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54.僕の知らない顔
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執務棟の回廊は、いつも人の出入りが多かった。
リュカは壁際に立ち、少し離れた場所にいるゼファールを見ていた。
複数の種族の代表者に囲まれ、低い声で指示を出す姿。
背筋が伸び、表情は引き締まり、笑みはない。
それでも、周囲の視線を自然と集めている。
(……)
胸の奥が、ちくりとした。
ゼファールの隣に立つ亜人の女性が、何かを報告している。
ゼファールは頷き、短く言葉を返す。
それだけなのに。
それだけなのに、リュカは目を逸らせなかった。
(あんな顔……)
自分には見せない顔。
自分には、もっと柔らかくて、甘くて、過保護な顔しかしないくせに。
(……ずるい)
気づいたら、尻尾がぶわっと膨らんでいた。
「……」
リュカは腕を組み、無意識に壁を蹴る。
リュカが執務棟を出ていくのが見えた。
ゼファールは追いかけて、二人きりになった。
「……」
リュカは無言で歩いている。
いつもより少し前を、早足で。
(機嫌が悪い)
それだけは、ゼファールにも分かった。
「リュカ」
「なに」
声が硬い。
「何かあったか?」
「……別に」
即答する。
そして、また少し歩く速度が上がる。
(……参ったな)
部下との折衝も、交渉も、戦場も得意だ。
けれど――
(こいつの機嫌だけは、本当に分からん)
ゼファールは、少し考えてから言った。
「さっきの会議か?」
リュカの耳が、ぴくっと動く。
「……仕事だろ」
「そうだが」
「ゼファは悪くない」
それは、否定でも肯定でもない。
ゼファールは眉をひそめる。
「……じゃあ、何だ」
素直に言った。
「俺は、お前が不機嫌な理由が分からない」
リュカは足を止めた。
振り返らないまま、ぽつり。
「……そう」
その一言に、全部詰まっていた。
ゼファールは、それを聞き逃した。
「なら、いい」
変に踏み込むのも違うと思った。
リュカはもう子どもじゃない。
そう自分に言い聞かせる。
「今日は用がある。夕方には戻る」
「……分かった」
リュカの声が小さい。
ゼファは一歩近づき、手を伸ばす。
「留守番、頼むな」
頭を撫でようとして――
その手は、途中で止まった。
(……嫌がるか?)
迷って、結局、手を下ろす。
「……じゃあ」
それだけ言って、背を向ける。
数歩歩いてから、足が止まった。
(……いや)
胸の奥が、妙に引っかかる。
振り返ると、リュカは俯いたまま立っていた。
尻尾が、しゅんと垂れている。
(……何だ、それ)
理由は分からない。
でも……。
ゼファールは戻り、何も言わずにリュカを抱き寄せた。
「……っ」
一瞬、抵抗しかけて、止まる。
「……行く」
耳元で、短く言う。
「戻ったら一緒に夕食にしよう」
言い訳みたいな声だった。
リュカは、ぎゅっと服を掴む。
「……ばか」
小さな声。
「ほんと、ばか……」
ゼファールは、その意味をまだ理解できていなかった。
その日、ゼファールは少し遅くまで仕事が終わらなかった。
廊下を歩いていると、後ろから気配がついてくる。
分かりやすい足音。
「……リュカ」
「なに」
短い返事だけど、さっきの不機嫌さは薄れている。
(直ってるな)
理由は分からないけど。
さっき執務室を出る前、「戻ったら一緒に夕食にしよう」と言ったからか?
それだけで?
