな病気を患ったとき、その後の保険料が免除になるのを知っていますか?」
そんな質問は僕には愚問じゃないか。
「もちろんです。僕はその免除になる生命保険に加入してますよ」
僕は胸を張って答えた。僕が外交員時代に自らが学び、自信を持って加入したのだ。
「ではどのような状態になったら免除になりますか?」
だから愚問だって。
「がん、脳卒中、そして急性の心筋梗塞、そして要介護状態になったときです」
僕は自信満々に答えた。
「すごいです。この質問に答えることが出来たのは伊織さまが初めてです」
代々木さんの目が輝いた。
当然だろう。僕を誰だと思っているんだ。
「そうですか。ではその後は一生涯その保障は続きますか?」
代々木さんは穏やかに僕に尋ねた。何をまた愚問を。
「もちろんですよ。僕は三大疾病に罹ったら600万が一時金で支払われ、その後の保険料は免除。入院だって日額15,000円払われる保険に入ってるんですよ」
ここまで意気揚々と答えた僕はハッと言葉を噤んだ。
「でも、80歳で消滅、します」
僕は、愕然とした。そうだ。80歳までに死ぬ事を僕は前提にしていた。でも、もしそれ以降も生きていたとしたら・・・。祖母は92歳まで生きたんだぞ。
「私は大病された方がそれ以降の保険料が払えずに止めていく方をたくさん知っています。
本来であれば大病した方にこそ保険は必要なんです。でも収入も減り、生活に困窮した方が止めたくはないのに解約するんです」
「でもがんになってもそれから5年経てばまた入れるじゃないですか」
僕はうる覚えの知識をぶつける。
「そう、その5年ですが再発予防のための検診を受けている間は保険会社は受け入れません」
僕は愕然とした。
「じゃあ、いつまで経っても保険に入れないじゃないですか。年齢を重ねたら保険料が高くなるし」
僕は憤りを覚えた。
「私のお客様ではありませんが、人づてに頼まれて老夫婦のお宅に伺ったことがあります。奥様は『保険には入っているがその内容がわからないから教えてほしい』と頼まれたのです。
82歳の旦那様は1年前に病気になり入退院を繰り返すようになり、医療費がかさみ少しでも保険金が出ればと思ったそうです。私は証券を見せてもらいました。
すると、旦那様の保険は80歳で満了していたのです」
僕は息を飲んだ。満了、満了だって。
「じゃあ、その方は」
それ以上言葉の出ない僕の代わりに代々木さんが続けた。
「80歳でその保険は消滅しています。ですから81歳で発病された旦那様には保険金は一切支払われません。奥様の保険は一生涯の保証でしたけれど」
「そんな・・・」
僕の今までの自身はその瞬間にガラガラと音を立てて崩れ落ちた。なぜなら僕が自信を持って加入した保険も80歳で満了するからだった。
「それに、多くの方が加入されている保険に【更新】があります」
僕は一気に不安に陥った。
「そうなんです。僕の保険も10年更新で同じ内容にすると保険料が倍になるんです。だから保険料を抑える為に目減りさせなくてはならないんです。僕はそのことだけは心配していました」
そう、僕は更新の際に保障内容が目減りすることしか不安に思ってはいなかったのだ。
僕はすぐさま保険証券を代々木さんに見せた。
「これは僕が加入している生命保険とがん保険、そして共済です」
代々木さんは失礼しますと言って証券を見始めた。
「内容的にはすばらしいと思います」
代々木さんはそれ以上何もいわないようだった。でも、僕は確信した。
この人は信頼できる。
そして見直しをするならいましかない、と。
「代々木さん、次回のアポの時に代々木さんが僕の為に勧める保険を提案してくれませんか?」
僕は思い切って代々木さんに願い出た。
「では伊織さまにお伺いします。入院したとき発生する費用は食事代、入院服代、差額ベッド代などもろもろを含め1日大体5,000円ほどかかります」
「ちょっと待ってください。差額ベッド代は個室だけですよね?大部屋ならかからないんじゃないですか?」
僕はとっさに切りかえした。
「私も始めはそう思っていたんですが、大部屋でも含まれることがあるそうなんですよ」
知らなかった。
「続けますね。伊織さまが望む入院給付金の日額はおいくらですか?
1日5,000円の費用が賄える分でよろしいですか?それとも」
代々木さんの問いに僕はすかさず答えた。
「僕は多い方が絶対にいいです。入院している間だって電気代や水道料金の基本料金がかかるし、退院したって直ぐに働けるかどうかなんてわからないじゃないですか。現に僕の証券を見て既にご存知でしょう。僕がもしがんで入院したら生保から日額15,000円、がん保険から10,000円、共済から10,000円。つまり35,000円入ってくるんですよ」
「伊織さまそう答えると思ってました。私もその考えに同感ですので」
代々木さんは柔らかく微笑んで帰って行った。
こうして2回目の講義は終了した。
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