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第二部
ⅩⅢ
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そして迎えたある日、迅さんと二人で区役所へ向かう。
俺は少し緊張した表情で手を握り返す。
「迅さん……緊張します……」
「大丈夫、俺が隣にいる」
手を握ったまま、笑い合う二人。
窓口で婚姻届を提出すると、
職員が「受理されました」と微笑んでくれた。
俺たち二人は顔を見合わせ、静かに笑う。
「これで、正式に家族になったな」
「はい……ずっと一緒にいられるんですね」
迅さんはそっと俺を抱き寄せ、唇を重ねる。
「ずっと一緒だ……絶対に、離さない」
俺は満面の笑みで頬を赤く染め、安心しきった小さな声で答える。
「はい……大好きです、迅さん」
都内の霊園は、よく晴れていた。
木々の葉が風に揺れ、午後の陽射しが墓石を白く照らしている。
迅さんは手に白い花束を持ち、静かに立ち止まった。
「……ばあちゃん、久しぶりだな」
墓前に花を供え、線香に火を灯す。
細い煙がゆっくりと空へ昇っていく。
その揺れる灰色を見つめながら、
迅さんが墓前に話しかける。
「俺、結婚したよ」
「……え?」と俺が顔を上げる。
迅さんは少し照れくさそうに笑った。
「ばあちゃんに報告、しとかないとって思って」
「相手は、こいつ」
そう言って隣にいる俺に視線を向ける。
俺は静かに手を合わせて、目を閉じたまま笑った。
「……ばあちゃんが生きてたら、きっと驚くだろうな」
「うん。でも喜ぶと思うよ」
「そうかな」
「うん。迅さんが幸せそうだから」
そう言うと、迅さんは優しい表情で俺を見る。
いつも通りの調子で言うくせに、
どこまでもまっすぐで、温かい。
——ああ、俺は直樹に救われてる。
そんな思いが、迅さんの中に静かに染みていった。
墓前にもう一度頭を下げ、二人で霊園をあとにした。
車を少し走らせて、迅さんはわざと遠回りをする。
車窓に映る街並みが少しずつ古くなっていく。
やがて見えてきたのは、白い門扉の家。
「……ここ、俺の育った家」
窓越しに外を見ると、そにこは古びた木の塀、閉ざされたカーテン。
門には“売却済み”の札がぶら下がっている。
「もう、誰もいないけどな」
パーキングに車を止め、少し周辺を歩く。
アスファルトの上には落ち葉が積もり、どこか懐かしい匂いがした。
「ばあちゃんと、よくこの道を歩いたんだ」
「へえ」
「夕方になると、商店街でコロッケを買って。
“まだ熱いから待ちなさい”って言われても、俺、待てなくてさ」
思わず笑う。
懐かしさと、ほんの少しの寂しさが混じった声だった。
「そっか」
俺はそれだけ言った。
けれど、やさしい気分がして、それだけで十分だった。
俺がそっと腕を絡める。
「……ねえ、迅さん」
「ん?」
「おばあさん、きっと喜んでるよ。
だって迅さん、今、すごくいい顔してるから」
迅さんは目を潤ませていて、
「……直樹」
「うん?」
「俺、あの家を出てからずっと一人だった。
でも、もう違う」
俺が笑う。
「そりゃそうだよ。俺がいるもん」
そう言って、当たり前のように寄り添った。
迅さんが嬉しそうに、俺の肩を抱いた。
風が吹いて、木の葉がひらひらと舞う。
二人で、そのまましばらく黙って立っていた。
遠くで、車の音がして、どこかで子どもの笑い声がした。
迅さんはそっと手を伸ばしてきて、俺の指を握った。
温もりが確かに返ってくる。
二人で家に帰った。
夕方のリビング。
いつものソファ。
でも、今日だけは空気が違う。
婚姻届の受理証明書が、テーブルの上に置かれている。
