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【葵】Aoi

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「咽頭癌、ですか」
「はい、正確には下咽頭癌です。原因としては喫煙と飲酒が主な要因として挙げられますが××さんはどちらも当てはまらないですね」
その人物には医師の説明が、まるでテレビのドラマのように流れていた。


紫上は今まで自分はヒカルにとって特別な存在なのだと思っていた。葵との結婚も、単なる政略結婚で特別な感情は無いと紫上に公言していたし、ヒカルが男女問わずモテルことも知っていた。しかし一緒に暮らすという事実が紫上には、何よりも、誰よりも特別なのだと思い、気にしたことが無かったのだ。あの写真を見るまでは。
「あの人は誰なんですか?
僕はその人の代わりなんですか?
単なる同情だったんですか?」
ヒカルには聞けない紫上が独り言を呟く。
自室の床に座り込み蹲ったまま、紫上は考え続けた。

「僕はどうしてショックを受けているんだろう?」
唐突な疑問が過ぎった。
「僕が、僕にそっくりなあの人の代わりにされたから?
ヒカルさんが僕に同情してるから?
何よりも僕はどうしてヒカルさんの特別にこだわっているんだろう?」
紫上がぶつぶつと一人ごとを呟く。そして紫上は一つも結論に達した。

(そうか、僕はヒカルさんを独り占めしたいんだ。これは独占欲なんだ)
紫上はヒカルへの思いをその日、明確に確信した。


妊娠したことでヒカルが少しは振り向いてくれると期待していた葵は、お腹が大きくなるにしたがって不満も膨らんでいった。
興信所に雅の調査を依頼して、雅の行動を調べた。調査結果では、やはりヒカルの足は遠のいているとの結果であったが、葵は誰かに不満をぶつけなければ気が済まなかった。

大学の卒業と共に、ヒカルはミカド財閥本社への入社が決定した。左代の元を訪れ報告も済ませたヒカルは、入社前だが既に出来上がった名刺を左代に渡した。
その後、その名刺を見た葵が何かを思いついたように嫌な笑いをした。


雅は最近出来たお気に入りのカフェに向かっていた。時間はいつも十一時。オープンと同時に奥のテラス席に座り、日替わりブレンドの紅茶とキッシュをオーダーしていた。
駐車場に車を止め、降りようとしたところで隣の駐車スペースに白塗りの国産車が駐車しようとしていたため、雅はその車が停車するまで待つことにした。しかし、その車の運転手は、運転に不慣れのせいか何度切り返しをしても一向に車は駐車スペースには入らない。次第に雅の顔には不快さが宿り始めた。

雅が徐徐にバックで迫り来る国産車に危機を感じ、クラクションを鳴らそうと手をかけたと同時に国産車の後部バンパーが雅の運転席側のドアミラーの下にぶつかった。ぶつかって来た国産車の運転手は車を前方に動かし、直ぐに車から降りてきて雅に謝り始めた。雅がどう対処しようかと考えていたとき、国産車の後部座席から妊婦の若い女性が降りてきた。

「ごめんなさいね、うちの運転手ったら不慣れで」
その女性は口では謝罪をしているが、雅にはどこか好戦的に聞こえた。
「なら、修理代払ってもらえます?」
雅が冷たく言い放った。
「ええ、ここへご連絡いただけますか?うちの主人の名刺です」
その女性が名刺をハンドバッグから取り出して雅に渡した。

『ミカド財閥グループ 経営戦略課課長 宮内 ヒカル』
それを見た雅の体が一瞬にして粟立った。そしてその女性の顔を見ると、勝ち誇ったように笑っていると雅は悟った。
「本当にごめんなさいね。では、これで失礼させていただきますわ。産婦人科の検診の予約が迫っておりますの」
大きなお腹をさすりながら、高笑いをしそうな態度でその女性は車に乗り込んだ。その後も平謝りをする運転手に窓を開け「行くわよ、鈴木」と高飛車に命令すると、運転手は慌てて車に乗り込んで走り去っていった。

(あの女、わざとだ。病院の予約があるのにわざわざこのカフェまで来るはず無い。絶対わざとだ)
雅はわなわなと体を震わせた。
「悔しい」
雅はギリギリと奥歯を噛み締めてヒカルの名刺を握り締めた。


その頃、葵は車の中で高笑いをしていた。
「奥様、笑い事じゃありませんよ。奥様がまだまだ大丈夫だとおっしゃったので私はバックしたんですよ、それなのに」気弱そうな運転手に葵が僅かに身を乗り出し、「だって大丈夫だと思ったんだもの」と白々しい嘘を付いた。
「それに私は左代家の運転手として入ったわけではないんですよ。ペーパードライバーですし、こんな大きな車なんて運転したことも無いんですから」
運転手が文句を言い始めた。
「大丈夫よ。このことはお父様には黙っているし、向こうだって」
葵が窓の外を見た。
「自分で何とかするわ、きっと」
そう言って、悪びれずに嫌な笑いを浮かべた。


「木崎さんに折り入ってお願いがあるの」
オーナーズルームに木崎を誘った雅は単刀直入に木崎に本題を述べた。
「てっきり告白かと期待したんだけどな」
初めは穏やかな笑みを讃えながら聞いていた木崎だが、雅の頼みに渋い顔をした。
「いくら雅の頼みでも、相手が悪すぎる」
木崎はますます渋い顔をした。
「悔しいの。あの時の悔しさを思い出すたびに腸が煮えくり返るのよ。お願い、木崎さん。今回だけにするから」
雅が木崎に縋りながら涙を浮かべた。
「承諾したくはありませんが、僕も少し考えてみます」
木崎がますます渋い顔をしてBarを去って行った。


最近、ヒカルは自分が気が触れたのではないかと考えるようになっていた。初めは籐子に似た紫上と勢いで暮らし初め、間もなく自分の戸籍に入ることにもなるが、時折十四歳の紫上を抱いてしまいたい衝動に駆られるのだった。毎晩ヒカルのベッドで一緒に寝ているのが原因か、それとも発散しきれない性欲が原因かはヒカルには判断できなかった。
「ックソッ。ほとんど毎晩発散してんだけどな」
ヒカルが苛立ちながらタバコに火をつけて携帯の画面を開くと、朧月夜へ呼び出しのメッセージを送った。

「あはっ、いい。やっぱヒカルの最高」
ホテルの一室に朧月夜が現れると、ヒカルは性急に朧月夜のスラックスを脱がせた。呼び出された目的を理解している朧月夜も、予め準備をしていたため二人は直ぐに熱気に包まれた。

「ヒカルって軽く潔癖症なんじゃない?ヒカルからはキスもあんましないし、必要最低限しか僕の体にも触れてこないだろ。まあ、そんなの無くても僕は気にしないけど」
ドア付近で立ちバックをされる朧月夜が振り向いた。
「潔癖?俺が?」
「気が付いてないんだ。たぶん軽い潔癖症か、ヒカルが触りたくなる人に出会ってないだけのどっちかだと思うよ。にしても挿入れて出すだけしかしないなんてどんだけムード無いんだよ。
まあ、僕はヒカルのでかいのがあれば良いんだけど」
ヒカルが朧月夜の指摘に軽く首を捻った。

