無自覚オメガとオメガ嫌いの上司

蒼井梨音

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第三部

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結婚したって言ったら、大学時代の友だちがみんなで食事会しよう、て連絡がきた。
週末、出かけたいって迅さんに言ったら、少し心配そうな顔してたけど、いいよって送り出してくれた。

「終わったら連絡しろよな、迎えに行くから」

迅さんに、悪いからいいよって言ったけど、迎えに来てくれるって。
相変わらず、迅さんは優しい。


食事会はカジュアルな居酒屋で、俺が行くと、もうみんな集まってた。

「おーい! なおー! こっちこっち!」

声をかけられた瞬間、胸の奥が一気に懐かしさでいっぱいになった。
大学時代の陸上部の同期――もう社会人としてみんなそれぞれ忙しいのに、こうして集まってくれたのが嬉しい。

俺は陸上部で中距離を走ってた。
あんまり速くなかったけど、走ることは好きだったから続けてこれた。

「久しぶりー! なんか、なお全然変わってねぇな!」
「いや、変わったよ! なんか……キレイになった?」
「おい、そういうこと言うなって!」
「だってマジで思ったんだよ、肌ツヤすごくない?」

どっと笑い声が起きる。
昔からこの感じだ。ひたすらうるさくて、楽しくて、気がつくと笑ってる。
「いやー、俺、もう走れないわ」とか言いながら、ジョッキを傾ける。

「俺も全然走ってないなぁ……」
ソフトドリンクを飲みながら、頷く。
「でもさ、直樹のフォームはきれいだったよな」
「そうそう、コーチがいつも言ってたよな」
俺自身、そんなフォームなんて意識したことなかったけど、思えば言われてたかも。
そんなことよりタイムが縮まればよかったのに、てその頃は思ってたな。

「そういえばさ、結婚したんだって? マジかぁ、なおがなぁ……」
「どんな人? 写真とかある? 見せて見せて!」
「やめてよ~、恥ずかしいって……」

スマホを守るように両手で覆いながら、思わず笑ってしまう。
「すごく優しい人だよ。俺なんかにも、もったいないくらい」
そう言った瞬間、みんなが「お~」とからかうように声を上げた。
でもみんな、本気で嬉しそうにしてくれて、それがまた胸に沁みた。

「なおって、昔から頑固でさ。ベータだって言い張ってたよな」
「あー、あれ! 懐かしい!」
「だって言われるの嫌だったんだもん」と笑うと、
「まぁ、なおらしいよ」と肩を叩かれた。

グラスがいくつも空になり、話題は昔話に飛んでいく。
誰が最初に転んだとか、合宿の夜中にコーチに怒鳴られたとか。
あの頃のまま笑い合ってるのに、ふとした瞬間に、
みんなが少し大人びて見えた。きっと自分もそうだ。

「ここだけの話だけど、私、なおくんのこと好きだったなぁ」
マネージャーだった女の子が言った。
「……えっ」
俺がびっくりしてると、
「なおくんて、本当モテてたよね、全然本気にしてなかったけど、ね」
「そうそう、男女問わず、人気あったな」
みんなが頷いてる。
な、わけあるかーい、て顔してると、
「そんな直樹が結婚だもんな」
しみじみ言ってる。
「結婚式の写真、できたら見せろよな」
肩を叩かれる。
「あ、ああ、わかった」


帰り際、駅までの道を歩きながら、誰かが言った。
「また、走ろうぜ。今度はみんなで。無理のない距離でさ」

「うん、走りたいな」

俺は、そう答えたけど、心の中では別の人の顔を思い浮かべていた。
――迅さんと、一緒に。
夜風が頬を撫でる。
遠くで聞こえる笑い声の中、こっそりと笑った。
「……俺、幸せだな」

駅まで歩いていくと、迅さんが迎えに来てくれてた。
なんとなく会いたかったから、笑顔がこぼれる。
 
「なお、大事にされてんじゃん」

仲間に見送られて、俺は迅さんの車に乗った。


別な日。
居酒屋の掘りごたつ席。
湯気の立つ鍋を囲んで、三人の時間がゆるやかに流れていた。

俺が、舟形先輩にちゃんと報告したい、て言ったので食事会が開かれた。
舟形先輩は、久しぶりの白鷹課長にちょっと緊張ぎみみたい。


「そういえば、あのプロジェクト、無事終わりましたよ、けっこう評価よかったよ」

舟形先輩がグラスを置きながら、にこっと笑った。
「白鷹課長の頃に始まったやつ。なんだかんだで、やっと一区切りです」

「そうか。懐かしいな……。俺は途中で抜けちまったから申し訳なかったな」
迅さんが懐かしそうに目を細める。
「舟形、おまえも、ずいぶん苦労したろう」

「まぁ、課長に鍛えられたおかげで、何とか、ですかね」
舟形先輩が笑い、俺が嬉しそうに頷いた。

「俺は、舟形先輩にいっぱい助けてもらいました」
「おう、ちゃんと頑張ってるよな、直樹は。
相変わらず一生懸命で、みんなに可愛がられてるか」

「そ、そんな……! みんな優しいだけですよ」
俺が慌てて手を振ると、二人はそろって笑った。

「そういや、桐島課長は、どうだ?」
迅さんが、何気なく尋ねる。

舟形先輩は一瞬、目を泳がせてから、苦笑まじりに答えた。
「……まぁ、相変わらず元気ですよ。
でも、直樹が入籍してからは、さすがにちょっと遠慮してるみたいです」

「え、えっ……? え、遠慮って……?」
俺が困惑顔で見上げると、舟形先輩が肩をすくめた。

「ほら、ちょっと前まで、セクハラっぽい冗談とか多かったろ?
最近は“人妻には手ぇ出せねぇな”って、ぼやいてたよ」

「ひ、人妻!? ぼ、僕、男ですけど!?」
「まぁまぁ」
迅さんが苦笑しながら、直樹のグラスにそっと水を注いだ。
「呼び方なんてどうでもいい。ちゃんと“誰かの大切な人”になったってことだ」

その言葉に、一瞬きょとんとして、それから顔を真っ赤に染めた。

「……はい」
小さく、でも確かな声で頷く。

舟形先輩はその様子に、優しく笑ってうなずいた。
「直樹、いい顔してんな。仕事も私生活も、絶好調じゃん」

「うん……ほんとに、毎日が幸せすぎて。やばいです」

俺の言葉に、迅さんは静かに微笑む。
その笑顔を見て、舟形先輩はグラスを軽く掲げた。

「じゃあ、結婚式に乾杯だな」

「はいっ!」
「……乾杯」

グラスが軽く触れ合う音が、柔らかく響いた。
その瞬間、三人の間に流れた空気は、仕事仲間でも上司と部下でもなく――
ただ“信頼と祝福”の色をしていた。



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