二人の名前が並ぶそれが、現実だと静かに告げていた。
ソファに座る俺は、頬がほんのり赤いまま、
ぼんやり証明書を見ている。
「……ねえ、迅さん」
「ん?」
「ほんとに、夫婦になっちゃいましたね……」
夢見るみたいな声。
足先が照れ隠しみたいにぱたぱた揺れている。
迅さんは笑って、腕を引いて俺を膝の上へ。
自然に腰に手を回す。
「“なっちゃいました”じゃないだろ。
“なったんだ”」
「……ふふ。そうですね」
俺は目の前の迅さんに恥ずかしそうに、くすぐったそうに笑いながら、胸元に額を預けた。
肩越しから差し込む柔らかい夕陽が、二人だけを照らす。
しばらく、ただ静かに抱き合っていた。
「これからも、帰って来てくれるんですよね」
こつん、と額を合わせて見上げる。
その瞳は、安心とちょっとした不安の揺らぎ。
迅さんは指で頬を撫で、優しく頷いた。
「帰るに決まってるだろ。
家はここだ。直樹のところだ」
「……っ」
目がうるんで、ぎゅっとしがみつく。
「……じゃあ、いっぱい甘えても、いいですか」
「結婚したんだから当然だろ」
頬に、ゆっくりキスがおちてくる。
鼻先、まぶた、頬──そして唇。
軽く触れて、離れて、また触れる。
柔らかい、何度も重ねたくなるキス。
「……夫婦って、すごいですね」
「何が?」
「キスするたび、幸せの更新される感じします……」
「じゃあ、一生更新してやる」
照れながら笑って、胸に顔を埋める。
俺は耳まで真っ赤で、迅さんは顔を緩めた。
「ねえ、迅さん」
「ん?」
「今日……手、繋いで寝てください」
「もう夫婦なのに、手だけでいいのか?」
茶化す声。
俺は慌てて、でも笑いながら、
「……まずは、夫婦の、手つなぎ記念日です」
「はいはい。甘えんぼさん」
肩を抱いて、ぎゅっと抱き寄せる。
窓の外では街灯が灯り始め、
家の中には、二人の心音と小さな幸せだけが満ちていった。
(完)
※明日からは第三部として、結婚式編を続けます。どうぞお読みください。
俺は少し緊張した表情で手を握り返す。
「迅さん……緊張します……」
「大丈夫、俺が隣にいる」
手を握ったまま、笑い合う二人。
窓口で婚姻届を提出すると、
職員が「受理されました」と微笑んでくれた。
俺たち二人は顔を見合わせ、静かに笑う。
「これで、正式に家族になったな」
「はい……ずっと一緒にいられるんですね」
迅さんはそっと俺を抱き寄せ、唇を重ねる。
「ずっと一緒だ……絶対に、離さない」
俺は満面の笑みで頬を赤く染め、安心しきった小さな声で答える。
「はい……大好きです、迅さん」
都内の霊園は、よく晴れていた。
木々の葉が風に揺れ、午後の陽射しが墓石を白く照らしている。
迅さんは手に白い花束を持ち、静かに立ち止まった。
「……ばあちゃん、久しぶりだな」
墓前に花を供え、線香に火を灯す。
細い煙がゆっくりと空へ昇っていく。
その揺れる灰色を見つめながら、
迅さんが墓前に話しかける。
「俺、結婚したよ」
「……え?」と俺が顔を上げる。
迅さんは少し照れくさそうに笑った。
「ばあちゃんに報告、しとかないとって思って」
「相手は、こいつ」
そう言って隣にいる俺に視線を向ける。
俺は静かに手を合わせて、目を閉じたまま笑った。
「……ばあちゃんが生きてたら、きっと驚くだろうな」
「うん。でも喜ぶと思うよ」
「そうかな」
「うん。迅さんが幸せそうだから」
そう言うと、迅さんは優しい表情で俺を見る。
いつも通りの調子で言うくせに、
どこまでもまっすぐで、温かい。
——ああ、俺は直樹に救われてる。
そんな思いが、迅さんの中に静かに染みていった。
墓前にもう一度頭を下げ、二人で霊園をあとにした。
車を少し走らせて、迅さんはわざと遠回りをする。
車窓に映る街並みが少しずつ古くなっていく。