(……単純だな)
悪い意味じゃない、むしろ、少し安心する。
そこへ、曲がり角から数人の貴族が現れた。
他領から来た使者らしい。
「これはこれは、魔王殿」
笑顔で近づいてくる。
リュカは嫌な感じがして、耳が横向きになって、警戒してしまう。
軽い世間話の後、遠回しな言葉が続く。
「ところで、魔王殿はまだ正式な伴侶を迎えておられないと伺いましたが」
その瞬間。
リュカの尻尾が、ぴくっと跳ねた。
(……来たな)
ゼファールは、即座に答えた。
「その話は受けない」
間も置かずに、即答。
貴族が目を瞬く。
「ですが、殿の立場を考えますと――」
「考えた上でだ」
声は低く、迷いがない。
「俺の伴侶は、もう決まっている」
ぴたり、と空気が止まった。
貴族たちは言葉を失い、ぎこちなく頭を下げて去っていった。
廊下に残ったのは、二人だけ。
「……」
リュカは、しばらく黙っていた。
(……あれ)
さっきまで、胸の奥がざわざわしていたはずなのに。
いつの間にか、すっと落ち着いている。
ゼファールは何事もなかったように歩き出す。
「夕食、何がいい?」
「……」
リュカは少し遅れてついていく。
「……なんで、あんな即答なんだよ」
「ん?」
「縁談」
「面倒だからだ」
ゼファールは即答する。
リュカの足が止まる。
「……それだけ?」
「それ以外に何がある」
ゼファールは本気で分かっていない顔をしている。
リュカは、ぎゅっと拳を握った。
(……ばか)
でも、胸の奥が、じんわり温かい。
「……」
小さく息を吸って、ぶっきらぼうに言う。
「……ゼファの伴侶は」
「?」
「……僕だけだろ」
ぽつり。
耳が真っ赤で、尻尾は正直に、もふもふ揺れている。
ゼファールは、一瞬目を瞬かせてから――
少し遅れて、理解した。
「ああ」
そして、当然のように言う。
「何を今さら、他に誰がいる」
リュカの顔が一気に赤くなる。
「……っ!」
ゼファールは歩み寄り、無意識に頭に手を置く。
「だから断った」
説明でも、慰めでもない。
事実を述べただけ。
リュカは、耐えきれずにゼファの服を掴んだ。
「……ほんとに。
……ほんと、ずるい」
ゼファは、その意味を完全には理解していなかったが、リュカが機嫌を直したことだけは、分かった。
※昨日、更新できなかったので、今日は2回更新します。
リュカは壁際に立ち、少し離れた場所にいるゼファールを見ていた。
複数の種族の代表者に囲まれ、低い声で指示を出す姿。
背筋が伸び、表情は引き締まり、笑みはない。
それでも、周囲の視線を自然と集めている。
(……)
胸の奥が、ちくりとした。
ゼファールの隣に立つ亜人の女性が、何かを報告している。
ゼファールは頷き、短く言葉を返す。
それだけなのに。
それだけなのに、リュカは目を逸らせなかった。
(あんな顔……)
自分には見せない顔。
自分には、もっと柔らかくて、甘くて、過保護な顔しかしないくせに。
(……ずるい)
気づいたら、尻尾がぶわっと膨らんでいた。
「……」
リュカは腕を組み、無意識に壁を蹴る。
リュカが執務棟を出ていくのが見えた。
ゼファールは追いかけて、二人きりになった。
「……」
リュカは無言で歩いている。
いつもより少し前を、早足で。
(機嫌が悪い)
それだけは、ゼファールにも分かった。
「リュカ」
「なに」
声が硬い。
「何かあったか?」
「……別に」
即答する。
そして、また少し歩く速度が上がる。
(……参ったな)
部下との折衝も、交渉も、戦場も得意だ。
けれど――
(こいつの機嫌だけは、本当に分からん)
ゼファールは、少し考えてから言った。
「さっきの会議か?」
リュカの耳が、ぴくっと動く。
「……仕事だろ」
「そうだが」
「ゼファは悪くない」
それは、否定でも肯定でもない。
ゼファールは眉をひそめる。
「……じゃあ、何だ」
素直に言った。
「俺は、お前が不機嫌な理由が分からない」
リュカは足を止めた。
振り返らないまま、ぽつり。
「……そう」
その一言に、全部詰まっていた。
ゼファールは、それを聞き逃した。
「なら、いい」
変に踏み込むのも違うと思った。
リュカはもう子どもじゃない。
そう自分に言い聞かせる。
「今日は用がある。夕方には戻る」
「……分かった」
リュカの声が小さい。
ゼファは一歩近づき、手を伸ばす。
「留守番、頼むな」
頭を撫でようとして――
その手は、途中で止まった。
(……嫌がるか?)
