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51.成人の儀
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18歳になったら成人の儀というのがある。
リュカはオオカミだった頃があるので、正確な年齢はわからないが、ゼファールに拾われて三年が過ぎて、そろそろと決められたので、今日がその日。
魔王城の中庭に集まったのは、この地で成人を迎える者たち。
ヒト型の者、獣人、角を持つ者、鱗を持つ者――
種族も出自も、ばらばらだ。
それでも、誰一人として場違いではない。
辺境の荒地を開拓し、ゼファールの元で暮らし始めた種族たち。
この地では、それが当たり前だった。
中央の祭壇には、透き通った器が並べられる。
中に満たされているのは、聖水――
この土地の精霊と祖霊に祝福された水。
それを受け、口にするのが、ここでの成人の証。
一人ずつ、新成人が進み出る。
共通の誓いを述べ、それぞれが杯を取る。
「この地と共に、違いを恐れず、力に溺れず、名を背負う」
言葉は同じでも、声は違う。
迷いのある者もいれば、震える者もいる。
やがて――
名を呼ばれ、リュカは一歩前に出た。
静かだった。
獣人であることを誇示もしないし、隠しもしない。
背筋は伸び、視線はまっすぐ。
ゼファールは、少し離れた位置から、それを見ていた。
手を出す理由は、もうない。
リュカは、深く息を吸う。
「僕は、この地で生きる」
短い言葉だが、揺らぎはなかった。
「守られるだけではなく、守る側として」
杯を取り、聖水を口に含む。
冷たく、澄んだ感触が喉を通り過ぎる。
――大人になった。
そう、はっきりとわかった気がした。
その瞬間、どこからともなく、低い祝福の声が上がる。
種族も、言語も、違う声。
けれど意味は一つ。
認められた。
リュカは、ほんの少しだけ目を伏せてから、顔を上げた。
その姿は、確かに輝いていた。
音楽と灯りが、魔王城の大広間を満たしていた。
成人の儀が終わり、夜には祝宴が開かれる。
成人を迎えた者たちを称える舞踏会。
ゼファールは今、壁際に立っていた。
これは、領主としての位置。
誰からも見える場所で、誰にも踏み込まれない距離。
――そして、視線の先に、当然のように、リュカがいた。
ゼファールは複雑な思いでそこに立っている。
軽やかな音楽がかかる。
リュカが、他の誰かと踊っている。
リュカが、笑っている。
リュカが、楽しそうに、軽やかに振る舞っている。
――それが、気に入らない。
リュカが、自分が知らない表情を見せるたび、胸の奥がざわついた。
……ようやく、嫉妬だと認める。
でも、否定はできない。
――俺の前じゃ、あんなふうに笑わなかったくせに。
そんな思いが、浮かんでは消える。
だが、しばらく見ているうちに、違和感が生まれた。
リュカは、決して、浮かれてはいなかった。
誘われれば応じる。
誘えば、相手の様子をきちんと見ている。
そう、距離の取り方が、自然なのだ。
誰に対しても、踏み込みすぎない。
そして、誰にも流されていない。
その立ち振る舞いに、ゼファールは息を呑んだ。
――ああ。
これは、もう。
リュカは、もう俺が守る側じゃない。
リュカは、場に立っていた。
自分の足と、自分の意思で。
子どもだった頃の面影は、確かにあった。
尻尾が揺れる癖も、感情が顔に出やすいところも。
けれど、目が違う。
誰かに認められようとしていない目。
自分の価値を、疑っていない目。
ゼファールの胸にあった焦りが、ゆっくりと形を変える。
誇らしさ。
そして、少しの痛み。
――手を出してはいけない。
そう、自分に言い聞かせる。
ここで手を伸ばせば、また元に戻ってしまう。
守る者と、守られる者に。
でも、もう違う。
音楽が終わり、人の流れが変わった。
リュカが、ふとこちらを見た。
視線が合った。
その一瞬、リュカは何も言わなかった。
