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第四部
Ⅴ
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資料をめくる手が重なり、ふと指先が触れた。
「あ……すみません」
思わず顔を上げ、赤くなる。
天城さんは軽く手を引き、失礼、とだけ言い、すぐに資料に目を落とす。
その淡々とした態度に、心臓はますます速くなる。
(……ただの偶然なのに……なんでこんなにドキドキするんだろう)
「では、次の項目ですが」
天城さんは資料を指さし、淡々と解説を続ける。
でも、その声のトーンや一瞬の視線に、微妙に胸がざわつく。
「白鷹さん、君とずっとこうやって仕事していたいなあ」
その一言は、表面上は仕事の延長に聞こえるが、俺の心には直球で刺さる。
資料に目を落としても、耳からその声が離れない。
(……え、今の……冗談?本気?)
必死に自分を落ち着かせようとする。
「仕事だから……これは仕事の会話……」
手元のペンを強く握り、視線を資料に戻す。
でも胸の奥の高鳴りは、抑えられない。
天城さんは何事もなかったかのように資料をめくる。
でも、俺の心にはしっかりと
「君とずっとこうやって」という言葉が残り、次のページを開く手が、少しだけ震えてしまった。
報告書の確認もようやく一段落ついたころ、天城さんが穏やかに言った。
「……だいぶ進みましたね。もう、今日はここまでにしましょうか」
俺は安堵して、小さく笑う。
「はい。ありがとうございました、課長。あ、いえ、天城さん」
呼び方を間違えて、慌てて言い直す。
天城さんは口元だけで微笑んでいる。
「もう仕事は終わりですよ。……君の課長になるのも悪くないですがね」
そんな軽いやりとりのあと、天城さんが自然な流れで提案した。
「こんな時間ですし、軽く食事でもどうです?
この近くに静かな店があるんです」
「えっ、でも……」
「お礼ですよ。今日もずいぶん助けてもらいましたから」
そう言われると断りづらい。
結局、俺と天城さんは二人で。店へ向かった。
静かな照明のもとで、ワインと軽い料理が並ぶ。
俺はほとんどお酒を飲まない。
飲んでないけど、少し頬を赤くして、天城さんの話を聞いていた。
「仕事はどうですか」
「あ、はい。まだ、いろいろ勉強中です」
「そう言う割に、ずいぶん頼られてますよ。
あの会議でも、あなたの資料が一番わかりやすかった」
「そ、そんなこと……」
素直に受け止められず、俺は視線を落とす。
けれど、天城さんの声にはわずかに柔らかい熱が混じっていて、褒め言葉以上の響きを帯びていた。
「前から思ってたんですよ。あなたの丁寧さって、すごく……惹かれる」
「えっ……」
唐突に言葉が止まる。
俺は固まってしまい、慌てて視線を逸らした。
「す、すみません、俺、……」
「無理しなくていいですよ。……でも、緊張している君も、悪くない」
食事のあと、会計を済ませ、立ち上がろうとしたとき、緊張して疲れたのか、足元がふらつく。
とっさに天城さんが支える。
「大丈夫ですか」
その声は柔らかい。
だが、腕の力が強すぎる。離れない。
俺は顔を上げようとして――息を飲む。
天城さんの視線が、冷たく、熱く、どこか獲物を見定めるようだった。
「……君って、本当に可愛いね」
耳元で低く囁かれ、息がかかる。
肩口に触れる手が、滑るように背中へ回る。
「……っ、やめ――」
怖い。違う。これは――。
俺は半ば反射的に天城さんを押しのけて店を飛び出した。
呼び止める声が背中を追ってきたが、振り返れない。
心臓が痛いほど鳴って、涙が出そうになった。
息を切らしながら、無意識に、迅さんのいる家に急いだ。
玄関のドアを開けると、
迅さんがちょうどリビングから出てきた。
「……直樹? おかえり」
穏やかな声。
けれど、その声に返事をする余裕もなかった。
俺は息を荒げて、俯いたまま立ち尽くす。
指先が震えている。
いつもならすぐに「ただいま」と笑えるのに。
「どうした?」
迅さんが一歩近づく。
その瞬間、俺の身体がびくりと跳ねた。
その反応に、迅さんの表情がわずかに変わる。
迅さんも気づいたんだろう。
近づくのをためらいながらも、ふと香るアルファの匂い――自分ではない誰かの。
迅さんは何も言わなかった。
ただ、そっと腕を伸ばし、震える肩を包み込むように抱き寄せた。
「……大丈夫だよ。俺がいる」
低く落ち着いた声が、耳元で響く。
俺は堰を切ったように泣き出した。
「……ごめんなさい……っ、怖くて……っ」
うまく言葉にならない。
息が乱れて、喉の奥が詰まる。
迅さんはただ、背中を優しく撫で続ける。
「もう、いい。何も言わなくていい」
その言葉に、俺は力が少しずつ抜けていった。
迅さんの胸の匂い。
温かくて、懐かしくて。
――ああ、ここが僕の場所だ。
心の奥でそう思った瞬間、ようやく息を整え、震える声で小さくつぶやいた。
「……迅さん……抱きしめて、ください……」
迅さんは答えの代わりに、
俺の身体をもう一度、強く抱きしめた。
「あ……すみません」
思わず顔を上げ、赤くなる。
天城さんは軽く手を引き、失礼、とだけ言い、すぐに資料に目を落とす。
その淡々とした態度に、心臓はますます速くなる。
(……ただの偶然なのに……なんでこんなにドキドキするんだろう)
「では、次の項目ですが」
天城さんは資料を指さし、淡々と解説を続ける。
でも、その声のトーンや一瞬の視線に、微妙に胸がざわつく。
「白鷹さん、君とずっとこうやって仕事していたいなあ」
その一言は、表面上は仕事の延長に聞こえるが、俺の心には直球で刺さる。
資料に目を落としても、耳からその声が離れない。
(……え、今の……冗談?本気?)