(そう言われてみれば触りたいほどの奴なんていなかったな。キスも別に好きって訳じゃねえし。俺が触りたいと思う奴)
ヒカルの脳裏に紫上が浮かんだ。
「ばかな」
ヒカルが脳裏に浮かんだ紫上を打ち消すよう叫んだ。
「何だよ、急に。特に今日は心ここにあらず、って感じ。俺としてはヒカルのでかいのがあれば良いんだって。
ねえ、このままベッドに連れてってよ」
朧月夜がヒカルに甘えたように囁くと、ヒカルは繋がったままベッドまで移動した。
「ヒューッ。さすが若いって良いね」
朧月夜が冷やかし半分に褒めるが、紫上を性的に気にしている事を肯定したくないヒカルは聞いていなかった。

「僕が上になる」
朧月夜がヒカルをベッドに押し倒して騎乗位で自ら動き始めた。
「ヒカル、今日は動きも単調だし、乗り気じゃないみたいだし」
朧月夜が卑猥に腰を振る。
「だから僕が動く」
朧月夜に任せたまま、ヒカルはぼんやりと朧月夜の顔を見た。薄暗い部屋の照明で、なぜかヒカルには紫上に見えた。
「ああっ。どうしたの?でかくなったじゃん。僕、これなら直ぐにイケそう」
興奮した朧月夜が「やっと調子に乗ってきた?」と的外れな事を言うが、朧月夜を紫上と見間違えたことで自分の中の答えが見え始めたヒカルには、どうでも良い事だった。ヒカルは目を閉じて想像した。紫上を。そしてその気持ちに抗うことなく下肢を動かし始めた。
「えっ?ヒ、ヒカル?」
驚いたのは朧月夜であった。
「ああっ、あああっ。そんな優しい腰使いなの初めてじゃん。あん、だめ、さっき折角イキそうだったから」
朧月夜が喘ぎながら反論する。ヒカルは何も言わずに朧月夜の体を優しく突き上げる。
「だめ、だってば。折角もう少しでイケそうだったのに。寸止めしといてそんなにゆっくり奥突かれたら、これ以上高いとこ上がったら」
今まで力任せに抱いてきたヒカルが、初めて相手を気持ちよくしたいと思いながらのセックスをし始めたのだった。
「ヒカル、なんで?なんでだよ」
ヒカルが朧月夜のペニスを握って優しく扱くと、瞬く間に朧月夜が射精した。
「や、あん、怖い、あんっ」
ヒカルはなおも朧月夜のペニスを優しく擦り続ける。
「だからだめ、だって。ドライでイキたいから前触んなって」
朧月夜が快楽の涙を流す。
ヒカルがその腰使いを大きくし始める。
「だから、前、触んな」
朧月夜の泣き言はヒカルの耳には入らなかった。ヒカルは紫上との擬似セックスの最中だった。
「頼む、こんな高いとこ初めてなんだ。お願いだから」
未知の世界に涙を流しながら朧月夜がヒカルの腹に爪を立てた。
「あ、はぁ、ぁぁ」
朧月夜が啼きながら喘ぎ続ける。ヒカルはお構い無しで下肢と指をじれったいほどに優しく動かし続けた。
ヒカルは聞いた事の無い紫上の喘ぎを想像していた。

「嘘だろ。イク、まじでイク。前触られてんのにドライでイク」
朧月夜が必死に耐えるようにヒカルの腹を力一杯爪をたてて引っかく。
「はあ、はあ。イク、イクゥ」

その瞬間、朧月夜は声を出すことも出来ないままドライオーガスムを迎えた。

力なく倒れこんできた朧月夜の体の重みでようやく正気に戻ったヒカルが、「そうか」と大きく息を吐いた。

朧月夜が部屋を出る間際、「さっきのセックス、僕じゃない誰かの代わりに僕のこと抱いただろ。最低」と不貞腐れたようにヒカルを一睨みして出て行った。

「んなの、言われなくても俺が一番わかってるっての」
ベッドの上で全裸のまま、身動き一つしなかったヒカルが手の甲を額に当て小さく呟いた。


その翌朝、ヒカルのベッドで朝を向かえた紫上が、上半身裸のヒカルの腹部の爪痕を見て、苦しそうに唇を噛み絞めた。


紫上の通う中学校の卒業式の日。
『式典が終わったら中庭で』紫上の下駄箱に一通の手紙が入っていた。
それを覗き見たクラスメイト達に「兵部は相変わらずモテルよな」とからかわれた。

式典終了後に中庭を訪れた紫上が、呼び出した人物を探すようにきょろきょろと辺りを見回すと、制服の胸ポケットにリボンを付けた人物が軽く手を上げた。胸ポケットのリボンは本日卒業を迎えた生徒、つまり紫上の先輩に当たる人物だった。

「来てくれるなんて思わなかったよ」
その人物は爽やかに紫上に微笑んだ。
「礼(ライ)先輩?」
紫上が不思議そうに呟いた。
【奥尻 礼汰】(Okujiri Raita)は紫上が所属する生徒会の副会長で、弓道部にも属する礼汰は寡黙で硬派な人物として校内外に係わらず女子に絶対的人気を誇る人物であった。その礼汰が、卒業式典後の中庭に紫上を呼び出したのだった。

「今日で兵部とも会えなくなるから、最後に伝えておきたくて」
礼汰が紫上を真っ直ぐに見つめた。
「ずっと好きだったんだ。兵部のこと」
礼汰の言葉に紫上の目が見開かれた。
「気持ち悪い?男が男を好きなんて」
礼汰に尋ねられた紫上は首を振った。
「女の子とも付き合ったけど、なんかしっくり来なくって。だけど兵部とは一緒にいるだけで落ち着くって言うか。特別だったんだ、俺にとっては。付き合いたいとか、高望みするつもりは無いよ。ただ、知って欲しかっただけ」
礼汰が緊張した面持ちで僅かに俯いた。
「礼先輩は僕にそんな大事なこと言って良いんですか?誰かに言いふらすかも知れませんよ?」
紫上が礼汰を見上げた。
「兵部はそんなことはしないよ」
礼汰が紫上に微笑むと、紫上がつられた様に微笑んだ。

「僕も、好きな人がいて。
あ、気付いたのは最近ですけど。でもその人には告白できないから、礼先輩がちょっぴり羨ましい」
紫上が切なそうに長い睫を奮わせた。
「玉砕決定な発言、今ここでするか?」
礼汰が紫上を包み込むような眼差しで見つめた。
「上手く行くといいね、って言いたくないけど、応援しなくちゃな。
その代わり、俺に思い出をくれないか?」
礼汰が顔を歪ませた。
「抱き締めさせてくれないか?」
礼汰の最後の頼みと、紫上はその言葉に肯定の意味で頷いた。

礼汰がそっと紫上を包んで抱擁し、紫上の首筋に顔を埋めた。
「痛っ」
チリッ、と紫上の首筋に一瞬痛みが走った。

「やっぱり諦めるのはもったいないかな」
礼汰の独り言に紫上がギョッとして礼汰の胸を両手で押した。
「礼先輩、もう」
「ごめんごめん。最後だと思ったらつい」
いつもの硬派な礼汰らしからぬ行動と発言に、紫上が驚いた顔をした。
「これが本来の奥尻 礼汰だから」
悪びれた様子の無い礼汰が紫上にウィンクした。

「そいつと上手くいかなかったらいつでも連絡くれよ」
礼汰は満足した顔で紫上を残して走り去って行った。


月夜は自室の部屋の窓辺の椅子に座って外のテラスを見つめていた。
「最低…か」
ヒカルに捨て台詞を履いてホテルを後にした月夜であったが、いつもの傲慢で激しい抱き方しかしなかったヒカルの、愛しさを滲ませ大事に扱われるセックスを思い出すたび、月夜は体の火照りを持て余していた。

