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3-2.
しおりを挟む翌日、さっそくリナリアはフィグルドに連れられて、カテラの街に唯一ある教会へと訪れた。
信仰と魔法の世界というだけあって、神への祈りを捧げる教会と人々の結びつきは深いらしい。毎週日曜日の礼拝には、教会が住民で溢れる。だからか、リナリアが知る教会よりも建物として大きく広い印象を受ける。鐘のついた尖った屋根の建物に繋がるように、石造りの平屋が続いていた。
カテラの街は交易の街であり、色々な国の人が行き交うため、教会では五神全てが祀られている。それぞれが信心する神へ祈りが捧げられる構造になっている。
無信心なリナリアからすると、教会への関心というより、どこまでも真っ白い壁や天井一面のステンドグラスが美しいな、と感じる程度だが。そして、一番自分がいた世界と違うのは本当に神様が「存在する」ところだ。この世界は神に守護されていると、はっきりとその現実を聖騎士という人ならざる力を持った者達が示している。
かくいうリナリア自身も、聖女の役割を与えられた時、愛の女神レプスと会っているため、神の存在を疑うことはない。
白く清潔に磨かれた大理石の廊下を進むと、大きな扉が目の前に現れる。重厚感のあるオークの素材は、決して華美ではないが歴史を感じる佇まいだ。
この先は、一般の住民が足を踏み入れることが許されない、神との対話を目的とした部屋。
各地の教会には、聖騎士が訪れた際に神との対話を可能にするために必ずこういった専用の部屋を設えてあるらしい。
フィグルドは扉の重さを感じさせない動きで開くと、リナリアをエスコートするように手を腰に回しかけて、止まる。
彼の無意識の「夫婦としての距離感」に、リナリアが驚いて身体を硬くしたからだ。敏感に察して、彼はその手を差し出す形へと変えた。
まだ知り合って間もない相手との距離感へ変化したことに、ほっと息をついて、リナリアは素直に手を取った。
「部屋の中では、俺の手を離さないで欲しい。いいね?」
幼い子供に言い聞かせるようにゆっくりと話す。リナリアは以前も受けた説明を思い出して、了承の意味を込めて頷いた。
神に会えるのは、神に許された愛し子だけ。つまり、たとえリナリアが聖女であったとしても、フィグルドの信仰神である雷神ティガーに直接会うことは本来あり得ない。
逆に、フィグルドがどんなに願おうと、愛の女神レプスに彼が会うことは叶わない。ただし、一つだけ抜け穴がある。それは、愛し子の身体に触れ、愛し子自身が神の守護を願った者であれば、共に会うことが出来る。
だが、万一神との対話の空間で愛し子の手を離せば、異端児として永久に闇をさ迷うことになるという縛りが課されている。
大変危険を伴うため、滅多に聖騎士達は自分以外の者を連れて、信仰神と対話することはない。
また、神の存在自体が人ならざるものであるがゆえに、相対するだけで精神に負担をかけてしまうらしく、通常の人間であれば、気が触れてしまうのだそうだ。つまるところ、共に神の空間へといけるのは同じく神と対話ができるほどの資質の持ち主だけ、ということになる。
部屋の中に引かれるまま足を進める。そこは、真っ白な何もない空間だった。唯一高い位置に日の光を入れるためと、換気の役割である窓がついているだけだ。
王都にある雷神ティガーだけを祀っている教会と違って、さほど一室の中は広くない。だが、神との対話では神のいる次元へと精神が転移するため、部屋の広さは問題ではなかった。
フィグルドは改めてリナリアの手を握る力を込めて、何もない空中へと語り掛けた。
「雷神ティガーよ。我の呼び声に応えよ」
凛とした声が、真っ白な空間に反響した。
すると、窓は閉じられているのにどこからともなく風が巻き起こり、二人の髪がふわりと靡いた。
直後、目を射るような眩い光が柱のように周囲に発生し、次いでドォンッと耳を塞ぎたくなるほど大きな音が辺りに響き渡った。まるで荒れ狂う嵐の雷撃が同時に発生したかのごとき衝撃だ。びりびりと肌を刺す感覚に、思わずリナリアは恐怖でフィグルドの左腕にしがみついた。
彼の視線は何もない虚空に固定されたままだ。
しばらく自分達のまわりに無数の光が走り、耳をつんざく轟音が続く。普通の人間なら、恐怖に腰を抜かしていただろう。それほど恐ろしい光景だった。いつかこの雷撃が身を貫くのではないかという錯覚が襲ってくるのだから。けれどリナリアは、自分の右手をしっかり握りしめたまま動じないフィグルドの姿に、恐怖心はあれどどこか彼がいれば大丈夫だと、思えた。
景色は完全に空の中へ放り出された感覚に変化し、暗雲とした雲の間を何本もの雷が閃いている。
しばらくして、ひと際大きな光の柱が一本、二人の前に落ちた。
空気が割れるほどの衝撃と音を纏い、眩い光をバリバリと弾かせながら、光が人の形を象っていく。
そうして、火花が収まると空中に、鋭い瞳と大きな口と牙を持ち、丸い耳をした身の丈3mはありそうな、神が降臨していた。
雷神ティガーは名の通り、頭が虎の姿をした屈強な男神だ。その能力の根源は真実と光であり、聖騎士へ与える魔法属性は雷である。だからか、ティガーの周りには常にパチパチと雷の残滓のような細かな火花が散っている。
『……』
リナリアは、初めてレプス以外の神と対面した。ティガーは大きくて恐ろしい。その鋭くも厳格な瞳は、自分の小さな後ろめたいことすらも見透かしてきてしまいそうだ。存在そのものが畏怖の感情をもたらし、己の罪に泣き崩れたくなる。女神に会ったことがあるリナリアですら、罪を全て暴かれる前に、この場から逃げ出したいと感じてしまうほどだ。
自然と、しがみついたフィグルドの腕を掴む手に力が入る。
「……妻を怯えさせないでくれ。ティガー」
フィグルドの淡々とした言葉に、ティガーがこちらを睥睨した。しばしの静寂がその場を包む。口元から覗く鋭い牙に、リナリアが視線を奪われ、こくり、と喉を鳴らした直後。
『何用だ』
頭の中に直接響く、獣が低く唸るような声。それでも、彼が告げた言葉が何であるか理解できる。
聖騎士達のミドルネームは神の祝福によって名乗ることを許される。そして聖騎士達は祝福を与えた神と唯一対話が出来るようになる。彼らの言う『神託』とは、まさに直接神から与えられた言葉だった。
リナリアが愛の女神レプスに召喚されたあの日、普段は神から聖騎士達へ接触することはないにも関わらず、彼ら全員が突如「神の空間」へと引きずりこまれた。そこで聖女召喚の時間、場所などの神託をそれぞれが同時に受けたという。
フィグルドはまっすぐにティガーを見つめ、口を開いた。
「女神レプスに目通りを願いたい」
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