魔王さまに抱かれるもふもふツンデレオオカミの僕

蒼井梨音

文字の大きさ
62 / 65

62.春を待つ日々

しおりを挟む
婚約が公になってから、城の空気が少し変わった。
領内に静かな高揚が広がっていって、
人々は「魔王が伴侶を得た」ことを祝福して、自然と次への準備が始まっていった。

廊下ですれ違う視線は柔らかくなり、侍女たちはどこか楽しそうに微笑んでいる。
今まで、「リュカ」とか「リュカちゃん」って呼んでた城の従者たちから、急に「リュカ様」なんて呼ばれてしまう。
それが全部、自分のことだから、リュカは居心地が悪くて、そして、少しだけ誇らしかった。

「もう後戻りできない」という緊張と、それ以上に
「隣に立つ覚悟が認められた」という実感が湧いてきた。


「そんなに、かたくなってんなよ」
魔術の術式を描きながらアルドに言われた。

リュカは手の上に小さな火球を作っては、吹き消している。
「べ、別に、かたくなってないよ。
ちょっと、考えてるだけ……」
そう言って、アルドのほうを見る。

アルドが描いた術式から小さい光の渦ができて、それをリュカのほうへ飛ばした。
リュカの周りに、あったかい優しい空気が満たされていく。
リュカの緊張がほぐされていくよう。

「リュカは、そのままで大丈夫だからさ」

アルドはそう言って、また魔術の術式を描き出した。




ゼファールは、変わらないようでいて、確実に変わった。

朝、書類に目を通している横で、何気なく肩に触れてくる。
指先が、確かめるように留まる。

「……何だよ」
そう言うと、ゼファールは顔も上げずに答えた。
「そこにいるのを確認してるだけだ」

そんな理由、今までなかったくせに。
リュカは鼻を鳴らし、わざと視線を逸らした。
けれど尻尾は、正直に、ゆるくぱたぱた揺れていた。


夜は、もっと近い。

リュカがヒトの姿のまま、同じベッドに入るのが、もう当たり前になっていた。
ゼファールの腕は、以前より迷いなく回された。
抱き寄せる力は強くないのに、離す気がないことだけははっきりしている。

