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44.逃げ出したリュカ
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その日は、ゼファールが仕事で、王宮から城下に出ていくと聞いた。
出発前、リュカは、ついていきたいと、ゼファールの元まで行くが、見えない壁があって、弾かれてしまった。
そうっと近づいてみたり、勢いよく突進してみたり。
でもゼファールが見えてくると、そこに透明なバリアが現れる。
叩いても何しても壊れなくて、ゼファールがリュカを、拒絶しまったリュカを許してくれないみたいだった。
リュカには、ゼファールに触れなれないようにイグナーツからさらなる魔術がかけられていた。
リュカはゼファールに拒絶されたと感じ、悲しくなりその場から逃げるように、一緒にいた従者を置いて、アルドの部屋に向かった。
早くここから逃げたかったから。
リュカは、王宮の中を一人で彷徨っていた。
一人で、歩いていると、イグナーツが前から歩いてきた。
「ゼファは冷たいね。
王宮に居づらいなら、君はもう森に帰った方がいいんじゃない」
イグナーツは通りすがりに、そうリュカに声をかけると、立ち去っていく。
いつものような笑みを崩さぬまま。
リュカは自分が拒まれていることを感じていた。
それは、邪魔だから。
ゼファールに嫌な感じを感じてしまったから。
――僕はここにいちゃいけないのかな……。
そして、リュカはアルドやカリオンたちから離れるように、1人で、王宮から抜け出していた。
♢♢
ゼファールが城下へ出るから、見送りにでも行ってるから遅くなるとは思っていたが、アルドは、なかなかリュカが部屋に来ないと感じていた。
カリオンはゼファールと城下に出ているので、リュカは誰とどうしているのか。
アルドは、心配になってきた。
ルーシアやミレーニアなのか?
アルドは広げていた書類の束をまとめると、部屋の外に出た。
城内を歩いて、リュカの気配を探るが、見つからない。
リュカについていた従者によると、リュカとは朝のうちにはぐれてしまったのでアルドの所にいるだろう、と、無責任じゃないのか?
アルドは舌打ちすると、リュカがいなくなったことをすぐにゼファに知らせた。
♢♢
リュカは森の匂いをたよりに街を進んで行った。
街のはずれにつくと、オオカミの姿になろうとしたが、うまく獣化できなかった。
早く走りたかったけど、下半身はヒト型のままで、これなら目立つので元に戻す。
何かの術がかかっているのか、このところ獣化がスムーズにいかない。
それでも森を走るのは少しだけ、開放感があった。
踏みつける枝の音や木々の葉の擦れる音とか、木漏れ日とか。
……そんな、はずなのに。
胸の奥が、ずっと重い。
(どうして……)
鼻は正確に森の匂いを拾っている。
苔、湿った土、遠くの獣の気配。
懐かしいはずの匂いなのに、心は少しも落ち着かなかった。
(ゼファ……)
名前を思い浮かべると、胸がきゅっとなった。
触れようとした時に感じた、あの嫌な違和感。
拒まれるような、突き放されるような感覚。
(僕が……邪魔だったのかな)
足を止め、リュカは木の根元に蹲る。
耳を伏せ、尾を垂らす。
……疲れた。
ゼファールは何も言わなかった。
もしかしたらゼファールに嫌悪感を持ってしまうリュカに対する優しさだったのか……。
理由も、説明もないまま、距離だけができていった。
「……」
低く、かすれた鳴き声が喉からこぼれた。
森の奥から、別の匂いが流れてくる。
血。
腐肉。
魔力の混じった、嫌な臭い。
リュカは顔を上げた。
(……ここは、来ちゃ、だめな場所だ)
本能が告げている。
ここは、辺境でも王都近郊でもない。
古い魔物が棲む、境界の森。
それでも、足は止まらなかった。
(森に帰るだけ……帰るだけだから)
そう思い込もうとして、一歩、また一歩。
――その瞬間。
「……あっ!」
ぬかるんだ地面が、足を捉われ、リュカは転倒した。
低い唸り声。
闇の中で、複数の赤い目が瞬いた。
魔物。
リュカは必死に身体を起こそうとするが、うまく動かない。
ゼファールにかけられていたはずの守りは、まだ歪んだまま残っていて、僕の中に渦巻いていた。
(……あれ)
急に、胸が熱くなってきた。
怖い。
苦しい。
でも――
(……会いたい)
拒まれたと思ったはずのゼファの顔が、はっきり浮かんだ。
あの声。
あの手。
自分を抱き上げる時の、少し不器用な優しさ。
(……行かないで、って)
言えなかった言葉。
魔物が距離を詰める。
牙が光る。
♢♢
ゼファールはアルドからしらせをうけると、リュカの気配を探した。
――辺境に戻っているのか?