「月夜さん?月夜さん?」
自室の窓から見えるテラスにぼんやりと視線を向けたままの月夜がビクッと体を震わせた。
「すみません。何度も呼んだのですが、気付いて貰えなかったので」
朱雀が月夜の肩に置いた手を引っ込めた。
「ああ、悪い」
ようやく朱雀に気が付いた月夜が朱雀を一瞥した。

「そんなになってもなお、私は月夜さんに男としては見て貰えないのですね」
朱雀がゆっくりと目を閉じ、何かを決心したように目を開いた。

「月夜さん、これから貴方を抱きます」
朱雀が決定事項とばかりに月夜に宣言した。
「はぁ?お前何言ってんの」
月夜が理解できないとばかりに椅子に座ったまま朱雀を見上げた。
「こうでもしないと貴方は私の事をいつまでもただの年下の甥としてしか見てくれないでしょう」
朱雀が月夜の手首を掴んで立ち上がらせ、隣室にある月夜のベッドに強引に放ると、月夜の体はベッドの上にバウンドして倒れ込み、尻餅を付くように月夜がベッドの上に乗り上げた。

「冗談やめろって」
月夜が朱雀に正気に戻るように促すが、朱雀は自らのジャケットとシャツを脱ぎ捨てて舌なめずりをした。
「月夜さん、貴方の性的対象が男であるのはとっくの昔にリサーチ済みです。どうか、観念して私に抱かれてください」
朱雀が月夜の首筋に噛み付いた後、キツク吸い上げた。
「やめ、ろ。お前はこんなことする奴じゃないだろ」
月夜が渾身の力を込めて朱雀の体を退かそうと試みるが、びくともしなかった。
「私だって一人の男です」
その一言に驚いたのか、月夜が体の力を抜いた。
「外のテラス、最近毎日見てますよね。その時、貴方どんな顔してるか気が付いてないでしょう?」
朱雀が次々と月夜に噛み付いた後、にキツク吸い付いて痕を付けていく。

「テラスで貴方を抱いた男がよほど気に入ったんですか?私の昇進祝いパーティのあの日、気づかない振りをしていましたが、月夜さんを見て直ぐにわかりましたよ。事後だってこと。貴方の気怠げな眼差しと、貴方以外の知らない香りに、私が気づかない筈がありません。
その時の事を思い出してペニス硬くして、抱いて欲しくて堪らないって顔してるんですよ。今だってほら」
朱雀が月夜のスラックスの上にやんわりと手を置くと、月夜の頬に一瞬で朱が差した。
「ほら、図星。もう、誰でも良いから欲しくて堪らないでしょう。だったら黙って私に抱かれてください」
朱雀が月夜の着衣を乱暴に全て脱がせた。

「凄いの着けてますね。プリンス・アルバートって言うんでしたっけ?初めて見ました」
そして朱雀が僅かにきざしている月夜のペニスを根元まで一気に含んだ。
「やめ、ろ。お前はそんなことしなくて、いい、からぁ」
月夜が朱雀の頭を引き剥がそうと力なく手を置いた。朱雀の口淫に萎えるどころか、月夜のペニスは嬉しそうに涙を零し続ける。
「凄いな、月夜さんの味。甘くて私を惑わせる」
感動したように呟いた朱雀が再び月夜のペニスを口に含んだ。
「もう、マジヤバイ。朱雀、口離せ」
月夜が込み上げる射精感を朱雀に伝える。
「いつでも良いですよ。受け止めます」
朱雀がクチュクチュと口内にあるリングを舌で弄ぶ。月夜が腰をくねらせながら逃れようとするが、朱雀がそれを許す筈はなかった。
「ああっ」
リングとリング周辺を重点的に舌先で責め始めると月夜が大きく啼き始める。
「んああっ、ああっ」
月夜が腰を突き出し始めた。朱雀が月夜の痴態を見上げながら口角を僅かに上げた。
「んやぁ、ああ、ああっ。出る、でる」
ついに月夜が朱雀の口内に射精した。

「はぁ、はぁ」
月夜は胸を上下させるほど大きく呼吸を繰り返していた。朱雀は月夜の精液を口に含んだまま、体を弛緩させている月夜の両膝を掬い上げて尻を大きく開かせると、月夜の尻に口付けた。
「だから、止めろって」
尻を舐められても体に力の入らない月夜が弱弱しく朱雀に懇願する。
朱雀は何も答えずに抉じ開けるように舌先を深く捻じ込み突き入れた。舌を引き抜くと口内の月夜の精液と混じった唾液を月夜の尻の中に注ぎ込んだ。されるがままの月夜は羞恥に震え受け入れる事しかできないでいた。

「こっちも触りますね」
朱雀が右手の指に唾液を絡めると、月夜の尻に挿入れた。精液と唾液が潤滑油となり、朱雀の指はすんなりと受け入れられた。ぐるりと周辺の壁を撫で回しながら月夜の中を朱雀が解す。
「気持ちいいところあったら存分に啼いてくださいね」
朱雀の言葉が言い終わらないうちに月夜のペニスが再び力を取り戻し始めた。
「良かった。月夜さんの体、素直で正直ですね」
朱雀が嬉しそうに微笑むと、尻を解しながら月夜のペニスに再び口淫を始めた。
「ああっ。やだ」
月夜が首を振って嫌々をした。
「良いんですよ、何度イッても」
朱雀が月夜のペニスをべろりと下から舐め上げると、それはドクドクと見る間に脈打った。
「うわぁっ、それやだ」
腰を突き出して快楽を逃した月夜がシーツを握り締めた。いつの間にか、月夜の中を解す指は三本に増やされていた。月夜の反応に、再び朱雀がペニスに舌を絡め、ねっとりと舐め上げた。
「やだ、んんっ」
再び月夜が腰を突き出し耐える様に息を詰めた。
「意地張らないで、何度でもイカせてあげますから」
月夜の顔を覗き込んだ朱雀が男の顔をしていた。月夜が見惚れたように僅かに固まる。

「可愛い」
朱雀が月夜の中を蹂躙しながら伸び上がって月夜の耳朶にチュッと軽くキスをした。
「んん、やぁ」
ピュッと月夜が僅かに精液を飛ばした。たったそれだけのことに月夜の体が反応したのだった。
「耳、気持ちいいの?それとも私の指?」
朱雀が耳朶をぺろりと舐めると、また僅かに精液が飛んだ。朱雀は空いてる方の手で月夜のペニスをやわやわと扱く。
「どっちも気持ちいいのでしょうね?月夜さんの中、ぎゅうぎゅうに食んでますし」

「もう、やめ、て」
月夜が強情なまでに拒んだ。
「どうしてそんなにイクのを嫌がるんですか?」
朱雀が月夜の耳朶を食み、耳介の凹凸に舌を這わせ、誘われるように舌を捻じ込む。月夜の返事を待つように舌と指を朱雀は動かし続けた。

「も、もう前でイキたくない。中で、ド、ドライでイキたい」
根負けしたように月夜が叫んだ。

「そういうこと。なら、存分に中でイカせてあげますね」
朱雀が月夜のペニスを再び口に含んだ。
「だから、そこはやだって」
月夜が腰を捩って朱雀の口淫を抜け出そうとする。朱雀はその動きを封じるように、本格的に中の指を動かし始めた。
「や、どっちもしたら。や、やっ」
反抗らしい反抗は全て封じられ、朱雀の口淫と指使いに月夜は身を任せることしか出来なかった。
「もう、出る。また出る」
月夜が喘ぐ合間に朱雀に伝える。月夜の言葉を受けた朱雀が、射精を促すように吸い上げた。
「あ、ああーっ」
月夜が二度目の射精をした。月夜の精液を全て口で受け止めた朱雀が、尻から指を引き抜くと、月夜の中へと再び流し込んだ。