ただ、微かに口角を上げた。
――待ってて。
そう言われた気がした。
ゼファールは、初めて、心から息を吐いた。
――ああ。待とう。
あいつが、選ぶまで。
俺は、ここにいる。
最後の曲、音楽が、変わった。
軽やかだった旋律が静まり、深く、ゆったりとした調べに変わる。
その変化に、会場の誰もが気づいた。
――最後の曲だ。
この曲は、ただ一つの意味を持つ。
大切な人と踊るための曲。
人の流れが、自然とほどけていく。
中央に、静かな空間が生まれた。
ゼファールは、動かなかった。
待つと決めた場所に、立っていた。
その前に――
リュカが、歩いてくる。
一歩ずつ。
迷いはない。
リュカが目の前まで来た。
さっきまでの堂々とした態度から、照れが出てきたような表情になる。
「ゼファ」
声は、わざとぞんざい。
「踊ってやってもいいよ」
――その瞬間。
リュカの顔が、真っ赤になる。
隠しきれず、尻尾がぼわっと膨らんで、揺れた。
ゼファールは、思わず小さく吹き出した。
「……はい?」
リュカは、ぎゅっと唇を噛む。
一拍、間を置いてから、視線を上げた。
「……ぼ、僕と、踊ってください」
声は震えている。
でも、逃げなかった。
ゼファールは、何も言わずにうなずいた。
差し出された手を、取る。
指が触れた瞬間、空気が変わった。
音楽に身を委ね、二人は中央へ進む。
リュカは――美しかった。
ぎこちなさは、もうない。
身体の使い方も、間の取り方も、自然だ。
まるで、舞っているようだった。
ゼファールに導かれるのではなく、
並んで、踊っている。
会場の視線が、集まっている。
ざわめきが、次第に静まっていった。
誰もが、言葉を失った。
――ただの主従ではない。
――保護でも、庇護でもない。
そう、誰の目にも明らかだった。
ゼファールとリュカは、お互いが選び合った二人だ。
リュカの尻尾が、リズムに合わせて揺れる。
ピンと立った耳が、灯りに照らされる。
ゼファールは、微笑んだ。
ああ。
これでいい。
リュカは、隣に立つ存在になったんだ、と。
リュカはオオカミだった頃があるので、正確な年齢はわからないが、ゼファールに拾われて三年が過ぎて、そろそろと決められたので、今日がその日。
魔王城の中庭に集まったのは、この地で成人を迎える者たち。
ヒト型の者、獣人、角を持つ者、鱗を持つ者――
種族も出自も、ばらばらだ。
それでも、誰一人として場違いではない。
辺境の荒地を開拓し、ゼファールの元で暮らし始めた種族たち。
この地では、それが当たり前だった。
中央の祭壇には、透き通った器が並べられる。
中に満たされているのは、聖水――
この土地の精霊と祖霊に祝福された水。
それを受け、口にするのが、ここでの成人の証。
一人ずつ、新成人が進み出る。
共通の誓いを述べ、それぞれが杯を取る。
「この地と共に、違いを恐れず、力に溺れず、名を背負う」
言葉は同じでも、声は違う。
迷いのある者もいれば、震える者もいる。
やがて――
名を呼ばれ、リュカは一歩前に出た。
静かだった。
獣人であることを誇示もしないし、隠しもしない。
背筋は伸び、視線はまっすぐ。
ゼファールは、少し離れた位置から、それを見ていた。
手を出す理由は、もうない。
リュカは、深く息を吸う。
「僕は、この地で生きる」
短い言葉だが、揺らぎはなかった。
「守られるだけではなく、守る側として」
杯を取り、聖水を口に含む。
冷たく、澄んだ感触が喉を通り過ぎる。
――大人になった。
そう、はっきりとわかった気がした。
その瞬間、どこからともなく、低い祝福の声が上がる。
種族も、言語も、違う声。
けれど意味は一つ。
認められた。
リュカは、ほんの少しだけ目を伏せてから、顔を上げた。
その姿は、確かに輝いていた。
音楽と灯りが、魔王城の大広間を満たしていた。
成人の儀が終わり、夜には祝宴が開かれる。
成人を迎えた者たちを称える舞踏会。
ゼファールは今、壁際に立っていた。