しかし、少し方向がずれているようだな。
まさか、恐悪な魔物のいる森へ行ったか?
ゼファールの中で何かが切れた。
「……どこへ行った?」
声は静かだったが、指先がわずかに震えているのを、カリオンは見逃さなかった。
「ゼファ様、ここはもう私たちにお任せください」
カリオンが言うと、ゼファールはまたブツブツ呟いた。
あそこは、古い魔物の縄張り。
人も獣も、寄れば喰われる。
(……なんで、そっちへ)
問いはすぐに答えに変わる。
――俺から、離れようとしたんだ、な。
胸が締めつけられる。
あの時、城下へ出ようとした時。
リュカが弾かれた、あの結界。
(……イグナーツ)
怒りが、遅れて込み上げてくる。
だが今はそれどころじゃない。
「行ってくる」
マントを掴み、ゼファールは駆け出した。
リュカの逃げ込んだ森はゼファールのいた城下とは逆方向だったが、黒飛竜を呼びよせ一気に飛び立った。
風の音、葉の擦れる音、一目散に森へ向かった。
かすかに残るリュカの魔力の匂いをたよりに。
(まだ、間に合う)
ゼファールは必死に気配を追った。
けれど――
「……薄い」
鼻が利くのはリュカだけじゃない。
だがしかし、相手はオオカミだ。しかも恐怖と混乱の中で走っている。
(俺が……俺が、追い詰めたから)
城で距離を取ったこと。
触れようとしなかったこと。
守るためだと、自分に言い訳していた。
でも。
(拒んでいるように、見えたよな……)
リュカは、まだ子どもだ。
理由を知らされず、触れられず、目を逸らされて――
それをどう受け取るかなんて、考えなくてもわかる。
胸の奥が、ひどく痛んだ。
(……俺は、何をしてる)
守るつもりで、傷つけて。
危険から遠ざけるつもりで、孤独に追いやって。
――それでも、失うよりはいいと、思っていた。
(違う)
今は、はっきりとわかる。
(失うくらいなら……傷ついてでも、側にいてほしかった)
気づくのが、遅すぎたな。
リュカの匂いが強くなり、森に降りたつと、低い唸り声が、奥から聞こえてきた。
ゼファールは足を止め、剣に手をかける。
(……来てる)
魔物だ。
しかも、複数。
その瞬間、遠くで――
悲鳴が、短く響いた。
「リュカ!!」
理性が吹き飛ぶ。
ゼファは結界も気配も無視して、森の奥へと突っ込んだ。
⸻
血の匂い。
そして――
月明かりの下、地に伏すリュカ。
「……っ」
息が止まりかける。
リュカは、何かに足を捉えられた中、必死に立ち上がろうとしていた。
だが足がもつれ、再び倒れる。
その前に、魔物の影。
「リュカッ!!」
結界も、術式も、もはや関係ない。
ただ、壊すのみ。
ゼファールが剣を振うと、魔物が弾き飛ばされ、森に沈黙が戻る。
「……っ、よかった……間に合った……」
ゼファの声は、震えていた。
リュカは、無意識に顔をすり寄せる。
次の瞬間、魔物たちの出す魔力の糸が断ち切られ、強い腕がリュカの身体を抱き上げた。
触れた瞬間の、あの嫌な違和感はない。
代わりに、胸の奥が――じんわりと、あたたかくなる。
ゼファールは駆け寄り、迷わずリュカを抱き寄せた。
「……っ、よかった……間に合った……」
ゼファールの声は、震えていた。
「……リュカ……」
腕の中で、リュカが小さく震えた。
一瞬、また弾かれるかと思った。
嫌な感覚が走る。
――それでも。
ゼファールは、離さなかった。
「……ごめんな」
声が、掠れる。
「俺が……俺が悪かったな」
リュカの頭でオオカミの耳が、ぴくりと動く。
「守るつもりで……遠ざけた。でも、それは言い訳だな」
リュカを抱え込んで、そのままゼファは続けた。
「俺は……怖かったんだ。お前を失うのが」
喉が、熱くなる。
「……もう、無理だな」
震える声で、はっきり言う。
「リュカがいない世界なんて、考えられない」
腕の中で、リュカの体温が、少しだけ上がった。
(……ああ)
この感情に、名前をつけるなら。
(これは……)
ようやく、ゼファールは認めた。
「……愛してる」
呟きは、空に溶けた。
リュカが、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳が、ゼファールを映す。
拒絶の気配は、なかった。
ただ――
戸惑いと、かすかな安堵。
ゼファールは、そっと額を寄せる。
「帰ろう。……一緒に」
日が暮れていく。
けれど――
二人が離れたままの夜は、もう終わりだった。
