魔王さまに抱かれるもふもふツンデレオオカミの僕

蒼井梨音

文字の大きさ
48 / 65

48.成長

しおりを挟む
王都から戻って数年。
リュカは、もう子どもではなかった。

そして、
リュカは、最近、どうにも落ち着かない。
朝の訓練を終えても、剣を納めた腕がじーんと熱を持ったままみたいで、息は整っているはずなのに、胸の奥だけが騒がしい。
――別に、疲れているわけじゃない。

「……っ」

無意識に尻尾が揺れそうになって、リュカは小さく舌打ちした。
こういうの、全部、嫌だ。

力はちゃんと制御できている。
剣も、魔力も、勉強も。
手を抜いてなんかいない。
ゼファに言われたことは全部こなしてきたし、
今では訓練の段取りを任されることもある。
兵たちも、使用人たちも、もうリュカを子ども扱いしない。

「魔王様の右腕だな」
「頼りにしてるぞ、リュカ」

そう言われるたび、胸の奥が少しだけ誇らしくなる。
――僕は、ちゃんと成長した。

なのに。

城の廊下の向こうから、聞き慣れた足音がした瞬間、心臓が跳ねる。

「……!」

ゼファだ。

背筋を伸ばし、表情を引き締める。
今のリュカは、もう弟子じゃない。
守られるだけの存在でもない――そう思っているのに。

「リュカ。訓練、ご苦労」

いつものように、穏やかな声。
いつものように、頭に伸びてくる手。

反射的に、一歩だけ距離を取ってしまった。

「……別に。これくらい、普通だ」

ぶっきらぼうに返すと、ゼファは一瞬だけ目を瞬かせて、それから苦笑した。

「そうか。無理はするなよ」

その言い方が、胸に刺さる。

――無理?
してない。してないのに。

僕は、もう子どもじゃない。
そう言いたいのに、喉の奥で言葉が引っかかって、結局、何も言えない。
ゼファは少し距離を取ったまま、何か考え込むように視線を外した。 

最近、こういうことが増えた。

触れてくれない。
近づいてもこない。
なのに、視線だけは、やけに熱い。

(……意味、わかんねぇ)

成人の儀が近いからだ、と頭ではわかっている。
オオカミ族にとっても、あれは節目だ。
身体も、心も、不安定になる。

それでも。

(俺は、ちゃんと大人になろうとしてるのに)

自分でも、どうしてこんなに苛立つのかわからない。
夜になると、身体が火照って眠れない。
ひとりになると、誰かに触れたくて仕方なくなる。

――ゼファに。

その名前を思い浮かべただけで、胸がきゅっと痛んだ。

「……っ、くそ」

ツン、と鼻を鳴らし、リュカは顔を背けた。
好きだなんて、言えるわけがない。
大人になったって、そんなのは変わらない。

ただひとつ、はっきりしているのは――

俺はもう、守られる側でいるつもりはない、ということだけだ。




リュカの背中が、以前よりずっと大きく見える。

剣を収める動作も、無駄がなくなった。
もう「教える側」ではなく、「任せられる側」だ。

(……成長したな)

ゼファールにはそれが誇らしかった。
そして、同時に、怖い。

最近のリュカは、不安定だ。
力の揺らぎも、感情の起伏も、抑えきれていない。

本当なら、抱き寄せて、落ち着かせてやればいい。
それが一番、簡単で、確実だ。

だが――

(それをしたら、俺は歯止めが効かなくなってしまう)

成人の儀を前にした今、それは許されない。
選ぶのは、リュカ自身でなければならない。

ゼファールは拳を握りしめ、視線を逸らした。
触れたい衝動を、理性で押し殺す。

(……不器用だな、俺も)

そう思いながらも、距離を縮めることはできなかった。




成人の儀が近い、と皆が言う。

城の中はどこか浮き足立っていて、使用人たちも忙しそうだ。
リュカは、自分自身のことなのに、誰も肝心なことは教えてくれないのが寂しかった。

(……俺抜きで、何か決めてる)

そう思うたび、胸の奥が冷える。

このところ、ゼファールは妙に距離を保っていた。
必要な指示は出す。視線も外さない。 
でも、それ以上はない。

触れない。
近づかない。
声を低くして、リュカの名前を呼ぶことすら減った。

――昔は、違ったのに。

夜、眠れなくて廊下に出ると、書斎の灯りがまだ点いていた。
迷った末に、ノックをする。

「……何だ」

扉の向こうから、ゼファの声。

「用がないなら、戻れ。もう遅いぞ」

それだけだった。
拒絶された、と思った。

「……別に、用なんてねぇよ」

強がってそう返すと、ゼファは何も言わない。
扉も、開かない。

リュカはその場に立ち尽くして、拳を握りしめた。

(……そうか)

わかっていたはずだ。
ゼファにとって俺は――

可愛い弟子。
忠実な側近。
気に入っている存在。

それ以上じゃないんだ。
恋だなんて、都合のいい勘違いだ。
胸の奥が、じわじわと痛む。
息が浅くなって、尻尾が落ち着かなく揺れた。

(大人になれば、変わると思ってたのにな……)