迷って、結局、手を下ろす。
「……じゃあ」
それだけ言って、背を向ける。
数歩歩いてから、足が止まった。
(……いや)
胸の奥が、妙に引っかかる。
振り返ると、リュカは俯いたまま立っていた。
尻尾が、しゅんと垂れている。
(……何だ、それ)
理由は分からない。
でも……。
ゼファールは戻り、何も言わずにリュカを抱き寄せた。
「……っ」
一瞬、抵抗しかけて、止まる。
「……行く」
耳元で、短く言う。
「戻ったら一緒に夕食にしよう」
言い訳みたいな声だった。
リュカは、ぎゅっと服を掴む。
「……ばか」
小さな声。
「ほんと、ばか……」
ゼファールは、その意味をまだ理解できていなかった。
その日、ゼファールは少し遅くまで仕事が終わらなかった。
廊下を歩いていると、後ろから気配がついてくる。
分かりやすい足音。
「……リュカ」
「なに」
短い返事だけど、さっきの不機嫌さは薄れている。
(直ってるな)
理由は分からないけど。
さっき執務室を出る前、「戻ったら一緒に夕食にしよう」と言ったからか?
それだけで?
(……単純だな)
悪い意味じゃない、むしろ、少し安心する。
そこへ、曲がり角から数人の貴族が現れた。
他領から来た使者らしい。
「これはこれは、魔王殿」
笑顔で近づいてくる。
リュカは嫌な感じがして、耳が横向きになって、警戒してしまう。
軽い世間話の後、遠回しな言葉が続く。
「ところで、魔王殿はまだ正式な伴侶を迎えておられないと伺いましたが」
その瞬間。
リュカの尻尾が、ぴくっと跳ねた。
(……来たな)
ゼファールは、即座に答えた。
「その話は受けない」
間も置かずに、即答。
貴族が目を瞬く。
「ですが、殿の立場を考えますと――」
「考えた上でだ」
声は低く、迷いがない。
「俺の伴侶は、もう決まっている」
ぴたり、と空気が止まった。
貴族たちは言葉を失い、ぎこちなく頭を下げて去っていった。
廊下に残ったのは、二人だけ。
「……」
リュカは、しばらく黙っていた。
(……あれ)
さっきまで、胸の奥がざわざわしていたはずなのに。
いつの間にか、すっと落ち着いている。
ゼファールは何事もなかったように歩き出す。
「夕食、何がいい?」
「……」
リュカは少し遅れてついていく。
「……なんで、あんな即答なんだよ」
「ん?」
「縁談」
「面倒だからだ」
ゼファールは即答する。
リュカの足が止まる。
「……それだけ?」
「それ以外に何がある」
ゼファールは本気で分かっていない顔をしている。
リュカは、ぎゅっと拳を握った。
(……ばか)
でも、胸の奥が、じんわり温かい。
「……」
小さく息を吸って、ぶっきらぼうに言う。
「……ゼファの伴侶は」
「?」
「……僕だけだろ」
ぽつり。
耳が真っ赤で、尻尾は正直に、もふもふ揺れている。
ゼファールは、一瞬目を瞬かせてから――
少し遅れて、理解した。
「ああ」
そして、当然のように言う。
「何を今さら、他に誰がいる」
リュカの顔が一気に赤くなる。
「……っ!」
ゼファールは歩み寄り、無意識に頭に手を置く。
「だから断った」
説明でも、慰めでもない。
事実を述べただけ。
リュカは、耐えきれずにゼファの服を掴んだ。
「……ほんとに。
……ほんと、ずるい」
ゼファは、その意味を完全には理解していなかったが、リュカが機嫌を直したことだけは、分かった。
※昨日、更新できなかったので、今日は2回更新します。
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