拝啓、聖騎士様。もうすぐ貴方を忘れるから離縁しましょう

花虎

文字の大きさ
10 / 80

4.記憶の試練

しおりを挟む



フォルティアーナを形成する五つの王国の中心に、愛の女神レプスを祀る神殿がある。確か、召喚された後に莉奈が神託と祝福を受けて「リナリア」となったのもこの場所だ。

それは、覚えているが。その場にフィグルド……彼がいた記憶はリナリアにない。

この、愛の女神を祀る神殿へは人の力で行こうとすると数週間かかる。何故なら険しい山々に囲まれた渓谷に建てられているからだ。
 
 だが、今回は雷神ティガーの力により、ほぼ瞬きをするくらいの速さで、その神殿の上空へと移動した。

 浮遊感が身体を包んでいる。

本来肉体を浮かせることは、風神ホークの能力でしか叶わない。つまり、今女神の神殿へやってきたのはあくまで精神体ということだ。

 おそらく肉体はまだカテラの教会にあるだろう。

『レプスよ』
 
 雷神ティガーの呼びかけに呼応し、青空が雲を裂き、温かな光が辺りを包んだ。天上からまるで舞い降りるように、天女の羽衣のような薄布を身体に巻き付けた人ならざる美しさを持つ美女がその姿を現した。

 豊満な胸に、くびれた腰。縁どられた銀の睫毛は長く、神秘的な銀灰色の瞳がゆっくりと開かれる。

 風も吹いていないのに空中にふわりと靡く白銀色の髪は、足先まで長く広がっている。妖艶な大人の女性にも、何も知らない純真無垢な少女にも見える不思議な魅力を持つ女神が、眼前に降臨した。

 女神レプスはリナリアを見つけると、先ほどのティガーの恐ろしさとは対照的に、にっこりと慈愛の微笑みを浮かべる。
 
『久しいな。聖女リナリア』

 愛の女神と呼ばれるに相応しい、美しく荘厳なその姿に、見ているだけで感情が揺さぶられ、高ぶり、泣きたくなる衝動に駆られる。

 神という存在はいつだって、人間の剥き出しの心を無遠慮に撫でていく。

 ティガーと相対した時に感じた感情との落差に、リナリアは知らず息を詰めてしまう。ティガーの時は自分の罪を暴かれる不安と畏怖を感じたが、レプスには自分の柔らかいところをその手の中に収められているような一種の恐ろしさを感じる。

 喜びも悲しみも怒りさえも、彼女の指先一つで支配されてしまう感覚だ。

 ひとまず挨拶としてわずかに頭を下げるに留める。そんなリナリアをしばし見つめてから、女神は少し驚いた表情で口元に手をあてた。
 
『あら……あらあら』
 
それからふわりと空中を移動して、リナリアの顔を覗き込む。まるで少女のようなあどけない仕草で。その美しい顔が眼前に迫り、リナリアは無意識に身体を緊張に硬くした。その様子を気にするでもなく、レプスは目を細めた。
 
『貴方、記憶を失くしたのね』
 
雷神ティガーとはまったく違う距離感に、今度はリナリアがフィグルドの手をぎゅっと握った。

 レプスは、私が記憶を失ったことを知っている?

つまりそれは、彼の予測が当たったという証左にはならない。

『ふふ、そう。なるほどね』
 
レプスは一人納得したように微笑んで頷く。

 あまりにも気安い空気感に、なんだか拍子抜けしてしまう。
 
「女神レプスよ。私と対話を願えるか」
 
横合いからフィグルドがそう願い出ると、レプスはちら、と視線を彼の方へ向けて顎に人差し指を当てた。
 
『ダメよ。貴方はティガーの子でしょう?ティガーの赦しがないと』
 
 フィグルドはじれったそうに眉間に皺を刻むと、これまでこちらの様子を二人の背後から静観していたティガーを振り返った。
 
「許可を」
『……構わん』

 レプスの余裕ある表情を見るに、ティガーが許可を出すことなどお見通しだったようだ。にもかかわらず、わざわざ彼の意思を確認させた。

 リナリアは、神の間でも何か決まり事があるのかもしれない、と考えながら視線をフィグルドへ向けた。

「女神レプスよ。我が妻であるリナリアの記憶の消失は、貴方の仕業か」
 
率直にそう問いかけると、レプスはにんまりと口元に弧を描く。
 
『そうよ、と言ったら?』
 
一瞬走ったフィグルドの剣呑な瞳の光を見逃さなかった。

目を瞬くよりも早く、フィグルドの首元に雷神ティガーの鋭い爪が背後から添えられていた。

 リナリアは走った緊張に、呼吸を忘れる。
 
『剥奪どころか、ここで存在そのものを消し去るつもりか?』



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

「妃に相応しくない」と言われた私が、第2皇子に溺愛されています 【完結】

日下奈緒
恋愛
「地味な令嬢は妃に相応しくない」──そう言い放ち、セレナとの婚約を一方的に破棄した子爵令息ユリウス。彼が次に選んだのは、派手な伯爵令嬢エヴァだった。貴族たちの笑いものとなる中、手を差し伸べてくれたのは、幼馴染の第2皇子・カイル。「俺と婚約すれば、見返してやれるだろう?」ただの復讐のはずだった。けれど──これは、彼の一途な溺愛の始まり。

【完結】 君を愛せないと言われたので「あーそーですか」とやり過ごしてみたら執着されたんですが!?

紬あおい
恋愛
誰が見ても家格の釣り合わない婚約者同士。 「君を愛せない」と宣言されたので、適当に「あーそーですか」とやり過ごしてみたら…? 眉目秀麗な筈のレリウスが、実は執着溺愛男子で、あまりのギャップに気持ちが追い付かない平凡なリリンス。 そんな2人が心を通わせ、無事に結婚出来るのか?

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

「俺にしがみつくのはやめろ」と言われて恋が覚めたので、しがみつかずにリリースします。相容れないとほざくあなたは、今、私に捨てられましたわ

西野歌夏
恋愛
前世でフラれた記憶を思いだしたフローラ・ガトバンは、18歳の伯爵令嬢だ。今まさにデジャブのように同じ光景を見ていた。 エイトレンスのアルベルト王太子にまつわるストーリーです。 ※の付いたタイトルは、あからさまな性的表現を含みます。苦手な方はお気をつけていただければと思います。 2025.5.29 完結いたしました。

処理中です...