やがて見えてきたのは、白い門扉の家。
「……ここ、俺の育った家」
窓越しに外を見ると、そにこは古びた木の塀、閉ざされたカーテン。
門には“売却済み”の札がぶら下がっている。
「もう、誰もいないけどな」
パーキングに車を止め、少し周辺を歩く。
アスファルトの上には落ち葉が積もり、どこか懐かしい匂いがした。
「ばあちゃんと、よくこの道を歩いたんだ」
「へえ」
「夕方になると、商店街でコロッケを買って。
“まだ熱いから待ちなさい”って言われても、俺、待てなくてさ」
思わず笑う。
懐かしさと、ほんの少しの寂しさが混じった声だった。
「そっか」
俺はそれだけ言った。
けれど、やさしい気分がして、それだけで十分だった。
俺がそっと腕を絡める。
「……ねえ、迅さん」
「ん?」
「おばあさん、きっと喜んでるよ。
だって迅さん、今、すごくいい顔してるから」
迅さんは目を潤ませていて、
「……直樹」
「うん?」
「俺、あの家を出てからずっと一人だった。
でも、もう違う」
俺が笑う。
「そりゃそうだよ。俺がいるもん」
そう言って、当たり前のように寄り添った。
迅さんが嬉しそうに、俺の肩を抱いた。
風が吹いて、木の葉がひらひらと舞う。
二人で、そのまましばらく黙って立っていた。
遠くで、車の音がして、どこかで子どもの笑い声がした。
迅さんはそっと手を伸ばしてきて、俺の指を握った。
温もりが確かに返ってくる。
二人で家に帰った。
夕方のリビング。
いつものソファ。
でも、今日だけは空気が違う。
婚姻届の受理証明書が、テーブルの上に置かれている。
二人の名前が並ぶそれが、現実だと静かに告げていた。
ソファに座る俺は、頬がほんのり赤いまま、
ぼんやり証明書を見ている。
「……ねえ、迅さん」
「ん?」
「ほんとに、夫婦になっちゃいましたね……」
夢見るみたいな声。
足先が照れ隠しみたいにぱたぱた揺れている。
迅さんは笑って、腕を引いて俺を膝の上へ。
自然に腰に手を回す。
「“なっちゃいました”じゃないだろ。
“なったんだ”」
「……ふふ。そうですね」
俺は目の前の迅さんに恥ずかしそうに、くすぐったそうに笑いながら、胸元に額を預けた。
肩越しから差し込む柔らかい夕陽が、二人だけを照らす。
しばらく、ただ静かに抱き合っていた。
「これからも、帰って来てくれるんですよね」
こつん、と額を合わせて見上げる。
その瞳は、安心とちょっとした不安の揺らぎ。
迅さんは指で頬を撫で、優しく頷いた。
「帰るに決まってるだろ。
家はここだ。直樹のところだ」
「……っ」
目がうるんで、ぎゅっとしがみつく。
「……じゃあ、いっぱい甘えても、いいですか」
「結婚したんだから当然だろ」
頬に、ゆっくりキスがおちてくる。
鼻先、まぶた、頬──そして唇。
軽く触れて、離れて、また触れる。
柔らかい、何度も重ねたくなるキス。
「……夫婦って、すごいですね」
「何が?」
「キスするたび、幸せの更新される感じします……」
「じゃあ、一生更新してやる」
照れながら笑って、胸に顔を埋める。
俺は耳まで真っ赤で、迅さんは顔を緩めた。
「ねえ、迅さん」
「ん?」
「今日……手、繋いで寝てください」
「もう夫婦なのに、手だけでいいのか?」
茶化す声。
俺は慌てて、でも笑いながら、
「……まずは、夫婦の、手つなぎ記念日です」
「はいはい。甘えんぼさん」
肩を抱いて、ぎゅっと抱き寄せる。
窓の外では街灯が灯り始め、
家の中には、二人の心音と小さな幸せだけが満ちていった。
(完)
※明日からは第三部として、結婚式編を続けます。どうぞお読みください。
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