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第二部
Ⅰ
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部屋の隅にはまだ開けていない段ボールが積まれていた。
午後の光が床を淡く照らして、二人の影を長く伸ばしている。
「……思ったより、荷物多いですね」
苦笑いする俺の横で、迅さんが腕を組んでいる。
「少なく見積もってただろ」
「え、ばれてました?」
「俺の勘、けっこう当たるんだ」
「でも、この部屋、俺が使っちゃっていいんですか?」
迅さんのマンションに一緒に住むことになり、荷物を運んだ。
自分のアパートにあった大きな家具や家電は使わないだろうとリサイクルショップに引き取ってもらい、服とか本とか、そういうものを迅さんのマンションに運びこんだ。
迅さんのマンションの使ってない納戸みたいな部屋に俺の荷物を押し込んでいった。
あんまり自分の部屋にこもることはない気がするし、寝る時は迅さんの大きなベッドで寝るから、俺は狭い部屋でもいいかと思ってた。
それにしても、俺の読みははずれたみたいで、段ボールが予想以上。
このまま処分しちゃおうか、考えていた。
狭い部屋だけど、小さい窓があって、日が射している。
カーテンを開けて窓を開けると、外の空気が流れ込んできて、少しだけ新しい匂いがした。
「ここが……僕の部屋、になるんですね」
「うん。そうだ」
迅さんがさらりと言ってのける。
それからなんとか段ボールを全て開けて、部屋らしくなったとこでリビングへ行くと、迅さんはソファでコーヒーを飲んでいた。
俺も隣に座ると、迅さんはコーヒーメーカーから俺の分をカップにいれてくれた。
まるで昔から二人で暮らしていたような自然さだった。
買い物は近くのスーパーに出かけた。
二人で歩いていく。
迅さんは手際よく必要な物をカゴに入れていて、俺はお菓子売り場で足を止めた。
「迅さん、これ、俺、好きなんです。子どもの頃から」
そう言って見せた袋を、迅さんは一度受け取り、静かにカゴに入れた。
「知ってるよ。前に残業してるときに食べてるの見た」
「……えっ、そんなとこまで覚えてるんですか」
「覚えてるよ。直樹のことは、なんだって」
俺は頬が少し熱くなって、慌てて別の棚に視線を逃がした。
夕食は二人でとる。
手際のいい迅さんに、俺はまるで見習いのよう。
でも、味見のたびに迅さんが「美味いか」と口に運んでくれるから、
ちょっと恥ずかしくて、それだけで楽しくなった。
食後は二人で食器を片付けてソファに並んで座る。
窓の外はもう夜。
街の灯りが遠くでまたたいている。
「なんか、不思議ですね」
「何が」
「一緒にいるのに、お泊まりじゃなくて、迅さんの家にいるのが」
迅さんが少しだけ目を細めた。
「当たり前になるんだよ。これから」
「……そうですね。なんだか、嬉しいです」
沈黙。
ふと、肩にそっと何かが触れた。
見れば、迅さんの手。
ただそれだけのことなのに、心臓が痛いほど鳴った。
「直樹」
「はい」
「おかえり」
「……ただいま、迅さん」
二人の声が重なって、夜の静けさに溶けていった。
唇が重ねられ、俺は迅さんに体を委ねた。
カーテンの隙間から、やわらかな朝の光が差し込んでいた。
いつもの部屋のいつものベッドのはずなのに、空気が少し違く感じる。
キッチンから聞こえる音――包丁のリズム、湯のわく音、そして珈琲の香り。
俺はベッドの上でぼんやりと目を開けた。
隣にはもう迅さんの姿がない。
「……いつも通り、早いな」
呟きながら起き上がると、胸の奥が少しだけくすぐったい。
リビングに出ると、迅さんが白いシャツの袖をまくって立っていた。
「おはよう」
