拝啓、聖騎士様。もうすぐ貴方を忘れるから離縁しましょう~履いてない!?聖女逃亡手記~

花虎

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25.一部の記憶

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 やってしまった……

 「無の力」は回避案がないか探ってから最終手段で使うつもりだったのに。

 リナリアは目覚めた寝台の上でがっくりと肩を落とした。目覚めた時には窓の外はオレンジ色に染まっていた。たしか、全員で作戦会議をしていたのはお昼頃だったはず。ゆうにあの濃厚なまぐわいから、数時間経っていた。
 
 でもでも……仕方ないよね?あの流れは……その……逃げられなかった……し……
 
 自分でもそんなはずはないとどこかでわかっていながら内心で言い訳をする。フィグルドは、十分にリナリアがあそこから逃れる間は作ってくれていたように思う。だけど、そうしなかったのは確かに自分だ。

 彼に触れて欲しいと、きっと無意識に望んでいたのが見透かされた気がした。
 
 だって、すごく……その、すごく、気持ち良かった……んだもん……

 自分の身体が綺麗になっていて、夜着も下着もきちんと着せられて目が覚めたことを再確認して、リナリアはぼすりと身体を寝台へ倒した。どろどろになったはずのシーツも憎らしいほど綺麗だ。

 うぅ……恥ずかしい……

 リナリアが惰眠を貪っている間に全てやってくれたフィグルドの気遣いに、ますます胃がキリキリと痛んだ。

 まだあそこに彼の形が留まっているような感覚が、羞恥をさらに加速させる。

 今は、顔をまともに見られる自信がないので、ある意味カリーテの元へ出かけてくれてよかったと思う。

 とにかく、頭を整理しよう。ひとまず「無の力」を使ったということは、あの予知夢の通りにはならないはず。

 フィグルドは、死んだりしない。

その事実に、ほっとする。自分でも知らないうちに、彼の行く末に神経をすり減らしていたのだと気づく。それから、ふと疑問が浮かんだ。

 でも無効にする力ってどういう形で発動するのだろう?偽装婚約自体は出来事として起こるのかな?それとも偽装婚約自体をしなくてよくなるとか?

 何にしろ、まずは手記に「無の力」を行使したことを直接的な表現は暈して書き留めておこうと身体を起こすと、サイドテーブルにおいたそれに手を伸ばした。
 
 ……あれ?

ぴたり、と手が空中で止まる。

 今回「無の力」を使ったのは二回目だ。それは、覚えている。二回目ということは、一回目があったはずだ。なのに、リナリアは今、それを思い出せない。

 一回目の時はどんな予知夢を見て、どういう流れで「無の力」を行使し、凶事を回避したのか。
 
 嘘……。ど忘れしただけだよね?たしか、手記に書いてあったはず……
 
そう思って改めて手記を手に取って一年ほど前の記録を開いて、リナリアは言葉を失った。

 そこにあったのは確かに自分の筆跡なのに、「認識できない文字」だった。読めないのではない。読もうと思うと脳が拒否するような気持ちの悪い感覚だ。目が滑る。慌てて最近のところまでページを戻すと。

 そこにはしっかり最近の出来事が書かれている。文字もしっかりと読めた。
 
「……どういうこと……?」
 
 わけがわからずもう一度古い記録を見るが、何も変わらない。一体どこまでが読めなくなったのか、と一枚一枚ページをめくっていくと、ちょうど浄化の旅の半分。地神グリズリーが守護をするヴォーデ王国の終わりごろ。
 
 もしかして……「無の力」を使う代償で失う一部の記憶って、浄化の旅のことだったの?
 
愕然と、手記を見つめる。せっかく頑張ってここまで書き連ねてきたのに。彼らと過ごした思い出を、残すことも許されないなんて。

 イサラさんに見せてもらった氷の彫像の思い出も……
 
 無くなっちゃったなんて……と思いかけて、気づく。いや、はっきりと覚えている。イサラがリナリアに派手な魔法を見せたいといって、宿の外に巨大な氷の像を作って、ディーに怒られていた情景を思い浮かべることが出来た。

 確かあれは、ミーシュタット王国での浄化が終わった頃。ヴォーデ王国に行くより前の出来事。つまり……この読めなくなった手記に含まれる時期のはずだ。
 どういうことだろう。リナリアは思わず手記を再度パラパラとめくる。やはり文字は認識が出来ない。

 だが、ところどころミーシュタット王国やその前のシュリーエン王国の出来事も思い出せる部分がある。エカルラートと行ったお買い物や、ディーに空に浮く感覚を教えてもらった事。思い出は確かにリナリアの中に残っている。だが、何かがおかしい。違和感がわからず、何かヒントがないか、とリナリアは手記のまだ読める部分を必死で読み返した。
 
 読み返して……気づいた。
 
思わずパサリ、と手記が手から零れ落ちる。
 
「―――――フィグルドさんに関することだけが、消えているんだ……」



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