必死に自分を落ち着かせようとする。
「仕事だから……これは仕事の会話……」
手元のペンを強く握り、視線を資料に戻す。
でも胸の奥の高鳴りは、抑えられない。
天城さんは何事もなかったかのように資料をめくる。
でも、俺の心にはしっかりと
「君とずっとこうやって」という言葉が残り、次のページを開く手が、少しだけ震えてしまった。
報告書の確認もようやく一段落ついたころ、天城さんが穏やかに言った。
「……だいぶ進みましたね。もう、今日はここまでにしましょうか」
俺は安堵して、小さく笑う。
「はい。ありがとうございました、課長。あ、いえ、天城さん」
呼び方を間違えて、慌てて言い直す。
天城さんは口元だけで微笑んでいる。
「もう仕事は終わりですよ。……君の課長になるのも悪くないですがね」
そんな軽いやりとりのあと、天城さんが自然な流れで提案した。
「こんな時間ですし、軽く食事でもどうです?
この近くに静かな店があるんです」
「えっ、でも……」
「お礼ですよ。今日もずいぶん助けてもらいましたから」
そう言われると断りづらい。
結局、俺と天城さんは二人で。店へ向かった。
静かな照明のもとで、ワインと軽い料理が並ぶ。
俺はほとんどお酒を飲まない。
飲んでないけど、少し頬を赤くして、天城さんの話を聞いていた。
「仕事はどうですか」
「あ、はい。まだ、いろいろ勉強中です」
「そう言う割に、ずいぶん頼られてますよ。
あの会議でも、あなたの資料が一番わかりやすかった」
「そ、そんなこと……」
素直に受け止められず、俺は視線を落とす。
けれど、天城さんの声にはわずかに柔らかい熱が混じっていて、褒め言葉以上の響きを帯びていた。
「前から思ってたんですよ。あなたの丁寧さって、すごく……惹かれる」
「えっ……」
唐突に言葉が止まる。
俺は固まってしまい、慌てて視線を逸らした。
「す、すみません、俺、……」
「無理しなくていいですよ。……でも、緊張している君も、悪くない」
食事のあと、会計を済ませ、立ち上がろうとしたとき、緊張して疲れたのか、足元がふらつく。
とっさに天城さんが支える。
「大丈夫ですか」
その声は柔らかい。
だが、腕の力が強すぎる。離れない。
俺は顔を上げようとして――息を飲む。
天城さんの視線が、冷たく、熱く、どこか獲物を見定めるようだった。
「……君って、本当に可愛いね」
耳元で低く囁かれ、息がかかる。
肩口に触れる手が、滑るように背中へ回る。
「……っ、やめ――」
怖い。違う。これは――。
俺は半ば反射的に天城さんを押しのけて店を飛び出した。
呼び止める声が背中を追ってきたが、振り返れない。
心臓が痛いほど鳴って、涙が出そうになった。
息を切らしながら、無意識に、迅さんのいる家に急いだ。
玄関のドアを開けると、
迅さんがちょうどリビングから出てきた。
「……直樹? おかえり」
穏やかな声。
けれど、その声に返事をする余裕もなかった。
俺は息を荒げて、俯いたまま立ち尽くす。
指先が震えている。
いつもならすぐに「ただいま」と笑えるのに。
「どうした?」
迅さんが一歩近づく。
その瞬間、俺の身体がびくりと跳ねた。
その反応に、迅さんの表情がわずかに変わる。
迅さんも気づいたんだろう。
近づくのをためらいながらも、ふと香るアルファの匂い――自分ではない誰かの。
迅さんは何も言わなかった。
ただ、そっと腕を伸ばし、震える肩を包み込むように抱き寄せた。
「……大丈夫だよ。俺がいる」
低く落ち着いた声が、耳元で響く。
俺は堰を切ったように泣き出した。
「……ごめんなさい……っ、怖くて……っ」
うまく言葉にならない。
息が乱れて、喉の奥が詰まる。
迅さんはただ、背中を優しく撫で続ける。
「もう、いい。何も言わなくていい」
その言葉に、俺は力が少しずつ抜けていった。
迅さんの胸の匂い。
温かくて、懐かしくて。
――ああ、ここが僕の場所だ。
心の奥でそう思った瞬間、ようやく息を整え、震える声で小さくつぶやいた。
「……迅さん……抱きしめて、ください……」
迅さんは答えの代わりに、
俺の身体をもう一度、強く抱きしめた。
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