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しおりを挟む「召喚された聖女が、闇神フォグを退けた後は、この世界は数百年の安寧を得る。それは歴史上繰り返してきた事実だ。だが、人は平和になると欲をかく」
フィグルドはそこで一旦言葉を切って、視線をテーブルの上にバラまかれた大量の絵姿に落とした。
「リムは王族の権限が強い国であるがゆえに、エカルラートのように強権を振るうことができるが、サイアスではそうはいかない。闇神フォグによる滅びの恐怖を忘れた人々は、私腹を肥やし、他者を蹴落とすことに夢中になる」
サイアス国は大国であるがゆえに、そういった政治的な争いが歴史上絶えない。そして近年、闇神フォグの復活と汚染が始まり、人間同士で争っている場合ではないというのに、貴族階級は自分達だけは無事だという思い込みにより利権争いをやめられなくなっていた。それは、闇神フォグの被害が出るのが一番遅いということも理由の一端となっていた。
本来であれば、国どころか、この世界に生きる者全てが力を合わせて立ち向かわなければならないほどの厄災だ。だというのに、目の前の利益にしがみつく国の中枢陣が大半であった。いよいよ聖女召喚が近いと予感したフィグルドは、時間をかけて証拠を集め、侯爵の権限でもって、当時腐っていた高位貴族の一派を一気に粛清した。
聖女が召喚された時、この国の腐敗した権力闘争に「何も知らない無垢な少女」が利用されないために。
「俺たちは違う国の所属だから、さすがに手助けはさほど出来ない。だから、ほとんどこいつ一人でやったんだがな。まぁ証拠集めくらいは手伝ったか」
なんてないことのようにディーは言うが、結構重たくて大きな話ではないだろうか、とリナリアが呆然と絵姿の束に視線を落とした時。間に挟まっていた一枚の絵が視界に引っかかった。艶やかな赤毛……夢の中で見た「赤」が、フラッシュバックする。
リナリアは思わず埋もれているその紙を引っ張り出した。
出てきたのは、椅子にお行儀よく座っている赤毛の美しい女性。意志の強そうな瞳と、上品な微笑みは、貴族令嬢として完璧な姿だ。何より、特徴的な口元の右下にある小さな黒子が、リナリアに夢の人物と同一人物であると確信させた。
「この……人―――……」
リナリアの呟きに、ディーが興味を持ったのか、手元を覗き込んでくる。
「あぁ、カリーテ嬢か」
あっさりと、女性の名前が知れる。リナリアは驚いてディーを見る。フィグルドがわずかに眉間に皺を寄せたことには気づかない。ディーはリナリアの視線を受けて、少しだけ失敗した、という顔になる。
彼のこういう表情は珍しい。
だけど、確かに掴んだ糸口に、リナリアが懇願するように目に力を込めて見つめると、ディーは居心地悪そうに頭をかいた。
「カリーテ・ドラスランテ。元ドラスランテ侯爵の娘だ」
「元……?」
「さっき言ったろ、大量粛清があった、と。ドラスランテ侯爵もその中にはいた。んで……カリーテ嬢は、フィグルドの婚約者だった」
こん……やくしゃ……?
リナリアの顔がゆっくりとフィグルドの方に向く。彼の表情は変わっていないように見える。淡々と、感情の読めない声で説明を受け継いだ。
「ドラスランテ侯爵の爵位剥奪により、侯爵家は没落し、婚約は解消されている。彼女は何も知らなかったことが調査により証明され、子爵家へ養女として保護された」
「じゃぁ……ここに入っているということは……」
ディーが最初にこの紙束を持ってきたときに言った「怪しい奴をリストアップしといた」を思い出す。
どくどくと、心音があがっている。
ディーがリナリアの心を読んだかのように、代わりに言葉にした。
「ま、フィグルドの命を狙ってる奴らだな」
「……!」
「ディー、説明が大雑把すぎる」
フィグルドが嗜めると、ディーは面倒くせぇなぁ、と椅子を引きずってきて二人の前に背もたれを向けると跨いで腰をかけた。
そういう細かい説明は任せたとばかりに背もたれに肘と顎を乗せたディーに、フィグルドは仕方ないな、と小さく息を吐く。改めてフィグルドはリナリアに向きなおると、尋ねた。
「リナリア、闇神フォグの力を、どこまで女神から聞いている?」
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