「空イキできるようにまずは貴方の精液、出し切りましょうね」
朱雀がにっこりと微笑んだ。朱雀は口淫で月夜を何度も射精させてはその精液を月夜の中へと押し込み続けた。
「ああっ、ああっ」
月夜を啼かせていた朱雀が、月夜の下肢から顔を上げた。
「もう、出ないようですね」
左の親指の腹で唇を拭い、ぺろりと舐めた朱雀が満足げに呟いた。
「やっと貴方を抱ける」
ようやく解放された月夜には、朱雀の言葉は月夜の耳には届いていない様だった。
「これっきりと言われないように、貴方の体に私を刻み付けます」
朱雀が祈るように月夜に囁いた。

スラックスを寛がせ、朱雀が月夜の中へとゆっくりと正常位で挿入する。
「辛くないですか?」
朱雀が月夜の頬に手を当てて月夜の目を見ると、月夜はフルフルと首を横に振った。
「良かった。痛い思いはさせたくないので」
朱雀が月夜を気遣う発言をすると、「もどかしいことすんな。酷くしてもいいから早く。さっさと終わらせろ」プイッと横を向いた月夜が、今度は睨むように朱雀を見上げた。
「酷くなんて出来るはずがありませんし、さっさと終わらせるつもりもありません」
慎重に体を繋げた朱雀が愛しい者を見るように月夜を見つめると月夜の頬に朱が差した。

「動きますね」
朱雀が嬉しそうに微笑んだ。朱雀はゆっくりと月夜の中を気遣うように動き始めた。じれったくなるほどのもどかしい動きに、月夜が照れ隠しのように上半身を捩り、枕にしがみ付いて顔を隠した。
「隠さないで。今、月夜さんを抱いているのは私だと貴方の目に焼き付けて」
朱雀が優しく月夜の体を仰向けに戻した。月夜の顔は茹ったように赤かった。
「お前のほうが若いんだ、もっと激しく動けよ」
月夜が不満気に零した。
「酷くしろとか激しくしろとか、貴方は天邪鬼だと知っていますから言うことは聞きませんよ」
朱雀が月夜をいつものように言い包めた。

「こうやってじっくり上り詰めるセックス、したことありますか?」
朱雀がゆったりとした動きの中で月夜の首筋に顔を埋めた。
「私が付けた痕、まるで花びらのように月夜さんの胸に散っててとても綺麗です」
朱雀がうっとりとその一つ一つを指で辿る。
「月夜さんの息、上がってきましたね。ゆっくり、上を目指しましょうね。これまでに経験した事のないくらい高いところでイカせてあげます」
朱雀が再び月夜の胸元に吸い付いた。月夜は何かに耐えるようにシーツを握りしめていた。
長い時間を掛けて朱雀が月夜の体の隅々を優しく撫で擦り、月夜の体の奥深くではその存在を誇示し続けた。

「くそっ」
もどかしさに悪態をついた月夜だが、朱雀の導く高みへと徐徐に押し上げられる快楽に、戸惑いながらも従わざるを得なかった。
「すざく、すざく」
月夜が朱雀の名を甘い声で呼ぶ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
興奮のため朱雀が荒い息遣いをしていた。朱雀はそれを押し殺すように月夜に口付け、月夜の中を優しく抉り続けた。

(もう、イク)
そう思ってはいても、朱雀の口付けのせいで月夜は何も発することができず、朱雀の背を拳で叩いた。
「イキそうなんですね」
朱雀が月夜の顔で状況を把握した。
「じゃあ、ちょっと休憩しましょうか」
体の奥深くから与えられる刺激がぴたりと動きを止めた。朱雀の言葉に月夜が愕然とした表情を浮かべると、朱雀が上体を起して月夜の両足を両肩に担いだ。
「イキたかった、って顔してますね。でももっと高みを目指しましょう」
朱雀が月夜の内腿に軽く噛みつきながらキツク吸い上げる。
「ここも空っぽですし、貴方にはどうすることも出来ませんよ。月夜さんの中、イカせて欲しいと必死に私に絡み付いてるの、貴方にもわかるでしょう?」
朱雀が月夜のペニスをやんわりと握りながら妖艶に微笑んだ。朱雀の指でリング周辺を刺激されると、月夜のペニスは尿道口をパクパクさせた。
「可愛いな」
朱雀が柔らかく微笑んだ。
「くそっ、いい加減に動けよ」
月夜が痺れを切らして叫んだ。
「もう少し待って下さい、貴方の中が落ち着くまで」
朱雀が楽しそうに再び月夜の内股に大きく齧りついた。

月夜の荒かった息遣いが落ち着きを取り戻すと、月夜の足を担ぎ上げたままの朱雀が覆いかぶさった。
「苦しいって」
月夜が抗議するが、朱雀は構うことなく再びじれったい下肢の動きを再開した。
「体、柔らかいんですね。これならいろんな体位、楽しめますね」
朱雀が嬉しそうに月夜の顔を見た。
「次はないからな」
涙目の月夜が朱雀をキッと睨んだ。
「ふふ、そうならないために今、月夜さん体に教え込んでるんですよ。私以外では物足りないと判らせない限り、貴方は即物的に男漁りしそうですからね」
弁の立つ朱雀には、子供の頃から月夜は朱雀に勝てないでいた。それを知る月夜が「僕より年下の餓鬼のくせに」と悪態をつくが、朱雀は微笑み返しをするだけだった。

朱雀はそれからも月夜がドライで達する兆候を見逃すこと無く、はぐらかし続けた。

「くそっ、もういい加減イカせろよ。お前だってイキたいだろ!お前のガチガチペニスから出てる我慢汁ハンパねえじゃん」
ついに月夜が朱雀に食って掛かった。それほどまでに長い時間をかけて朱雀は月夜の体を焦らし続けたのだった。
「もちろん私もすぐにでも月夜さんの中で出したいです。ですが、私の目的は月夜さんを過去最高にイカせることですから、私の快楽は二の次です」
強靭な忍耐力で朱雀が顔色一つ変えずに月夜に微笑む。
「くそったれ」
月夜が快楽と、悔しさに涙を流し始めた。
「泣いてるの?」
朱雀が不安そうに月夜の顔を覗きこむ。
「泣いてない」
月夜が顔を隠そうと両腕でガードした。
「初めからやりすぎたかな」
朱雀が反省したように呟いた。
「でも、ここまで来たらもう良いかな」
朱雀が自問自答して「よし」と呟いた。
「泣かないで、次はちゃんとイカせてあげますから」
朱雀が優しく月夜の両腕をはがした。
「だから泣いてない」
月夜が目を赤くさせて朱雀を睨む。
「はいはい」
朱雀があやすように月夜の顔にキスの雨を降らせた。
「本当に泣いてないんだからな」
「可愛いです。でもあまり煽らないで」
年上とは思えない月夜に朱雀が思い余ったように口付けた。
「むぐぐ」
突然のことに驚いた月夜が奇声を上げた。朱雀は気にも留めずに下肢の動きを再開する。次第に月夜も舌を絡ませ始め、朱雀は幾度も角度を変えながら、月夜の口内を激しく貪った。その一方で、じれったい動きを受け入れ続ける月夜の体が時折ビクンと震え始めた。その度に月夜が「んん」と鼻から吐息を零す。