これは、領主としての位置。
誰からも見える場所で、誰にも踏み込まれない距離。
――そして、視線の先に、当然のように、リュカがいた。
ゼファールは複雑な思いでそこに立っている。
軽やかな音楽がかかる。
リュカが、他の誰かと踊っている。
リュカが、笑っている。
リュカが、楽しそうに、軽やかに振る舞っている。
――それが、気に入らない。
リュカが、自分が知らない表情を見せるたび、胸の奥がざわついた。
……ようやく、嫉妬だと認める。
でも、否定はできない。
――俺の前じゃ、あんなふうに笑わなかったくせに。
そんな思いが、浮かんでは消える。
だが、しばらく見ているうちに、違和感が生まれた。
リュカは、決して、浮かれてはいなかった。
誘われれば応じる。
誘えば、相手の様子をきちんと見ている。
そう、距離の取り方が、自然なのだ。
誰に対しても、踏み込みすぎない。
そして、誰にも流されていない。
その立ち振る舞いに、ゼファールは息を呑んだ。
――ああ。
これは、もう。
リュカは、もう俺が守る側じゃない。
リュカは、場に立っていた。
自分の足と、自分の意思で。
子どもだった頃の面影は、確かにあった。
尻尾が揺れる癖も、感情が顔に出やすいところも。
けれど、目が違う。
誰かに認められようとしていない目。
自分の価値を、疑っていない目。
ゼファールの胸にあった焦りが、ゆっくりと形を変える。
誇らしさ。
そして、少しの痛み。
――手を出してはいけない。
そう、自分に言い聞かせる。
ここで手を伸ばせば、また元に戻ってしまう。
守る者と、守られる者に。
でも、もう違う。
音楽が終わり、人の流れが変わった。
リュカが、ふとこちらを見た。
視線が合った。
その一瞬、リュカは何も言わなかった。
ただ、微かに口角を上げた。
――待ってて。
そう言われた気がした。
ゼファールは、初めて、心から息を吐いた。
――ああ。待とう。
あいつが、選ぶまで。
俺は、ここにいる。
最後の曲、音楽が、変わった。
軽やかだった旋律が静まり、深く、ゆったりとした調べに変わる。
その変化に、会場の誰もが気づいた。
――最後の曲だ。
この曲は、ただ一つの意味を持つ。
大切な人と踊るための曲。
人の流れが、自然とほどけていく。
中央に、静かな空間が生まれた。
ゼファールは、動かなかった。
待つと決めた場所に、立っていた。
その前に――
リュカが、歩いてくる。
一歩ずつ。
迷いはない。
リュカが目の前まで来た。
さっきまでの堂々とした態度から、照れが出てきたような表情になる。
「ゼファ」
声は、わざとぞんざい。
「踊ってやってもいいよ」
――その瞬間。
リュカの顔が、真っ赤になる。
隠しきれず、尻尾がぼわっと膨らんで、揺れた。
ゼファールは、思わず小さく吹き出した。
「……はい?」
リュカは、ぎゅっと唇を噛む。
一拍、間を置いてから、視線を上げた。
「……ぼ、僕と、踊ってください」
声は震えている。
でも、逃げなかった。
ゼファールは、何も言わずにうなずいた。
差し出された手を、取る。
指が触れた瞬間、空気が変わった。
音楽に身を委ね、二人は中央へ進む。
リュカは――美しかった。
ぎこちなさは、もうない。
身体の使い方も、間の取り方も、自然だ。
まるで、舞っているようだった。
ゼファールに導かれるのではなく、
並んで、踊っている。
会場の視線が、集まっている。
ざわめきが、次第に静まっていった。
誰もが、言葉を失った。
――ただの主従ではない。
――保護でも、庇護でもない。
そう、誰の目にも明らかだった。
ゼファールとリュカは、お互いが選び合った二人だ。
リュカの尻尾が、リズムに合わせて揺れる。
ピンと立った耳が、灯りに照らされる。
ゼファールは、微笑んだ。
ああ。
これでいい。
リュカは、隣に立つ存在になったんだ、と。
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