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49.葛藤
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魔物が出たとの報せが届いたのは、夕刻だった。
森の外れ。単独行動が増えている、厄介な個体。
いつもなら、騎士団の部隊を組む案件だ。
「僕が行く」
リュカがそう言った瞬間、周囲が一瞬、静まった。
ゼファールの視線が、まっすぐこちらを向いている。
その目に、心配と逡巡が浮かぶのが、はっきりわかった。
「待て、リュカ。単独は危険だ」
――来た。
胸の奥が、ちりりと痛んだ。
それでも、リュカは視線を逸らさなかった。
「状況は把握してる。動きも読める」
「それでもだ。今は――」
「今は、何だよ」
言葉が、少しだけ尖った。
ゼファールが一歩近づく。
「俺が同行する」
その一言で、すべてが決まった気がした。
リュカは、ゆっくりと首を振る。
「……いらない」
リュカは、ざわ、と空気が揺れた気がした。
ゼファが伸ばしかけた手が、宙で止まった。
リュカは、それを見ないようにして、装備を整える。
「僕は、命令を無視する気はない。
ただ討伐の判断として、単独も十分可能だ」
声は、驚くほど落ち着いていた。
感情で突っ走っているわけじゃない。
――それが、余計にゼファを黙らせている。
「……リュカ」
「大丈夫。ちゃんと帰ってくる」
そう言って、振り返らずに歩き出した。
背中に、ゼファールの視線が突き刺さるのを感じながら。
(俺は、逃げない)
(縋らない)
(自分で立つって、決めたんだ)
森に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
獣の気配。血の匂い。
身体が、自然と戦う準備を整える。
――怖くないわけじゃない。
それでも行く。
ゼファールの手を取らなかったのは、拒絶じゃない。
自分を信じたかったからだ。
伸ばした手が、取られなかった。
拒まれたのではない。
――選ばれなかったのだ。
それが、胸に重く落ちる。
(……俺は、まだ守る側でいようとしたのか)
リュカの背中は、迷いなく森へ向かっていった。
子どもの頃のような、不安定さはない。
あれは――
大人の選択だ。
ゼファールは、歯を食いしばる。
(危ないのは、わかっている)
(それでも……止められない)
止めてしまえば、
今度こそ、リュカは本当に遠くへ行ってしまう。
だからゼファは、命令もしない。
追いかけもしない。
ただ、祈るのみ。
無事であれ、と。
魔物は、思ったよりも賢かった。
真正面から踏み込めば、すぐに距離を取られる。
力で押せば、逆に誘い込まれる。
(……考えなきゃ!)
リュカは呼吸を整え、わざと隙を見せた。
踏み込みを浅くし、足場の悪い方へと退く。
魔物が、追ってくる。
――来い。
地面に残した魔力の痕跡が反応し、魔物の動きが一瞬、乱れた。
そこを逃さず、刃を走らせる。
「……っ!」
……吠え声とともに、魔物が倒れ伏す。
「……やった」
しかし、息を吐くつく間もなく、背後の気配にリュカは身を翻した。
間一髪だった。
爪が頬をかすめ、血が一筋、流れる。
姿を現したのは、さらに大きな個体。
(……二体目)
しかも、さっきのより明らかに強い。
リュカは、剣を握り直し、距離を取る。
魔力の残量を計算する。
――きついな。
それでも、逃げない。
力押しは通じないか。
誘導しようにも、相手は学習しているだろうし。
何度目かの攻防で、リュカの腕は痺れ始めた。
息が荒くなってきた。
(……くそ)
そのとき、魔物の動きが、ほんのわずかに鈍った。
視線が、森の奥――水の匂いがする方へ逸れる。
(え……?)
リュカは違和感を逃さなかった。
水場。
そうだ、この種は――
考えるより先に、身体が動いた。
わざと大きく踏み込み、魔物を追い立てる。
水辺に足を踏み入れた瞬間、魔物が怯む。
――今だ。
全力で剣を振るった。
魔力を刃に乗せ、急所を貫いた。
重い音とともに、巨体が倒れた。
しばらく、その場に立ち尽くしてしまった。
ようやく、息が整ってきた。
魔物は崩れ落ち、動かなくなった。
……やった。
胸の奥に、熱いものが込み上げてきた。
剣を握る手が、まだ震えている。
(俺一人で――)
そう思った、その瞬間。
気配がした。
振り返ると、木立の向こうに、ゼファが立っていた。
その姿を見た途端、胸の熱がすっと消えていった。
(……やっぱり、来てたのか)
別に、来るなと言ったわけじゃない。
でも。
ゼファの魔力の癖を、リュカは知っている。
さっき、水場へと魔物が引かれた、あの一瞬は
――偶然じゃない。
(……手、出したんだな)
ほんのわずか。
決して、戦局を覆すほどじゃない。
それでも、確実に「助け」だった。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
僕は信用されていない。
一人でやり切れるとは、思われていない。
――そう感じてしまう自分が、嫌だった。
それでも――
もし、あの一瞬がなければ。
もし、あの時、水場に誘えなかったら。
(……負けてたかもしれない)
認めたくない事実が、静かに胸に落ちていく。
ゼファは、いつもそうだ。
守るくせに、誇りは奪わない。
助けるくせに、名乗らない。
だから余計に、苦しいんだ。
「……倒したのか」
ゼファールの声。
リュカは、すぐに答えなかった。
視線を外し、剣についた血を拭う。
「……見てただろ」
少し、棘のある声。
ゼファールは何も言わない。
否定もしない。
でも、それが、答えだった。
リュカは息を吐く。
胸の中で、二つの感情がせめぎ合う。