(上り始めたか)
朱雀が月夜の口内を貪りながら心の中で確信した。
ビクンと震える感覚が、ゆっくりと時間を掛け、徐徐に短い時間の間で繰り返し始めた。
月夜がドライへの階段を朱雀に誘われるがままに押し上げられる。
「んんっ」
月夜がキスの合間に零す吐息も色を濃くしていき、月夜はドライへの階段を着実に上り詰めていた。

ついに月夜の体がまるで、電流が駆け抜けた様にビクンビクンと震えた。その電流は月夜だけではなく、朱雀にも波及していた。月夜がドライで達したのだった。月夜がドライで達すると、ひきづられる様に朱雀が眉根を顰め、その衝撃と快楽に耐えるように顔を歪ませた。
ドクッ、ドクッ。
朱雀は月夜の中で堪えきれずに射精した。

「凄い、この前のより」
月夜がヒカルとのセックスを凌ぐドライオーガスムに、知らずに言葉に出していた。目の前で他の男とのセックスの感想を漏らした月夜を困ったように見つめる朱雀が、荒い呼吸を繰り返していた。

「他の男を思い出す余裕なんてあったんですね」
ドライ直後の浮遊感に包まれている月夜に、朱雀が男の顔で見つめた。
「はぁ、はぁ、ようやく月夜さんを抱けたんです。貴方のお望みどおり私は若いですから今度は激しくしましょうか。今夜は貴方をイキ狂わせます。貴方の余裕が無くなるくらい私の本気、わからせてあげますよ」

その後、打って変わったような激しい月夜の責めに、月夜の体は連続でドライオーガスムを繰り返した。朱雀は定期的に精液を注ぐと瞬く間に復帰を遂げる下肢を打ちつけた。再開する朱雀の下肢により精液が泡立ち、摩擦熱で揮発して月夜の部屋に朱雀の匂いが充満する。そして時間経過と共に滑りが悪くなり始めると朱雀は幾度も精液を注いだ。

「いっそこのまま貴方が妊娠でもしてくれたらいいのに」 

朱雀が苦しそうに呟き、何度ももう無理だと啼く朱雀への責めは止めることはなかった。それどころか長時間の前戯で焦らされた反動か、ドライを繰り返す毎にその快楽の波は月夜の中で膨れ上がり、月夜は何度も意識を持って行かれそうになった。しかしその度にペニスへの局所的な刺激を朱雀は与えた。ペニスのリングを弄られ、パクパクと開閉を繰り返す月夜のペニスは、吐き出すものを探す様に心もとな気に震える。そうなると何も出すものがない辛さから、最終的に月夜は朱雀にイカせてくれと何度も縋るしかなかった。

終わりのないスパイラルに、朱雀は月夜を引きずり込んだのだった。いつも清ましたような朱雀からは考えられないほどの情熱的で熱烈な求めに、過去のセックスを遥かに凌ぐ新たな領域へと足を踏み入れた月夜は、過ぎた快楽に現実逃避をすることで自分を守ろうとした。

翌朝、自室のベッドで一人眼を覚ました月夜は、自分の体が朱雀によって一夜にして作り変えられたことへのショックと、年下の、親戚の餓鬼だとばかり思っていた朱雀の、男としての変貌振りに、その夜を境に朱雀と距離を置くようになった。


葵は無事に男児を出産した。葵の妊娠が知れると、葵からの呼び出しも無くなり、ヒカルはお役ごめんとばかりに左代家を訪れなくなった。ヒカルは息子の顔すらも見に行かなかった。
左代 甚吉により男児は【夕霧】(Yugiri)と名づけられた。
出産後、退院した葵は慣れぬ子育てに辟易し始めていた。

「もお、どうしてそんなに泣くのよ」
イラつく葵を左代家の使用人達が宥める。
「仕方ないんですよ、葵様。夕霧様は泣くことで周りの大人に教えてくれるのですわ」
子育ての経験のある使用人が夕霧を抱き上げた。
「ミルク、オムツ、ミルク、オムツ。それの繰り返し。私、息が詰まるわ」
葵が苛立ちを隠すことなく使用人に不満をぶつける。
「夕霧様のお世話は私どもにお任せくださいませ。たまには外出されてはいかがですか?」
使用人の提案に葵が飛びついた。
「そお?そうよね。人間気分転換も必要だわ」
この翌日から、葵は夕霧の世話を放棄したように外出し始めた。


木崎は雅の願いをどうしたら遂行できるか思案に明け暮れていた。そんなある日、自らの情報網により葵が無事に出産、退院し、最近は子育てを放棄したように外出している事を知ったのであった。
「リスクだらけなんだよね」
木崎は渋々ながら一本の電話を掛けた。



珍しく早朝に帰宅したヒカルがシャワーを浴び、寝室へ入った。カーテンから零れた柔らかな朝日が寝室を淡く照らしていた。ヒカルが軽く睡眠を取ろうとシーツの中へと潜り込んだ。既にシーツの中で熟睡中の紫上が小さく呻いて寝返りを打った。肌蹴たシーツを掛けようとしたヒカルが紫上の首筋を凝視した。怪我をしたために貼ったであろう絆創膏をヒカルは暫く見つめていた。正確には目が離せずにいた。その絆創膏の下にある何かにヒカルの心はざわついていた。

逡巡した後、ヒカルはその絆創膏を静かに剥がすと、ヒカルが目を見開いて硬直した。
「誰だ、こんなもん付けたのは」
ヒカルが唸り声と共に舌打ちをした。

「起きろ」
ヒカルは紫上の体を揺すった。
「起きろ、紫上」
ヒカルは唸り声のまま紫上を起した。
「んん、ヒカル、さん?」
夢の中から強制的に引き戻された紫上がヒカルの姿を認めると、「おはようございます」と、のん気に挨拶をした。
「これは何だ?抱いたのか?まさか抱かれたのか?」
ヒカルがこめかみに青筋を立てて紫上の首筋を掴んだ。
「誰に付けられた?」
ヒカルが紫上に詰問する。
紫上はヒカルの剣幕に驚くばかりで声を出すことが出来なかった。共に暮らして四年、ヒカルは感情を表すことはあまりなかった。多少笑うことはあっても、怒った姿を見たことも、泣く姿を見たことも紫上は無かった。その歳月の中で初めて見る、ヒカルが紫上にぶつける感情に、紫上は驚くと共に優越感も感じていた。

「誰に付けられた、って聞いてる」
ヒカルが苛立ちを込めて紫上に再び詰問すると、紫上が静かにヒカルに昨日の経緯を説明しだした。
「その先輩ってのは女か?」
「いえ、男子の先輩、です。僕にも大切な人がいるからとお断りをしたのですが」
「んじゃ、なんでそんなもん付けられてんだ?」
どこか拗ねた様なヒカルの態度に紫上の胸の内は喜々としていた。
「思い出に抱き締めるだけと言われたので、そのくらいならと許したのですが」ヒカルを見ながらペロッと舌を出した紫上が「やられちゃいました」と反省したように含み笑いをした。
「笑うとこじゃねえだろ」
少し落ち着きを取り戻したヒカルが、紫上の額をコツンと小突いた。
「ごめんなさい」
突然、紫上がヒカルにしがみ付き、思い余ったように眉根を顰めた。
「やっぱり好きだ」
紫上がヒカルにしがみ付いたまま独り言のように呟いた。
「ヒカルさん、僕は誰の代わりなんですか?」
紫上が思いつめたように顔を上げてヒカルを見つめた。
「んああ?お前、何を」
ヒカルが紫上をいぶかしむ様に見つめた。
「ヒカルさんの机の引き出しの中の写真立ての人です」
紫上のその一言にヒカルが目を見開いた。

