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48.成長
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王都から戻って数年。
リュカは、もう子どもではなかった。
そして、
リュカは、最近、どうにも落ち着かない。
朝の訓練を終えても、剣を納めた腕がじーんと熱を持ったままみたいで、息は整っているはずなのに、胸の奥だけが騒がしい。
――別に、疲れているわけじゃない。
「……っ」
無意識に尻尾が揺れそうになって、リュカは小さく舌打ちした。
こういうの、全部、嫌だ。
力はちゃんと制御できている。
剣も、魔力も、勉強も。
手を抜いてなんかいない。
ゼファに言われたことは全部こなしてきたし、
今では訓練の段取りを任されることもある。
兵たちも、使用人たちも、もうリュカを子ども扱いしない。
「魔王様の右腕だな」
「頼りにしてるぞ、リュカ」
そう言われるたび、胸の奥が少しだけ誇らしくなる。
――僕は、ちゃんと成長した。
なのに。
城の廊下の向こうから、聞き慣れた足音がした瞬間、心臓が跳ねる。
「……!」
ゼファだ。
背筋を伸ばし、表情を引き締める。
今のリュカは、もう弟子じゃない。
守られるだけの存在でもない――そう思っているのに。
「リュカ。訓練、ご苦労」
いつものように、穏やかな声。
いつものように、頭に伸びてくる手。
反射的に、一歩だけ距離を取ってしまった。
「……別に。これくらい、普通だ」
ぶっきらぼうに返すと、ゼファは一瞬だけ目を瞬かせて、それから苦笑した。
「そうか。無理はするなよ」
その言い方が、胸に刺さる。
――無理?
してない。してないのに。
僕は、もう子どもじゃない。
そう言いたいのに、喉の奥で言葉が引っかかって、結局、何も言えない。
ゼファは少し距離を取ったまま、何か考え込むように視線を外した。
最近、こういうことが増えた。
触れてくれない。
近づいてもこない。
なのに、視線だけは、やけに熱い。
(……意味、わかんねぇ)
成人の儀が近いからだ、と頭ではわかっている。
オオカミ族にとっても、あれは節目だ。
身体も、心も、不安定になる。
それでも。
(俺は、ちゃんと大人になろうとしてるのに)
自分でも、どうしてこんなに苛立つのかわからない。
夜になると、身体が火照って眠れない。
ひとりになると、誰かに触れたくて仕方なくなる。
――ゼファに。
その名前を思い浮かべただけで、胸がきゅっと痛んだ。
「……っ、くそ」
ツン、と鼻を鳴らし、リュカは顔を背けた。
好きだなんて、言えるわけがない。
大人になったって、そんなのは変わらない。
ただひとつ、はっきりしているのは――
俺はもう、守られる側でいるつもりはない、ということだけだ。
リュカの背中が、以前よりずっと大きく見える。
剣を収める動作も、無駄がなくなった。
もう「教える側」ではなく、「任せられる側」だ。
(……成長したな)
ゼファールにはそれが誇らしかった。
そして、同時に、怖い。
最近のリュカは、不安定だ。
力の揺らぎも、感情の起伏も、抑えきれていない。
本当なら、抱き寄せて、落ち着かせてやればいい。
それが一番、簡単で、確実だ。
だが――
(それをしたら、俺は歯止めが効かなくなってしまう)
成人の儀を前にした今、それは許されない。
選ぶのは、リュカ自身でなければならない。
ゼファールは拳を握りしめ、視線を逸らした。
触れたい衝動を、理性で押し殺す。
(……不器用だな、俺も)
そう思いながらも、距離を縮めることはできなかった。
成人の儀が近い、と皆が言う。
城の中はどこか浮き足立っていて、使用人たちも忙しそうだ。
リュカは、自分自身のことなのに、誰も肝心なことは教えてくれないのが寂しかった。
(……俺抜きで、何か決めてる)
そう思うたび、胸の奥が冷える。
このところ、ゼファールは妙に距離を保っていた。
必要な指示は出す。視線も外さない。
でも、それ以上はない。
触れない。
近づかない。
声を低くして、リュカの名前を呼ぶことすら減った。
――昔は、違ったのに。
夜、眠れなくて廊下に出ると、書斎の灯りがまだ点いていた。
迷った末に、ノックをする。
「……何だ」
扉の向こうから、ゼファの声。
「用がないなら、戻れ。もう遅いぞ」
それだけだった。
拒絶された、と思った。
「……別に、用なんてねぇよ」
強がってそう返すと、ゼファは何も言わない。
扉も、開かない。
リュカはその場に立ち尽くして、拳を握りしめた。
(……そうか)
わかっていたはずだ。
ゼファにとって俺は――
可愛い弟子。
忠実な側近。
気に入っている存在。
それ以上じゃないんだ。
恋だなんて、都合のいい勘違いだ。
胸の奥が、じわじわと痛む。
息が浅くなって、尻尾が落ち着かなく揺れた。
(大人になれば、変わると思ってたのにな……)
馬鹿みたいだな。
成人すれば、
隣に立てると思っていた。
いつか、番として見てもらえると、どこかで期待していた。
でもゼファは、ずっと変わらない。
変わったのは、僕だけだ。
「……いいよ」
誰にともなく、そう呟く。
僕は僕で、生きていく。
ゼファールの影に縋らなくても、立てる。