出発前、リュカは、ついていきたいと、ゼファールの元まで行くが、見えない壁があって、弾かれてしまった。
そうっと近づいてみたり、勢いよく突進してみたり。
でもゼファールが見えてくると、そこに透明なバリアが現れる。
叩いても何しても壊れなくて、ゼファールがリュカを、拒絶しまったリュカを許してくれないみたいだった。
リュカには、ゼファールに触れなれないようにイグナーツからさらなる魔術がかけられていた。
リュカはゼファールに拒絶されたと感じ、悲しくなりその場から逃げるように、一緒にいた従者を置いて、アルドの部屋に向かった。
早くここから逃げたかったから。
リュカは、王宮の中を一人で彷徨っていた。
一人で、歩いていると、イグナーツが前から歩いてきた。
「ゼファは冷たいね。
王宮に居づらいなら、君はもう森に帰った方がいいんじゃない」
イグナーツは通りすがりに、そうリュカに声をかけると、立ち去っていく。
いつものような笑みを崩さぬまま。
リュカは自分が拒まれていることを感じていた。
それは、邪魔だから。
ゼファールに嫌な感じを感じてしまったから。
――僕はここにいちゃいけないのかな……。
そして、リュカはアルドやカリオンたちから離れるように、1人で、王宮から抜け出していた。
♢♢
ゼファールが城下へ出るから、見送りにでも行ってるから遅くなるとは思っていたが、アルドは、なかなかリュカが部屋に来ないと感じていた。
カリオンはゼファールと城下に出ているので、リュカは誰とどうしているのか。
アルドは、心配になってきた。
ルーシアやミレーニアなのか?
アルドは広げていた書類の束をまとめると、部屋の外に出た。
城内を歩いて、リュカの気配を探るが、見つからない。
リュカについていた従者によると、リュカとは朝のうちにはぐれてしまったのでアルドの所にいるだろう、と、無責任じゃないのか?
アルドは舌打ちすると、リュカがいなくなったことをすぐにゼファに知らせた。
♢♢
リュカは森の匂いをたよりに街を進んで行った。
街のはずれにつくと、オオカミの姿になろうとしたが、うまく獣化できなかった。
早く走りたかったけど、下半身はヒト型のままで、これなら目立つので元に戻す。
何かの術がかかっているのか、このところ獣化がスムーズにいかない。
それでも森を走るのは少しだけ、開放感があった。
踏みつける枝の音や木々の葉の擦れる音とか、木漏れ日とか。
……そんな、はずなのに。
胸の奥が、ずっと重い。
(どうして……)
鼻は正確に森の匂いを拾っている。
苔、湿った土、遠くの獣の気配。
懐かしいはずの匂いなのに、心は少しも落ち着かなかった。
(ゼファ……)
名前を思い浮かべると、胸がきゅっとなった。
触れようとした時に感じた、あの嫌な違和感。
拒まれるような、突き放されるような感覚。
(僕が……邪魔だったのかな)
足を止め、リュカは木の根元に蹲る。
耳を伏せ、尾を垂らす。
……疲れた。
ゼファールは何も言わなかった。
もしかしたらゼファールに嫌悪感を持ってしまうリュカに対する優しさだったのか……。
理由も、説明もないまま、距離だけができていった。
「……」
低く、かすれた鳴き声が喉からこぼれた。
森の奥から、別の匂いが流れてくる。
血。
腐肉。
魔力の混じった、嫌な臭い。
リュカは顔を上げた。
(……ここは、来ちゃ、だめな場所だ)
本能が告げている。
ここは、辺境でも王都近郊でもない。
古い魔物が棲む、境界の森。
それでも、足は止まらなかった。
(森に帰るだけ……帰るだけだから)
そう思い込もうとして、一歩、また一歩。
――その瞬間。
「……あっ!」
ぬかるんだ地面が、足を捉われ、リュカは転倒した。
低い唸り声。
闇の中で、複数の赤い目が瞬いた。
魔物。
リュカは必死に身体を起こそうとするが、うまく動かない。
ゼファールにかけられていたはずの守りは、まだ歪んだまま残っていて、僕の中に渦巻いていた。
(……あれ)
急に、胸が熱くなってきた。
怖い。
苦しい。
でも――
(……会いたい)
拒まれたと思ったはずのゼファの顔が、はっきり浮かんだ。
あの声。
あの手。
自分を抱き上げる時の、少し不器用な優しさ。
(……行かないで、って)
言えなかった言葉。
魔物が距離を詰める。
牙が光る。
♢♢
ゼファールはアルドからしらせをうけると、リュカの気配を探した。
――辺境に戻っているのか?