いつもの低い声。でも、いつもより少し柔らかい。
「おはようございます……」
まだ寝癖が残る髪を慌てて撫でながら、俺は迅さんの背中に頭を預けた。
「寝癖、ついてるぞ」
迅さんが俺の頭を撫でる。
そのまま、おはようのキスをして、俺は洗面台のほうに歩いていった。
あ、できてる……
洗面台から戻ってくると、朝食は完成していた。
食卓に並んでたのは、焼きたてのトーストとスクランブルエッグ、サラダ。
手際のよさはいつものことなのに、今日はそれが妙に嬉しく見えた。
「朝はいつも迅さんにやってもらって。ありがとうございます」
「まぁ、今日は“同居初日”だろ。記念日みたいなもんだ」
「記念日……」
その言葉に、頬がわずかに熱くなった。
「ちゃんと食べろよ。今日からは、毎朝こうだから」
「毎朝……って?」
「うん。毎朝、隣で“おはよう”って言えるんだ。悪くないだろ?」
カップを持つ手が止まる。
さっきみたいに、毎日おはようのキスもできるんだ……
照れ隠しのように僕は笑って、「悪くないです」とだけ答えた。
迅さんは満足そうに微笑んで、湯気の立つマグを指先で押しやった。
「慣れてきたら、直樹の得意料理も教えてくれ」
「得意料理なんて……」
「ないのか?……まぁいいじゃないか。焦がしても、俺が食べてやる」
直樹は少し肩をすくめて、「じゃあ、頑張って焦がさないように作ります」と返した。
食後、コーヒーの香りが残るリビングで、二人は短い沈黙を共有した。
時計の針の音だけがやさしく響く。
「……ほんとに、ここに住むんだなって、今さらですけど思ってます」
「実感、出てきた?」
「はい。でも、ちょっと緊張してます」
「なら、ゆっくり慣れていけばいい。時間はたっぷりあるから」
迅さんがそう言って、そっと俺の髪を撫でた。
その仕草が、あまりにも自然で、
俺は何も言えず、ただ小さく「はい」と呟いた。
そのまま、二人の朝は穏やかに続いていった。
まるで、この部屋がずっと前から“ふたりの家”だったかのように。
午後の光が床を淡く照らして、二人の影を長く伸ばしている。
「……思ったより、荷物多いですね」
苦笑いする俺の横で、迅さんが腕を組んでいる。
「少なく見積もってただろ」
「え、ばれてました?」
「俺の勘、けっこう当たるんだ」
「でも、この部屋、俺が使っちゃっていいんですか?」
迅さんのマンションに一緒に住むことになり、荷物を運んだ。
自分のアパートにあった大きな家具や家電は使わないだろうとリサイクルショップに引き取ってもらい、服とか本とか、そういうものを迅さんのマンションに運びこんだ。
迅さんのマンションの使ってない納戸みたいな部屋に俺の荷物を押し込んでいった。
あんまり自分の部屋にこもることはない気がするし、寝る時は迅さんの大きなベッドで寝るから、俺は狭い部屋でもいいかと思ってた。
それにしても、俺の読みははずれたみたいで、段ボールが予想以上。
このまま処分しちゃおうか、考えていた。
狭い部屋だけど、小さい窓があって、日が射している。
カーテンを開けて窓を開けると、外の空気が流れ込んできて、少しだけ新しい匂いがした。
「ここが……僕の部屋、になるんですね」
「うん。そうだ」
迅さんがさらりと言ってのける。
それからなんとか段ボールを全て開けて、部屋らしくなったとこでリビングへ行くと、迅さんはソファでコーヒーを飲んでいた。
俺も隣に座ると、迅さんはコーヒーメーカーから俺の分をカップにいれてくれた。
まるで昔から二人で暮らしていたような自然さだった。
買い物は近くのスーパーに出かけた。
二人で歩いていく。
迅さんは手際よく必要な物をカゴに入れていて、俺はお菓子売り場で足を止めた。
「迅さん、これ、俺、好きなんです。子どもの頃から」
そう言って見せた袋を、迅さんは一度受け取り、静かにカゴに入れた。