そう決めたはずなのに――
胸の奥で、何かが寂しかった。
尻尾は力をなくしていて、動かなかった。
リュカは、もう子どもではなかった。
そして、
リュカは、最近、どうにも落ち着かない。
朝の訓練を終えても、剣を納めた腕がじーんと熱を持ったままみたいで、息は整っているはずなのに、胸の奥だけが騒がしい。
――別に、疲れているわけじゃない。
「……っ」
無意識に尻尾が揺れそうになって、リュカは小さく舌打ちした。
こういうの、全部、嫌だ。
力はちゃんと制御できている。
剣も、魔力も、勉強も。
手を抜いてなんかいない。
ゼファに言われたことは全部こなしてきたし、
今では訓練の段取りを任されることもある。
兵たちも、使用人たちも、もうリュカを子ども扱いしない。
「魔王様の右腕だな」
「頼りにしてるぞ、リュカ」
そう言われるたび、胸の奥が少しだけ誇らしくなる。
――僕は、ちゃんと成長した。
なのに。
城の廊下の向こうから、聞き慣れた足音がした瞬間、心臓が跳ねる。
「……!」
ゼファだ。
背筋を伸ばし、表情を引き締める。
今のリュカは、もう弟子じゃない。
守られるだけの存在でもない――そう思っているのに。
「リュカ。訓練、ご苦労」
いつものように、穏やかな声。
いつものように、頭に伸びてくる手。
反射的に、一歩だけ距離を取ってしまった。
「……別に。これくらい、普通だ」
ぶっきらぼうに返すと、ゼファは一瞬だけ目を瞬かせて、それから苦笑した。
「そうか。無理はするなよ」
その言い方が、胸に刺さる。
――無理?
してない。してないのに。
僕は、もう子どもじゃない。
そう言いたいのに、喉の奥で言葉が引っかかって、結局、何も言えない。
ゼファは少し距離を取ったまま、何か考え込むように視線を外した。
最近、こういうことが増えた。
触れてくれない。
近づいてもこない。
なのに、視線だけは、やけに熱い。
(……意味、わかんねぇ)
成人の儀が近いからだ、と頭ではわかっている。
オオカミ族にとっても、あれは節目だ。
身体も、心も、不安定になる。
それでも。
(俺は、ちゃんと大人になろうとしてるのに)
自分でも、どうしてこんなに苛立つのかわからない。
夜になると、身体が火照って眠れない。
ひとりになると、誰かに触れたくて仕方なくなる。
――ゼファに。
その名前を思い浮かべただけで、胸がきゅっと痛んだ。
「……っ、くそ」
ツン、と鼻を鳴らし、リュカは顔を背けた。
好きだなんて、言えるわけがない。
大人になったって、そんなのは変わらない。
ただひとつ、はっきりしているのは――
俺はもう、守られる側でいるつもりはない、ということだけだ。
リュカの背中が、以前よりずっと大きく見える。
剣を収める動作も、無駄がなくなった。
もう「教える側」ではなく、「任せられる側」だ。
(……成長したな)
ゼファールにはそれが誇らしかった。
そして、同時に、怖い。
最近のリュカは、不安定だ。
力の揺らぎも、感情の起伏も、抑えきれていない。
本当なら、抱き寄せて、落ち着かせてやればいい。
それが一番、簡単で、確実だ。
だが――
(それをしたら、俺は歯止めが効かなくなってしまう)
成人の儀を前にした今、それは許されない。
選ぶのは、リュカ自身でなければならない。
ゼファールは拳を握りしめ、視線を逸らした。
触れたい衝動を、理性で押し殺す。
(……不器用だな、俺も)
そう思いながらも、距離を縮めることはできなかった。
成人の儀が近い、と皆が言う。
城の中はどこか浮き足立っていて、使用人たちも忙しそうだ。
リュカは、自分自身のことなのに、誰も肝心なことは教えてくれないのが寂しかった。
(……俺抜きで、何か決めてる)
そう思うたび、胸の奥が冷える。
このところ、ゼファールは妙に距離を保っていた。
必要な指示は出す。視線も外さない。
でも、それ以上はない。
触れない。
近づかない。
声を低くして、リュカの名前を呼ぶことすら減った。
――昔は、違ったのに。
夜、眠れなくて廊下に出ると、書斎の灯りがまだ点いていた。
迷った末に、ノックをする。
「……何だ」
扉の向こうから、ゼファの声。
「用がないなら、戻れ。もう遅いぞ」
それだけだった。
拒絶された、と思った。
「……別に、用なんてねぇよ」
強がってそう返すと、ゼファは何も言わない。
扉も、開かない。
リュカはその場に立ち尽くして、拳を握りしめた。
(……そうか)
わかっていたはずだ。
ゼファにとって俺は――
可愛い弟子。
忠実な側近。
気に入っている存在。
それ以上じゃないんだ。
恋だなんて、都合のいい勘違いだ。
胸の奥が、じわじわと痛む。
息が浅くなって、尻尾が落ち着かなく揺れた。
(大人になれば、変わると思ってたのにな……)
馬鹿みたいだな。
成人すれば、
隣に立てると思っていた。
いつか、番として見てもらえると、どこかで期待していた。
でもゼファは、ずっと変わらない。
変わったのは、僕だけだ。
「……いいよ」
誰にともなく、そう呟く。
僕は僕で、生きていく。
ゼファールの影に縋らなくても、立てる。
そう決めたはずなのに――
胸の奥で、何かが寂しかった。
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