「……くっつきすぎ」
小さく文句を言うと、ゼファールは低く笑った。
「婚約者だぞ?」

その一言が、ずるい。
反論できずに黙ると、頭の上に顎が乗せられた。
耳元に、ゆっくりとした呼吸が触れる。

触れ方だけが、はっきりと伴侶らしいものになっていた。

そう思うと、胸の奥が、くすぐったくなる。


昼間は、相変わらず忙しい。

剣の稽古も、魔術の訓練も、王妃教育もある。
気を抜けば、すぐに置いていかれる。

それでも、戻る場所が決まっているのは、心強かった。

稽古の帰り、汗を拭きながら執務室を覗くと、
ゼファールは気づいて、すぐに視線を上げる。

「終わったか」
「ああ」

それだけの会話なのに、
「帰る場所が同じだ」と思えることが、嬉しい。


ある夜、リュカはふと聞いた。
「……結婚、したら」

ゼファールが動きを止める。

「俺、ちゃんと隣に立てるかな」
自分でも驚くほど、弱い声だった。

ゼファールは答えず、代わりにリュカを抱き寄せた。
額に、静かに口づける。
「もう立ってる」

短く、それだけ。
それ以上は言わない。
慰めもしない。

でも、その腕の中は揺るがなかった。

リュカは小さく息を吸い、
ゼファールの胸に額を押し付ける。
「……ずるい」
「そうか?」
「……うん」

尻尾が、ぼわっと広がる。
ゼファールは、嬉しそうにそれを撫でた。


そして、春は、ゆっくり近づいていた。

まだ準備は山ほどあって、不安が消えることもない。

それでも、夜ごと重なる体温と、
朝ごと交わす何気ない視線が、

「一人じゃない」と、何度も教えてくれた。

リュカは、ゼファールの腕の中で目を閉じる。

この日々の先に、人々の前で誓う未来がある。

――逃げない。
今度こそ。

ゼファールの胸に顔を埋め、リュカは、春を待った。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

鬼神と恐れられる呪われた銀狼当主の元へ生贄として送られた僕、前世知識と癒やしの力で旦那様と郷を救ったら、めちゃくちゃ過保護に溺愛されています

水凪しおん
BL
東の山々に抱かれた獣人たちの国、彩峰の郷。最強と謳われる銀狼一族の若き当主・涯狼(ガイロウ)は、古き呪いにより発情の度に理性を失う宿命を背負い、「鬼神」と恐れられ孤独の中に生きていた。 一方、都で没落した家の息子・陽向(ヒナタ)は、借金の形として涯狼の元へ「花嫁」として差し出される。死を覚悟して郷を訪れた陽向を待っていたのは、噂とはかけ離れた、不器用で優しい一匹の狼だった。 前世の知識と、植物の力を引き出す不思議な才能を持つ陽向。彼が作る温かな料理と癒やしの香りは、涯狼の頑なな心を少しずつ溶かしていく。しかし、二人の穏やかな日々は、古き慣習に囚われた者たちの思惑によって引き裂かれようとしていた。 これは、孤独な狼と心優しき花嫁が、運命を乗り越え、愛の力で奇跡を起こす、温かくも切ない和風ファンタジー・ラブストーリー。

死神は結婚生活が楽しすぎて探し物をすぐ忘れる

ユーリ
BL
「俺たち本当の夫婦になろうな」 駆除対象である死神に出された条件は、なんと結婚! 死神は生きるためにその条件を飲むけれどーー 「お前と結婚してよかった」生かす代わりに結婚を条件に出した悪魔×突然変異で生まれた死神「僕の鎌知りませんか!?」ーー死神は落とした鎌を探そうとするけれど、悪魔との結婚生活が楽しくてすぐに忘れてしまい…。

推し様たちを法廷で守ったら気に入られちゃいました!?~前世で一流弁護士の僕が華麗に悪役を弁護します~

いつく しいま
BL
下級兵の僕はある日一流弁護士として生きた前世を思い出した。 ――この世界、前世で好きだったBLゲームの中じゃん! ここは「英雄族」と「ヴィラン族」に分かれて二千年もの間争っている世界で、ヴィランは迫害され冤罪に苦しむ存在―― いやっ僕ヴィランたち全員箱推しなんですけど。 これは見過ごせない……! 腐敗した司法、社交界の陰謀、国家規模の裁判戦争――全てを覆して〝弁護人〟として推したちを守ろうとしたら、推し皆が何やら僕の周りで喧嘩を始めて…? 「俺のものになって」 「ちょっと、この子を独占しないでよ」 「お前こそ」  ちょっと困るって!   これは、法的事案だよ……! *** ※男主人公をめぐる逆ハーレムあり ※法廷・ミステリーパートの描写あり(基本理解できる範囲になっております) 以前こちらで投稿していた作品を、2章の構成を整えて再投稿します。以前読んでくださっていた方、本当にありがとうございました。36話まで1日3回(11時半、15時半、19時半)予約投稿済みです。

チョコレートがつなぐ二つの世界

一ノ瀬麻紀
BL
憧れの先輩に渡せなかったチョコレートを持ったまま、異世界に転移した天音(アマネ) 突然知らない世界に迷い込んだ天音に手を差し伸べてくれたのは、流れの冒険者のアランだった。 初めは戸惑っていた天音も、アランのおかげでこの不思議な世界にも慣れ、充実した日々を過ごしていた。 けど、そんな平和な日々は突然終わりを告げた。 突如として現れた光に包まれ、天音は気づいたら元の世界に戻っていた――。 チョコレートがつなぐ、二人の物語です。 Xにツイノベとして公開したものを改稿しました。 結構変わっているので、ツイノベで読んだ方にも楽しんでもらえると思います。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

聖女を演じた巻き添え兄は、王弟殿下の求愛から逃げられない

深嶋(深嶋つづみ)
BL
谷口理恩は一年ほど前、妹と一緒に異世界に転移してしまった。 聖女として魔術の才を開花させた妹・世奈のおかげもあって、二人はアルゼノール王国の大教会に保護され、不自由のない暮らしを送ることができている。が、最近は世奈の奔放さに理恩は頭を抱えることもあった。 ある日、世奈の仕事を肩代わりした理恩は、病に臥せっている幼い第二王子・イヴァン王子のもとに参じることに。 ――「僕が大人になったら、僕の妃になってくれませんか」。 何度も謁見を重ねるうちに理恩に懐いた彼は、目の前の聖女が偽者であることに気付かぬまま、やがて理恩に求愛する。 理恩は驚き、後ろめたい気持ちを抱きながらも、「大人になっても同じ気持ちでいてくれたなら」と約束を交わした。 その直後、何者かの陰謀に陥れられた世奈の巻き添えとなり、理恩は辺境の地へと飛ばされてしまい……。 ――数年後、アルゼノール王国を出て世界中を巡っていた理恩は、とある国で偶然、王弟・イヴァンと再会する。 傷心の旅をしているのだという彼は、どういうわけか理恩との交流を持ちたがって――?

処理中です...