無自覚オメガとオメガ嫌いの上司

蒼井梨音

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第二部

白鷹迅③

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「まあまあ、ようこそ!いらっしゃい!」
玄関を開けるなり、直樹のお母さんが弾む声をあげた。
エプロン姿、髪はまとめていて、おそらくいつもこんな感じなのだろう。
ただ、目がきらきらしている。

直樹にプロポーズして次の週末、俺たちは直樹の実家に来ていた。

「いつ会っても素敵! こんな素敵な人と結婚するなんて、直樹もやるわね!」

「母さん、落ち着いて……」
直樹が苦笑いしながら靴を脱ぐ。
俺は少しだけ戸惑いながらも、丁寧に頭を下げた。

「初めまして。白鷹迅と申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「いやだわ! そんな堅苦しいこと言わないで! うちなんて庶民なんだから!」
お義母さんはバシバシと俺の腕を軽く叩き、すぐさま台所に引っ込んでいった。

お義父さんはというと、リビングの座卓の横で湯呑を手に
「ほら、座って座って」と穏やかに笑う。
「大したもてなしはできないけど、うちの味噌汁はうまいよ」

その横で、直樹の大学生の弟の智樹が冷静な口調でつぶやいた。
「母さん、テンション高すぎ。……兄貴、あの人引いてない?」

「引いてないよ」俺は苦笑して答えた。
「むしろ、ありがたいです。にぎやかなのは、いいですね」

その言葉にお義父さんが目を細めた。
「そっか……にぎやか、か。君のところは、あまり、そうじゃなかったのかい?」

少しの沈黙のあと、俺は小さく首を振る。
「ええ、少し……静かすぎる家だったので」

「そっか」とお義父さんは柔らかく頷く。それ以上は聞かなかった。
その優しさに、胸の奥があたたかくなるのを感じた。

そこへ、台所からお義母さんの声が響く。
「はーい! ローストビーフできたよ! 迅さんはお肉好き? あとね、直樹の好きなグラタンもあるわよ」

「ありがとう、お母さん」
「直樹、好きでしょ?」
「……うん」
「ほら見て、直樹は素直で可愛いでしょ?」とお義母さんが得意げにウィンクしてきた。
俺は思わず笑ってしまい、
「はい。可愛いです」と口にして、
直樹が「ちょ、ちょっと!」と慌てて咳払い。

「兄貴、それ、完全に惚気だからな」と智樹が冷静に突っ込む。
お義母さんが「いいじゃない! 夫婦なんだから!」と笑って、
お義父さんが「まあまあ、乾杯しよう」と言って、食卓には笑い声が満ちていく。

食後はアルバムを持ち出してきて、直樹の幼稚園時代からの写真を次々と並べる。
砂まみれの笑顔、寝癖だらけの七五三、智樹と仲良く遊んでる写真。
俺は一枚一枚を丁寧に眺めていた。

「……大切に育てられたんですね」
「もちろんよ!」お義母さんが即答する。
「直樹は、いつも誰かを助けようとするの。優しすぎて、心配だったくらいよ。
でも、今は安心してるのよ。あなたみたいな人がそばにいてくれるなら」

その言葉に、俺はゆっくりと笑った。
胸の奥に、あたたかく、懐かしいような痛みが広がる。
——ああ、これが「家族」っていうものか。

直樹が横で
「母さん、また大げさなこと言って」と照れくさそうに笑いながら、
無意識のように俺の肩に寄りかかる。

その自然な仕草に、お義母さんがふと目を細めて、お義父さんも静かに頷いた。



街の灯が遠ざかり、窓の外には静かな夜が広がっていた。
直樹の実家を出て、しばらくは無言のままだった。
エンジンの低い音と、車内に流れる小さな音楽だけが、二人の間を満たしていた。

助手席の直樹は、満腹のせいか少し眠たそうに窓にもたれている。
頬がほんのり赤く、唇の端がゆるんでいた。

「……久しぶりだったけど、楽しかったな……」
ぽつりと直樹が呟く。

俺はハンドルを握りながら、短く笑った。
「そうだな。賑やかで、あったかい家だった」

「母さん、うるさかったでしょ?」
「いや。ああいうの、いいと思う」

信号で車が止まる。
街灯が差し込み、直樹の髪をやわらかく照らした。
その横顔を見ながら、言葉を探すように口を開く。

「……俺、あんなふうに家族で笑い合ったこと、なかったなぁ」
「うん」
「直樹の家族、見てたら、少し……羨ましいなって思った」

直樹が顔を上げる。
「羨ましい?」

「ああ。俺も、あんな家族の一員になれたらいいなって」
少し照れくさそうに笑った声は、ほんの少し震えていた。

直樹は、ゆっくりと俺の腕に手を伸ばした。
「……もうなってるよ」

「え?」

「だって、母さんも父さんも、弟も、みんな楽しそうだった。
迅さんがうちに来てくれて、僕もすごくうれしかった。
だからもう、家族だよ」

その言葉に、胸の奥がふっと熱くなる。
ハンドルを握る指先にまで、温度が伝わってくるようだった。

「……そうか」
短く返した声は、少し掠れていた。

直樹はそれに気づかず、のんびりした調子で続ける。
「それにさ、うちの母さん、ああ見えてちゃんと人を見るんだよ。
“この人なら大丈夫”って思わないと、あんなふうに笑わないから」
「そうなのか」
「うん。だから、母さんも僕の家族も迅さんのこと、大好きになってると思うよ」

直樹はそう言って、無邪気に笑った。
その笑顔を見つめながら、俺は静かに息を吐く。
——ああ、やっぱり。
この人と出会えてよかった。
この人と、ーー直樹と、なら、ずっと生きていける。

信号が青に変わる。
車が滑るように走り出し、夜風が窓の外を流れていく。

助手席では、直樹が小さくあくびをして、頭をシートに預けた。

「ちょっとだけ……ねむい」

その声があまりにも甘くて、思わず笑った。
そっと左手を伸ばし、直樹の手の甲を指でなぞる。

「おやすみ、直樹」

その声は、これまでのどんな夜よりも、優しかった。

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