「見たのか」
呆然としたヒカルが言葉を失った。紫上はヒカルに構うことなく言葉を続けた。
「僕にそっくりなあの人を見るまで、僕は今までの生活を疑問にも思いませんでした。と同時にショックでした。母の虐待から救ってくれたのも、こうして一緒に暮らしてくれることも、間もなくヒカルさんの籍に入れてくれることも、全てはあの人の代わりなのだと知ってしまったから」
紫上は静かに涙を流しながら淡々とヒカルに自分の思いを伝える。
「あの人の代わりでも良いと納得しようとしました。でも、ダメみたいです。僕はヒカルさんの特別になりたいんです。ですから教えてください。あの人は誰なんですか?」
紫上の涙は止め処なく流れ落ち、シーツを濡らしていく。ヒカルはその姿を見つめたまま無言で聞いていた。
「でも、さっきは少し嬉しかったです。先輩に付けられたキスマークに動揺してくれたこと。僕はヒカルさんの特別に少しでも入ってるのかなって、勘違いしちゃうくらい。
好きです。写真の人に嫉妬するくらいヒカルさんのことが好きなんです」
切なくも、嬉しそうに微笑んだ紫上を、ヒカルが勢いよく抱き締めた。
「悪い、そいつは籐子って言って、俺の幼馴染で初恋の相手だ。
お前のことは四年前の正月に宮内の使用人達の噂で知った。籐子に似てると聞いてお前に会いに行ったのがあの日だ。初めは籐子に似てると本当に思った。虐待に耐えるお前が辛い思いをしてることも確かに少しは同情したかもしれない。でも、あの日俺はお前に何か特別な物を感じた。傍に置きたいと、いや、手に入れたいと心底思った。その感情が独占欲なんだと最近ようやく俺にも理解が出来た。お前はまだ十四の餓鬼だしもう少し大人になるまで待とうかと思ってたのに、あのキスマで全てがぶっ飛んじまった。
紫上、これからは俺のパートナーとして俺の隣にいてくれ。まあ、お前の返答は聞かないがな」
ヒカルが初めて真摯に心の内を晒した。
ヒカルの告白を聞いていた紫上が両手をヒカルの背に回してギュッとしがみ付いた。
「嬉しいです。今はその言葉だけで十分すぎるくらい嬉しいです」
紫上はますます力を込めてヒカルに抱きついた。

「わがまま、言ってもいいですか?」
ヒカルの胸元にしがみ付く紫上が不安げな声を発した。
「わがままなんて今まで言ったこと無えくせに」
ヒカルが柔らかくフッと微笑んだ。
「パ、パートナーになるんですから、その、既成事実が、ほしいです」
恥ずかしいのか、ヒカルの胸元に顔を埋めたまま、最後は消え入るほど小さな声で紫上が願い出た。
「確かに僕はまだ十四の餓鬼かもしれません。でもだから待つという選択肢は納得できません。それに、その間、ヒカルさんは僕の代わりに誰を抱くんですか?それとも、僕ではヒカルさんには役不足ですか?」
腹を括ったように紫上が大胆な事を言い始めた。
「精通もしてないんだ。まだ出来る訳ないだろ」
ヒカルは否定的な態度を取った。
「どうして知ってるんですか?」
驚いてに顔を上げた紫上は首まで赤く染まっていた。
「毎日隣で寝てるんだ、その位はわかるだろ」
そのヒカルの説明に納得した紫上は、既成事実はどうしても譲らなかった。
「僕が受け入れる側なら何も問題ないはずでしょう?やっぱり僕のこんな体ではその気になれないなら、初めからそう言ってください」
今度は思いつめた表情で紫上がヒカルを見つめた。
「そんなこと、あるはずねえよ。お前への思いをはっきりと自覚してからは性欲持て余してるくらいだ。ホントにいいんだな」
念を押すヒカルに、紫上が強く頷いた。

ヒカルが紫上に優しく口付けた。じっくりと味わうように紫上の口内を弄りながら、紫上を脱がせて全裸にすると、ヒカルも着衣を脱ぎ捨てて見事な裸体を晒した。
「準備、しに行くぞ」
ヒカルが紫上を抱き上げると、紫上が両足をヒカルの腰に巻きつけた。
ヒカルは紫上と共に浴室へと向かいながらもヒカルは紫上の口内を執拗に貪り続けた。浴室へと入るとヒカルがシャワーを勢いよく出し、椅子に腰掛けた。段々とキスに慣れてきた紫上がヒカルの顔を両手で挟み、夢中でヒカルの舌を追いかける。

ヒカルはボディソープを泡立てて紫上の尻を洗い始めた。ボディソープのお陰でヒカルの指はすんなりと紫上の中に潜り込んだ。ヒカルは紫上の、ヒカルを受け入れるためのそこを、念入りに広げるように指を這わせる。その間も紫上は気を紛らすためか、ヒカルの舌を追いかけていた。三本の指が入るようになると、ヒカルはシャワーのノズルを紫上の尻に当てた。
「んんん」
それまでキスに夢中だった紫上の体が驚きでビクッと反応した。
「お湯が」
紫上が戸惑ったようにヒカルを見つめた。
「男は準備が必要なんだよ」
諦めろとばかりにヒカルがニヤリと笑い返して、シャワーのノズルを外すと、紫上の尻から泡と共に汚水が勢いよく流れ出た。紫上が羞恥にヒカルの肩口で顔を隠した。ヒカルは数度シャワーで紫上の中の洗浄を行うと、バスタオルで紫上の体を丁寧に拭き、再び抱いて寝室へと向った。紫上をうつ伏せたヒカルは途中のキッチンから持ってきたオリーブオイルを手に取ると、紫上の尻に塗り付けた。

「痛くねえか?」
ヒカルは紫上を気遣いながら、再び尻を広げるように指を這わせた。
「前立腺、触るぞ」
ヒカルが紫上の前立腺を優しく、揉み解すように指の腹で触る。初めは反応のない紫上が、次第に小さく喘ぎ始めた。
「ヒカルさん、そこ、声出る」
紫上が困惑したようにヒカルを振り返った。
「お前が気持ちよくなる所だ。覚えておけよ」
ヒカルは紫上の反応を見ながら指の加減を調整していた。暫く前立腺を刺激し続けると紫上がもじもじと身を捩り始めた。
「どうした?」
ヒカルが優しく問いかけた。
「ヒカルさんの触ってるとこ、ジンジンして、変な感じがして」
紫上が初めて与えられる快楽に戸惑っているようだった。
「そう言うのを気持ち良いって言うんだ。ゆっくり、してやる」
ヒカルは紫上の体を仰向けにさせると、自らのペニスにオイルを塗り、紫上の尻に宛がった。
「呼吸、止めんじゃねえぞ」
ヒカルが紫上の尻を両手で開き、挿入れ始めた。
「んんん、大き過ぎる」
苦しそうな紫上の声が静まり返った寝室に響く。
「悪い、こればっかりは我慢してくれ。すぐに慣れるから」
今まで自分本位のセックスで満たしていたヒカルが、紫上を労わり紫上の反応を気にしながら、少しずつ体を繋げた。