馬鹿みたいだな。

成人すれば、
隣に立てると思っていた。
いつか、番として見てもらえると、どこかで期待していた。

でもゼファは、ずっと変わらない。

変わったのは、僕だけだ。

「……いいよ」

誰にともなく、そう呟く。

僕は僕で、生きていく。
ゼファールの影に縋らなくても、立てる。

そう決めたはずなのに――

胸の奥で、何かが寂しかった。
尻尾は力をなくしていて、動かなかった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

鬼神と恐れられる呪われた銀狼当主の元へ生贄として送られた僕、前世知識と癒やしの力で旦那様と郷を救ったら、めちゃくちゃ過保護に溺愛されています

水凪しおん
BL
東の山々に抱かれた獣人たちの国、彩峰の郷。最強と謳われる銀狼一族の若き当主・涯狼(ガイロウ)は、古き呪いにより発情の度に理性を失う宿命を背負い、「鬼神」と恐れられ孤独の中に生きていた。 一方、都で没落した家の息子・陽向(ヒナタ)は、借金の形として涯狼の元へ「花嫁」として差し出される。死を覚悟して郷を訪れた陽向を待っていたのは、噂とはかけ離れた、不器用で優しい一匹の狼だった。 前世の知識と、植物の力を引き出す不思議な才能を持つ陽向。彼が作る温かな料理と癒やしの香りは、涯狼の頑なな心を少しずつ溶かしていく。しかし、二人の穏やかな日々は、古き慣習に囚われた者たちの思惑によって引き裂かれようとしていた。 これは、孤独な狼と心優しき花嫁が、運命を乗り越え、愛の力で奇跡を起こす、温かくも切ない和風ファンタジー・ラブストーリー。

死神は結婚生活が楽しすぎて探し物をすぐ忘れる

ユーリ
BL
「俺たち本当の夫婦になろうな」 駆除対象である死神に出された条件は、なんと結婚! 死神は生きるためにその条件を飲むけれどーー 「お前と結婚してよかった」生かす代わりに結婚を条件に出した悪魔×突然変異で生まれた死神「僕の鎌知りませんか!?」ーー死神は落とした鎌を探そうとするけれど、悪魔との結婚生活が楽しくてすぐに忘れてしまい…。

推し様たちを法廷で守ったら気に入られちゃいました!?~前世で一流弁護士の僕が華麗に悪役を弁護します~

いつく しいま
BL
下級兵の僕はある日一流弁護士として生きた前世を思い出した。 ――この世界、前世で好きだったBLゲームの中じゃん! ここは「英雄族」と「ヴィラン族」に分かれて二千年もの間争っている世界で、ヴィランは迫害され冤罪に苦しむ存在―― いやっ僕ヴィランたち全員箱推しなんですけど。 これは見過ごせない……! 腐敗した司法、社交界の陰謀、国家規模の裁判戦争――全てを覆して〝弁護人〟として推したちを守ろうとしたら、推し皆が何やら僕の周りで喧嘩を始めて…? 「俺のものになって」 「ちょっと、この子を独占しないでよ」 「お前こそ」  ちょっと困るって!   これは、法的事案だよ……! *** ※男主人公をめぐる逆ハーレムあり ※法廷・ミステリーパートの描写あり(基本理解できる範囲になっております) 以前こちらで投稿していた作品を、2章の構成を整えて再投稿します。以前読んでくださっていた方、本当にありがとうございました。36話まで1日3回(11時半、15時半、19時半)予約投稿済みです。

チョコレートがつなぐ二つの世界

一ノ瀬麻紀
BL
憧れの先輩に渡せなかったチョコレートを持ったまま、異世界に転移した天音(アマネ) 突然知らない世界に迷い込んだ天音に手を差し伸べてくれたのは、流れの冒険者のアランだった。 初めは戸惑っていた天音も、アランのおかげでこの不思議な世界にも慣れ、充実した日々を過ごしていた。 けど、そんな平和な日々は突然終わりを告げた。 突如として現れた光に包まれ、天音は気づいたら元の世界に戻っていた――。 チョコレートがつなぐ、二人の物語です。 Xにツイノベとして公開したものを改稿しました。 結構変わっているので、ツイノベで読んだ方にも楽しんでもらえると思います。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

聖女を演じた巻き添え兄は、王弟殿下の求愛から逃げられない

深嶋(深嶋つづみ)
BL
谷口理恩は一年ほど前、妹と一緒に異世界に転移してしまった。 聖女として魔術の才を開花させた妹・世奈のおかげもあって、二人はアルゼノール王国の大教会に保護され、不自由のない暮らしを送ることができている。が、最近は世奈の奔放さに理恩は頭を抱えることもあった。 ある日、世奈の仕事を肩代わりした理恩は、病に臥せっている幼い第二王子・イヴァン王子のもとに参じることに。 ――「僕が大人になったら、僕の妃になってくれませんか」。 何度も謁見を重ねるうちに理恩に懐いた彼は、目の前の聖女が偽者であることに気付かぬまま、やがて理恩に求愛する。 理恩は驚き、後ろめたい気持ちを抱きながらも、「大人になっても同じ気持ちでいてくれたなら」と約束を交わした。 その直後、何者かの陰謀に陥れられた世奈の巻き添えとなり、理恩は辺境の地へと飛ばされてしまい……。 ――数年後、アルゼノール王国を出て世界中を巡っていた理恩は、とある国で偶然、王弟・イヴァンと再会する。 傷心の旅をしているのだという彼は、どういうわけか理恩との交流を持ちたがって――?

処理中です...