――一人で立てたかった。
――でも、独りじゃなかった。
そのどちらもが、本当だった。
森の外れ。単独行動が増えている、厄介な個体。
いつもなら、騎士団の部隊を組む案件だ。
「僕が行く」
リュカがそう言った瞬間、周囲が一瞬、静まった。
ゼファールの視線が、まっすぐこちらを向いている。
その目に、心配と逡巡が浮かぶのが、はっきりわかった。
「待て、リュカ。単独は危険だ」
――来た。
胸の奥が、ちりりと痛んだ。
それでも、リュカは視線を逸らさなかった。
「状況は把握してる。動きも読める」
「それでもだ。今は――」
「今は、何だよ」
言葉が、少しだけ尖った。
ゼファールが一歩近づく。
「俺が同行する」
その一言で、すべてが決まった気がした。
リュカは、ゆっくりと首を振る。
「……いらない」
リュカは、ざわ、と空気が揺れた気がした。
ゼファが伸ばしかけた手が、宙で止まった。
リュカは、それを見ないようにして、装備を整える。
「僕は、命令を無視する気はない。
ただ討伐の判断として、単独も十分可能だ」
声は、驚くほど落ち着いていた。
感情で突っ走っているわけじゃない。
――それが、余計にゼファを黙らせている。
「……リュカ」
「大丈夫。ちゃんと帰ってくる」
そう言って、振り返らずに歩き出した。
背中に、ゼファールの視線が突き刺さるのを感じながら。
(俺は、逃げない)
(縋らない)
(自分で立つって、決めたんだ)
森に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
獣の気配。血の匂い。
身体が、自然と戦う準備を整える。
――怖くないわけじゃない。
それでも行く。
ゼファールの手を取らなかったのは、拒絶じゃない。
自分を信じたかったからだ。
伸ばした手が、取られなかった。
拒まれたのではない。
――選ばれなかったのだ。
それが、胸に重く落ちる。
(……俺は、まだ守る側でいようとしたのか)
リュカの背中は、迷いなく森へ向かっていった。
子どもの頃のような、不安定さはない。
あれは――
大人の選択だ。
ゼファールは、歯を食いしばる。
(危ないのは、わかっている)
(それでも……止められない)
止めてしまえば、
今度こそ、リュカは本当に遠くへ行ってしまう。
だからゼファは、命令もしない。
追いかけもしない。
ただ、祈るのみ。
無事であれ、と。
魔物は、思ったよりも賢かった。
真正面から踏み込めば、すぐに距離を取られる。
力で押せば、逆に誘い込まれる。
(……考えなきゃ!)
リュカは呼吸を整え、わざと隙を見せた。
踏み込みを浅くし、足場の悪い方へと退く。
魔物が、追ってくる。
――来い。
地面に残した魔力の痕跡が反応し、魔物の動きが一瞬、乱れた。
そこを逃さず、刃を走らせる。
「……っ!」
……吠え声とともに、魔物が倒れ伏す。
「……やった」
しかし、息を吐くつく間もなく、背後の気配にリュカは身を翻した。
間一髪だった。
爪が頬をかすめ、血が一筋、流れる。
姿を現したのは、さらに大きな個体。
(……二体目)
しかも、さっきのより明らかに強い。
リュカは、剣を握り直し、距離を取る。
魔力の残量を計算する。
――きついな。
それでも、逃げない。
力押しは通じないか。
誘導しようにも、相手は学習しているだろうし。
何度目かの攻防で、リュカの腕は痺れ始めた。
息が荒くなってきた。
(……くそ)
そのとき、魔物の動きが、ほんのわずかに鈍った。
視線が、森の奥――水の匂いがする方へ逸れる。
(え……?)
リュカは違和感を逃さなかった。
水場。
そうだ、この種は――
考えるより先に、身体が動いた。
わざと大きく踏み込み、魔物を追い立てる。
水辺に足を踏み入れた瞬間、魔物が怯む。
――今だ。
全力で剣を振るった。
魔力を刃に乗せ、急所を貫いた。
重い音とともに、巨体が倒れた。
しばらく、その場に立ち尽くしてしまった。
ようやく、息が整ってきた。
魔物は崩れ落ち、動かなくなった。
……やった。
胸の奥に、熱いものが込み上げてきた。
剣を握る手が、まだ震えている。
(俺一人で――)
そう思った、その瞬間。
気配がした。
振り返ると、木立の向こうに、ゼファが立っていた。
その姿を見た途端、胸の熱がすっと消えていった。
(……やっぱり、来てたのか)
別に、来るなと言ったわけじゃない。
でも。
ゼファの魔力の癖を、リュカは知っている。
さっき、水場へと魔物が引かれた、あの一瞬は
――偶然じゃない。
(……手、出したんだな)
ほんのわずか。
決して、戦局を覆すほどじゃない。
それでも、確実に「助け」だった。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
僕は信用されていない。
一人でやり切れるとは、思われていない。
――そう感じてしまう自分が、嫌だった。
それでも――
もし、あの一瞬がなければ。
もし、あの時、水場に誘えなかったら。
(……負けてたかもしれない)
認めたくない事実が、静かに胸に落ちていく。
ゼファは、いつもそうだ。
守るくせに、誇りは奪わない。
助けるくせに、名乗らない。
だから余計に、苦しいんだ。
「……倒したのか」
ゼファールの声。
リュカは、すぐに答えなかった。
視線を外し、剣についた血を拭う。
「……見てただろ」
少し、棘のある声。
ゼファールは何も言わない。
否定もしない。
でも、それが、答えだった。
リュカは息を吐く。
胸の中で、二つの感情がせめぎ合う。
――一人で立てたかった。
――でも、独りじゃなかった。
そのどちらもが、本当だった。
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