「挿入ったぞ」
ヒカルがホッと一息ついて紫上の上に倒れこんだ。
「痛くねえか?」
どこか甘ったるいヒカルの声色に紫上がブルリと下肢を震わせた。
「んんっ。ヒカルさん、その声反則」
紫上が耳まで赤くしているのを見たヒカルが、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「俺をここまで興奮させたのはお前が初めてだ、紫上。初めて会った時からお前とは全てがしっくりくる。初めて抱いてるのに初めてじゃねえみたいな、って悪い、何言ってるかわかんねえよな」
照れ隠しなのか、ヒカルが紫上の首筋に顔を埋めた。
「嬉しいです。ヒカルさんはモテるから、僕なんか抱いてもらえないって諦めてました」
紫上の恥らう姿にヒカルの興奮は増していく。
「あれは単なる性欲処理だ。特別でも何でもねえ。紫上、お前が特別なんだ。
今日からはお前の体の隅々まで俺のもんだ。もう他の誰にも触らせんじゃねえぞ」
ヒカルが紫上の首筋の痕に強く吸い付いて自らの痕跡で上書きし、紫上の胸へと手を這わせた。
「小さいな」
ヒカルが紫上の二つの突起をさわさわと触る。
「んん、んんっ。くすぐったいです」
紫上が体を捩ると、ヒカルは強引に口付けた。紫上が驚いて僅かに呻いたが、直ぐにヒカルのキスに夢中で応え始めた。キスで気が紛れるのか、ヒカルが紫上の胸の突起を触り続けても今度は体を捩って抜け出そうとはしなかった。紫上の胸の突起はいつしか硬くしこり、ヒカルの手によって次第に快感の種子へと変化し始めた。紫上の息が絶え絶えになる頃、ヒカルは紫上の唇を開放した。ヒカルの手によって次々に開発される性感帯からもたらされる甘美な支配に紫上は、なすすべも無かった。
「ヒカルさん、僕の体、僕じゃないみたい」
紫上が途切れ途切れにヒカルに伝えると、ヒカルが嬉しそうに微笑んだ。
「お前の中も俺の形に馴染んできたな」
そう言うとヒカルは紫上の快感の種子を口と手を使い可愛がった。紫上は熱い吐息を吐きながら、陶酔したように目を虚ろにしていた。

「最初から中でイクのは難しいか」
ヒカルが左手で紫上のペニスを軽く握った。
「ああっ、そこは」
紫上がビクッと体を硬くした。
「こうやってキスしたり、相手の体触りたいって思ったのもお前が始めてだ」
紫上に、一夜限りの相手とは違うことをヒカルは一つ一つ説明した。
「まして、相手を気持ちよくしようなんて思ったこともねえ。お前だけだ」
ヒカルが筒状にした手に、紫上のペニスを出し入れさせるようにゆっくりと腰を動かし始めた。
「んやあっ」
直線的な刺激にとっさに紫上が枕を握った。
「気持ちいいのか。その様子じゃ、マスターベーションもしたことないんだろ」
ヒカルが喜々としながらもその動きを止めない。
「やあ、ああ、ああっ」
枕をますます強く握り締めながら、紫上が喘ぎ続ける。ヒカルは紫上の啼き声を聞きながら、紫上の下肢と共に動き続けた。
「中からも気持ちよくなろうな」
ヒカルは紫上の左膝裏を右手で固定し前立腺が強く擦れるように角度を調整しながら、下肢をゆっくりと動かし始めた。
「あ、そこ。さっきの。ああっ」
ヒカルは自分の快楽よりも紫上の快楽を優先しながら浅く下肢を打ちつける。
「あっ、だめ、両方なんてだめぇ」
紫上が切羽詰ったように叫んだ。
「だめじゃなくて良いんだろ。
こんな抱き方するのもお前だけだ。安心して感じてろ」
ヒカルがニヤリと薄笑いを浮かべた。
「ああん、だって、ああ、ああっ。お尻、溶けちゃいます」
紫上が目を閉じて喘ぎ続けた。
「なら解けてるところ、しっかり感じておけよ。既成事実の真っ最中だ」
ヒカルがにやりと笑いながらも紫上の前立腺を狙い澄ましたように突き上げながら、器用に紫上のペニスの至る所を擦る。
「まだ、これからだ。奥も一緒に突いてやる」
ヒカルが紫上の中を本格的に抉り始めると、紫上の体は無意識に弛緩と緊張を繰り返した。

「もっと俺で気持ちよくなれ、紫上」
ヒカルは聞こえていないであろう紫上に呟いた。
暫くして紫上の中が絡みつくようにうねり出したことに、ヒカルが嬉しそうに微笑んだ。
「ああっ、ヒカルさん、変です。なんか」
「変じゃなくて、イクんだろ」
ヒカルはラストスパートをかける様に腰を打ちつけた。紫上の中のうねりがますます勢いづき、まるで『一緒に』と言わんばかりにヒカルを誘う。
「こんなに気持ちいいセックスは初めてだ」
ヒカルが思わず呟いた。
「あっ、嘘でも、嬉しい、んんっ、です」
枕を握り締めていた紫上が、ヒカルに両手を伸ばした。
「キス。前は、もう、いいので、キス、したいです」
紫上の言葉にヒカルが噛み付くように口付けた。

二人の熱気は窓を曇らせるほどだった。
「んん、んん」
何度も角度を変えながらヒカルが紫上の口内を蹂躙する。紫上もヒカルに抱きつき、ヒカルの舌を追いかけながら、くぐもった声を漏らす。ぐちゅぐちゅと粘膜の織り成す音も二人の行為の終わりを予告するように大きく響く。

「んんんーーっ」
紫上が甲高く、鼻の奥で啼いた。震え始める紫上の体をヒカルがすかさずキツク抱き締め、紫上の奥深くに熱を吐き出した。
ヒカルが唇を離すと紫上が口を半開きのまま、目をうつろにして荒い呼吸を繰り返した後、気だるげに体を弛緩させた。ピクリともしない紫上の唇を優しく啄みながら、ヒカルもまた余韻に浸った。

「やっぱりお前は俺の特別だ」
ヒカルが感動したように独り言を漏らした。
「僕も、ヒカルさんを満足させられてうれしい、です」
少し熱の引けた紫上が喜びを口にすると、「その言葉はまだ早いな。俺が一度で満足すると思ったのか」とにやりと薄笑いを浮かべ、紫上に口付けた。紫上もヒカルの背に腕を回してヒカルに応えた。ヒカルがゆっくりと紫上の中を抉り始め、次第に力強い動きに変わる。
「前、触ってやろうか?」
ヒカルが紫上を気遣ったが、紫上の返答は予想外のものであった。
「触らなくても僕もう」
紫上が涙目で訴えた。
「ああ好きなだけイケ。でも、俺が満足するまでは離さねえから」
ヒカルが紫上の涙を吸い上げた。
「キス、したい」
ヒカルは紫上の唇に吸い寄せられるようにキスをした。紫上はヒカルにより極上の快楽を与えられ、最高の初夜を過ごした。


桐生は緊急取締役会を開催した。その内容は朱雀を時期総帥に据え、自分は相談役として会長の座に治まるという内容であった。集められた取締役たちは皆一斉に反対した。
このままでは決議は否決されると判断した桐生は、自らが癌に侵されている事をその場で告白した。

「なに、治療をすれば良くなるし、治療に専念するためにも朱雀に経営を早くから任せておきたいんですよ。何かあっても私が会長として最終判断は下すわけですからね」
桐生の会長として最終決断を下すという説得で議題は既決された。

