魔王さまに抱かれるもふもふツンデレオオカミの僕

蒼井梨音

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55.好き?

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ゼファールの執務室で、書類を広げたまま眠りかけていたリュカは、無意識にゼファールの外套を掴んでいた。
「……」
自分で気づいて、はっとする。
(……なんで)
離れようとするのに、指が動かない。

ゼファールの匂い。
魔力の気配。
強くて、落ち着く。

(……あ)

胸の奥で、すとんと腑に落ちた。

(これ……)

好きだけじゃないのかもしれない。

安心。
信頼。
生きる場所。

オオカミの本能が、静かに囁いている。

――ここだ。
リュカは、そっと額を押し当てた。

「……ばか」

ゼファは、気づいていない。
気づかないまま、リュカの背に外套をかけた。



その日、魔王城の中庭は、いつもより賑やかだった。
成人の儀で顔を合わせた面々が、用事で城を訪れていたのだ。
久しぶり、という声が飛び交っている。

「リュカちゃん!」
「久しぶり!」
声をかけられ、リュカは少し照れながら手を振った。

「元気だった?」
「まあまあ」
他愛ない近況報告のあと、自然と輪ができる。

誰かが、ふと笑いながら言った。
「そういえばさ」

視線が、遠くの回廊へ向く。
そこには、部下と話すゼファールの姿があった。

「リュカちゃんって、魔王さまの伴侶なの?」

「……っ」
リュカは、一瞬言葉に詰まる。
「ま、まだ、だよ」

そう答えると、数人が目を丸くした。
「え、そうなの?」

「だってさ」
別の子が、くすっと笑う。
「魔王さま、リュカちゃんのこと見るときさ、顔違うよ?」
「優しいよね」
「分かる。あれ、絶対特別扱い」

リュカの耳が、ぴくっと動く。

「成人の儀のときのダンスもさ」
「うん、すごかった」
「息ぴったりだったよね」
「見てて、ちょっと照れたもん」

「……」
胸の奥が、じんと熱くなる。
(……そんなふうに、見えてたんだ)

自分では、必死で、素直になれないで、嫉妬ばかりして。
それなのに。

そこへ、明るい声が続く。
「私ね」
一人の女の子が、指先を絡めながら言った。
「今度、結婚するの」

「え!」
「おめでとう!」
「相手は?」

「幼馴染。成人の儀が過ぎたら結婚しようって、約束してて……」
照れた笑顔。
祝福の声をかけられる。

リュカは、少し遅れて笑った。
「……おめでとう」
言葉は出たのに、胸の奥が、ざわついている。

(結婚……)
ぼんやり、考える。

ゼファの隣。
魔王城。
伴侶。

(……僕も?)

そう思った瞬間、
なぜか、少し怖くなった。

自分はもう子どもじゃないと言い切れるのかな。
あの人の隣に、ちゃんと立てるのかな。

そのとき。

「リュカ」
低い声がした。

振り向くと、ゼファールが立っていた。

「そろそろ行くぞ」

「……あ、うん」

立ち上がる。
別れ際、誰かが小さく囁いた。

「大丈夫だよ」

「魔王さま、リュカちゃんのこと番みたいに見てるもん」

リュカは、何も返せず、ただ尻尾を揺らした。

ゼファールの横を歩きながら、心臓が、いつもより速く打っている。

(……僕も)
(いつか、ちゃんと)

言葉にはできないまま、でも、もう戻れない場所に
一歩踏み出してしまった気がした。



夜、灯りを落とした寝室で、ゼファールはベッドに腰掛けていた。
隣には、まだ人の姿のままのリュカがいる。
それだけが、いつもと違った。

普段なら、もうオオカミになって、
無意識のまま体温を求めてくる時間だ。

「……今日は、変わらないのか」
ゼファールが言うと、リュカは布団に潜りながら、小さく頷いた。

「……うん」

視線が合わない。
でも、距離は近い。
肩が触れそうで、触れない。

(……近い)

ゼファールは、手を伸ばせば触れられる距離にいながら、それができずにいた。
人の姿のリュカに触れるのは、「いつも」と同じではない。

意識してしまう。
リュカは、もぞもぞと動いて、ゼファールの方を向いた。
「……ゼファ」

「どうした」

「……」
一瞬、言葉を探すように唇が動く。

リュカは、ほっとしたように息を吐く。
そして、布団から出ると、ゼファールの隣に座って、ほんの少しだけ、距離を詰めた。

肩が、触れた。

ゼファの心臓が、はっきりと音を立てる。

リュカは、それに気づかないふりをして――
そっと、顔を上げた。

「……おやすみ」

軽く、短く、一瞬だけ、口付けた。
触れたか、触れていないか分からないほど。

次の瞬間、白い光が揺れて、リュカはオオカミの姿になる。
いつものように、無意識にゼファールの方へ身体を寄せる。

安心しきった呼吸。
「……」
ゼファールは、天井を見つめたまま、動けなかった。
(……ずるいな)
無意識の時は、こんなに近いのに。
意識した途端、これだ。

そっと、オオカミの背に手を置く。

触れるだけ。
「……おやすみ、リュカ」

返事はない。

ゼファールはその夜、一睡もできなかった。


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