「知ってるよ。前に残業してるときに食べてるの見た」
「……えっ、そんなとこまで覚えてるんですか」
「覚えてるよ。直樹のことは、なんだって」
俺は頬が少し熱くなって、慌てて別の棚に視線を逃がした。
夕食は二人でとる。
手際のいい迅さんに、俺はまるで見習いのよう。
でも、味見のたびに迅さんが「美味いか」と口に運んでくれるから、
ちょっと恥ずかしくて、それだけで楽しくなった。
食後は二人で食器を片付けてソファに並んで座る。
窓の外はもう夜。
街の灯りが遠くでまたたいている。
「なんか、不思議ですね」
「何が」
「一緒にいるのに、お泊まりじゃなくて、迅さんの家にいるのが」
迅さんが少しだけ目を細めた。
「当たり前になるんだよ。これから」
「……そうですね。なんだか、嬉しいです」
沈黙。
ふと、肩にそっと何かが触れた。
見れば、迅さんの手。
ただそれだけのことなのに、心臓が痛いほど鳴った。
「直樹」
「はい」
「おかえり」
「……ただいま、迅さん」
二人の声が重なって、夜の静けさに溶けていった。
唇が重ねられ、俺は迅さんに体を委ねた。
カーテンの隙間から、やわらかな朝の光が差し込んでいた。
いつもの部屋のいつものベッドのはずなのに、空気が少し違く感じる。
キッチンから聞こえる音――包丁のリズム、湯のわく音、そして珈琲の香り。
俺はベッドの上でぼんやりと目を開けた。
隣にはもう迅さんの姿がない。
「……いつも通り、早いな」
呟きながら起き上がると、胸の奥が少しだけくすぐったい。
リビングに出ると、迅さんが白いシャツの袖をまくって立っていた。
「おはよう」
いつもの低い声。でも、いつもより少し柔らかい。
「おはようございます……」
まだ寝癖が残る髪を慌てて撫でながら、俺は迅さんの背中に頭を預けた。
「寝癖、ついてるぞ」
迅さんが俺の頭を撫でる。
そのまま、おはようのキスをして、俺は洗面台のほうに歩いていった。
あ、できてる……
洗面台から戻ってくると、朝食は完成していた。
食卓に並んでたのは、焼きたてのトーストとスクランブルエッグ、サラダ。
手際のよさはいつものことなのに、今日はそれが妙に嬉しく見えた。
「朝はいつも迅さんにやってもらって。ありがとうございます」
「まぁ、今日は“同居初日”だろ。記念日みたいなもんだ」
「記念日……」
その言葉に、頬がわずかに熱くなった。
「ちゃんと食べろよ。今日からは、毎朝こうだから」
「毎朝……って?」
「うん。毎朝、隣で“おはよう”って言えるんだ。悪くないだろ?」
カップを持つ手が止まる。
さっきみたいに、毎日おはようのキスもできるんだ……
照れ隠しのように僕は笑って、「悪くないです」とだけ答えた。
迅さんは満足そうに微笑んで、湯気の立つマグを指先で押しやった。
「慣れてきたら、直樹の得意料理も教えてくれ」
「得意料理なんて……」
「ないのか?……まぁいいじゃないか。焦がしても、俺が食べてやる」
直樹は少し肩をすくめて、「じゃあ、頑張って焦がさないように作ります」と返した。
食後、コーヒーの香りが残るリビングで、二人は短い沈黙を共有した。
時計の針の音だけがやさしく響く。
「……ほんとに、ここに住むんだなって、今さらですけど思ってます」
「実感、出てきた?」
「はい。でも、ちょっと緊張してます」
「なら、ゆっくり慣れていけばいい。時間はたっぷりあるから」
迅さんがそう言って、そっと俺の髪を撫でた。
その仕草が、あまりにも自然で、
俺は何も言えず、ただ小さく「はい」と呟いた。
そのまま、二人の朝は穏やかに続いていった。
まるで、この部屋がずっと前から“ふたりの家”だったかのように。
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