会議の終了後、桐生は籐子の元を訪れた。


「籐子、入るよ」
桐生が寝室へ入ると籐子は眠っていた。桐生は籐子の寝顔を見て顔を綻ばせ、その隣のベビーベッドを覗いた。
「冷泉」
桐生が声を掛けると冷泉はにこりと笑い、桐生に手を伸ばしてきた。桐生はそっと手を差し伸べると、冷泉が力強く握る。
「お前はヒカルに何処までもそっくりだね」
桐生が再び顔を綻ばせた。

桐生はベットサイドにあるチェストに置かれた籐子の携帯が、落ちそうになっているのを見つけて「危ないな」とチェストの中央に置き直した。その振動で暗かった携帯の画面が明るさを取り戻した。
何気なく明るくなった画面を覗いた桐生の顔からサーッと血の気が引いた。

『もう一度会いたい』
それはヒカルから籐子へのメッセージだった。
いけないこととは知りつつも桐生はそのメッセージを開き、過去の二人のやり取りを読んだ。過去、頻繁に二人は会っていた。そして、そのやり取りは『しばらくは会わない』の籐子の返事を境にぷっつりと途絶えていた。それは、籐子の妊娠の時期と重なっていた。
「まさか」
小さく呟いた桐生は、驚きのあまり慌ててその場を離れた。とにかく落ち着いて一人で考える時間が欲しかったためであった。


「お一人ですか?」
ホテルのレストランでランチをしていた葵に一人の男が声を掛けた。二十代半ばの男は他にも空席があるにも拘らず、葵に声を掛け強引に同席した。初め葵は男を警戒していたが、男の無邪気な笑顔と巧みな話術に、葵はすっかり男を信用した。

「明日も来る?」
男の誘いに、葵は「気が向いたらね」と照れ隠しのように返答した。

それから毎日葵はホテルのレストランで男とランチをしていた。

「ねえ、ここのランチ、予約すれば最上階のスウィートで食べられるって知ってる?」
食後のデザートとコーヒーが運ばれてくると男は葵を二人きりのランチに誘った。
「スウィートって、二人きりになるってことよね」
葵が警戒したように男に言葉を返した。
「やだなあ、警戒しないでよ。いくら葵さんが素敵でも下心はないから安心してよ。最上階スウィート、景色が最高だって友達に聞いたんだ」
男は無邪気な笑顔を葵に向けた。
「そ、そうよね」
自分ばかりが意識したのだと恥ずかしくなった葵が、赤面しながら俯いた。
「じゃあ、明日予約しておくね」
男が爽やかな笑顔で席を立った。

翌日、スウィートでランチをし、ご馳走様と席を立とうとすると、男は葵に抱きついた。

「なにするのよ」
葵が抵抗しようとするが、男の力には抗えない。
「一目ぼれなんだ。初めて葵さんを見た時から俺は恋に落ちたんです」
男は歯の浮く台詞を吐く。
「でも私には夫が」
口では男を拒むが、葵は本気で抵抗しようとはしなかった。
「知ってます。でも、ご主人とはこういうことしてないって言ってたじゃないですか。だったら俺が変わりになります。カズキって呼んで」
葵は最後まで抵抗らしい抵抗をしないままに男と肉体関係を結んだ。


「私、もう帰らないと」
男に腕枕をされ、二人でまどろんでいた葵が思い出したように起き上がった。
「葵さん情熱的で素敵だった。返したくない」
ワイシャツのみを着た男が甘えるように裸の葵を抱き締めた。
「困らせないで、カズキ」
満更でもないように葵が男の体を押し返した。
「また会ってくれるなら葵さんから離れる」
ヒカルに構ってもらえぬ寂しさが葵を狂わせた。葵は明日もこの部屋でカズキと会う約束をしてスィートを後にした。

葵が部屋を出てると、一人残るカズキが携帯を取り出して電話を掛けた。

「お疲れ様です、大杉さん。ちょろいっすね、簡単に落ちましたよ」
カズキが電話向こうの大杉に報告し始めた。
「明日も来るそうっす。最初は嫌がってる感じでしたけど、旦那に構ってもらってないせいか途中からはもっともっとってノリノリでしたよ。んじゃ、シャワーして戻ります」
通話を終えたカズキが着ていたワイシャツを脱いで目の前の鏡に背を向けた。
「やっぱりね」
カズキが背中の何かを確認して不快さを露にした。
「葵さんが魔女みたいな爪でしがみ付くから俺の竜が赤くなってんじゃん」
カズキの背には昇り竜の刺青があった。葵には子供の頃の大火傷があるからとワイシャツを脱がなかったのにはこう言う訳があったのだった。


葵がカズキと逢引を重ねて一月ほど経ったある日のこと。

「カズキの背中の傷、そんなにひどいの?」
最近、葵にこの質問を繰り返され、いつもははぐらかしていたカズキが、今日に限っては違っていた。
「そんなに気になる?」
いつものように事後もワイシャツを羽織るカズキの胸板を擦る葵に無邪気な笑顔を見せると、起き上がった。
「見たら驚くと思うよ」

ベッドサイドにカズキが立ち上がるとホテルの部屋のチャイムが鳴った。
「ナイスタイミング」
カズキが嬉しそうに呟いて、裸のままの葵を気にすることも無くドアを開けた。
「連絡しようと思ってたんすよ」
カズキが中に招き入れた男に話しかけた。裸の葵に顔色一つ変えぬ男は、葵を一瞥した後ドカッと椅子に座って足を組み、カズキに目配せをした。

「俺と裸で抱き合いたいって可愛いお願い、今から叶えてあげるね」
葵に背を向けたカズキがワイシャツを脱ぐと、葵が声にならない悲鳴を上げた。
「かっこいいでしょ、この昇り竜」
カズキが自慢げに笑って葵の元に近づいた。
「いや、来ないで」
葵が顔を青ざめながらシーツで体を隠して後ずさる。
「さっきはもう一回ってせがんだじゃん。良いよ、抱いたげる」
カズキが舌なめずりをするように葵に近づき、覆い被さった。
「いや、いや」
葵は手足をバタつかせ始めた。
「葵さん、せっかくの撮影なんだから美しく撮ってもらわなきゃ」
背後から抱きすくめられた葵の顔を椅子に座る男に向けさせた。
「いや、いやよ、やめて」
携帯を向けられ、撮影されている事を知った葵が顔を隠すようにシーツに蹲った。
「そんな事しても意味無いけどね」
カズキが葵を背後から貫き、葵の両腕を後ろに引いた。上体を持ち上げられた葵は抵抗もむなしく一樹のされるがままだった。
「このアングルの方が写りが良いかも」
カズキは、葵の膝裏を救い上げ局部を曝け出すと今までのセックスでもしたこともないような淫らな体位を携帯のカメラの前に晒した。足を閉じて阻もうとする葵の苦労も虚しくカズキにより開かれた葵の体は羞恥ですら快楽に飲み込まれ、自ら足を開き悦びの声を上げると言う痴態を曝け出す結果となった。


「あんたの傲慢な態度にえらく傷ついた人からの依頼でな、悪く思わないでくれ。
この動画は保険だ。あんたの浮気が旦那に知られたらどうなるだろうな。
知られたくなければこれからは家から一歩も外に出ずに大人しく暮らすことだ」
満足した体を抱きしめる葵に椅子に座っていた男が静かに葵に伝えて部屋を出て行った。
「ごめんね、葵さん。一目惚れなんて嘘。
初めから俺らのターゲットだったんだ。でも、散々楽しんだんたからお互い様だよね。女性は謙虚が一番だよ、じゃあね」
カズキも男の後をついて出て行った。

二人が部屋から出て行った後も、葵は屈辱と恐怖にシーツを握り締め震えていた。



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