しかし、少し方向がずれているようだな。
まさか、恐悪な魔物のいる森へ行ったか?
ゼファールの中で何かが切れた。
「……どこへ行った?」
声は静かだったが、指先がわずかに震えているのを、カリオンは見逃さなかった。
「ゼファ様、ここはもう私たちにお任せください」
カリオンが言うと、ゼファールはまたブツブツ呟いた。
あそこは、古い魔物の縄張り。
人も獣も、寄れば喰われる。
(……なんで、そっちへ)
問いはすぐに答えに変わる。
――俺から、離れようとしたんだ、な。
胸が締めつけられる。
あの時、城下へ出ようとした時。
リュカが弾かれた、あの結界。
(……イグナーツ)
怒りが、遅れて込み上げてくる。
だが今はそれどころじゃない。
「行ってくる」
マントを掴み、ゼファールは駆け出した。
リュカの逃げ込んだ森はゼファールのいた城下とは逆方向だったが、黒飛竜を呼びよせ一気に飛び立った。
風の音、葉の擦れる音、一目散に森へ向かった。
かすかに残るリュカの魔力の匂いをたよりに。
(まだ、間に合う)
ゼファールは必死に気配を追った。
けれど――
「……薄い」
鼻が利くのはリュカだけじゃない。
だがしかし、相手はオオカミだ。しかも恐怖と混乱の中で走っている。
(俺が……俺が、追い詰めたから)
城で距離を取ったこと。
触れようとしなかったこと。
守るためだと、自分に言い訳していた。
でも。
(拒んでいるように、見えたよな……)
リュカは、まだ子どもだ。
理由を知らされず、触れられず、目を逸らされて――
それをどう受け取るかなんて、考えなくてもわかる。
胸の奥が、ひどく痛んだ。
(……俺は、何をしてる)
守るつもりで、傷つけて。
危険から遠ざけるつもりで、孤独に追いやって。
――それでも、失うよりはいいと、思っていた。
(違う)
今は、はっきりとわかる。
(失うくらいなら……傷ついてでも、側にいてほしかった)
気づくのが、遅すぎたな。
リュカの匂いが強くなり、森に降りたつと、低い唸り声が、奥から聞こえてきた。
ゼファールは足を止め、剣に手をかける。
(……来てる)
魔物だ。
しかも、複数。
その瞬間、遠くで――
悲鳴が、短く響いた。
「リュカ!!」
理性が吹き飛ぶ。
ゼファは結界も気配も無視して、森の奥へと突っ込んだ。
⸻
血の匂い。
そして――
月明かりの下、地に伏すリュカ。
「……っ」
息が止まりかける。
リュカは、何かに足を捉えられた中、必死に立ち上がろうとしていた。
だが足がもつれ、再び倒れる。
その前に、魔物の影。
「リュカッ!!」
結界も、術式も、もはや関係ない。
ただ、壊すのみ。
ゼファールが剣を振うと、魔物が弾き飛ばされ、森に沈黙が戻る。
「……っ、よかった……間に合った……」
ゼファの声は、震えていた。
リュカは、無意識に顔をすり寄せる。
次の瞬間、魔物たちの出す魔力の糸が断ち切られ、強い腕がリュカの身体を抱き上げた。
触れた瞬間の、あの嫌な違和感はない。
代わりに、胸の奥が――じんわりと、あたたかくなる。
ゼファールは駆け寄り、迷わずリュカを抱き寄せた。
「……っ、よかった……間に合った……」
ゼファールの声は、震えていた。
「……リュカ……」
腕の中で、リュカが小さく震えた。
一瞬、また弾かれるかと思った。
嫌な感覚が走る。
――それでも。
ゼファールは、離さなかった。
「……ごめんな」
声が、掠れる。
「俺が……俺が悪かったな」
リュカの頭でオオカミの耳が、ぴくりと動く。
「守るつもりで……遠ざけた。でも、それは言い訳だな」
リュカを抱え込んで、そのままゼファは続けた。
「俺は……怖かったんだ。お前を失うのが」
喉が、熱くなる。
「……もう、無理だな」
震える声で、はっきり言う。
「リュカがいない世界なんて、考えられない」
腕の中で、リュカの体温が、少しだけ上がった。
(……ああ)
この感情に、名前をつけるなら。
(これは……)
ようやく、ゼファールは認めた。
「……愛してる」
呟きは、空に溶けた。
リュカが、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳が、ゼファールを映す。
拒絶の気配は、なかった。
ただ――
戸惑いと、かすかな安堵。
ゼファールは、そっと額を寄せる。
「帰ろう。……一緒に」
日が暮れていく。
けれど――
二人が離れたままの夜は、もう終わりだった。
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